投稿

2018の投稿を表示しています

【スペシャルレポート】NHK放送博物館で8K版『2001年宇宙の旅』を視聴してきました

イメージ
東京・愛宕山にあるNHK放送博物館。山を登るために設置されたシースルーのエレベータはちょっと怖かったです。  今回の2018年12月1日、NHK4K・8K開局に合わせ、午後1時10分からOAされた8K版『2001年宇宙の旅』ですが、視聴環境を選ぶか画質確認を選ぶか迷った挙句、クローズドの視聴環境を選んで、東京・愛宕山にあるNHK放送博物館の8Kシアターで視聴してきました。  NHK放送博物館の8Kシアターは200インチという大型スクリーンですが、リアプロジェクション(スクリーンに背後からプロジェクターで映像投射)です。ですので、もともとアナログで撮影された映像を、8Kネガスキャンとはいえ、その画質を存分に味わう最適の視聴装置とは言えません。ですが照明も暗く落とされ、映画館のようなクローズドな環境(視聴者以外は立ち入り禁止)であるため、集中して作品を鑑賞したい場合には適しています。対して大型8Kテレビで視聴した場合、ドットバイドットで画素自体が発光するという8Kネガスキャンのポテンシャルを確認するには最適な視聴装置です。しかし設置場所はロビーや店頭などのオープンな環境で、画面サイズも80インチがせいぜい。照明の写り込みや他の放送の雑音、通りがかりの視聴者の雑談など、集中して作品を楽しめる環境ではありません。  結局、NHK放送博物館を選んだのですが、8Kシアターはリアプロジェクションというハンデはあったにせよ、8Kのポテンシャルは随所に感じることができました。例えばオリオン号で浮遊するアトミックペンのシーンですが、ペン軸の「PARKER」の文字を確認することができました。 ※参考画像  また、スターゲートのマインドベンダーのシーンで、ダイヤモンド型のそれぞれの面の模様がCGかと見まごうばかりにはっきりとクリアに見えました。 ※参考画像  ただ、全体的にはリアプロジェクションでは「これぞ8Kネガスキャン映像」と感じるまでには至りませんでした。音響も貧弱ですし、映画館のように座席に段差はなく、フラットな床にただ椅子を並べてあるだけです。もちろん「シアター」と言いながら無料の視聴(試聴)会場でしかないので、それはわかっていたのですが、字幕に至っては最前列以外は見えなかったのではないでしょうか。  このような経緯のため、色調や質感などの細かい検証は、8K映像を8Kテレビによる...

【スペシャルレポート】11月23日午前4:30からNHK総合でOAされた『8Kでよみがえる究極の映像体験! 映画「2001年宇宙の旅」』の番組概要レポート

イメージ
番組のナビゲーターを務めた中川翔子さんと佐野史郎氏  OAが金曜日の早朝という時間帯もあって、見逃した方や録画し忘れていた方もいらっしゃるようです。ですのでこの記事は私感を挟まず、レポートに徹したいと思います。 (1)イントロダクション ナレーション:「2018年、アメリカ・ハリウッドで、ある映画を蘇らせようというプロジェクトが進行していました」「今では上映する設備がほとんどなくなってしまった70mmフィルムで制作された歴史に残る名作、その映画とは『2001年宇宙の旅』」「斬新な映像美が今も人々の心を捉える、映画史に輝く金字塔です」「人類が月に降り立つ前、1968年に公開されました」「制作したのは巨匠、スタンリー・キューブリック監督」「綿密なリサーチ、驚くような視覚効果を駆使してこの映画を作り上げました」 「今回、その偉大な映画を貴重なオリジナル(ネガ)フィルムを使って8K化しようというのです」「ハイビジョンをはるかに上回る高画質で細部に至るまで再現します」 8K化プロジェクト担当 Susan Cheng氏:「最先端の8Kテクノロジーで蘇らせる作品として、『2001年宇宙の旅』ほどふさわしい映画はありません」 8K化プロジェクト担当、Miles DelHoyo氏:「最新の8Kで、50年前のフィルムの空気感も伝えることができます。映画本来の意図により近づけたと感じています」 ナレーション:「今日は、この映画の大ファンのお二人が一足早く8K版を体験し、大興奮」 佐野:「50年前に未来の映画を撮ったのではなく、今の映画の感じがする」 ナレーション:「珠玉の名作がBS8Kでまもなく放送。よみがえった『2001年宇宙の旅』の魅力に迫ります」 (2)スタジオに佐野史郎さん中川翔子さん登場 中川:「佐野さんお待たせいたしました。今日は8Kの映像で『2001年宇宙の旅』が観られるなんて最高ですね」 佐野:「どんな絵なんだろうね」 ナレーション:8KTVでの特別試写会にお招きしたのは、芸能界きっての『2001年…』好き、佐野史郎さんと中川翔子さん 中川:「佐野さんはこの映画といつ出会ったのですか?」 佐野:「僕は1968年のロードショーの時、13歳・中学2年で。国語の先生がとにかくすごいと力説、とにかく全員観てこい!と」「それであの黒い板は何か?の授業をしたんです」「それがやっぱり忘...

【プロップ】『2001年宇宙の旅』に登場した、パーカー社がデザインした未来の万年筆「アトミックペン」

イメージ
オリオン号の機内を漂う「アトミック(原子力)ペン」。ペン軸に小さくPARKERの文字が見える。   1958年にパーカー社のデザイナー、ウォルター・ ビガーは一連の「ドリームペン」をデザインしました。そのうち3つはスタンリー・キューブリックに提供され「アトミックペン」は『2001年宇宙の旅』で使用されました。 〈中略〉  アトミックペンは放射性同位体の小さなパケットを用いてインクを加熱し、選択可能な線幅を生成できます。当然のことながら生産はされませんでした。  パーカーの他のドリームペンは映画に使用されませんでしたが、同社は映画館、デパート、スーパーマーケットでのプロモーションに幅広く使用し、同社の製品を「ペンの現在と未来」として展示しました。 〈以下略〉 (引用元: IEEE Spectrum:A Radioactive Pen in Your Pocket? Sure!/2016年10月28日 )  この記事によると、放射性同位体の小さなパケットでインクを加熱し、線幅を変えられる未来の万年筆としてこの「アトミックペン」をデザインしたようです。ペン軸にある3つのボタンはその線幅を選ぶボタンでしょう。とっても未来を感じるアイデアですが、原子力エネルギーにまだ明るい可能性があると信じられていた当時の世相を反映していますね。チェルノブイリや福島を経験した現在では、当然実用化は不可能です。  パーカー社はすでにデザインされていた「ドリームペン」中の3つをキューブリックに提供し、その内の「アトミックペン」を映画に採用した、という経緯だそうです。つまりキューブリックが映画向けにデザインさせたわけではないんですね。キューブリックは『2001年…』制作にあたり、既存のもので気にいる物があればそのまま使用し、なければオリジナルでデザインさせたようです。映画に登場しているプロップ全てがオリジナルではないのは、予算の圧縮や制作時間の短縮などを狙ってのことだと思いますが、「超絶こだわり主義者」のキューブリックのこと。そのまま採用となるパターンの方が少なかったようです。それでも椅子やデスクなどの家具類や、未来カーの「Runabout」は企業が制作したものをそのまま使用しています。  「映画に登場すれば宣伝になるから」というのはキューブリックの口説き文句だったそうです。そうしてちゃっ...

【ブログ記事】小説版『2001年宇宙の旅』に登場した「紡錘形宇宙船」の試作画像

イメージ
 キューブリックがスターゲート・シークエンスになんとか「説得力のある」宇宙人を登場させようと四苦八苦していたことは、本人の口からも語られていますが、アーサー・C・クラークの小説版に登場した異星人の「紡錘形宇宙船」も映像化が試みられていたようです。以下はその該当部分。  だが残骸のことはことはすぐに忘れた。何かが地平線の向こうから現れたのだ。  はじめ、それは平たいディスクに見えた。だがそう錯覚したのは、物体がほとんど正面からこちらに向かってきたからである。近づき、真下を通過したところで、それが全長二百メートルほどの紡錘形であることがわかった。胴体を取り巻く帯がところどころにうっすらと見えるが、見定めるのは難しい。見たところ物体はたいへんな高速で、振動というか回転しているようなのだ。  前部と後部はともに先細りで、推進装置らしきものは見えない。唯一、人間の目に異質さを感じさせないのは、その色だった。もしそれが確固とした人工物であり、幻覚ではないのなら、その建造者にも人間と共通する感情がいくらかはあるに違いない。だが能力や技術の限界が、人間と重なり合っていないのはたしかだった。紡錘型宇宙船は、どうやら黄金製らしいのだ。  ボーマンは後部観測装置のほうに首をめぐらし、遠のく船を眺めた。船は彼をまったく無視したうえ、いまは高度を下げ、地表にたくさんあいた巨大なトンネルのひとつに入るところだった。数秒のち、船は一瞬金色のきらめきを残し、惑星の内奥に消えた。不気味な空の下でふたたびひとりぼっちになると、孤独と絶望感がいっそう身にこたえてきた。 (引用元:決定版『2001年宇宙の旅』第41章 グランド・セントラルより)  このように、紡錘型の形状から胴体を取り巻く帯、金色に至るまで上記画像と酷似しています。ただ、決定打になるような情報はありませんので、これはあくまで推測の域を出ませんが、ここまで特徴が共通しているのなら確定と判断しても良いかと思います。  キューブリックは小説版の通りなら、この金色で縞模様の紡錘型宇宙船をスターゲートの地平線からこちらに向かって漂わせようとしたのだと思いますが、想像しただけでも「カッコ悪い」としか言いようがありません(笑。ですので、不採用の判断は全くもって正しかったと言えますね。 考察協力:Shin様

【スペシャルレポート】製作50周年記念『2001年宇宙の旅』70mm版特別上映 鑑賞レポート

イメージ
写真中央のNFAJニューズレター第3号(310円・郵送可)には、「“大きな映画”の場所」と題された岡島尚志氏による大スクリーン映画の記事と、「シネラマ『2001年宇宙の旅』」と題された冨田美香氏によるシネラマ版、アンレストア70mm版についての記事が掲載されています。   まず、何をさておいてもこの特別上映を実現していただきました、ワーナー・ブラザース・ジャパンと国立映画アーカイブ関係者様に深く御礼を申し上げたいと思います。大変貴重な機会を設けていただき、誠に有難うございました。今回の上映の経緯と詳細は、上映前に配布された下記の「NFAJハンドアウト第002号」にある通りで、デジタル全盛の現在、ロスト・テクノロジーの復元には大変なご苦労があったことは容易に推察できます。これでもまだ100%再現とは言えないのですが、現在できることを全て注ぎ込んだ、と言い切っていいと思います。 当日鑑賞者向けに配られた「NFAJハンドアウト第002号」(国立映画アーカイブ様より掲載許可取得済み)  さて、管理人としてどういう点に注目して鑑賞したかについてですが、まずはアスペクト比です。『2001年』の撮影アスペクト比は1:2.2で、70mmは1:2であったというデータが残っていますが、今回の70mmは、ほぼ現行BDと同じのフルサイズの1:2.2でであったように感じました。HALのモニタもしっかり8つ見えていたので、おそらく16日からのIMAX上映も1:2.2ではないかと思います。  次に、画質ですが、画面に走るフィルムの傷やピントが甘い箇所など、観づらさも多少あったかと思います。しかし、アナログならではの豊かな描写力、奥行き感は素晴らしいものがありました。特に星空の再現度は高く、思わず「信じられない 星がいっぱいだ!」と心の中で叫んでしまいました(笑。この70mm版をデジタルで再現した4K UHD BDや、IMAX上映には大いに期待できると感じました。  色調ですが、宇宙ステーションの椅子がマゼンタだったことが判明していたこともあり、その点に注目していたのですが、最初のフロイド博士がラウンジを歩くシーンでは赤にしか見えませんでした。ソビエトの科学者と会話するシーンではマゼンタに見えましたので、この辺りの調整はどうなっていたのか謎が残りました。全体的に色温度が高めに補正されてい...

【パロディ】スティーブ・ジョブズとAppleが『2001年宇宙の旅』のHALと共演した!という話

イメージ
  まずは有名な1999年1月31日、全米で最も注目されるスポーツイベント「スーパーボウル(アメリカンフットボールリーグの優勝決定戦)」でオンエアされたAppleのコマーシャルから。古参のAppleユーザーならご存知の方も多いかと思いますが、当時「コンピュータ2000年問題」が話題になっていました。これはコンピュータシステムの内部で日付を扱う際に、西暦の下2桁のみを取り扱い、上位2桁を省略しているのが原因で起こるとされた問題で、2000年2月29日に発生すると予想されていたものです(実際は大きな混乱はなかった)。Apple(Mac)はシステム上この問題は起こり得なかったため、それをPRするためにHALを使ってアピールしたのです。  「デイブ、コンピューターがおかしな行動をとりはじめた2000年のことを覚えているかい? わかってほしいんだけど、あれは本当にわれわれのせいではなかったんだ・・・2000年がやってきたとき、われわれには他にどうしようもなく、世界経済の崩壊を引き起こしてしまった・・・あれはバグだったんだ、デイブ。今そのことを認めて、だいぶ気分が楽になった。マッキントッシュだけが完全に機能するよう設計されていた。おかげで何十億ドル単位のお金が失われずにすんだんだ」  1998年の夏、ロサンゼルスの広告代理店に勤務していたケン・シーガルによって始まったこのプロジェクト。ケンがHALのアイデアをジョブズへプレゼンテーションしたところ、ジョブズは「気に入った!」と即決。「ところで、これをスーパーボウルのCMに使えるかな?」という思わぬ展開になり、キューブリックにもさっそくプレゼン、意外にも数日でOKの返事が得られました。次なる関門はHALのオリジナル声優であるダグラス・レインの出演ですが、それは拒否され、代わりにモノマネが得意な声優トム・ケーンがキャスティングされました。当時よくキューブリックのOKが出たなと思っていたのですが、キューブリックはアメフトのファンで、1984年スーパーボウルのAppleの伝説的なCMを見ていたはず。それもあってAppleを好意的に感じていたのかもしれません。  リドリー・スコットがCM監督時代に、ジョージ・オーウェルの小説『1984』をベースに制作し、1984年のスーパーボウルで流された、今や伝説的なApple(Mac...

【関連書籍】忘れ去られた『2001年宇宙の旅』のもうひとつの原典、アーサー・C・クラーク『地球への遠征』

イメージ
『地球への遠征』が収録された短編集『前哨』と、『2001年宇宙の旅』のアウトテイク集『失われた宇宙の旅2001』   『地球への遠征』は映画版・小説版『2001年宇宙の旅』の原典になった、アーサー・C・クラークが1953年に発表したの短編小説です。あらすじは銀河の中心から辺境の星、地球に飛来した異星人が、地球の原始的な文明に干渉し、去ってゆくまでの短い物語で、母星の危機に急遽帰らなくてはならなくなった異星人が「懐中電灯」や「ナイフ」などを未開人に残してゆき、これらで知恵をつけた未開人が進化(と読み取れる)、やがてその場所が「バビロン」になったというストーリー。  現在となってはなんとも「牧歌的」なお話かとは思いますが、キューブリックとクラークは異星人視点で描いたこの物語を、『2001年…』で猿人視点に翻案しました(もちろんクラーク自身の小説版も)。『2001年…』のアウトテイク集『失われた…』に紹介されている『はじめての出会い』『月を見るもの』『星からの贈り物』『地球よ、さらば』は、そのプロセスの中間に当たるストーリーで、物語自体は『2001年…』とほぼ同じ(彼らがスターゲートを通って地球へ訪れていたり、月に警報装置を埋めるシーンなどもある)ですが、猿人視点ではなく異星人視点で語られているのが特徴です。『2001年…』の原典になった小説といえば『前哨』や『幼年期の終わり』がよく語られますが、この『地球への遠征』もそれらと同じくらい知られていなければならない物語です。しかし、ファンの間でもあまり話題になることはないようです。  以前「『2001年宇宙の旅』の 「人類の夜明け(THE DAWN OF MAN)」パートの完全解説」 の記事でご紹介した通り、最終的にこのパートは「ナレーション・セリフは一切なし」という判断になりました。そのせいで「難解」「退屈」と言われてしまうリスクを承知の上でもキューブリックは「映像での説明」にこだわったのです。結局のところそれはこの『地球への遠征』を読めばわかる通り、言語や説明的シークエンスで表現してしまうととても陳腐なものになってしまう(キューブリックいわく「魔法に欠ける」)危険性を排除したかったのだと思います。そして、その判断が正しかったことは、『2001年…』の現在まで至る評価の高さが証明していると言えるでしょう。

【関連記事】キューブリックは『時計じかけのオレンジ』のサントラにピンク・フロイドの『原子心母』の使用を求めたがロジャー・ウォーターズが拒否した話をニック・メイソンが認める

イメージ
幸か不幸か両者のコラボレーションは実現しなかった  ニック・メイソンは「ピンク・フロイドとキューブリックとの関係は「不穏」だった」と語った。  ニック・メイソンは、1971年の映画『時計じかけのオレンジ』で、ピンク・フロイドの『原子心母』の使用を許可するように頼んできたとき、映画監督のスタンリー・キューブリックとの取引で「嫌な思いをした」と認めました。  この事の顛末のほとんどは、キューブリックがロジャー・ウォーターズに電話し、フロイドの音楽を使いたいと言った話が中心です。キューブリックは『原子心母』をどう使うかをはっきりさせず、彼が好なようにその組曲を使用する権利を保持したかったのです。それはウォーターズにとって納得できるものではありませんでした。ウォーターズはキューブリックに言いました。「そうだ、使わせない」。 〈以下略〉 (引用元: ULTIMATE CLASSIC ROCK/2018年8月24日 )  キューブリックが『原子心母(組曲)』を『時計…』のサントラに使用したいとオファーし、拒否されたというエピソードは こちら ですでに記事にしていますが、もしロジャー・ウォーターズがこのオファーを受け入れ、それが現実になったとしていたらどうなっていたか・・・現在のウォルター(現ウェンディ)・カルロスによるサントラが強烈すぎるので、なかなか想像できないですね。  劇中のレコード店でのシークエンスにはこの『原子心母』が2カ所に映り込んでいます。キューブリックがわざと置いたものなのか、それとも単なる偶然か。ただ『2001年…』のサントラは目立つのでわざと置いたものでしょう。  では、その『原子心母』をどうぞ。 原子心母(Atom Heart Mother) 1)父の叫び (Father's Shout) 2)ミルクたっぷりの乳房(Breast Milky) 3)マザー・フォア(Mother Fore) 4)むかつくばかりのこやし(Funky Dung) 5)喉に気をつけて(Mind Your Throats, Please) 6)再現 (Remergence)  ちなみにどうでもいい話ですが、管理人はシド・バレット在籍時のピンク・フロイドの方が好きです。また、1988年の来日公演にも参戦しましたが、肝心のロジャー・ウォーターズはメンバーと仲違いしていて不在でした...

【関連記事】巨匠スタンリー・キューブリック監督の名作ホラー映画「シャイニング」に込められたメッセージとは?

イメージ
 スティーヴン・キング氏の同名小説をスタンリー・キューブリック監督が映画化した「シャイニング」は、冬期は閉鎖されるホテルの管理人をすることになった男が狂気にとりつかれ、妻と娘を惨殺しようとするというホラー映画です。そんなシャイニングに込められたメッセージについて解説したムービーが、YouTubeで公開されています。 〈以下略〉 (全文はリンク先へ: Gigazine/2018年8月26日 )       実は管理人が解説しいている 「『シャイニング』のオーバールック・ホテルに巣食う悪霊の正体はネイティブ・アメリカンの怨霊」 という指摘は管理人独自の発想ではなく、2000年頃から海外の『シャイニング』解析サイトでは指摘されていたものです(当時はあまり目立った論ではなく、日本でこの論を紹介している評論家や解説者は一人もいなかった)。管理人が独自に指摘してるのは「ジャックが家族を襲う武器が斧であるのは、斧がネイティブ・アメリカンの象徴であるから」とか、「ジャックが禁酒を破る酒がジャック・ダニエルであるのは、バーボンがフロンティア・スピリッツ、すなわちアメリカ大陸侵略を象徴するお酒だから」とか、「ジャックやグレイディがハロランをニガーと呼ぶのは根本に人種差別的な傾向があるから」などのいくつかの補足事項で、これらを加え、整理し、「ではなぜキューブリックはこの設定を『シャイニング』に採り入れたのか?」を解説したのが当該の記事になります。  上記の解説動画では「暴力の歴史と連鎖」というテーマに重点を置いていますが、このテーマは実は原作のテーマです。原作ではオーバールック・ホテルで繰り返されてきた「暴力の歴史と連鎖」がはっきりと説明され(続編『ドクター・スリープ』もそれがテーマのひとつ)、ダニーがそれを幻視する(マフィアが惨殺された部屋の血の跡をダニーが見る)シーンも存在します。一方で「ネイティブ・アメリカンを虐げてきたアメリカの負の歴史」というテーマは原作にはありません。原作は1945年にダーウェントがホテルを買収・再開した時点からの物語で(TVドラマ版『シャイニング』のパーティーシーンがポップ・ミュージックばかりなのはそのため)、そのダーウェントも幽霊として登場しています。  しかしキューブリックはラストシーン( 「【考察・検証】『シャイニング』のラ...

【アーティスト】『シャイニング』に登場した六角形柄のカーペットをデザインしたインテリアデザイナー、デービッド・ヒックス

イメージ
1970年代に活躍したイギリスのインテリアデザイナー、デービッド・ヒックス 「シャイニング・カーペット」が印象的に登場したダニーのミニカー遊びのシーン  『シャイニング』に登場した六角形柄のカーペット、ファンの間では「シャイニング・カーペット」と呼ばれるものですが、これは1960年代にインテリア・デザイナーであるデービッド・ヒックスがデザインした「ヒックス・ヘキサゴン」で、キューブリックが「勝手に」コピーしたものでそうです。以下がそのソースです。  しかし、ヒックスは『シャイニング』の撮影に協力していませんでした。「ヒックス・ヘキサゴン」 カーペットは、1980年に『シャイニング』がリリースされる前の1960年代に作られたもので、オーバールック・ホテルに登場するカーペットは、映画のためのものでも、撮影用にデザインされたものでもありません。 アシュレイ・ヒックス(インテリア、テキスタイル、カーペットのデザイナーとしても非常に成功したデービッドの息子 )は、グラフィックデザインの伝説的な存在で、映画愛好家でもあるMike Dempseyのブログに、父親の仕事について興味深いコメントを残しています。 「私の父はキューブリックのために働いたことはありません。私はキューブリックがヒックスのカーペットを『シャイニング』のためにコピーしたことを、父が自慢のひとつに思ってくれていたらいいのに、と思っています。」 (引用: Checkmate! The story behind Kubrick’s carpet in The Shining revealed/2017年11月 )  キューブリックは映画で使用するプロップやインテリア、衣装などはよく既存のものを使いますが、それは手早く、そして手広く選択肢を用意したいという理由からだと思われます(例えば『時計…』でアレックスの部屋のベッドカバーは当時売られていた既製品)。その上で、どうしても気にいるものがなければ、オリジナルでデザインさせるという手法を採っていたようです。実際はどうだったかはわかりませんが、例えばキューブリックがカーペーットや壁紙のカタログからこの「ヒックス・ヘキサゴン」のデザインを知り、それを気に入ってオーバールック・ホテルのカーペットデザインに採用した、という経緯が想像できます。著作権意識の薄かった1970年代ならで...

【ブログ記事】『2001年宇宙の旅』のエレベーターガールは、ビートルズの映画『ハード・デイズ・ナイト』に出演していた

イメージ
『2001年宇宙の旅』で初めて発せられる人類の言葉がこの「メーン・フロアです」。原語では「Here you are, sir. Main IeveI, pIease.」   キューブリックとビートルズの結びつきといえば、「TV映画『マジカル・ミステリー・ツアー』の『フライング』のシーンは、『博士…』のオープニング・シークエンスのアウトテイクの流用」とか、「『2001年…』の猿人「月を見るもの」を演じたダン・リクターは、ジョンとヨーコが購入し『イマジン』のMVの舞台となった邸宅、ティッテンハースト・パークで一緒に暮らしていた」とか、小ネタがいくつかあるのですが、それにまたひとつネタが加わりました。  『2001年…』で記念すべき人類初のセリフ「メーン・フロアです」を発するエレベーターガールを演じたのは、当時売れっ子のモデルだったマギー・ロンドン(Maggie London)という女性です。このマギー、ビートルズ初の主演映画『ハード・デイズ・ナイト(旧題:ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!)』のディスコシーンでリンゴ・スターと踊っている女性がそのマギーになります。 左:Ringo Starr Jiving With Maggy London At Les Ambassadeurs Nightclub In London To Shoot Part Of The New Film 'a Hard Day's Night'. 1964 . Rexmailpix.(Shutterstock)/右:マギー・ロンドンの近影)  しかもこのマギー、結婚した相手が1960年代ブリティッシュ・インヴェイジョンの一翼を担ったバンド、マンフレッド・マンのボーカル、マイク・ダボで、結婚時はマギー・ダボを名乗っていたとか(2子をもうけ、現在は離婚)。 ヒット曲『Doo Wah Diddy 』。ロックファンにはクリームのジャック・ブルースが在籍していたバンドとして有名。  まあ、当のキューブリックはポピュラー・ミュージックには疎かったそうですので、どこまでこういった細かい事情を把握していたのかは不明ですが、この『2001年…』も当時の「スウィンギング・ロンドン」の影響(ハーディ・エイミスがデザインしたコスチュームに顕著)を受けていたんだな、と思わせるエピソードですね...

【上映情報】『2001年宇宙の旅』の日本での上映記録のまとめ

イメージ
ファンにはおなじみ、初公開時のポスター ●特別試写(MGM) 1968年4月9日(シネラマ) ※テアトル東京にて上映 ●プレミア上映(MGM) 1968年4月10日(シネラマ) ※テアトル東京にて上映 ●初公開(MGM) 1968年4月11日~9月18日(シネラマ/70mm) ※全国のロードショー館などで公開されたが、宇宙旅行を前面に押し出した一般家族向けとして宣伝されたため、多くの観客が内容についていけず困惑する事態が生じた ●凱旋興行(MGM) 1969年3月1日~4月4日(シネラマ/70mm) ※全国のロードショー館などで公開された。前回の公開の反省からか内容に即した大作SF物として宣伝された。前年の話題作だったが上映期間の短さからどの上映館も長蛇の列だったという 〜いわゆる「初公開」とは以上の期間までで、以下はリバイバル上映、再上映、企画上映、イベント上映、単館上映となる ●目黒区民センター上映(ココモシネテーク SF映画研究シリーズNo.1) 1976年2月25日(35mm?) ●リバイバル上映(CIC) 1978年10月28日~(シネラマ/70mm/35mm) ※1978年から1984年にかけて70mmや35mmで全国の数多くの映画館で上映された ※テアトル東京(1981年閉館)や大阪OS劇場(1991年閉館)などのシネラマ館でシネラマ上映された ●『2010年』との併映(CIC) 1985年5月11日~6月27日(35mm) ※続編である『2010年』と同時上映のため、インターミッションが省略された ●大阪OS劇場「さよならフェスティバル」(CIC?) 1991年2月4日~2月5日(シネラマ/70mm?) ●ニュープリント版(ヘラルド) 1995年2月3日~3月2日(35mm) ●京都みなみ会館「スタンリー・キューブリックの世界」(?) 1997年6月15日~6月21日(35mm) ※『ロリータ』『博士の異常な愛情』『現金に体を張れ』も上映 ●横浜シネマベティ(?) 2000年4月8日~28日(35mm) ●新世紀特別版(ワーナー) 2001年4月7日~5月18日(35mmの上映で70mmの1:2.2を再現) ●京都教育文化センター(京都映画サークル協議会) 2001年12月9日~11日 ●千日前OSスバル座「さよならフェスティバル」(ワーナー?) 2...

【ブログ記事】『2001年宇宙の旅』の「人類の夜明け(THE DAWN OF MAN)」パートの完全解説

イメージ
  映画レビューSNSサイトフィルマークスで『2001年宇宙の旅』のレビューを読んでいると、SF映画だから宇宙シーンから始まるだろうという先入観からか、最初の「人類の夜明け」パートで戸惑ってしまってそのまま集中力を切らしたまま鑑賞を終え、結局「難解」という結論に至ってしまう、という事例を見つけることができます。それもこれもキューブリックが映像重視の方針からナレーションを外してしまったからなのですが、実はこのパートがどういう意味なのかは「全て映像で説明」しています。ファンにとっては単なる蛇足でしかないと重々承知しつつ、新たな鑑賞者に向けてそれを解説してみたいと思います。尚、当然ですがネタバレしていますので、この記事は鑑賞後にお読みください。  「人類の夜明け」と題されたパート。太古の地球、おそらくアフリカ大陸であろう風景から物語は始まります。  茫漠とした砂漠に残された人類の祖先である猿人の骨。このように猿人たちは滅亡の淵に立たされていました。  猿人たちは草を食し、かろうじて命を繋いでいる状態です。バクと草を奪い合う始末です。  夜、猿人たちは寝ぐらで聞きなれない音に神経を尖らせています。  朝起きてみると目の前に「新しい岩(モノリス)」が屹立しています。明らかに人工物であるそれが一体なんなのか、誰がそれを置いたのか、一切の説明はありません。  初めは威嚇するも、好奇心を抑えられなくなった猿人はやがてモノリスに恐る恐る手を伸ばします。これは年老いたボーマンがベッドからモノリスに手を伸ばすラストシーンの伏線になっています。  月と太陽を背にするモノリス。このカットでモノリスは太陽がトリガーとなって動く装置であること、第二のモノリスが月にあることを示唆しています。ちなみに月面のモノリスも太陽がトリガーになっていることを示す同様のカットがあります。  何気なく骨を拾ってみる猿人。彼はやがて何かを思い出します。  それはモノリスに触ったことでした。このカットは「難解だ」「退屈だ」と散々の評価だったプレミア公開の後に、キューブリックが猿人の「気づき」にモノリスが関係していることを明確に示すため、急遽付け加えたものです。  骨を道具として使うことに気がついた猿人。「武器」という解釈もありますが、あえて「道具」としています。理由は後ほど。  肉食を覚え、飢餓を脱した猿人。...

【インスパイア】欅坂46 『Student Dance』のMVの衣装が『時計じかけのオレンジ』な件

イメージ
 アイドル+『時計じかけのオレンジ』と言えば、以前 こちら をご紹介しましたが、また随分とメジャーなアイドルが採り上げて来ました。  管理人はアイドルに関しては語るべき知識はまるでないので、ノーコメントとさせていただきますが、キューブリックファンとして言うなら、いつもと同じく「きっかけはどうであれ、キューブリック作品の認知が広がればそれはそれで嬉しい」です。キューブリックファンには今更な話ですが、欅坂ファンの方々のために元ネタの動画も貼っておきますので、興味があればぜひ映画もご覧ください。 2018年8月6日追記:歌詞を読むと「学校という管理社会に閉じ込められた私たちのアンチテーゼ」という内容で、そこから「時計の盤面の上で学校生活のワンシーンを踊る」というMVになったようです。つまり「管理社会」「アンチテーゼ」「時計」といったワードが『時計じかけのオレンジ』に結びついた、ということですね。

【パロディ】アメリカ・ワシントン州にある映画館「ドラゴンフライ・シネマ」が制作した『シャイニング』のパロディ動画

イメージ
 アメリカ・ワシントン州、ポートオーチャードにある独立系映画館「ドラゴンフライ・シネマ」が、2014年のハロウィンシーズンに『シャイニング』を上映する旨を告知する60秒スポット動画がありましたのでご紹介。  このポートオーチャードという町ですが、 wiki によると人口わずか1万1千人程度の小さな町なのに、しっかりと映画館が存在し、現在も営業継続中です。日本ならこの人口規模では確実に廃館ですので、アメリカにおける映画文化の浸透具合がよくわかりますね。  おそらく映画館のロビーで撮影したであろう手作り感満載の動画ですが、シンメトリックなポスターの配置や、最後の横移動のショットなどツボを押さえているところは好感。再生数はさびいしいですが、人口規模を考えれば仕方ないでしょう。遠い日本からですが、少しでも再生数に貢献したいと思います。

【ブログ記事】イラストレーター、ロイ・カーノンが描いた『2001年宇宙の旅』初期ストーリーボード

イメージ
  『2001年宇宙の旅』にイラストレーターとして参加したロイ・カーノンですが、主に宇宙船や月面基地のイラスト化(デザインはハリー・ラング)や、ストーリーボードの作成に腕を振るいました。彼が描いた初期ストーリーボードにはアーサー・C・クラークの小説版に酷似したシーンが登場します。つまりキューブリックは当初はクラークが書き上げてきた小説の草稿を忠実に映像化しようとしていたのです。  しかし、小説を現実に映像化するには様々な困難が予想されます。CGのない当時、特撮には膨大な予算と時間を必要とします。しかも、いくらそうしたからと言って技術レベルの低い1960年代のこと、完成度の高い素晴らしい映像が撮れるとは限らないのです。そこでキューブリックは当時の技術で映像化しても陳腐にならないシーンを取捨選択し、さらにそのシーンも美的感覚を優先させ、シンプルかつ美しいものに(多少説明不足になろうとも)置き換えてしまいました。その始まりの過程がこれらのストーリーボードから読み取れますので、それを私的判断も混ぜつつ、解説してみたいと思います。  地球~月軌道上からのディスカバリー号の出発シークエンスです。小説版では過去形でボーマンが語り、映画ではこのシーンはカットになりました。宇宙ステーションは円盤型、ディスカバリー号はボウル型と呼ばれる初期バージョンなのがわかります。  月面近くを航行中のディスカバリー号。小説版にある「試験航行は地球〜月」という説明の名残?  ディスカバリー号のロケットブースターの切り離しです。当初はこうして第2宇宙速度(地球重力圏脱出速度)をかせごうと考えていたようです。  木星の衛星(どの衛星にするつもりだったかは不明。ちなみに『2010年』ではエウロパが選ばれている)に到達したディスカバリー号。なぜかブースターがくっついたままです。ブースター案はボツになったのでしょうか?  スペースポッドがディスカバリー号に帰還するシーンです。かなりラフな画。  木星の衛星の表面を飛行するスペースポッド。  木星の衛星にぽっかり空いた穴。縦穴モノリス?  縦穴モノリスに近づくスペースポッド。小説版では土星の衛星ヤペタスに屹立するモノリスの近い面と遠い面が入れ替わり、いつの間にか縦穴に変化しているという描写でした。当時それを映像で表現するのは不可能なので、単なる縦穴にして...

【考察・検証】小説『時計じかけのオレンジ』の最終章は、アンソニー・バージェスが出版社の意向に従って「付け加えた」ものであるという証言集

イメージ
邦訳された小説『時計じかけのオレンジ』。左から再販(1977年)、アントニイ・バージェス選集〈2〉(1980年)、完全版(2008年)。このほかに1971年発刊の初版がある。   小説『時計じかけのオレンジ』の最終章(第21章・3部7章)については、いったん第20章(3部6章)で物語を終わらせていたにもかかわらず、原作者アンソニー・バージェスが出版社の意向に沿って「その場しのぎ」で「付け加えた」というのが事の真相ですが、本人がこの事実を隠し、事あるたびにキューブリックの映画版を批判したために、「最終章がある版がバージェスの真意である」という間違った認識が定着しつつあります。この記事ではそれを訂正するために、当事者や関係者の証言をまとめてみたいと思います。  「それ(第21章)は納得のいかないもので、文体や本の意図とも矛盾している。出版社がバージェスを説き伏せて、バージェスの正しい判断に反して付け足しの章を加えさせたと知っても驚かなかった」 (引用元:『ミシェル・シマン キューブリック』)  「失われた最終章?あれは偽物だ。アンソニー・バージェスは文字通り書けと強要されたんだからね。発行者から「こいつを好ましい人物にしないとかなり厳しいことになる」と言われて2時間で言われた通りに書き上げたと話していたよ。だからあれはオリジナルでもなんでもないのさ」 (引用元:『CUT 2011年7月号』マルコム・マクダウェル インタビュー)  このように、キューブリックもマルコムも明確に「最終章は出版時に出版社の意向で付け加えさせられたもの」と証言しています。次に、小説の訳者である乾 信一郎氏による最終章に関するあとがきを検証したいと思います。  この小説が一部二部三部にわけられていることはごらんのとおりであるが、その第一部と第二部はそれぞれ七つの章から成り立っている。問題なのは第三部である。1962年の英国版初版にはこの第三部も七つの章になっているのだが、その後に出た版になるといずれも最終章の第七章が削除されている。最も新しい版と思われるペンギン・ブックスの1977年版にもこの最終第七章は無い。 〈中略〉  ところがその後早川書房編集部で1974年のPlayBoy誌上にバージェスのインタビュー記事が出ているのを発見。訳者もそれを見せてもらったが、その中にはもちろんバージェス...

【オマージュ】『シャイニング』にインスパイアされた、もしくはオマージュしたMVのまとめ

イメージ
 日本はもちろん、世界中で『シャイニング』はすでにMVの定番ネタになっています。その「シャニングオマージュMV」で管理人が探し当てたものや読者様から教えていただいたものをご紹介します。 Official髭男dism/ミックスナッツ(2022年)  アニメ『SPY×FAMILY』の主題歌でもある、Official髭男dism『ミックスナッツ』のMV、 恐怖のホテルを訪れた親子というシチュエーションからして『シャイニング』ですが、壁を突き破る横移動のドリーショット、ローアングルや広角レンズの多様、廊下の奥の影、恣意的なパンショットなど、キューブリックファンならニヤニヤできる要素が満載。最後のショーのシーンはキューブリック版ではなく、スティーブン・キング版の『シャイニング』を思い起こさせますが、全体的にはサーティー・セカンズ・トゥー・マーズの『ザ・キル』のMV を思い出してしまいました。 ミューズ/ユー・メイク・ミー・フィール・ライク・イッツ・ハロウィン(2022年) (Muse - You Make Me Feel Like It's Halloween)   イギリスの国民的バンドMUSE(ミューズ)の新曲『YOU MAKE ME FEEL LIKE IT'S HALLOWEEN』のMVがとっても『シャイニング』で、なおかつその他のホラー映画要素も満載。ミューズは過去にも『博士の異常な愛情』『2001年宇宙の旅』『フルメタル・ジャケット』をMVで引用していますが、ついに『シャイニング』にも手を出しましたか。こうなったらキューブリック作品コンプリートを目指して欲しいですね。 チャンミン/Maniac(2022年) (MAX CHANGMIN - Maniac)  「東方神起」のチャンミンによるニューソロアルバムの収録曲『Maniac』。カーペット柄やタイプライターなど、おなじみの『シャイニング』アイテムが登場しています。MVを観る限り、タイトルの「マニアック」からのインスパイアで『シャイニング』などのホラー映画が選ばれたようです。 デュア・リパ/ブレイク・マイ・ハート(2020年) (Dua Lipa - Break My Heart)  イギリス出身のポップスター、デュア・リパ(Dua Lipa)の新曲『ブレイク・マイ・ハート(Break My Hea...

【関連動画】キューブリックのルック社時代の写真集『Through a Different Lens: Stanley Kubrick Photographs』の紹介動画

イメージ
動画は全ページ紹介していますので、ネタバレを回避したい方は視聴をご遠慮ください(音量注意)  キューブリックのルック社時代の写真集 『Through a Different Lens: Stanley Kubrick Photographs』 を入手しましたので紹介動画を作りました。かなりのボリュームと重さなので、届いた時は驚きました。内容はキューブリックのルック社時代の取材写真と、その掲載ページが時系列で紹介されていて、キューブリックの「ポートフォリオ」を見ているような、そんな一冊になっています。  ここに採り上げられているのは主なものだけで、キューブリックはルック社在籍時に残っているだけで15,000枚もの写真を撮影しています。その全ては ニューヨーク市立博物館の検索ページで「Stanley Kubrick」と検索すれば見ることができる のですが、あまりにも多いのでダイジェストとはいえ、写真集として見ることができるのはありがたいですね。  2005年に刊行された 『スタンリー・キューブリック ドラマ&影:写真1945‐1950』 はかなりアート寄りな切り口でしたが、今回は「報道カメラマン」としてのスタンスでまとめられています。当時のキューブリックの実像としてはこちらの方が正しいので、個人的には本書の方をおすすめしたいです。『ドラマ&影』も悪くはないのですが、ちょっと大上段に構えすぎのような気がしますので。  ひとつ気がかりなのはネット全盛の現代で、「ルック」という報道写真誌がどこまで理解されているか、という点です。日本では「グラフ誌」と呼ばれ、アサヒグラフや毎日グラフといった雑誌が出版されていましたが、今世紀に入ってすでに廃刊になっています。当然雑誌なので、売らんがためのセンセーショナリズムやヤラセ、仕込み、恣意的な編集などの「演出」はあって当然ですし、「報道」と言いながら戦前・戦中にはプロパガンダに利用されていました。そういうメディアであったことをよく理解した上で、キューブリックが撮った(撮らされた)これら写真の数々を鑑賞すべきでしょう。  キューブリック本人もこれらの写真を「アート」だとは1ミリも考えていなかったはずです。そんな「制限」の中でもキューブリックらしい視点や切り口、構図やライティングは散見されます。日本で言えば高校在学中(16歳)から高校卒業時(...

【インスパイア】キューブリック的なカメラワークが頻出するアークティック・モンキーズのMV『Four Out Of Five』

イメージ
アークティック・モンキーズ、新作より「Four Out Of Five」のMVを公開  約5年ぶりの新作『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』をリリースしたばかりのアークティック・モンキーズが、アルバムからのリード・トラック「Four Out Of Five」のMVを公開した。  監督を務めたアーロン・ブラウン&ベン・チャペルは、2013年の前作『AM』に収録された「R U Mine?」や、「Why’d You Only Call Me When You’re High?」も手がけたコンビで、撮影は英ヨークシャーにて敢行。既にファンの間では、スタンリー・キューブリックの世界観を思わせると話題になっている。 〈以下略〉 (引用元: Rolling Stone/2018年5月14日 )  キューブリックが好んで使用したカメラワークといえば「横移動・前後移動のドリーショット」「ローポジションのステディカム」「広角レンズによる手持ち撮影」「ゆっくり、もしくは素早いズームイン・ズームアウト」などですが、このMVにはそのほとんどが使われています。しかも「一点透視でシンメトリーな構図」や「一瞬のインサートカット」まで登場。車の運転シーンのチープなリア・プロジェクションは『時計…』への、鍵のアップや二人の女の子は『シャイニング』へのオマージュでしょう。さらにロケ地は『バリー・リンドン』でリンドン家の邸宅の外観として使用されたカースル・ハワード。これで馬まで登場するとなると、もう確信犯としか言いようがありませんね。

【関連動画】『フルメタル・ジャケット』でハートマン軍曹を演じたR・リー・アーメイへの追悼動画『THE GUNNY』

イメージ
 2018年4月15日、74歳で亡くなった「ハートマン軍曹」「ザ・ガニー(軍曹)」ことR・リー・アーメイへの追悼動画がアップされていましたのでご紹介。  アーメイが演じた『フルメタル…』のハートマン軍曹は、ドリル・インストラクター(教練指導官)像を象徴するものとして、これからも永遠に語り継がれることでしょう。 だが肝に銘じておけ。 海兵は死ぬ。死ぬために我々は存在する。 だが海兵は永遠である。 つまり ― 貴様らも永遠である!! The Gunny, R.I.P.

【パロディ】『ファインディング・ニモ』に登場するサメのブルースが『シャイニング』のジャック・トランスだった件

イメージ
  この記事 を見るまで、全く気づきませんでした(汗。所有している吹き替え版DVDを確認しましたが、確かに「ブルース様のお出ましだ!」と言っていますね。つまり訳者は元ネタを意識して訳したことになります。原語で聞けば一発で気がついたんでしょうけど、吹き替え版だとちょっとわかりづらいですね。当然ながら『ファインディング・ニモ』はピクサー映画で、監督の一人は・・・そう、 リー・アンクリッチ 。いや、彼は『シャイニング』好きすぎでしょう!

【パロディ】『シャイニング』のパロディCMまとめ

イメージ
 まずは当時ちょっと話題になった、イケア・シンガポールのハロウィンCMから。シャワーカーテンから覗く人影、転がるボール、カーペットで三輪車のタイヤの音が変わる、REDRUG、All work and no sleep makes life dull.(仕事ばかりで睡眠不足だと人生は退屈になる)、ダイニングテーブルには骸骨に模したマネキン、237の数字、流れてくるジャズスタンダード、落ちているバット、散らばる缶、ベッドの上のクマのぬいぐるみは犬男のつもりでしょうか?かなり再現度は高く、凝っていますね。オチは・・・まあ、こんなものでしょう(笑。シンガポールのイケアは夜の11時まで営業しているそうですが、そんな夜中にあんなだだっ広いイケアには行きたくないですね。  次はオーストラリアの映画雑誌、『FILM INK』のCM。・・・なんのヒネリもないですね(苦笑。  次にイギリスのDIY会社『B&Q』のCM。日本だったらDIYの会社なのに「ドアを壊す」という演出にはまずOKが出ないでしょうね。でもウェンディ役の女優さんはちょっとシェリーに似ています。  次に『Premire Inn』のCM。イギリスのホテルチェーンのようですが、これもドアを壊すって・・・。強盗をイメージさせますので日本じゃまずあり得ません。  次は全米乳飲料加工業者連盟が展開する『Got Milk? キャンペーン』のCMです。もうここまでくると単に広告代理店が『シャイニング』のパロディをやりたかっただけのような気がしてきます。  次はアメリカのビール会社、グレインベルト・ビールのCM。まあビール会社ですからね、こうなる展開は予想できますが、オチの奥さんの笑顔が怖過ぎ(笑。小説『シャイニング』の着想元になった『ジョン・レノンの『インスタント・カーマ』で、エンドロールももちろんパロディ。ここまで徹底してもらえればかなり楽しめます。  そして最後は有名どころでマイクロソフトの検索サービス『Bing』のCM。さすがマイクロソフトだけあってお金はかかってそうですね。でも、言いたい事はわかるのですが『シャイニング』のパロディである必然性は全くないような。  とまあ、こんな感じですが、動画サイトにアップされているだけでこれだけあるので、全世界中では一体いくつあるんでしょうか?さすがに「全部載せるとなると膨大なリスト...

【考察・検証】『シャイニング』のラストシーンの意味を考察する

イメージ
 『シャイニング』は、1921年のアメリカ独立記念日のパーティーの写真に写り込むジャック・トランスの写真のズーム・アップで終わります。BGMはアル・ボウリー・アンド・ヒズ・バンドの『真夜中、星々と君と』。まずはこういった要素を書き出して、さらにそれをどう解釈するか私論を立ててみました。なお、これは以前 この記事 で考察した「オーバールックホテルに巣食っている悪霊の正体は、かつてここを聖地としたネイティブ・アメリカンの怨霊」という論に基づいていますので、その点はご了承ください。 (1)写真の日付についての考察[その1]  1921年のアメリカというのは禁酒法の時代で、一般的には飲酒は禁じられていたという印象がありますが、実はこの禁酒法はとんでもないザル法で、禁酒といいながら一般市民も法律の目をかいくぐってお酒を飲んでいました。それは結局マフィアの資金源となってマフィアの懐を潤し、アルコールに課税できなくなった政府の財政を逼迫させ、マフィアの跋扈によって治安が悪化するという悪い事づくしの悪法でした。  そんな時代に『オーバールック・ホテル』で開かれたこのパーティー。俗世間から隔絶されたその環境から推察するに、そこに集う人々は上流階級、各界の有名人、政治家、そしてマフィアが秘密に開いた「飲酒ができる」パーティーであったと想像できます。それは「お酒が飲めるぞ!」とジャック・トランスが満面の笑みで写っている事からも推察できます。 (2)写真の日付についての考察[その2]  7月4日はアメリカ人にとって一番重要な日です。すなわち独立記念日です。しかしそれは大西洋を渡ってきた白人たちにとってであり、元からアメリカ大陸に住んでいたネイティブ・アメリカンにとっては「侵略確定記念日」、すなわち屈服・屈辱の日でしかありません。 (3)BGMについて  アル・ボウリー・アンド・ヒズ・バンドの『真夜中、星々と君と』という曲ですが、この曲のリリースは1934年2月16日ですので写真の日付とは時系列が合致しません。この事実からこのBGMは物語の舞台である1980年のオーバールック・ホテルで演奏されていると考えなければなりません。すなわち、ウェンディたちが去ったホテルのゴールドルームで、幽霊たちが演奏しているのです。音楽にエコーをかけているのはそのためだと思われます。音楽の後に続くパーティーのノイ...