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【関連記事】キューブリックの初期作品『拳闘試合の日』『恐怖と欲望』『非情の罠』『現金に体を張れ』『突撃』のサントラを担当したジェラルド・フリードが逝去

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 「ルーツ」でエミー賞を受賞し、「スタートレック」、「ギリガン君SOS」の作曲家であるジェラルド・フリードが95歳で死去  画期的なミニシリーズ「ルーツ」でエミー賞を受賞し、「スタートレック」から「ギリガン君SOS」まで1960年代の音楽を担当し、テレビを見ていた世代に忘れがたい印象を残した作曲家ジェラルド・フリードが、金曜日、コネチカット州ブリッジポートのセント・ビンセント病院で肺炎のため亡くなりました。95歳だった。  フリードは幼なじみのスタンリー・キューブリックに映画を教わった。フリードは新進監督の最初の短編である1951年の「拳闘試合の日」を作曲し、その後、キューブリックの最初の長編4本を作曲することになる。その後、「恐怖と欲望」、「非情の罠」、「現金に体を張れ」、そして1957年の反戦映画「突撃」まで、キューブリック監督の長編映画4作品の音楽を担当した。また、ロバート・アルドリッチ監督のもとでは、『シスター・ジョージの殺意』(68年)、『遅すぎた英雄』(70年)など4作品の音楽を担当している。  その他、ジャック・ニコルソンのデビュー作『クライ・ベイビー・キラー』(58)、ロジャー・コーマン監督の『マシンガン・ケリー』(58)、異人種間結婚物語『ワンポテト、ツーポテト』(64)、シルヴィア・プラスの映画化『ベルジャー』(79)などを担当した。1975年には、ウォルパー監督の「Birds Do It, Bees Do It」でアカデミー賞にノミネートされ、オリジナル楽曲賞にノミネートされた唯一のドキュメンタリー映画となった。  1928年2月13日、ブロンクスで生まれたフリードは、ニューヨークのハイスクール・オブ・ミュージック・アンド・アートに通った。ジュリアード音楽院でオーボエを学び、1948年から1956年まで、ダラス交響楽団、ピッツバーグ交響楽団、ニューヨークのリトルオーケストラで第一オーボエ奏者を務めた。1957年にロサンゼルスに移り、ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団で1シーズン演奏した。  フリードは1928年2月13日、ブロンクスに生まれ、ニューヨークのハイスクール・オブ・ミュージック&アートに通った。ジュリアード音楽院でオーボエを学び、1948年から1956年まで、ダラス交響楽団、ピッツバーグ交響楽団、ニューヨークのリトルオーケ...

【ブログ記事】カーク・ダグラスがキューブリックの才能に惚れ込んで、『突撃』の出演を決めたというエピソードの「裏事情」

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  カーク・ダグラスが『突撃』の企画を知った時、自伝によるとキューブリックにこう語ったそうです。 「スタンリー、この映画では1セントも稼げやしないだろう。でもこれは作らなきゃだめだ」 若いキューブリックの才能に惚れ込み、それを後押ししようとする後輩思いのカーク・ダグラス。カークは出資者であるユナイトにも『バイキング』と『突撃』を一緒に作るのか?それとも他社に行くのか?と迫り、出資を渋るユナイトを説得したそうです。まさに「美談」ですね。  実はこの話には裏があって、ここまでカークがこの『突撃』に固執したのは、脚本やキューブリックの才能に惚れ込んでいたから・・・だけでなく、大作映画である『バイキング』でヨーロッパ長期滞在が予想されるため、その間にもう一本映画を作るのにはヨーロッパが舞台であったこの『突撃』が都合が良かったからなのです。この件については、『突撃』の音楽を担当したジェラルド・フリードがインタビューで証言しています。  『突撃』が作られた理由を知っていますか?『バイキング』のおかげなのです。これは興味深い映画史であり、事実です。カーク・ダグラスはスタンリーに感銘を受け、彼と話し、カークは「間に少し時間があるので、『バイキング』のオフの日に『突撃』 を作ってみないか?」と言ったのです。 『突撃』はこうして出来たんです!  この『バイキング』、アーネスト・ボーグナイン、ジャネット・リー(ブレイクしたのは『サイコ』の出演後)、トニー・カーティスなど超有名スターが勢ぞろいし、ナレーターにあのオーソン・ウェルズを起用。カークの事務所であるブライナ・プロダクションが製作し、しかもカークにとってヴァイキングを演じるのは長年の夢だったのです。これほどまでに力が入った、しかも大ヒットが予想される映画の企画がすでに存在していれば、そりゃ「作らなきゃだめだ」などと言えるはずです。  『突撃』は1956年から1957年にかけて主にミュンヘンで撮影され、『バイキング』は1957年の夏にノルウェーやフランスで撮影されました。しかもカークの思惑通りに『バイキング』は大ヒット。その反面『突撃』は制作費さえ回収できませんでした。しかし、時の経過によって立場は逆転。『バイキング』は映画史の過去の末席へと置き去りにされ、「懐かしのハリウッド大作」として懐古的に語られるのがせいぜい。現在に至...

【関連動画】「The Beauty Of」という映像の美しい映画を採り上げたYouTubeチャンネルで紹介されたキューブリック作品の4K動画

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 YouTubeに「The Beauty Of」という映像の美しい映画を採り上げたチャンネルがあるのですが、そこで紹介された『スタンリー・キューブリック』『突撃』『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『バリー・リンドン』『シャイニング』『フルメタル・ジャケット』『アイズ ワイド シャット』の動画をご紹介。  どの動画も編集されていますが、その編集には異論はあろうかと思います。ですが、4K映像で観るキューブリック作品はとても美しいですね。ネット環境やマシンスペックが許す限りですが、ぜひ4K映像(歯車マークから選択できます)でご堪能ください。

【関連動画】キューブリック初期作品の音楽を担当したコンポーザー、ジェラルド・フリードのインタビュー

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 私は地元ブロンクスの野球チーム「バラクーダーズ」に所属していた。時折、同じくらいの年齢の男が遊びに来ていたが、その男はあまり良いスポーツマンではなかったので、チームのメンバーは彼が試合に加わることを嫌がった。しかし、私は「入れてあげなよ!」と言って彼を参加させた。その男がキューブリックだった。  キューブリックが最初の短編映画(『拳闘試合の日』)を作った時、私が音楽家(ジュリアード音楽院オーボエ専攻)であることを知り、その作品のための映画音楽の作曲を依頼された。快諾したが、私はそれまで映画音楽を作曲したことがなかったため、多くの映画を見ることで勉強し始めた。その短編映画はRKOに買い取られ、それが私の映画音楽作曲家としての出発点となった。   当時は現在のように映画音楽を教える大学やクラスはなかったため、独学しかなかった。よって映画を見続けることで勉強し続けた。例えばバーナード・ハーマンがあるシーンで流している曲が、画にマッチしていなかった。つまり、そのシーンでハーマンが、目には見えない映画の登場人物の気持ちや心理を曲で表現していることを知った。場面で曲を終わらせる時も、そこには終わらせる必然性がなければならないことを私は知った。つまり映画音楽の文法を理解し始めた。やがて私は学ぶだけではなく、プロの作曲家の仕事や、映画内でのそれの使い方を自分なりに分析、批評するようになり、より映画音楽の手法を身につけた。  キューブリックが「キューブリック」になりうる前は、私に自由に作曲をさせた。2本目からキューブリックは少しづつ自分のアイデアを出すようになり、徐々に要求も高くなって来た。3本目では既に私たちは激しく議論するようになっていて、それはどちらかが打ち負かされるまでの「ノックアウト・バトル」になった。その時期までにキューブリックは、自己の趣味とスタイルを作り上げる過程にいた。  キューブリックは議論をする相手としてはハードであり、同時に賢くて才能があった。私たちは議論をしたものの、大体は意見の一致に至った。『突撃』で私はキューブリックのアイデアや意見に合わせると同時に、自分でも全てに納得のいく仕事ができて興奮した。 (ここからはフリード個人の作風の説明になるので省略。フリードのスタイルは『現金に体を張れ』で確立し、同作のメインテーマは彼のトレードマークになったとのこと)...

【名曲】ラ・マルセイエーズ(La Marseillaise)

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 『突撃』のオープニングで流れるフランス国家。よく「過激な歌詞」という話を聞くので wiki を見てみると・・・確かに過激。『突撃』はフランス軍の腐敗を扱った作品ですので、もちろんキューブリックはこの歌詞の意味を知った上で、皮肉としてオープニングに使ったのでしょう。  映画ではキューブリックのブロンクス時代の旧友、ジェラルド・フリードによってマーチにアレンジされたバージョンが使用されています。キューブリックはフランスや親仏国での上映が困難にならないように、パーカッションによる別の音楽も用意していたのですが、残念ながらその努力は実を結ばなかったようで、結局フランスやスイスでは上映禁止、ベルリンのフランス区域でも上映が禁止されたそうです。

【撮影・技術】ドリーショット(Dolly Shot)

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 キューブリックが好んだ撮影方法のひとつ。カメラをドリー(台車)に乗せて動かしながら撮影する方法。台車の下にレールを敷く場合もある。広義にはカメラを移動させながら撮影する方法の全般を指すが、キューブリック作品の場合、ステディカムやクレーン撮影と区別するため、「台車を使った撮影」の意味で使われる場合が多い。  キューブリック作品で有名なのは『現金に体を張れ』のアパートのシーン。壁を突き抜けて横に移動しながら俳優の動きを追っている。また『バリー・リンドン』の戦闘時の行進シーン、『フルメタル・ジャケット』のラストシーンでは集団で一方向へ歩いていく部隊を平行移動するドリーショットで撮っている。『時計じかけのオレンジ』のオープニングは奥から手前の引きのドリーショットで、この時は台車だけでレールは敷かずに撮影された。  上記動画は『突撃』でドリーショットを使用しているシーンが連続して登場する。塹壕内ではまるでステディカムのように滑らかなカメラ移動に驚かされる(当然この頃はまだステディカムは存在しない)。キューブリックはこの映像が撮りたいために、史実とは異なり塹壕を台車が通れる幅に広げたという。続いての突撃シーンではキューブリックお得意の平行移動によるドリーショットだ。これらのシーンはカメラマン出身のキューブリックのこだわりが遺憾なく発揮されたまさしく「GREAT SCENE」と呼ぶにふさわしい。

【関連書籍】栄光の小径(Path of Glory)

 カナダ人作家、ハンフリー・コッブが1935年に書いた『突撃』の原作(映画原題も同じ)。第一次世界大戦の最中、フランス陸軍で起こった反乱罪によって死刑に処された5人の未亡人たちが、損害賠償を求めて提訴するが敗訴になったという記事をコッブが目にし、そこから着想を得てこの小説を書いた。  キューブリックはこの本を高校時代に既に読んでいて、 「この本は私が高校時代に楽しんで読んだ本の、数少ないもののひとつだった」「父の仕事場に置いてあったのを見つけ、父が患者の診療を終えるのを待っている間に読み始めた」(引用:キューブリック全書) と語っている。  タイトルの「栄光の小径」はイングランドの詩人、トマス・グレイの『故郷の墓地に書かれし哀歌』の一節「栄光の小径はただ墓へと続くのみ」から採られている。

【場所・地名】ヴェルダンの戦い(Battle of Verdun)

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 『突撃』のモデルになった、フランス東部ヴェルダンで行われた第一次世界大戦での主要な戦いのひとつ。1916年2月21日に始まり同年12月16日まで続き、両軍合わせて70万人以上の死傷者を出した。  劇中の「蟻塚」のモデルは「ドォーモン砦」といい、現在でもその遺構が残されている。「Fort Douaumont」</a>で画像検索すれば当時の凄惨な戦場の様子や、兵士たち、死体、塹壕、トーチカ、砲撃の跡の穴ぼこだらけの大地、また現在の様子など様々な写真を見る事ができる(閲覧注意)。キューブリックもこれらの資料に基づいて映像化したのだろう、映画は割と忠実に再現しているのが見て取れる。  戦いの前半はドイツ軍がドォーモン砦を始め数々の砦を奪取するなど優勢に立っていた。フランス軍の間では士気は著しく低下し、厭戦気分が漂っていたという。それを知ったペタン将軍は兵士の待遇を改善し補給路を確保、士気も上がり物資も潤沢になったフランス軍はやがてドイツ軍の撃退に成功、同年の年末にはフランス軍は全ての失地を回復した。この功績によりペタンは一躍第一次世界大戦の英雄に祭り上げられるが、その後の第二次世界大戦ではナチスドイツの傀儡、ヴィシー政権の首相になり、戦後は国賊として糾弾されるのだから運命とは皮肉なものである。  尚、『突撃』で描かれた反乱罪による死刑は前年の1915年に起こっている。5人の兵士の未亡人がフランス陸軍を相手に訴訟を起こし、敗訴したという事実に基づいており、この戦いで起こった出来事ではない。

【ロケーション】シュライスハイム城(Schlossanlage Schleisheim)

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 『突撃』で、司令部や軍法会議、処刑会場として使用されたロケ地。ミュンヘン郊外にあり、古い城を意味するアルテス・シュロスと新しい城を意味するノイエス・シュロスがある。ロケに使われたのはノイエス・シュロスで、軍法会議のシーンにはホールが、銃殺シーンには外観が使用された。また吹き抜けの階段なども使用されている。  写真を見る限り、ほとんど当時と変わっていないようだ。現在は美術館になっているので、一般でも入場可。

【名曲】忠実な兵士(Der Treue Husar)

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 『突撃』のラストシーンで捕虜の少女が兵士に向かって涙を流しながら歌っていた歌。原曲は歌詞が12番まであって、機械翻訳にかけたところ「忠実な騎兵に恋人がいたが、重い病気の恋人を残し彼は外国に向かい・・・」といったかなり悲劇的な内容です。ただ、この曲はいくつかバージョンがあるらしく、上記のような明朗快活なマーチのアレンジや、ジャズ・アレンジで演奏していたりしています。また、あの『また会いましょう』のヴェラ・リンが『Don't Cry My Love』として翻案していますが、歌詞はかなりアメリカンなラブソングとなっています。映画のエンディングでもマーチバージョンが使われています。  ドイツ・サッカーが好きな方にとってはFCケルンのアンセムでもあるみたいです。ケルンはこの曲の作詞者カスパル・カール・フォン・ジョセフミュリウスの出身地だからでしょう。こういった事情を知るとドイツではかなりメジャーな楽曲だということが伺えます。  もちろんこの『突撃』で歌っている少女はキューブリックの三番目の奥さんクリスティアーヌ・スザンヌ・ハーラン。「少女」と言ってますがこの時すでに20代半ばで子持ちのバツイチでした。キューブリックがCMに出ていた彼女に一目惚れしたというのも有名な話ですね。

【小説家】ジム・トンプソン(Jim Thompson)

  『現金に体を張れ』では追加台詞を、『突撃』ではキューブリックと共同で脚本を担当した小説家。キューブリックはトンプソンがお気に入りだったようで、小説『キラー・インダイド・ミー』(2010年に映画化)には推薦文を寄せている。他の主な作品は『ゲッタウェイ 』(1972)、『セリ・ノワール 』(1979)、『グリフターズ/詐欺師たち 』(1990)、『アフター・ダーク 』(1990)、『ゲッタウェイ 』(1994)、『ダブル・ロック 裏切りの代償 』(1996)、『ファイヤーワークス  』(1997)など。  1906年12月29日オクラホマ州出身、1977年4月7日死去、享年70歳。

【台詞・言葉】シェル・ショック(Shell Shock)

 『突撃』で最前線の塹壕を視察しに来たミロー大佐に、精神的に不安定になっている兵士を「シェル・ショックです」と説明したところ「そんなものはない」と吐き捨てられ、殴られた。当時は塹壕における砲弾の爆発音や振動によって引き起こされる「戦争神経症」という意味だったが、同じ症状が戦闘行為全般によって引き起こされることが確認され、現在では心的外傷後ストレス障害(post traumatic stress disorder, PTSD)呼ばれている。

【ロケーション】塹壕(Trench)

  第一次世界大戦を象徴する軍事的要害。機関銃や重火器が登場し、銃弾を避ける為には地面に穴を掘ってそこに潜む重要性があり、そこで人が通れる溝を掘り進め、そこを戦略拠点や通路、生活空間とした。難点は溝であるために雨の際には雨水が流れ込んだり、また生活排水が溜まりやすく非常に不衛生だったため、伝染病や凍傷などの病気が発生した。  『突撃』では塹壕を出て蟻塚へ向けて突入するが、これは合理的な戦法とは言えず、本来なら塹壕をジグザグに掘り進めて敵陣へにじり寄る戦法が採られる。ただこれには時間を要するのですぐ戦果を上げるのは不可能だ。この点でミロー将軍とダックス大佐は対立するのだが、結果は暗澹たるものだった。

【登場人物】アーノー二等兵(Pvt. Pierre Arnaud)

 『突撃』でくじ引きで選ばれて軍法会議にかけられて処刑されてしまう、運の悪い兵士。従軍神父を侮辱したためパリス伍長に殴られてしまい、重傷のまま処刑されてしまう可哀想な人。演じたのは不遇なキャラはお得意のジョー・ターケル。でも『シャイニング』のバーテンダー、ロイドは素晴らしい存在感でした。

【トリビア】ラスト・シーン(Last Scene)

  ラストシーンについてのエピソードを少し…。  『スパルタカス』では、史実として確認されていないにも関わらず、スパルタカスを磔にしたのはキューブリックの主張らしい。  『突撃』では、映画を当てたいと考えていたキューブリックが、脚本をハッピー・エンドに変更したが、「最初に読んだ通りの脚本でないと出演しない」とダグラスに怒られ、元の脚本に戻した。  『ロリータ』では、ハンバートとロリータが寝てしまえば、それ以降のストーリーに、観客が注意を払わなくなってしまうのを避けるため、ラスト・シーンを頭に持ってきたという。  当初の『博士の異常な愛情』のラストは、最高作戦室を隠し撮りしているのを見つかり、取り押さえられたソ連大使がパイを投げたところ、米大統領に当たってしまい、全員参加のパイ投げ合戦が始まってしまう。それが例の核爆発のシーンにつながっていた。(パイ投げのシーンは撮影までされた)そして最後に「我々の銀河から、遠く離れた死の惑星〈地球〉の、風変わりな喜劇をお届けしました」とのテロップが流れて終わる予定だったらしい。  『2001年宇宙の旅』では小説版通り、スターチャイルドが地球の衛星軌道上にある原子力衛星(猿人の骨から、宇宙のシーンに切り替わる時に最初に登場した衛星)を「意思の力」で破壊する予定だったが、前作の『博士の…』を連想させる、との判断で取りやめになった。  『シャイニング』では、初公開の初期、ホテルを命からがら脱出したウエンディとダニーが、収容された病院でホテルの支配人に、事情を説明するシーンがあったが、これを不要と判断したキューブリックが、上映している映画館に向けて、該当のシーンを削除するようにとの支持を出した。

【音楽家】ジェラルド・フリード(Gerald Fried)

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Gerald Fried(IMDb)   『拳闘試合の日』『恐怖と欲望』『非情の罠』『現金に体を張れ』『突撃』で音楽を担当した。キューブリックと同じニューヨークのブロンクス育ちで、ジュリアード音楽院のオーボエ奏者だった学生時代、共通の友人アレグサンダー・シンガーを通じて知り合った。キューブリック初期作品の重要なパートナー。  主な参加作品は『熱砂の風雲児 』(1958)、『無法は殺(ばら)せ 』(1958)、『機関銃(マシンガン)ケリー 』(1958)、『ママは二挺拳銃 』(1961)、『怪人カリガリ博士 』(1961)、『わかれ道』(1964)、『0011ナポレオン・ソロ シリーズ』(1965~67)、『スター・トレック/宇宙大作戦(TVシリーズ)』(1966~67)、『スパイ大作戦(TVシリーズ)』(1966-1969)、『燃える戦場』(1969)、『傷だらけの挽歌』(1971)、『ソイレント・グリーン』(1973)、『アニマル・ラブ』(1964)、『ルーツ(TVシリーズ)』(1976)など。  1928年2月13日アメリカ・ニューヨーク州出身。

【登場人物】フェロル二等兵

  『突撃』で気に入らないからと見せしめの軍法会議にかけられた兵士。銃殺の時は終始泣いていた。

【登場人物】ポール・ミロー将軍(Gen. Paul Mireau)

  『突撃』で、蟻塚作戦を遂行するとき、言うことを聞かない兵士に業を煮やし味方に味方を砲撃させたり、憶病者を処刑するなど、傲慢で醜悪なフランス軍の将軍。

【俳優】ジョージ・マクレディ(George Macready)

  『突撃』でフランス軍の将軍、ポール・ミローを演じている。他の出演作は『新モンテ・クリスト』('46)、『ギルダ』('46)、『大時計』('48)、『西部の裁き』('46)、『夜霧の誘惑』('46)、『オクラホマ無宿』('49)、『暗黒への転落』('49)、『海賊ブラッドの逆襲』('50)、『砂漠の鷹』('50)、『成吉思汗』('51)、『砂漠の鬼将軍』('51)、『探偵物語』('51)、『ターザンと密林の王女(ジャングル・クイーン)』('51)、『ジュリアス・シーザー』('53)、『王者の剣』('53)、『ヴェラクルス』('54)、『早射ち二連銃』('56)、『赤い崖』('56)、『隊長ブーリバ』('62)、『五月の七日間』('63)、『誰が私を殺したか?』('64)、『愛よいずこへ』('64)、『グレートレース』('65)、『トラ!トラ!トラ!』('71)ではハル・ノートでおなじみのハル国務長官を演じている。  1899年8月29日アメリカ・ロードアイランド出身、1973年7月2日死去、享年73歳。

【登場人物】パリス伍長(Cpl. Philippe Paris)

  『突撃』で上官であるロジェ中尉のルジューン殺害を告発しようとして、逆にみせしめの銃殺刑に選ばれてしまう。ある意味、物語中一番「戦った」人物。