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【関連記事】ギャレット・ブラウン講演会~カメラを人間の目の感覚に近づけ続けてきた人生

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記事内で紹介されているステディカムのデモ映像。モデルの女性はギャレット・ブラウンの奥さん(当時はガールフレンド)  10月6日、ナックイメージテクノロジーにおいて、ステディカムの開発者であり、オペレーターであるギャレット・ブラウン氏の講演会が開催された。ギャレット・ブラウン氏の来日は39年ぶりとのこと。このたび日本でステディカム・ゴールド・ワークショップが開催され(レポートはこちら)、それに合わせての来日になる。ステディカムの登場は映像史に残るエポックメイキングな出来事であり、その証言を聞こうと多数の来場者が詰めかけけた。聴衆は大半が映画やテレビのカメラマンなど映像撮影関係者だった。(主催:銀一) 〈中略〉 「ロッキー」から「シャイニング」そして100以上の映画につながっていく  「ロッキー」は60万ドルの低予算映画で、スタローンは自分で書いた脚本で、自分が役者としても入りたかったから、役者代ももらわなかったほどだった。  もちろんこの「ロッキー」は大成功をおさめるのだが、その2年後の「シャイニング」は、ギャレットさんは「私にとってのマスタークラス」だったという(もちろん、彼一流のジョークが半分)。つまり、スタンリー・キューブリックは映像へのこだわりが半端ではなく、1つのテイクで40も50も繰り返すので、まさにワークショップのような撮影になってしまったというのである。体力的には大変そうに思えるが、実は3分のテイクで3分のプレイバック、そして3分の口論の時間があり(笑)、ちゃんと休む時間があったから楽だったという。  「シャイニング」で庭にある巨大迷路のなかでダニー(子供)を追いかけるシーン。実は雪のシーンだが、実際は1000Wのライトが照らされた40度のセットで、木についているのは雪ではなく発泡スチロール、地面は塩、ミストはオイルスモーク。迷路のシーンを撮るのに3か月もかかったという。本当の迷路なので、この中でセットが火事になったら焼け死ぬ可能性もあったと振り返った。  「シャイニング」は一年のプロジェクトだった。 〈以下略〉 (引用: VIDEO SALON/2018年10月23日 )  『シャイニング』で印象的に使用されたカメラ・スタビライザー(安定装置)「ステディカム」の開発者、ギャレット・ブラウンが来日して講演したそうなのですが、その内容の記事がありましたの...

【関連記事】スタンリー・キューブリックは『シャイニング』でどのようにエレベーターに血を溢れさせたか?

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 スタンリー・キューブリックの1980年の傑作ホラー映画『シャイニング』には、幽霊のような双子の少女から身も凍るような犬男まで、スクリーンには今日まで映画ファンの悪夢に染み込むような恐ろしい映像があふれている。  しかし、伝説の映画監督自身があまりに怖くて、撮影当日にオーバールック・ホテルのセットにいられなかったシーンがある。それは象徴的な「血のエレベーター」シークエンスだ。エレベーターのドアがゆっくりと開き、粘着性のある赤い液体が壁や家具、カメラのレンズに至るまで溢れ出す静止画の、象徴的なシーン「血のエレベーター」である。  このシーンは、映画の中で何度も繰り返されるほど効果的に不気味なもので、ワーナー・ブラザースはこのシーンをまるごと『シャイニング』の予告編の一つとして流した。そして、一度フィルムに収めると、キューブリックは喜んで何度も何度も繰り返し観たという。  しかし、彼の長年のパーソナル・アシスタントであるレオン・ヴィタリは、厳格な監督として知られる彼が、撮影当日にいかにスタッフに撮影を任せていたかを今でも覚えている。「スタンリーはそれを見る気になれなかったんだ」と、ヴィタリはYahoo Entertainmentに明かしている。「僕らがセットに入ったとき、スタンリーは『見張っていて、何かあったら言ってくれ』と言ったんだ。そして、出て行ってしまったんだ!」  はっきり言って、キューブリックは血液恐怖症ではなかった。ヴィタリの説明によると、映画監督が恐れたのは、多くの準備を必要とした重要なシーンがひどく失敗する可能性を見ることだったのだ。  「血の質や色をできるだけ自然にするために、何週間も何週間も費やしました」と、現在70歳のヴィタリは言う。「赤すぎてもいけない。何百ガロンもの血を流すわけですから、その濃さも重要です。エレベーターのようなものに大きな圧力がかかると、気をつけないと吹き飛んでしまうから」。  大がかりなスタントが失敗することに、彼がどれほど神経質になっていたかを考えると、キューブリックがそもそもなぜエレベーターに血液を入れるというアイデアを思いついたのか、疑問に思うのは当然だろう。それは原作に忠実(スティーブン・キングが愛する1977年の小説)でありたいということではない。この小説の中でキングがオーバールックのエレベーターに詰め込んだのは、パ...

【関連動画】『シャイニング』でステディカム・オペレータを担当した、発明者でもあるギャレット・ブラウンのインタビュー動画

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  自動翻訳で「日本語」を選んでご覧ください  キューブリックが、上記動画にも登場するステディカムのデモ・フィルムを観たのは『バリー・リンドン』のポストプロダクションの頃でした。その時点ではスティーブン・キングの小説『シャイニング』の存在をまだ知りません。キューブリックはすぐギャレット・ブラウンに連絡を取り、「私は黙っておくから、装置の正体がバレる危険性がある装置の影が映り込んだ14フレームをカットするように」と伝えました。その後キューブリックはどの高さまでカメラを下げられるか問い合わせをしていて、ブラウンは「ローモード」と呼ぶ装置を開発、『シャイニング』の撮影にそれを使いました。実際の撮影ではさらに床から1インチ(2.5cm)の高さまで下げるため、車椅子使うなどの工夫しました。撮影現場でブラウンは、キューブリックの多テイクぶりに驚いたそうです。  動画でブラウンは、『シャイニング』におけるスティディカムの映像を「神視点」「悪魔的性質」と語り、「超自然現象(スーパーナチュラル)」と表現しています。まさしくそれはキューブリックが狙ったことで、『シャイニング』の数々の改変(生垣動物を生垣迷路に、こじんまりとしたリゾートホテルを各室が廊下で繋がれた巨大ホテルに)は、まず「スティディカムありき」だったことが伺えます。つまり、キューブリックは初めから「超自然現象」を視覚的に表現するために、スティディカムの映像を最大限利用つもりだったのです。小説『シャイニング』の映画化における改変は、キングとキューブリックの宗教観や家族感、映像化の方向性の違いとしてよく語られてきました。ですが、全ての権限を掌握して映画作りをするキューブリックは「欲しい映像のためにはストーリーはおろか設定さえも変更する」ということをします(例えば『2001年宇宙の旅』におけるディスカバリー号の目的地の土星を木星に変更するなど)。それはこの『シャイニング』でも同じなのです。  キューブリックはストーリーやコンセプト、テーマを「映像で語る」監督です。キューブリックが小説『シャイニング』を、スティディカムの映像ありきで改変をしたのでは?という考察は、あまりなされてきていませんが、映画『シャイニング』を理解する上でとても重要なことではないかと考えています。

【ブログ記事】『2001年宇宙の旅』の「白い部屋」でボーマンがグラスを落として割るのは、演じたキア・デュリアのアイデアだった!

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右手にグラスを当て、落として割ってしまうボーマン 年をとり、老眼であることを示すように眼を細める演技まで計算されている 撮影は1966年夏。モノリスのシーンはカチンコによると7月7日となっている   『2001年宇宙の旅』の終盤、「白い部屋」(カチンコには「Hotel Room」と書かれている)でのシークエンスで、食事中のボーマンがグラスを割ってベッドの年老いた自分に気づくアイデアは、演じたキア・デュリアが 「何かを聞いたり何かを感じたりする瞬間を(今までのシーンと)違った形で迎えてみたい。グラスを突き倒して、身をかがめようとして、その動きの途中で何かを感じ取れるようにすれば、これまでのやり方の繰り返しにならなくて済む」(出典:『2001:キューブリック、クラーク』)  と提案しました。これに対してキューブリックは許可を出し、その日の撮影日報に「とてもよい」と書き込んだそうです。撮影現場でのアイデアを重視するキューブリックの寛容な姿勢がこの名シーンを生み出したんですね。

【撮影・技術】絵コンテ(Story Boad)

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キューブリック直筆の『スパルタカス』ラストシーン用の絵コンテ。キューブリックは絵はあまり得意でなかったようだ。   撮影の準備をするために描かれた連続されたスケッチ画。撮影するシチュエーションや構図、ライティング、セリフなどが書き込まれている撮影のための「下書き」。  キューブリックは基本的に出たとこ勝負の撮影を好むので、緻密に設計された絵コンテは必要としなかったようだが、『スパルタカス』では大規模な撮影が、『2001年宇宙の旅』では特撮が中心で緻密な撮影計画が必要だったので、絵コンテが残されているのだろう。まだ本格的な撮影に不慣れだったハリウッドデビュー作の『現金に体を張れ』では当時妻だったトーバに絵コンテを描かせている。また『2001年…』と同じように特撮中心の『A.I.』も絵コンテやイメージボードが大量に残されている。

【撮影・技術】ADR(Automatic Dialogue Replacement)

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ADR・Dubbing(wikipedia)   「オートマティック・ダイアログ・リプレースセメント」自動的に台詞を置き換えること。つまりアフター・レコーディング(アフレコ)もしくはダビング。  キューブリックはこのアフレコを毛嫌いしていて、マイクの小型化が実現するとすぐに採用するなど、常に撮影と台詞の同時録音にこだわった。アシスタントのレオン・ヴィタリによると、  「撮影の際に描写される雰囲気が決してADRでは、醸し出すことができないからだと思う」 とインタビューで応えている。  現場では小型マイクとブームマイクを使い分けていたようで、編集の際には他のテイクの台詞の一部分のみを切り出し、使用テイクの音源と差し替えたりするなど、あくまで同時録音にこだわっていたようだ。  キューブリックは処女作『恐怖と欲望』でアフレコに手間取り、当初4万ドルだった経費に更に上乗せして2万~3万ドル余計に支払わされる羽目になり、それもあってこのADRを嫌っていたのかもしれない。  ただし、すべて同時録音だったわけではなく、状況によって(例えば『2001年宇宙の旅』のHALのセリフ)はADRも使用している。

【撮影・技術】ポストプロダクション (Post-production)

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『バリー・リンドン』を自宅で編集中のキューブリック  撮影後に行う編集、アフレコ、BGMや効果音などの音入れ、特殊効果の追加などの後行程の事で作業は多岐に渡る。キューブリックはプリプロダクションにも時間をかけるが、ポストプロダクションにも時間をかけるので有名で、特に編集とそれに合わせたBGMの選定には徹底したこだわりを見せている。

【撮影・技術】ディゾルブ(Dissolve)

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 前の映像から次の映像に移る際、前の映像に溶け込むように次の映像が現れる編集方法。キューブリックはこのディゾルブについて、  「私は特にディゾルブが好きではないのでそれを使わないようにしている。しかし一つのシーンが前のシーンに続いた同じ場所であるときや、時間の経過を明確にしたいときには、ディゾルブはしばしばそのことを示す最も簡単な方法だ」(引用:『イメージフォーラム増刊 キューブリック』) と発言している。  上記の動画は『シャイニング』のタイトル・シークエンス。最初の湖の空撮のカットと次の森の空撮のカットを溶け込みように繋いでいるのが「ディゾルブ」。

【撮影・技術】タイトルバック(Title Background)

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キューブリック作品のタイトルバックを集めた動画  タイトルバックとは、映画やテレビドラマなどの映像作品において、オープニングやエンディングなどで、タイトルの題字やスタッフクレジットが入っている部分のこと。  キューブリックはこのタイトルバックについて、あまりこだわりはなかったようで、  「メインタイトル(タイトルバック)のことは全然気にかけていない。とても凝っていて感心したものもあるが、凝ったメインタイトル製作費の無駄遣いに過ぎず、その映画を損なうものだと思う。私の見方は非常に単純だ。映画の最初のショットは観客が席についてから最も興味深いものであるべきだということだ。タイトルと比べて映画の中身がつまらなく見えることに加えて、凝ったタイトルというのは、アニメーション、特殊効果、オプティカル処理、それに大抵、非常に高いデザイナーを意味する。これはつまり相当多くの経費がかかるということだ。私ならその費用を映画自体にかける方を選ぶ」(引用:イメージフォーラム増刊 キューブリック) と明言している。  実際、キューブリック作品には凝ったタイトルバックの作品は皆無で、シンプルなものばかり。それも大抵は黒バックに白抜き文字が多く、例外的に『時計じかけのオレンジ』がカラフル仕様になっている程度。それでも『2001年宇宙の旅』は言うに及ばず、『時計…』『フルメタル・ジャケット』『博士の異常な愛情』『ロリータ』(最後の2作品は発想が似ている)など、最低限の映像で最大級の効果を上げていている。

【撮影・技術】シネラマ(Cinerama)

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史上初のシネラマ映画『これがシネラマだ』の予告編。スクリーンに映像のつなぎ目が見える。  三台カメラを使って35mmフィルムで撮影し、三台の映写機で180度に湾曲したスクリーンに1:2.88という超ワイドの映像を映し出す方式。音響も多チャンネルを使用し、映像と音響で観客を包み込むという画期的な上映システムだったが、専門の上映館が必要なためコストがかさみ、現在は廃れてしまった。  混同されがちだが『2001年宇宙の旅』のシネラマは正確には「スーパーシネラマ方式」といい、撮影や上映が煩雑になるシネラマ方式を改良し、70mmのフィルムを特殊レンズを使って一台の映写機で湾曲スクリーンに投影する方式。この方法だと三台の映写機を使う際に問題となるつなぎ目の不自然さが解消される。  『2001年…』はシネラマ上映を前提に制作されたが、シネラマ館のみで上映されたわけではなく、当然通常の映画館での上映もされている。しかしキューブリックの意図を最大限汲み取ろうとするならシネラマでの鑑賞がベストなのは間違いない。そういう意味では70mm版や35mm版でしか観ていない人は厳密な意味では「『2001年…』を観た」とは言えないかも知れないが、シネラマで観る方法がない以上、それを云々するのは詮無いだけだ。仮設の屋外劇場でも良いからいつかどこかで『2001年…』の「完全再現上映」が行われる事を切に希望してやまない。

【撮影・技術】ドルビー・システム(Dolby System)

『時計…』のエンドクレジットに記載された「DOLBY LABORATORIES INC.」の文字  いかにこの「ドルビー・システム」が画期的だったか!現在のデジタル音源に慣れてしまってすっかりこの事を忘れていました。ある年代以上の方でないと、この記事は面白くないかもしれません。  このドルビー・システム、当時標準だった音声記録媒体の磁気テープ(オープンリールやカセットテープなど)ではどうしても問題となったヒスノイズ(サーというテープ走行音)を低減する画期的なシステムでした。一般的にはドルビーBとドルビーCが知られていて、レコードからカセットテープにダビング時、それを使う事によってヒスノイズが低減されるため、ウォークマンでのヘッドホンで音楽を聴く事が一般的だったこの時代、ドルビーがあるとないとでは音質に大きな差があったのです。でもドルビーをかけると音が「こもり気味」になるので、それを嫌った人はあえてドルビーを切って聴いたりしてました。(管理人もその派で特にドルビーCは嫌いでした)  何故突然ドルビーの話を持ち出したかというと、このドルビー・システムが映画で初めて使用されたのが『時計じかけのオレンジ』だからです。(録音時のみ)キューブリックは当時レコーディング・スタジオで普及しつつあったドルビー・システムのノイズ低減効果に着目、マスターレコーディングの際に業務用のAタイプを使用ました。その後1970年代の中頃になると、『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』で本格的に用いられた事をきっかけに、劇場の音質向上に多大な貢献をしたそうです。  現在ではデジタル録音・再生が当たり前になったため、業務用はともかく、一般レベルでは全くその名を聞かなくなりました。現在に例えるなら、MP3のコーデックで音質を云々するノリに近いと思っていれば間違いないと思います。

【撮影・技術】プリプロダクション(Pre-production)

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『アーリアン・ペーパーズ』の衣装のテスト  撮影前の事前準備の事。キューブリックはこのプリプロダクションに1年もしくはそれ以上という、長期間を当てるので有名だった。因にキューブリック作品でプリプロダクションまで進んでいながら実現しなかった企画は、現在判明しているものでは『ナポレオン』『アーリアン・ペーパーズ』『A.I.』の3企画。『A.I.』はスピルバーグが企画を引き継ぎ完成させ、2001年に公開されたのは周知の通り。  上記は残された『アーリアン・ペーパーズ』のプリプロダクションの資料。モデルになっている女優はオランダ人女優のヨハンナ・テア・ステーゲ。

【撮影・技術】アドリブ(Ad lib)

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セラーズの右手を殴るアドリブでソ連大使役のピーター・ブルが思わず笑ってしまっている  キューブリックは撮影現場でのアドリブを「要求する」監督でした。それは数々の証言に裏付けされている厳然たる事実です。しかし「キューブリック アドリブ 許さない」でググればまあ出てくるわ出てくるわ、ソースもなしに「キューブリックはアドリブを許さない」と断定した記述が。一見緻密に創られているキューブリック作品の印象がそうさせるのかも知れませんが、「印象」は印象であってソースにはなり得ません。  『博士の異常な愛情』のピーター・セラーズや『時計じかけのオレンジ』のマルコム・マクダウェル、『フルメタル・ジャケット』のリー・アーメイのアドリブは有名ですが、あの『2001年宇宙の旅』でさえもボーマン役のキア・デュリアが  「撮影中でも、別のシーンの撮影予定があと一週間に迫ると、僕たちはセットにあるスタンリーのトレーラーに行った。すると彼はテープレコーダーを回し始める。僕たちは脚本をもとにアドリブでやって、次の日に新しい脚本をもらった」 (引用:『映画監督スタンリー・キューブリック』) と証言しています。キューブリックにとってアドリブの要求とテイクの繰り返し、それは全て「クリティカル・リハーサル・モーメント(リハーサルの決定的瞬間)」を求めての事なのです。  その反面、プリプロダクション(撮影準備)には1年以上と長い時間をかけていました。これは「撮影現場では何が起こるか分からないので、ありとあらゆる事態を想定して念入りに準備する」という事だと思います。つまり、撮影現場でのアドリブを前提しての措置だという事です。  「シーンのリハーサルをするときには、普通、カメラについて全く考えないのが良い。もし考えると、私の経験ではそのシーンのアイデアを最大限探求することを間違いなく妨げる。撮影するに値することが遂に起こったとき、その時がどう撮るか決めるときだ」 (引用:『イメージフォーラム増刊号 キューブリック』)  つまり、予め構想されていた撮影を予定通りこなす事に興味なく、あくまで現場で「その瞬間」が起こるのを待つ。いかにも報道カメラマン出身のキューブリックの、これこそ「アドリブ指向」を端的に示す言葉ではないでしょうか。

【撮影・技術】ドリーショット(Dolly Shot)

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 キューブリックが好んだ撮影方法のひとつ。カメラをドリー(台車)に乗せて動かしながら撮影する方法。台車の下にレールを敷く場合もある。広義にはカメラを移動させながら撮影する方法の全般を指すが、キューブリック作品の場合、ステディカムやクレーン撮影と区別するため、「台車を使った撮影」の意味で使われる場合が多い。  キューブリック作品で有名なのは『現金に体を張れ』のアパートのシーン。壁を突き抜けて横に移動しながら俳優の動きを追っている。また『バリー・リンドン』の戦闘時の行進シーン、『フルメタル・ジャケット』のラストシーンでは集団で一方向へ歩いていく部隊を平行移動するドリーショットで撮っている。『時計じかけのオレンジ』のオープニングは奥から手前の引きのドリーショットで、この時は台車だけでレールは敷かずに撮影された。  上記動画は『突撃』でドリーショットを使用しているシーンが連続して登場する。塹壕内ではまるでステディカムのように滑らかなカメラ移動に驚かされる(当然この頃はまだステディカムは存在しない)。キューブリックはこの映像が撮りたいために、史実とは異なり塹壕を台車が通れる幅に広げたという。続いての突撃シーンではキューブリックお得意の平行移動によるドリーショットだ。これらのシーンはカメラマン出身のキューブリックのこだわりが遺憾なく発揮されたまさしく「GREAT SCENE」と呼ぶにふさわしい。

【撮影・技術】スニーク・プレビュー(Sneak Preview)

 一般的には「ごく限られた人たちだけに向けた試写会」の意味で使われていますが、厳密には「極秘試写会」という意味だそうで、「映画の題名、内容、監督、出演者などを一切知らせず行う試写会のこと」だそうです。  ここでは前者の意味として使用します。キューブリックはこのスニーク・プレビューを行った後、更に編集を行うことがよくありました。『博士の異常な愛情』ではパイ投げシークエンス</a>をまるまるカットしましたが、有名なのは『2001年宇宙の旅』の件です。ニューヨークでの試写に向かう客船内でも編集作業をし、試写後さらに編集をして月面シーンや船内活動シーンなど、約20分ほどカットしています。また『シャイニング』では全米公開後5日ほどして病院のシークエンスなどをカットしています。  『アイズ ワイド シャット』では1999年3月2日、ワーナーのテリー・セメル、ロバート・ディリー、トムとニコールに向けてスニーク・プレビューされましたが、その5日後に亡くなってしまいました。つまり恒例の試写後の更なる編集はしていないと思いますので厳密には『アイズ…』は未完成のまま公開、という事になります。  キューブリックはこのスニーク・プレビュー後の編集について 「私はいつもできあがった映画を、初めて見るかのように見ようとしている。映画を一人で、または観客と共に、数週間試写をする。この方法でなければ、正しい長さを決める事ができない」(引用:『イメージフォーラム・キューブリック』) と語っています。

【撮影・技術】クリティカル・リハーサル・モーメント(Critical Rehearse Moments)

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「CRM」を求め何日間も悩み続け、撮影が止まるということも珍しくない  キューブリックが撮影の際、アドリブを促したり、何度もテイクを重ねる理由はクリティカル・リハーサル・モーメント(リハーサルの決定的瞬間)を求めてのことです。つまり素晴らしくクリエイティブなアイデアを得る瞬間の事です。キューブリックは『時計じかけのオレンジ』でアレックスが『雨に歌えば』を歌いながら暴力を振るうというアイデアや『シャイニング』におけるジャック・ニコルソンの演技を例に挙げています。『アイズ ワイド シャット』でもキッドマンはキューブリックにリハーサル中「我々は何かを掴んだね」と言われたと証言しています。  ちなみに『クリティカル・リハーサル・モーメント』を略すと『CRM』となり、『博士の異常な愛情』に登場した暗号封鎖回路『CRM114』と同じになります。キューブリックがいつ頃からこの『クリティカル・リハーサル・モーメント』の用語を使い始めたかは分かりませんが、ダブルミーミングが好きなキューブリックがこの偶然の一致を気に入っていたのは確かで『2001年宇宙の旅』ではスペースポッドの形式番号として(作品内では確認できず)、『時計…』では血清の型番号として、『アイズ…』では遺体安置所がC棟1階14号室として登場(作品内では確認できず)しています。また、他の映画監督にも影響を与えていて、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のオープニング・シークエンスは特に有名です。

【愛機】ライカIII(Leica III)

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セルフポートレート、1940年代  キューブリックが愛用したライカIII、写真集『ドラマ&影:写真1946-1950』が発表されて一気にメジャーになった感のある上記の写真で手にしているのがライカIIIです。  この写真、『ドラマ&影』には1940年代としか表記がありませんでしたので、撮影時期と場所の特定を試みたのですが、『あるコーラスガールの日常生活』のアウトテイクと思われますので、撮影日時は1949年3月、場所はニューヨークである事が分かります。上記写真は顔全体と両手まで入る大きい鏡の前で撮影していますから、コーラスガールが出演中の待ち時間の楽屋で撮ったのではないでしょうか。最初は宿泊していたホテルで撮ったのかと思いましたが相当大きい鏡ですからね。ただ日にちは違うかも知れません、時計をしていないですから。数日に渡る同じ一連の取材で撮った物とするならば、キューブリック20歳、ニューヨークでの写真という事になります。  でもご存知の通り、キューブリックって同じ格好ばっかりするので有名ですからね・・・。髪型も少し違うような気がします。服装で特定できないのが辛いところです(笑。  ところでキューブリックは35mmではコンタックスも愛用していました。『地下鉄車中での秀作』(1946年)はコンタックスで撮影した事が知られています。しかもレリーズをポケットに隠し、盗み撮りだったみたいです。そのコンタックスですが詳細な型番までは不明ですので、情報が分かれば記事にしたいと思います。

【愛機】コダック・モニター620(Kodak Monitor 620)

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コダック モニター Six-20(写真は当人のものではありません)  キューブリックが16歳の誕生日に父親から贈られた、生涯初めての記念すべき自分専用のカメラ。13歳の誕生日には父親が所有していたスピード・グラフィックを譲られています。キューブリックはこのカメラや35mmをぶらさげ被写体を探しては学校や街を歩き回り、学校のチアガールの撮影ではプリントの裏に「スタンリー・キューブリック撮影」とスタンプを押して被写体になった人に渡していたそうです。それにしても・・・ずいぶんとウザい奴です(笑。  このコダック・モニター620、フィルムは620サイズで6×9cm(ロクキュウ)になりますからスピグラと比べるとコンパクトです。キューブリックは後に「あんなにカメラを安定して持てる人を他に知らない」とカメラマンからも高い評価を得ていますが、その基礎は子供の頃にスピグラを使いこなすことによって身体で憶えたのかも知れません。そして次がこのコダック、そして更にコンパクトなローライへと続くのですが、スピグラが扱えればどうってことないでしょうね。現在でも「カメラを本格的に始めるならまず一眼から」と言われますが、こういう事も関係しているんでしょう。 【ご注意】現在キューブリックが初めて使用したカメラについて、スピード・グラフィックとコダック・モニター620と両方のソースがあるようです。評伝『映画監督スタンリー・キューブリック』によるとグラフレックス(スピード・グラフィック)となっていますが、これは父親所有のものだった事が記されています。一方の1948年10月のカメラ誌の記事には「キューブリックは19歳の誕生日を向かえたばかりだが、丁度3年前に父親からコダック・モニター620を贈られた」とあります。両方のソースを考慮すると、上記のように13歳の誕生日に父親所有のスピード・グラフィックを譲り受け、16歳の誕生日に改めて新品のコダック・モニター620を贈られたのではないか、と判断して記事にいたしました。

【愛機】スピード・グラフィック(Speed Graphic)

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LACMAで開催された『スタンリー・キューブリック展』に展示された本人所有の「スピグラ」  キューブリックが初めて手にした記念すべきカメラ。「父親からのプレゼント」と言われていますが実際は父親所有の物で、当時13歳だったキューブリックに使用許可を与えただけではないかと推察しています。まあキューブリックの事ですから、そんな事はおかまいなしに自分の物として使い倒していたであろう事は容易に想像できます。評伝によると、アパートの階下に住むマーヴィン・トローブと一緒になって写真を撮りまくり、彼の家にあった暗室にしょっちゅう通い詰めるという事態に。そんなキューブリックを見たマーヴィンの伯母に「あの子には自分のアパートがないのかしら」と皮肉まで言われる始末なのでした。  そんなキューブリックに自分のカメラを独占されたお父さん、しょうがないんで3年後の16歳の誕生日には正式にキューブリック専用の物としてコダック・モニター620を贈っています。  さて、このスピードグラフィック(俗にスピグラと呼ぶそう)というカメラ。よくギャング映画などでマスコミがバシャバシャとフラッシュを焚いて写真を撮っているシーンを見ますが、まさにそれになります。以前紹介したローライフレックス・スタンダートより大きい大判カメラと呼ばれるもので、子供が扱うにはとても大変だったろうと思います。フィルムは4×5判(シノゴ)で、デジタル全盛以前はプロ用フィルムとして定番のサイズでした。とにかくフィルムが大きいのでポスターやカレンダー、看板など、大きく引き伸す必要のあった撮影には必ず用いられていました。  難点はフィルムが12枚しか装填できず、1枚撮るごとに感光防止シートを引き抜かなければならなかった点です。昔の人は本当に良く考えてシャッターを切らないとシャッターチャンスを逃していたんですね。「下手な鉄砲(数撃ちゃ当たる)方式」でOKなデジカメとは雲泥の差、シビアな世界です。  現在LACMAで開催中のキューブリック展には実物のスピグラが展示中です。もちろんキューブリックの物ですが、父親の遺品でもあります。大切に取っていたんですね。両親の葬式には出席できなかったキューブリックですが、それなりに想いはあったのでしょうね。 【ご注意】現在キューブリックが初めて使用したカメラについて、スピード・グラフィックとコダック・モニター6...

【考察・検証】キューブリックは何故「撮影はスタンダード、音声はモノラル」にこだわったか?

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 『アイズ ワイド シャット』のDVDには「キューブリックの意図した撮影時のアスペクト比(スタンダード)で表示されています」との表記がある。1999年の時点ではテレビはまだブラウン管が主流だったからだと思われる。なお、BDにはこの表記はなく16:9での表示  書籍『ザ・スタンリー・キューブリック・アーカイブ』に掲載されている撮影アスペクト比の一覧。ただ、『バリー・リンドン』の1.77にはファンの間から疑義の目が向けられている(個人的には1.66ではないか?と判断)。  ステディカムの使用やビデオのモニター使用に代表されるように、撮影方法や制作システムなどでは新しい技術を大胆に取り入れていたキューブリックでしたが、肝心の作品は最期まで「撮影はスタンダード、音声はモノラルが基本」(一部を除く)を貫き通しました。今回はこの件に関して考察したいと思います。  キューブリックが映画製作を始めた1950年代は撮影・上映はスタンダードでモノクロ、音声はモノラルが一般的でした。キューブリックも当然それに倣って映画を作り始めます。ところがその後映画は急速な発展を遂げ、カラー化はもちろん、視覚的にも迫力が増すワイド化の道を進み始めます。しかしその際、全世界共通の上映基準を設けなかったために、あちこちで規格が異なるという混沌とした状況を招いてしまいました。また、音声もステレオからサラウンド、THXなど規格が乱立してしまいます。  さらにテレビの一般家庭への普及が事態をいっそう混乱させます。映画がテレビでオンエアされるようになると、スタンダードサイズであるブラウン管にワイドサイズの映画が収まるはずはありません。今では考えられませんが、当時は無理矢理左右を圧縮して歪みまくった映像や、左右をバッサリとカットするという、制作者の意図をまるで無視した映画が平気でオンエアされていました。当然音声は当時のテレビではモノラルが標準です。  画面の配置やレイアウトに人一倍こだわるキューブリックがこの事態を深く憂慮していただろう事は想像に難くありません。視聴者側がどのような再生装置で作品を鑑賞するかによって全く印象が異なってしまうのですから、製作者が採るべき方法は限られてきてしまいます。すなわち「音響設備の悪いどこの映画館でも、家庭用のテレビでもなるべく同じ印象を持たれるようなフォーマットで映画を作る」とい...