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【関連記事】早川書房社長の早川浩氏、アーサー・C・クラークと一緒に『2001年宇宙の旅』を鑑賞した思い出を語る

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『2001年宇宙の旅』(1968年) 〈前略〉   あるとき「ヒロシ、スタンリーのあの映画は見たか?」と聞かれた。クラークの小説をスタンリー・キューブリック監督が映画化した「2001年宇宙の旅」である。まだ見ていないと答えると「じゃあ一緒に見よう」と2人で映画館に入った。見終わった後、「自分で切符を買ってこの映画を見るのは実は初めてだ。実にいい作品に仕上がっている」と珍しく笑顔を見せていたのを覚えている。 〈以下略〉 (引用: 日本経済新聞『私の履歴書』(16)巨人の面影/2025年6月17日 )  クラークの著作を数多く翻訳・出版している早川書房の社長、早川浩氏がアーサー・C・クラークと一緒に『2001年宇宙の旅』を鑑賞した話を日本経済新聞の『私の履歴書』で語っていたのでご紹介。  ずいぶんとご機嫌なクラークの姿が目に浮かぶようですが、試写会時や公開当初は映画『2001年…』を気に入っていないどころか、失望すらしていたとは思えないほどの厚遇ぶりですね。鑑賞した日時は不明ですが、文章の内容から評価が酷評から激賞に変化した1968年夏以降だと思われます。ちょうどその頃に小説版が発売され、その邦訳版の出版契約か何かで渡米された時のエピソードではないでしょうか。  上記記事は有料とありますが、無料会員登録すれば月1回まで有料記事が無料で読めます。全文が気になる方はぜひ登録を。 情報提供:Kさま

【関連記事】キューブリックの傑作映画「時計じかけのオレンジ」の原作者アンソニー・バージェスが小説執筆を後悔したのはなぜか?

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 アンソニー・バージェスのSF小説「時計じかけのオレンジ」は、仲間と共に暴力犯罪を繰り返して刑務所に入った15歳の少年アレックスが、ルドヴィコ療法という人格矯正治療を受ける話です。映画監督のスタンリー・キューブリックが同名の映画を制作したことで世界的に有名な文学作品になりましたが、原作者のバージェスは後に執筆を後悔していたとのことで、その経緯についてスペインの大手新聞であるエル・パイスがまとめています。  映画「時計じかけのオレンジ」では、クラシック音楽をバックに陰惨な暴力描写が繰り広げられ、世界中の観客に大きな衝撃を与えました。また、ルドヴィコ療法を受けて一時は暴力や性行為を想像すると生理的嫌悪感を覚えるようになったアレックスが、最終的には元の残虐な心を取り戻すという展開も、自由と管理社会の衝突に対する風刺的な側面が強いものでした。「時計じかけのオレンジ」というタイトルは、アレックスがルドヴィコ療法で強制的に道徳的人間に変えられたように、果汁や甘味がある生物に機械的な道徳を適用する行為を暗示しているとのこと。  キューブリックの映画が世界中で話題となった後、新聞には「『時計じかけのオレンジ』強姦魔の一味を警察が追う」「『時計じかけのオレンジ』戦争で子どもが死ぬ」など、若者による苛烈な暴力や性犯罪を「時計じかけのオレンジ」と結びつける言説が増加したそうです。  原作者のバージェスは、イギリスの小説家であるD・H・ローレンスの伝記「Flame into Being(存在の炎)」の中で、「(『時計じかけのオレンジ』の)誤解は死ぬまで私を追いかけます。誤読される危険性があったので、この本を書くべきではありませんでした」と、ローレンスの問題作「チャタレイ夫人の恋人」になぞらえて書いています。バージェスは、「バチカンで修道女がレイプされたら、新聞社から私に電話がかかってきます」と述べ、「時計じかけのオレンジ」のせいで自分が暴力の専門家扱いされてしまったと愚痴をこぼしています。しかし、バージェス氏は問題の根本は小説ではなく、キューブリックの映画の方にあると主張していました。  1986年にアメリカで「時計じかけのオレンジ」が再刊された時の序文では、「私が初めて『時計じかけのオレンジ』という小説を発表したのは1962年で、世界の文学的な記憶から抹消されるには十分な過去であるはずで...

【関連記事】キューブリック版『シャイニング』に対するスティーブン・キングの言い分

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Stephen King(wikipedia) 〈前略〉 デッドライン:『シャイニング』は大好きな本の1つでした。初めてキューブリックの映画を見たとき、本を読みながら想像していたものと違うなと感じたのを覚えています。でも、何年も何度も見ているうちに、あの映画の壮大な映像の素晴らしさがわかってきて、だんだん好きになっていったんです。当初は、あまり感動していなかったんですね。キューブリック監督は非常に偏屈な監督で、作家と共同作業をするようなタイプには見えませんが、このことはあなたの記憶にどのように残っているのでしょうか? スティーブン・キング:スタンリーと事前に電話で話したのですが、彼が本の中に自分の方法を見つけようと、手を伸ばしているのが感じられたのを覚えています。幽霊がいるならば、死後の世界がある、私たちはただ死ぬだけでなく、前に進むのだという前提があるということですから。そして私は、「キューブリックさん、地獄はどうなんですか?」と言ったんです。向こうで長い沈黙があり、彼はとても硬い声でこう言いました。「私は地獄を信じない」。でも、もし幽霊がいるとしたら、彼らは悪者にされるのと同じくらい、「光の中に入ってくる 」可能性が高いと私は思います。パトリック・スウェイジ主演の映画『ゴースト/ニューヨークの幻』を覚えていますか? デッドライン:はい、もちろんです。 スティーブン・キング:そこでは幽霊は本当は私たちの味方なんだけど、死ぬという体験が彼らを狂わせたのと同じようなものなんだ、という感じがしました。とにかく、『シャイニング』は美しい映画だと思うし、見た目も素晴らしいし、前にも言ったように、エンジンの入っていない大きくて美しいキャデラックのようなものです。そういう意味で、公開当時、多くの批評はあまり好意的ではなく、私もその一人でした。当時は黙っていましたが、あまり気に入ってなかったんです。 デッドライン:今はどうですか? スティーブン・キング:あの映画では、ジャック・トランスというキャラクターには何の文脈もありませんので、私も同じように感じています。全く文脈を描いていない。ジャック・ニコルソンを初めて見たとき、彼はホテルの支配人であるアルマン氏のオフィスにいたんですが、そのとき彼はネズミのように狂っていたんです。彼はますますおかしくなっていくんです。本の中では、彼は自分...

【関連記事】「グリーンマイル」「シャイニング」「キャリー」スティーブン・キング作品の映像化の裏側は?

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  テキサス州オースティンで開催されたファンタスティック映画祭(9月22日~29日)に、興味深いドキュメンタリー映画が出品された。タイトルは「King on Screen(原題)」。テーマは“ホラーの帝王”スティーブン・キングの映像化作品だ。今回、監督を務めたダフネ・ベビールが単独インタビューに応じてくれた。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki) 〈中略〉  キングは、自身の原作を基にした映画「シャイニング」(スタンリー・キューブリック監督)を毛嫌いしていた。その理由のひとつは、キングにとって、原作小説がとても個人的な作品だったから。キング作品の読者も、ストーリーを変更したキューブリック監督の映画版に対して、公開当初、拒否反応を示していた。やがて、キング自身も不満をあらわにし、自らテレビのミニシリーズ「シャイニング」を手がけることになった。  「原作は、キングにとって(まるで)我が子のように感情的な絆を持った存在。彼は、フィルムメイカーの(思い通りの)脚色のために、映画化権を与えていました。映画版『シャイニング』が自由な解釈と方向性をとり、そこに満足できなかった事実を突きつけられたことで、キング自身の方法によって、作品を修復したかったのだと思います。キングの作品が成功していなかった時代について、『King on Screen(原題)』で語っているパートを見てみると、キングの視点がわかるはず。テレビ版「シャイニング」を脚色することができたのは、自らの原作に近いから。キングの脚色では、主人公ジャック・トランス(映画版ではジャック・ニコルソンが演じた役)が正気を失っていくさまを、視聴者が完全に感じ取ることができると思います。キャラクターの進化(=変化)を探求する時間があるため、ミニシリーズで描いた点も良かったと思います」 〈以下略〉 (引用元: 映画.com/2022年10月4日 )  スティーブン・キングはジャック・ニコルソンのキャスティングに際して「彼だと最初から狂っているように見える」と批判し、自身が監修を務めたTVドラマ版ではスティーブン・ウェバーをキャスティングしました。ですが、キングの言葉を引用するなら「彼だと最後までいい人に見えてしまう」という結果になってしまいました。つまり「いい人が狂った演技をしているだけにしか見えない」ということ...

【考察・検証】小説『時計じかけのオレンジ』の訳者、乾 信一郎氏による最終章に関するあとがきを検証する

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左から最終章が掲載されていない旧版、最終章が収録されている選集版、完全版  1980年に出版された『アントニイ・バージェス選集〈2〉「時計じかけのオレンジ」』には最終章が翻訳され、掲載されているという話は前から知っていたのですが、現在ではその最終章が収録された完全版が一般に流通していますので、この選集版を紹介する意味はないと思っていました。ところが訳者である乾 信一郎氏のあとがきに興味深い記述を発見したので、それを元に例の「最終章問題」を検証してみたいと思います。以下がそのあとがきです。  この小説が一部二部三部にわけられていることはごらんのとおりであるが、その第一部と第二部はそれぞれ七つの章から成り立っている。問題なのは第三部である。一九六二年の英国版初版にはこの第三部も七つの章になっているのだが、その後に出た版になるといずれも最終章の第七章が削除されている。最も新しい版と思われるペンギン・ブックスの一九七七年版にもこの最終第七章は無い。  どういう事情からこの最後の章がはぶかれたのかは不明だが、その章があるのは初版だけであって、あとの版にはないとなると、当然作者側と出版社側との間に削除についての合意があったとしか考えられない。出版社が勝手に削除して出版するわけがない。以上のような解釈から訳者は一九七一年(昭和四十六年)に翻訳出版の際第三部の第七章がはぶかれているものをテキストとして翻訳し、その旨を断っておいた。また、一九七七年(昭和五十二年)初版発行のNV文庫版でも同様にしておいた。  ところがその後早川書房編集部で一九七四年のPlayBoy誌上にバージェスのインタビュー記事が出ているのを発見。訳者もそれを見せてもらったが、その中にはもちろんバージェスの著作中でのベストセラー『時計じかけのオレンジ』のことに触れた部分があった。それによるとバージェスはキューブリック監督によって映画化された『時計じかけのオレンジ』には数々の不満があるというのだ。特に結末の部分がいけないという。キューブリック監督は原作の最後の章を読んでいないんじゃないか、とあった。なぜかというと、最後の章では主人公の若いアレックスは成長し、暴力を時間の浪費だったと反省するようになり、結婚して子供をもうけ、●●●(引用先が伏せ字なのでそれに倣います)になろうと考えるようになる。ところが映画では暴力はま...

【ロケーション】チェルシーホテル(Hotel Chelsea)

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 『2001年宇宙の旅』の共同原案者、小説版『2001年…』を執筆するために長期滞在したニューヨークにある老舗ホテル。宿泊していたのは1008号室。数多くのアーティストが定宿にしていたホテルとして有名で、作家のディラン・トマスやセックス・ピストルズのシド・ヴィシャスのガールフレンドであるナンシー・スパンゲンはこのホテルで死亡している。また、ニコのアルバム『チェルシー・ガール』もこのホテルからの引用だ。  クラークが『2001年…』を執筆している、その当時の写真は以下の通り。

【関連記事】スティーブン・キング氏、「シャイニング」続編について語る

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Stephen King(IMDb)  ホラー作家のスティーヴン・キング(Stephen King)氏(66)に、何からアイデアを得ているかなんて聞かないほうがいい。彼自身、アイデアの由来については分からないのだから。  そんなキング氏だが、1977年に出版した「シャイニング(The Shining)」のインスピレーションをどこから得たかは覚えている。  当時、コロラド(Colorado)州に住んでいたキング氏が、ホリデーシーズンが終わる頃の週末に、妻と山へ行ったときだ。滞在したスタンリーホテル(Stanley Hotel)の宿泊客はキング氏らだけだった。  「私たちはかなりシーズンから外れていた。みんながチェックアウトしてるところに、チェックインしたのだから」と、キング氏は振り返る。「外は吹雪で風のうなる音が聞こえたし、いすは全てテーブルの上に乗せられていて、気味が悪かった」  夕食後、妻は部屋に帰っていった。誰もいない殺風景な食堂に残されたキング氏は、その「雰囲気に浸った」という。「それから私も部屋に戻ろうとしたとき、壁際の消防ホースを見て思ったんだ。『うわっ、もしこれがヘビになって襲ってきたらどうなるだろう』とね。部屋に帰るまでには、頭の中でストーリーが全部できていたよ」  「シャイニング」は、人里離れたホテルに閑散期の管理人としてやって来たジャック・トランス(Jack Torrance)が妻と息子を殺そうとする話だ。1980年には、スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)監督、ジャック・ニコルソン(Jack Nicholson)主演で映画化された。  そして初版から35年以上たった今年、キング氏は続編「ドクター・スリープ(原題、Doctor Sleep)」を出版した。続編の主人公は、前作では超能力を持つ少年として描かれていた、ジャックの息子ダニー・トランス(Danny Torrance)だ。死んだ父と同じようにアルコール依存に陥り、暴力性を抱えた中年になるが、ホスピスで働きながら超能力を使って患者の安楽死を手伝っている。そしてテレバシー能力を持つ子供アブラ(Abra)と出会い、過去が呼び覚まされる。  いつもは続編を書かないと、キング氏は言う。「ストーリーを書き終えたら、登場人物とも別れる。彼らを嫌いになるわけではなく、次に何が起こるかな...

【関連記事】S・キング、キューブリック版「シャイニング」を改めて批判

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 スティーブン・キングが、1977年の長編小説「シャイニング」の続編「ドクター・スリープ(原題)」が9月24日に刊行されたのにあたり、英BBCのインタビューに応じた。  キングはそのなかで、スタンリー・キューブリック監督、ジャック・ニコルソン主演で製作された1980年の映画版について「好きですか?」と問われ、「ノー。非常に冷たい映画だ」と即答。「私は冷たい人間ではない。人々が私の小説に感じる要素のひとつに、暖かさがあると思っている。読者に対して物語を共有してほしいと訴えかける感じ。だが、キューブリックの『シャイニング』には、あたかも蟻塚のなかの蟻を観察するかのように登場人物を見ている冷たさを感じる」と話した。  さらに、「シェリー・デュバル演じるウェンディは、映画史上でもとりわけ女性蔑視的な描かれ方をしている。単に悲鳴を上げるだけの馬鹿な女で、それは私が書いたウェンディとは違う」と嫌悪感をあらわにした。  キューブリック版「シャイニング」が原作とはかなり異なる部分が多く、キングが当初から批判を繰り返してきたことは広く知られている。なお、続編小説「ドクター・スリープ」では、中年になったダニー・トランス(ジャック&ウェンディ・トランス夫妻の一人息子で、前作ではまだ少年)の物語が展開される。 (引用: 映画.com ニュース/2013年9月30日 )  いや、まったくもってその通りで、原作のウェンディはとても洞察力があり、性的にも魅力的な女性に描かれています。映画のようにただ受け身ではなく、機転を利かせたり行動力もありますし。でもキングも語っている通り映画版『シャイニング』の魅力はその「あたかも蟻塚のなかの蟻を観察するかのように登場人物を見ている冷たさ」にあるんですよね。当然続編の『ドクター・スリープ』は小説版のダニーの性格設定を引き継ぐものとして展開するでしょう。ただ今時「成長したダニーがヴァンパイア軍団と戦う」っていうのはどうなんでしょう? あまりにも前作『シャイニング』の世界観と違う気がするのですが・・・。

【関連記事】「スティーヴン・キングだけど何か質問ある?」海外掲示板にまさかの巨匠が降臨

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Stephen King(IMDb)  ホラー小説の巨匠スティーヴン・キング氏。彼の作った小説の30作品以上が映画化されてると言い、「ショーシャンクの空に」「スタンド・バイ・ミー」「シャイニング」など、馴染み深い作品も多いかと思います。  そんな彼がなんと、「何でも質問を受け付けるよ」と海外掲示板に登場したことで、大変な盛り上がりを見せていました。  なかでも興味深いやりとりを、抜粋してご紹介します。 Q: もし小説の中から現実の世界に登場人物を連れてこれるなら、誰に会いたいですか? A: アニー・ウィルクスはないな。シャイニングのダニー・トランスだね。 Q: キューブリック監督が映画化した、「シャイニング」と「ショーシャンクの空に」についてどう思いますか。書いたものをうまく展開できていますか A: ショーシャンクは気にいったね。シャイニングについてはそれほどという感じ。飲んだくれてラリった時代を思うと、初期の頃の本はやりなおしたいね。悪いというほどじゃないが、もっとよく出来るという意味で。ちなみにほとんどの仕事はシラフでやっている。 (一部抜粋、全文はリンク先で) (引用: らばQ/2013年06月25日 )  たまたまネットを徘徊していたら見つけたのでご紹介。『シャイング』に関する部分だけの抜粋です。アルコール依存症だった頃に執筆された『シャイニング』をやり直したいだなんて、やっぱりそれだけ思い入れの深い作品なんですね。こういった発言からもキングはジャック・トランスというキャラクターに、著しく自己投影していた事が伺えます。それに一番会ってみたいキャラクターがダニーとは・・・。ダニーは理想とする自分の子供、もしくは自分の理想の少年時代を体現するキャラクターなのかも知れません。  それを映画ではあんな風に「ヒャッハー!!呪われたホテルの一員として帰還できてハッピーだぜ!」なんてストーリーに改変されたら、そりゃ怒りますよね。キューブリックに見込まれたのが運のツキ、この件に関してだけはキングに同情の余地はありますね。

【小説家】ウィリアム・メイクピース・サッカレー(William Makepeace Thackeray)

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   『バリー・リンドン』の原作者。他には『虚栄の市』(1847-48)が過去何度かTVシリーズとして映像化されている。1835年に結婚を機に新聞社の通信員となるが2年で退職し、評論や『アイルランド・スケッチブック』(1840)、『俗物の書』(1846)などの小説などの執筆で生計を立てる。『バリー…』(1844)はこの頃の作品になる。『虚栄の市』で作家としての地位を確立し『ペンデニス』(1848 - 50)、『ヘンリー・エズモンド』(1852)、『ニューカム家の人々』(1853 - 55)などを発表した。  1811年7月11日インド・カルカッタ生まれのイギリス人。1863年12月24日に『デニス・デゥヴァル』の執筆中に死去。ケンサルグリーン墓地に葬られた。享年52歳。

【小説家】アルトゥール・シュニッツラー(Arthur Schnitzler)

 『アイズ ワイド シャット』の原作、『夢小説(夢奇譚)』の作者。他の著作は『アナトール』、『輪舞』など。それぞれ1921年、1950と64年に映画化されている。尚、『夢小説』は舞台はウィーンで年代は19世紀末だったため、場所はニューヨーク、時代は20世紀末、馬車はタクシーに、性病はエイズに翻案され映画化された。  1862年オーストリア・ウィーン生まれ、1931年没。

【関連記事】作家スティーブン・キングが何度もレンタルする「ハズレなしの定番映画」20本

 「キャリー」「シャイニング」「ショーシャンクの空に」などの映画原作者としても知られるモダンホラーの巨匠スティーブン・キングが、コラムを連載中の米エンターテインメント・ウィークリー誌で、新作映画に疲れたときにレンタル店で借りたくなる「ハズレなしの定番映画」ベスト20を発表した。  自作の映画化では唯一「クジョー」がランクイン。「ディー・ウォレスがアカデミー主演女優賞にノミネートされなかったことに、今も腹を立てている」とか。また、「タイタニック」という少々意外なセレクションについては、キング自身も「どうぞ、笑いたければ笑ってくれ」とコメントしている。  その他、「恐怖の報酬」「遊星からの物体X」ともに、「オリジナルも素晴らしいがリメイクのほうが好き」などといった好みも告白している。 スティーブン・キングの定番映画ベスト20は以下の通り(順不同)。 「恐怖の報酬」(77/ウィリアム・フリードキン監督) 「恐怖の報酬」(53/アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督) 「スリング・ブレイド」(96/ビリー・ボブ・ソーントン監督) 「ワイルドバンチ」(69/サム・ペキンパー監督) 「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(99/ダニエル・マイリック&エドゥアルド・サンチェス監督) 「ブルース・ブラザース」(80/ジョン・ランディス監督) 「ダイ・ハード」(88/ジョン・マクティアナン監督) 「死の接吻」(47/ヘンリー・ハサウェイ監督) 「ガルシアの首」(74/サム・ペキンパー監督) 「博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」(64/スタンリー・キューブリック監督) 「遊星からの物体X」(82/ジョン・カーペンター監督) 「ケイン号の叛乱」(54/エドワード・ドミトリク監督) 「クジョー」(83/ルイス・ティーグ監督) 「1941」(79/スティーブン・スピルバーグ監督) 「Night of the Demon(Curse of the Demon)」(57/ジャック・ターナー監督/日本未公開) 「サタデー・ナイト・フィーバー」(77/ジョン・バダム監督) 「タイタニック」(97/ジェームズ・キャメロン監督) 「殺しの分け前/ポイント・ブランク」(67/ジョン・ブアマン監督) 「彼と人魚」(48/アービング・ピシェル監督) 「白熱」(49/ラ...

【関連記事】『2001年宇宙の旅』の脚本家、アーサー・C・クラーク死去

 『2001年宇宙の旅』の脚本を書いたイギリスのSF作家、アーサー・C・クラークがスリランカで亡くなったことが明らかになった。90歳だった。アーサーの秘書が発表したところによると、アーサーは、ポリオ後症候群による呼吸障害と長年闘っていたという。  『2001年宇宙の旅』は1968年にスタンリー・キューブリック監督とともに脚本を執筆。キューブリック監督に映画化された本作は、今なおSF映画の名作として映画史に刻まれている。  アーサーは、死の直前まで宇宙人の存在が証明されること、今よりも美しいエネルギーを抱いた世界になること、そして自分が住むスリランカの内戦が終結し、平和な未来が訪れることを願っていたという。 (引用: シネマトゥデイ映画ニュース/2008年3月19日 )  遂にSF界の巨星墜つ・・・・だけどこの記事、脚本家っていうのはどうかと。その前に偉大な小説家であり科学者ですよね。ちゃんとそこまで触れて欲しかった。2001年には間に合いましたが、2010年には間に合いませんでした、残念です、合掌。

【小説家】ピーター・ジョージ(Peter George)

  『博士の異常な愛情』の原作『赤い警報』(邦題『破滅への二時間』)の作者で元イギリス空軍の中尉。その時のペンネームはピーター・ブライアントだった。『博士…』に脚本として参加しているが、同時期に公開され盗作騒ぎまであった『未知への飛行』にもノンクレジットながら脚本に参加している。『博士…』公開直後他界した。アルコール中毒だった。  1924年3月26日イギリス・ウェールズ出身、1966年6月1日死去、享年42歳。

【小説家】ウラジーミル・ナボコフ(Vladimir Nabokov)

  『ロリータ』の原作者。ロシアのサンクト・ペテルスブルグ出身で、フランス、ドイツ、アメリカと各国を転々とする。『ロリータ』は、1954年に脱稿し、アメリカの4つの出版社に持ち込んだが、 内容が内容だけに、見事に出版を断られている。 翌55年になって、 パリのオリンピア・プレスによってやっと出版され、ベストセラーとなった。  『ロリータ』の映画化権をキューブリックが獲得した際、ナボコフは脚本のオファーを受けたが、過去に脚本で苦い経験をしているナボコフはそれを断った。だが、周りの薦めもあり結局オファーを受ける事に。ナボコフが最初に脱稿した脚本は、キューブリックから「このまま映画化すると7時間の映画になるから短くしてくれ」といわれ書き直しになり、それから半年後にやっと脚本が完成する。だが、キューブリックはちゃっかりその脚本にも手直しを加えた。  キューブリックが脚本にクレジットされていないのは本作と『スパルタカス』だけ。『スパルタカス』はともかく、本作にクレジットしなかったのは、これだけ社会的に大問題になった小説の映画化だけに、各方面から批判を浴びるのは容易に想像されたので、脚本でクレジットされるのはナボコフだけで充分、という計算があったためだと言われている。  公開当時は映画を褒めちぎっていたナボコフだが、後になって「いくつかの本質的な部分とは関係ない箇所(卓球台のシークエンスや浴槽でスコッチを飲むハンバート)は楽しいが、その他は痛々しい限りだ」と批判している。  他の作品は、『青白い炎』、『アーダ』など。1899年4月23日生まれ、1977年7月2日スイスのローザンヌで死去した。

【小説家】アンソニー・バージェス(Anthony Burgess)

  『時計じかけのオレンジ』の原作者で小説家。『時計…』(1963)は、バージェスが脳腫瘍で余命1年と診断されたため(結局誤診だった)『ひとつの解答への権利』(1961)、『ある国の悪魔』(1962)、『見込みのない種子』(1963)と同時期に短期間で書かれた小説のひとつ。第二次世界大戦中のロンドンで妻がアメリカの脱走兵にレイプされるという事件が起こり、その苦しみ抱えつつ脱稿した。後にバージェスはこの小説を「アル中状態で書いたクズ本」と酷評している。1917年2月15日イギリス・マンチェスター出身、1993年11月22日死去。  本来の小説版は最終章の第21章で、アレックスが暴力に魅力を感じなくなっている自分に気が付き、成長したと自覚するところで終わっている。ところがアメリカの編集者は第21章が追加されたいない原稿をそのまま印刷してしまった。(現在は第21章で終わっている修正版を出版済)、そのアメリカ版を読んだキューブリックはそれに気付かず、気付いた後になっても「これまでの調子と合わないから」と採用しなかった。小説家の思い入れには全く組みしないキューブリックらしいエピソードだ。

【小説家】グスタフ・ハスフォード(Gustav Hasford)

  『フルメタル・ジャケット』の原作者。主人公のジョーカーと同様に、海兵隊の報道員としてベトナム戦争に参加し、その経験を元にこの作品を書き上げた。出版印税も底を尽き、車で生活していた所に映画化が決定し、思わぬ大金を手にする事に。映画にも脚本として参加するが、その扱いは決して良くなかったようだ。キューブリックは原作者による干渉を好まない。原作者の思い入れを映画に持ち込んで欲しくないからだろう。原題は『ショート・タイマーズ(Short Timers)』。  1947年11月28日アラバマ生まれ、1993年1月29日死去。