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【ロケーション】ウィリアム・ハワード・タフト高等学校(William Howard Taft High School)

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旧ウィリアム・ハワード・タフト高等学校(google map)  キューブリックが青春時代を過ごしたニューヨーク・ブロンクスにあった公立高校。 wiki によるとそうとうの問題校だったらしく、「失敗した学校」の烙印を押されてしまっています。出席率は常に86%程度、しかも犯罪率が非常に高かったそうです。まあ貧困地区の公立高校の典型的な例でしょうね。キューブリックが在籍していた当時はユダヤ系やイタリア系移民が多かったみたいですが、1990年代に黒人やヒスパニックが流入し、さらに治安が悪化したようです。2008年6月に閉鎖、現在はいくつかの専門学校が入居していますが、外観は当時のままですので雰囲気は楽しめますね。ただ、聖地巡礼は上記の理由から止めておいた方が良さそうですが。  同校の出身者にはキューブリックの級友であり、キューブリックの初期作品に協力した後、自身も映画監督になるアレクサンダー・シンガー、同級生には歌手のイーディー・ゴーメがいる。キューブリック最初の妻、トーバ・メッツもこの学校の出身。

【愛機】コダック・モニター620(Kodak Monitor 620)

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コダック モニター Six-20(写真は当人のものではありません)  キューブリックが16歳の誕生日に父親から贈られた、生涯初めての記念すべき自分専用のカメラ。13歳の誕生日には父親が所有していたスピード・グラフィックを譲られています。キューブリックはこのカメラや35mmをぶらさげ被写体を探しては学校や街を歩き回り、学校のチアガールの撮影ではプリントの裏に「スタンリー・キューブリック撮影」とスタンプを押して被写体になった人に渡していたそうです。それにしても・・・ずいぶんとウザい奴です(笑。  このコダック・モニター620、フィルムは620サイズで6×9cm(ロクキュウ)になりますからスピグラと比べるとコンパクトです。キューブリックは後に「あんなにカメラを安定して持てる人を他に知らない」とカメラマンからも高い評価を得ていますが、その基礎は子供の頃にスピグラを使いこなすことによって身体で憶えたのかも知れません。そして次がこのコダック、そして更にコンパクトなローライへと続くのですが、スピグラが扱えればどうってことないでしょうね。現在でも「カメラを本格的に始めるならまず一眼から」と言われますが、こういう事も関係しているんでしょう。 【ご注意】現在キューブリックが初めて使用したカメラについて、スピード・グラフィックとコダック・モニター620と両方のソースがあるようです。評伝『映画監督スタンリー・キューブリック』によるとグラフレックス(スピード・グラフィック)となっていますが、これは父親所有のものだった事が記されています。一方の1948年10月のカメラ誌の記事には「キューブリックは19歳の誕生日を向かえたばかりだが、丁度3年前に父親からコダック・モニター620を贈られた」とあります。両方のソースを考慮すると、上記のように13歳の誕生日に父親所有のスピード・グラフィックを譲り受け、16歳の誕生日に改めて新品のコダック・モニター620を贈られたのではないか、と判断して記事にいたしました。

【愛機】スピード・グラフィック(Speed Graphic)

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LACMAで開催された『スタンリー・キューブリック展』に展示された本人所有の「スピグラ」  キューブリックが初めて手にした記念すべきカメラ。「父親からのプレゼント」と言われていますが実際は父親所有の物で、当時13歳だったキューブリックに使用許可を与えただけではないかと推察しています。まあキューブリックの事ですから、そんな事はおかまいなしに自分の物として使い倒していたであろう事は容易に想像できます。評伝によると、アパートの階下に住むマーヴィン・トローブと一緒になって写真を撮りまくり、彼の家にあった暗室にしょっちゅう通い詰めるという事態に。そんなキューブリックを見たマーヴィンの伯母に「あの子には自分のアパートがないのかしら」と皮肉まで言われる始末なのでした。  そんなキューブリックに自分のカメラを独占されたお父さん、しょうがないんで3年後の16歳の誕生日には正式にキューブリック専用の物としてコダック・モニター620を贈っています。  さて、このスピードグラフィック(俗にスピグラと呼ぶそう)というカメラ。よくギャング映画などでマスコミがバシャバシャとフラッシュを焚いて写真を撮っているシーンを見ますが、まさにそれになります。以前紹介したローライフレックス・スタンダートより大きい大判カメラと呼ばれるもので、子供が扱うにはとても大変だったろうと思います。フィルムは4×5判(シノゴ)で、デジタル全盛以前はプロ用フィルムとして定番のサイズでした。とにかくフィルムが大きいのでポスターやカレンダー、看板など、大きく引き伸す必要のあった撮影には必ず用いられていました。  難点はフィルムが12枚しか装填できず、1枚撮るごとに感光防止シートを引き抜かなければならなかった点です。昔の人は本当に良く考えてシャッターを切らないとシャッターチャンスを逃していたんですね。「下手な鉄砲(数撃ちゃ当たる)方式」でOKなデジカメとは雲泥の差、シビアな世界です。  現在LACMAで開催中のキューブリック展には実物のスピグラが展示中です。もちろんキューブリックの物ですが、父親の遺品でもあります。大切に取っていたんですね。両親の葬式には出席できなかったキューブリックですが、それなりに想いはあったのでしょうね。 【ご注意】現在キューブリックが初めて使用したカメラについて、スピード・グラフィックとコダック・モニター6...

【機材】ローライフレックス・スタンダート(Rolleiflex Standard)

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ローライフレックス・スタンダートを持ってポーズを決める若き日のキューブリック  キューブリックがルック社のカメラマン時代に愛用していたローライ社製の二眼レフカメラ。フィルムは通常の35mmより大きく6cmあるブローニーで、ブローニーカメラ(中判カメラ)と呼ばれています。フィルムが大きい分画質が良いので、主に風景写真やプロカメラマンなどプロフェッショナル専用というイメージがありますが、愛好家も数多くいて、デジタル全盛の現在でも隠れた人気があります。ファッションカメラマンがファインダーを上から覗き込みながらハンドルでフィルムを廻してシャッターを切るシーンなんかをよく見かけますが、あれがブローニーカメラです。  フィルムは35mm(24×36mm)とは縦横比が異なり、6×4.5cm判、6×6cm判、6×7cm判、6×8cm判、6×9cm判とさまざまありますが、ローライフレックス・スタンダートは6×6(ロクロク)用なのでその名の通り正方形になります。写真集『写真で見るその人生』のP37~43に掲載されているノートリミングでベタ焼きされた正方形の写真は全てこれで撮ったものだと思われます。キューブリックはカメラマン出身なので映画撮影ではスタンダードサイズにこだわった・・・などどいう論を唱える人は、カメラといえば35mmかデジカメしか知らないのでしょう。プロである以上、どんな縦横比のフィルムでもキッチリと構図を決めて撮る事ができます。もちろんキューブリックも、です。当たり前の話ですね。  しかし映画はそうはいきません。上映館や再生装置(TVなど)によって縦横比が大きく変わってしまいます。これにはキューブリックも頭を抱えた事でしょう。なにしろ撮影時には構図を完全に決めていても、再生場所によってそれが崩れてしまうのですから。それへのせめてもの対策は ここ で記事にしています。  当時キューブリックはこれ以外にもスピード・グラフィックやコダック・モニター620、コンタックス、ライカIIIも愛用していたようです。本人所有のスピード・グラフィックの実物は現在LACMAで開催中のキューブリック展で展示されています。

【トリビア】F.D.R DEAD(フランクリン・ルーズベルト死す)

  キューブリックが初めて写真でお金を稼いだ記念碑的な作品。正式には『スタンリー・キューブリック、無題、1945年4月』。ルック社に25ドルで買い取られ、写真雑誌『ルック』6月26日号に掲載された。この時キューブリックは高校在学中でまだ16歳。早熟すぎますね。そして高校卒業後、ルック社で報道カメラマンとして4年余り働く事になる。