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【考察・検証】作品タイトルを『短期除隊兵(ショート・タイマーズ)』から『完全被甲弾(フルメタル・ジャケット)』に変更したキューブリックの真意とは

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パイルが呟く「フル・・メタル・・ジャケット」はタイトル回収シーンであり、本作品で最も重要なシーンだ  原題の『ザ・ショート・タイマーズ』を採用せず、「響きが美しく象徴的だから」と『フルメタル・ジャケット』というタイトルを採用したキューブリック。「響きが美しい」は原題『短期除隊兵(ショート・タイマーズ)』と比較すればすぐ理解できますが(キューブリック曰く「まるで半日しか働かない人みたいじゃないか!」)、「象徴的」とは何を象徴していると考えてのコメントだったのでしょうか? 【フルメタルジャケット弾(full metal jacket / 被覆鋼弾、完全被甲弾)】  貫通性が高い通常の弾丸。弾芯が金属(メタル)の覆い(ジャケット)で覆われているメタルジャケット弾の一つ。ボール(Ball)とも呼ばれる。ほとんどのフルメタルジャケット弾は、弾芯である鉛をギルディング・メタル(真鍮の一種。混合率は銅95%、亜鉛5%)で覆っている。軍用ライフルでは、目標衝突時の弾頭変形を防ぎ貫通力を高めるため、このフルメタルジャケット弾が使われる。メタルジャケット弾にはフルメタルジャケット弾(弾頭をギルディング・メタルで完全に覆った弾)の他にパーシャルジャケット弾(弾頭の先端部分以外をギルディング・メタルで覆った弾)があり、パーシャルジャケット弾は、目標に衝突した際に露出している弾頭先端が変形し破壊力を増す構造で、主に大型動物のハンティング用に用いられる。ハーグ陸戦条約第23条の「不必要な苦痛を与える兵器、投射物、その他の物質を使用すること」への抵触を避けるなどの人道上の理由から、軍用弾にはフルメタルジャケット弾が用いられる。(引用元: Wikipedia/弾丸 )  この解説を読む限り、フルメタルジャケットとは戦場で使用されている通常の銃弾そのもののようです。では、改めてその「銃弾」が象徴するものとは何でしょう?  映画では冒頭の散髪のシークエンスから、ラストの炎をバックにして行軍するシークエンスまで、徹頭徹尾人間を物としか扱っていないかのような空々しさが漂います。戦場では思想も、哲学も、理想も、絶望も、夢も、未来も、感情も、自由も、真実も、虚構も、そんな人間性を伴うもの全てがまるで悪い冗談にように虚しく通り過ぎてゆくだけ。唯一の現実はただひたすら銃弾によって殺し合うこと。銃弾は一度放たれたら...

【考察・検証】キューブリックはなぜ『2001年宇宙の旅』の美術デザインを手塚治虫に依頼したか?また、もし参加していればどうなっていたか?を検証する

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同じ1928年生まれの東西の天才クリエーター二人。もしこの二人のコラボが実現していたら・・・と夢想するが、果たして結果は?  1964年12月末、キューブリックは『2001年宇宙の旅』の美術監督への依頼の手紙を手塚治虫に送ります。しかし、当時『鉄腕アトム』で多忙だった手塚は当初は乗り気だったものの周囲の猛反対でこれを断念し、その旨キューブリックに手紙を書きます。翌1965年1月初旬、キューブリックから「残念だ」という旨の返信が届き、二人の手紙のやり取りは終わります(詳細は こちら )。この話は手塚が証拠の手紙を見せることができなかったこと、手塚が1964年を1963年と間違えて覚えていたことなどから「手塚のホラ話」として当時は全く信じられていませんでした。それに加えて手塚の描く「子供っぽい未来感」と、完成した『2001年…』に於けるディテールまでこだわり抜いたリアルな世界観とのギャップがあまりにも大きかったことも影響したのではないかと思います。現在ではこの話は「事実」と確定していますが、では、キューブリックは手塚(『鉄腕アトム』)のどこが気に入って美術監督のオファーをしたのかを、事実を列挙しつつ考察してみたいと思います。 (1)ストーリーからの考察  1965年2月、後に『2001年宇宙の旅』となるSF作品は『星々の彼方への旅(Journey Beyond the Stars)』として記者発表されます。ここでMGMに渡されていた脚本はクラークが1964年のクリスマスにキューブリックに「結末は未定だがそれ以外は完成した」として渡したものであると思われます。つまり、手塚治虫にオファーした段階は脚本の初稿が出来上がった段階と言えるでしょう。その初稿の詳細については不明ですが、初期段階の脚本(小説)の一端はアーサー・C・クラーク著の『失われた宇宙の旅2001』に掲載されています。以下はその一部の抜粋です。フロイド議員(博士ではない)がロボット開発担当のブルーノ博士とロボット「ソクラテス」(後のHAL)の研究室を訪問し、ロボットの説明と人工睡眠のテストの視察を行うシーンです。  ドアが開いた。ソクラテスはかるがると優雅に歩き、議員団と対面した。 「おはようございます、フロイド上院議員。適応マシン研究所一般ロボット工学部門へようこそいらっしゃいました。わたしはソクラテスといいま...

【考察・検証】『2001年宇宙の旅』の字幕の珍訳「ハルも木から落ちると言うでしょ」を検証する

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 ファンの間ではある意味有名な「ハルも木から落ちると言うでしょ」という珍訳。これはHALの行動に疑念を抱いたボーマンとプールが、スペースポッドの中でHALの停止を相談するシーンに登場します。まずボーマンが「HALの言う通り、9000型はミスを犯したことがない」と切り出し、それに対してプールが完璧だと思われているものでもミスをすることがある日本の例え「猿も木から落ちる」の「猿」と「HAL」をかけて「ハルも木から落ちると言うでしょ」と言うのです。この字幕は木原たけし氏によるもので、初出は『2001年…』が初めてビデオ化された1980年当時のものだと思われます。  一方、吹替版では「しかし間違いを指摘したのも同じ型のコンピュータですよ?」と、視聴者にHALが異常であることを改めて示す内容になっていて、字幕版とは全くセリフが異なります。この初出は『2001年…』の日曜洋画劇場でのTVオンエア時、つまり この時 ですね。訳は飯嶋永昭氏によるもの。  では、初公開時はどうだったのかというと「だがどうにもそのままには信じ難い」(引用:キネマ旬報社『世界SF大全』)となっていて、訳は田山力哉氏。フロイド博士が娘に買った誕生日プレゼント「ブッシュベビー」を「乱れ髪の赤ちゃん」と誤訳した方です。  さて、肝心の原語はどうなのかと言えば「Unfortunately, that sounds of a little like famous last words」というセリフで、訳すと「残念だが、有名なその言葉はこれで最後になりそうだな(残念だが、それはどうかな。という皮肉)」で、プールはHALが異常であることを確信している内容になっています。実はこのセリフは意味深で、このセリフに怒ったHALが「だったらそう言うお前を最後にしてやる!」と言わんばかりにプールを殺害するからです。  以上のように、セリフひとつ取ってみても訳者が様々な工夫しているのが見て取れるのですが、字幕にも厳しいキューブリックがどこまで詳細にチェックしていたのかは不明です。例えば『フルメタル・ジャケット』ですが、字幕を担当した原田眞人氏によると「最初はチェックされたがある程度まできたら任されていた」と語っています。キューブリック本人も「なにしろ日本語の構文法は、我々には普通じゃない」と半ばお手上げ気味で、そもそも『2001年...

【考察・検証】「ロリータ・ファッション」の語源はキューブリックの『ロリータ』のポスターであるという嶽本野ばら氏の説を完全否定する

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 そもそもヒラヒラ服が何故、ロリータと呼ばれるようになったのか?JaneMarpleを含むDCブランドが隆盛を極めた八〇年代から九〇年代、日本の服飾界には海外とは異なる独自の潮流が難れた。過剰な少女趣味。表現する用語が見当たらなかったので、誰かが深い考えもなく“少女らしさ”というニュアンスをそれに置き換えてみた。イメージはナボコフの「ロリータ」ではなくキューブリックの映画「ロリータ」でもなく、その映画のポスター。あの赤いハート型のサングラスをして赤いキャンディを舐めてる女のコの絵はカッコ可愛くてお洒落じゃないですか。 ──嶽本野ばら「ロリータ・ファッション」(2024年、国書刊行会) (引用: Fashion Snap/2024年7月2日 )  嶽本野ばら氏は「少女趣味でヒラヒラしたファッションを「ロリータ・ファッション」と呼ぶようになったのはキューブリックの『ロリータ』のポスターである」としていますが、これは完全に間違っています。なぜなら1994年に再上映されるまで、ファンの間でさえキューブリックの『ロリータ』は存在感が薄かったからです。確かに1990年代にはキューブリック版『ロリータ』のポスターやポストカードがオシャレ系雑貨店で売られていましたが、それはロリータブームの後追いで便乗して売られていたにすぎません。そんな状況下であるのに、『ロリータ』がロリータ・ファッションの語源になるはずがありません。それにファッションアイコンとしての「ロリータ」という言葉は1987年にはすでに存在していた(『流行通信』1987年9月号)のです。時系列が全く合いません。 『流行通信』1987年9月号  では「ロリータ・ファッション」の「ロリータ」という言葉はどこから来たのか?私はファッションの専門家ではありませんが、心当たりはいくつかあります。まず、この国では「ロリータ」という言葉よりも先に「ロリコン」という言葉が流行ったという事実があります。1979年公開の宮崎駿監督『ルパン三世 カリオストロの城』には「妬かない妬かない、ロリコン伯爵」という台詞が出てきますし、ロリコン漫画の祖と言われる吾妻ひでおの『ななこSOS』は1980年、1983年の手塚治虫のインタビューでは「僕は(ロリコンブームを)ただ利用してるだけ」(引用: 手塚治虫OFFIOFFICIAL )という発言まであ...

【考察・検証】『フルメタル・ジャケット』の脚本段階でのラストシーンを検証する

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ジョーカーが撃たれた瞬間のイメージ写真(ロバート・キャパ『崩れ落ちる兵士』) ジョーカー、8歳。プラスチックのライフルを携えて野原を走っている。 「動け、動け、動くんだ!!!」 みんながあなたに何をすべきか指示する。動け、動け、動き続けろ。動きを止めれば、ためらえば、心臓は止まる。足はおもちゃのように巻き上げる機械だ。 ジョーカー、海兵隊員。走りながらライフルを撃つ。 ジョーカー、8歳。おもちゃのライフルを撃つ。 世界中を走り回れるような気分だ。今、アスファルトはトランポリン、素早く優雅に、緑のジャングルの猫のように。 ジョーカー、海兵隊員、走る。 ジョーカー、8歳、走る。 足が瓦礫の上を上へ上へと連れて行く...上へ...上へ...あなたはそれを楽しんでいる...あなたは人間ではなく、動物であり、神のように感じている...あなたは叫ぶ「死ね!死ね!死ね、このクソ野郎ども!死ね!死ね!死ね!」 海兵隊員のジョーカーは、自動小銃の連射で撃たれる。 8歳のジョーカーは、苦痛を伴い胸を押さえ地面に倒れ始める。彼の映像はキャパの有名なスペイン内戦の写真のようなポーズで、静止したフレームが捉えるまでスローダウンする。その写真には、致命傷を負った男がカメラによって落下中に永遠にぶら下がっている。 しかし、この写真は8歳の少年のものだ。 墓地。ジョーカーの葬儀。明るい晴れた日。ジョーカーの母親と父親は青白くやつれた顔で、天蓋の下に集まり、国旗で覆われた棺と対面し、親戚や友人たちに囲まれている。ジョーカーの父親は気難しそうに話す。 「息子は…熱烈に…作家になりたいと望み…ベトナムにいる間、このノートを持っていました…遺体で発見されました。これから…そのノートから数行読みます…息子が持っていた…計り知れない…才能…を示すものです…その才能は…今では…永遠に失われてしまいました」 目に涙を浮かべながら、ジョーカーの父親は汚れて使い古されたノートの特定のページを探し回った。彼はそれを見つけると、たどたどしく声に出して読み始めた。 「私はよく…10歳の頃のことを思い出します…。私は…太陽が昇る前…そして本当に目が覚める前に…ベッドに横になって…これからの長くてエキサイティングな一日を考えるのが好きでした。 空はピンク色に染まり始め、外の静寂は木々のざわめきと鳥の鳴き声に変わりました。私は誰...

【考察・検証】キューブリックが多テイクなのは、ルック社カメラマン時代にルーツがあるのでは?という考察

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1949年、ルック社カメラマン時代のキューブリック。 Stanley Kubrick(wikipedia)   キューブリックが映画監督になる以前は報道カメラマン(正確には写真誌カメラマン)だったのは有名な話です。当然ですが使用するカメラはムービーカメラではなくスチールカメラで、主にローライフレックス(詳しくは こちら )を好んで使っていて、写真集『Through a Different Lens: Stanley Kubrick Photographs』(詳しくは こちら )に掲載されている正方形の写真は、ほぼローライで撮影されてものと考えて良いでしょう。  スチールカメラマンが被写体を撮影する際、それがヤラセであれ、ドキュメントであれ、ワンカットしか撮影しないということはありません。必ず複数テイク撮影します。理由は「その瞬間」のベストを求めてということもありますが、絞りを変えてみたり、ライティングやアングル、レンズやフィルターを変えてみたりと技術的な問題もあるからです。キューブリックはルック社時代に「ブツ撮り」もしていますが、どんな簡単な撮影でも露出を変えて数カットは撮影しています。  もちろんキューブリックの存命時はデジカメはありませんので、写真の仕上がりはフィルムの現像が終わり、ベタ焼き(フィルムを大きな印画紙に並べて現像すること。現在で言うところのサムネール)を見るまでは判断できません。この段階になって複数のテイクの中からベストのテイクを選び、ネガを印画紙に大きく焼き付けて、そのプリントを印刷に回すというのが写真誌制作のプロセスになります。  以上のように、キューブリックにとって撮影とは「数多くテイクを撮ってベストのカットをチョイスする」というのは「当たり前の行為」だったのです。ところが映画を撮り始めた当初はテイク数は多くありませんでした。キューブリックは「最初の頃は映画界の古い慣習に従うしかなかった」という旨の発言をしていますがそれだけではなく、予算も時間も限られる中、スチール写真のように「複数テイクを撮ってベストのカットをチョイスする」という行為が現実的に、立場的に難しかったのだと思います。  それが変化するのは『ロリータ』の頃からです。『スパルタカス』で業界内で一定の地位を確保し、それまでの借金生活(パートナーのハリスにお金を借りて生活してい...

【関連記事】スタンリー・キューブリックがすべてのシーンで30回以上のテイクを重ねた理由はこれだ

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撮影中に俳優と話し合いながらシーンを決めていくキューブリック。 Stanley Kubrick(IMDb)  スタンリー・キューブリック監督の狂気の沙汰には、何か意図があるのだろうか?  スタンリー・キューブリックは完璧主義者だという噂が業界内で広まっていました。キューブリックに「自分は完璧主義者だと思うか」と問えば、おそらく彼はそのレッテルを拒否しながら嘲笑うでしょう。  キューブリックが求めていたのは、1つのシーンの完璧さのために何度も撮影することではありませんでした。それは、彼の監督としての手法でしかありません。俳優の演技を引き出すために何度も何度もテイクを重ねる監督の話を聞いたことがありますが、キューブリックの手法は本質的にそれです。 〈中略〉  キューブリック監督が何度もテイクを重ねるのも、あるシーンから何を得たいかを見出した結果です。漠然としたイメージはあっても、テイクを重ねることで、ストーリーやカメラワーク、俳優の演技に肉付けがされることをキューブリックは見出していました。  キューブリック監督は、自分が何を伝えたいかを追求する一方、何がベストかを考える監督ではなく、キャストとスタッフが協力してシーンを成立させることを望んでいました。キューブリック監督は、俳優たちに選択肢を与えず演技を発展させるよう促しましたが、自分が何を望んでいるかを明示することはありませんでした。なぜなら、彼は俳優やスタッフの技術を形成する方法を知っているとは思っていなかったからです。  何度も撮影することは、キューブリックが 「完璧なショット 」にこだわる残酷な監督であることを意味するものではありません。むしろ彼は、最初の数ショットでは存在しなかったような、成熟して非凡なものに発展するようなテーマやアイデアを構築したかったのです。  監督は、シーンを何度も撮影することで、最初は気乗りしなかった俳優から多くのことを引き出すことができます。俳優にとって、ほとんど指示なしにテイクを重ねるのはフラストレーションがたまるものですが、その中で自然にセンスが働くような感覚やエネルギーを見つけることなのです。  もし、プロジェクトでうまくいかないシーンがあったら、怖がらずに、自分が正しいと感じるまで何度もテイクを試してみてください。そうすれば、あなたのストーリーに必要なエネルギーや、キャストの演...

【考察・検証】原作小説『バリー・リンドンの幸運(The Luck of Barry Lyndon)』のあらすじと映画版の違いを検証する

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絶版になっている角川文庫のサッカレーの小説『バリー・リンドン』(Amason) ●小説『バリー・リンドンの幸運』のあらすじ  (自称)上流だが没落貴族の家系に生まれたレドモンド・バリーは気性が荒く、喧嘩っ早い性格だった。父親が病死するとますます生活に困窮するようになったが、プライドだけは高かった。15歳のバリーは年上の従姉ノーラに激しい恋心を抱くが、ノーラは子供扱いして相手にしない。そのノーラに求婚してきたのはイギリス軍の将校ジョン・クィン大尉だった。ノーラ家の借金の返済を申し出たクィン大尉にバリーは激しい嫉妬心を燃やし、決闘しろと迫る。その結果はクィン大尉の死亡だった。事が表面化する前にバリーは母親の金を手にダブリンへ逃れるが、そのダブリンで詐欺師夫婦にまんまと所持金全額を詐取される。無一文になったバリーは日銭を求めて仕方なくイギリス軍に入隊、大陸に渡る船に乗る。そこで巨漢のトゥールと喧嘩になり、同じ船内で決闘の立会人をしていたフェイガン大尉と再会する。フェイガンからクィン大尉の死はバリーを村から追い出すための狂言だと聞かされ、バリーは激怒しつつも犯罪者にならなかったことに安堵した。  大陸に渡ったバリーはミンデンの戦いに参加するが、軍隊の中で後見人となってくれていたフェイガン大尉が戦死する。バリーは軍隊のみすぼらしくて野獣のような生活に嫌気が差し、重傷を負ったフェイケナム中尉が担ぎ込まれた農家で、傷により気の触れた中尉と入れ替わることを企てる。その策略に農家の娘リシェンが協力した。フェイケナムの身分証明書を手に偽の中尉となったバリーだが、プロセイン軍の大尉にあっという間に見破られ、乱闘の末取り押さえられてしまう。囚われの身となったバリーはプロセイン軍の捨て駒の兵士としていくつか戦いに参加させられる。そこでもなんとか生き残り軍功も挙げた。戦争が終わると所属の連隊はベルリンに駐屯する。バリーは隊長であるポツドルフ大尉に取り入り部下になり、同じアイルランド人であるシュヴァリエ・ド・バリバリを監視するように依頼される。バリバリは行方不明だった伯父であることに気づいたバリーは伯父と結託し、伯父は甥を密航させる手配をしてベルリンから逃げ出す。二人はドレスデンで合流、賭博師としてピッピ伯爵と共謀し大金をせしめるが、ピッピに売上金を持ち逃げされる。二人は今度はマニ伯爵に狙いを定...

【キューブリックを知る】[その4]「俳優に演技内容を指示して可能性の芽を摘まない」キューブリック独自の「何も指示しない」という演技指導法

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The Shining(IMDb)  キューブリックはカメラマン出身ということもあってか、演技については基本的にその俳優に任せるのが常だった。「俳優は監督の意向を一貫として物ともしない、監督に対する絶対の自信と侮りを持つべきだ」と語る通り、自分がその俳優に惚れ込んでキャスティングしたのだから、自分が考える以上の良い演技をしてくれるはず、という思いがあったのだ。  『時計じかけのオレンジ』のマルコム・マクダウェルは演技指導もなければ、ちっとも説明もしてくれないキューブリックに業を煮やし「進行表に〈監督:スタンリー・キューブリック〉って書いてあるけど?」と皮肉を言うと、ただ笑っていただけだったという。また『バリー・リンドン』でブリンドン卿を演じ、後にアシスタントになったレオン・ヴィタリによると「思う通りにやれ、俺に見せてみろ。ただし本気でやれ、リハーサルだと思うな」と言われ、俳優が演じている間はその周りを歩き回ってカメラの位置やアングルや、使用レンズをいろいろと試していた。つまり、キューブリックにとって撮影は脚本を映像化する「作業」ではなく、良い映像を作り出す「創造」だったということだ。それは脚本や台本にも表れていて、大抵はそのシーンの概略が手短に書かれていただけだった(例えば『シャイニング』では「ジャックは本を書かずに何もしていない」としか書かれていなかったとニコルソンは語っている)。  レオン・ヴィタリは「彼にとってリハーサルが非常に重要だった。それは彼にとってシーンの手がかりを得るための生命線だったんだよ。そして彼が見つけた距離と高さからの最初のアングル、最初のレンズが決まると残りのショットが必然的に決まっていくわけだ」とキューブリックの意図を説明している。マルコムはキューブリックがアイデアに困るとズームレンズを持ち出してくるのを知っていて、キューブリックがズームを手に取ると「お!ってことは今はアイデア切れだね?」と言ってからかったそうだ。  キューブリックは俳優がそのシーンの意味と渡されていたセリフを完全に理解しているのを前提に、まずはその通りに演じさせ、それからより良いシーンを目指して模索をはじめるという、非常に手間と時間のかかるプロセスを踏んでいた。そうなると必然的にテイク数も日数もかかってしまうので俳優やスタッフの負担も大きく、そのことが「俳優を虐めるサデ...

【考察・検証】アルトゥル・シュニッツラーの原作小説『夢小説』と『アイズ ワイド シャット』を比較して、ラストシーンの意味を考察・検証する

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顔色一つ変えず「ファック」と言い放つアリス(ニコール・キッドマン)  ●小説『ドリーム・ノヴェル(夢小説)』版 場所:夫婦の寝室 ・・・遂に―彼は彼女の横に身を伸ばして―彼女の上に屈みこみ、今はそこにも朝が現れてくるように思われる大きな明るい眼をつけた彼女の動かない顔を見ながら、懐疑的ではあるが同時に希望に満ちた 口調で、「僕たちはどうすればいいだろうか。アルベルティーネ」と問いかけた。  彼女は微笑した。そして、ちょっとためらってから、「すべての冒険―現実の冒険も夢の冒険も無事に切り抜けたことを運命に感謝すること、だと思いますわ」と答えた。 「無事に切り抜けたと云うが、全く確かだと思うかい」と彼は尋ねた。 「確かだと思いますわ。一夜の現実は、いえ、人間の一生の現実でさえ、現実であると同時に また人間の心の奥底の真実を意味するということにはならないような気がしますもの。」 「そして、どんな夢も」と云いながら彼はかすかな溜息をついた。「完全にただの夢だけというようなものではないね。」  彼女は彼の頭を両手に挟んで、やさしく自分の胸に寝かせた。「これで、わたしたちはすっかり目が覚めましたわね」と彼女は云った―「このさき長く。」  永久に、と彼は云い添えようとしたが、彼がその言葉を云い終らないうちに、彼女は彼の唇に指を一本充てがって、ひとり言でも云うように、「さきのことは尋ねないこと」と囁いた。  そこで、彼らは二人とも黙って、どちらもすこしまどろみながら、夢は見ないで、近く寄り添って横になっていたが―やがて、毎朝の例で七時に寝室の戸がノックされる。街路から聞き慣れたざわめきが伝わってくる。窓掛の隙間から勝ち誇った陽の光がさしこんでくる。隣室から子供の明るい笑い声が聞こえ、新しい一日がはじまるのであった。 (出典:『アイズ ワイド シャット』角川文庫) ●映画『アイズ ワイド シャット』版 場所:おもちゃ屋 「アリス・・・僕たちどうする?」 「どうする?・・・」 「どうって分からない」 「多分・・・きっとわたしたち、感謝すべきなのよ」 「何とか無事にやり過ごすことができた・・・危険な冒険を・・・」 「それが事実であれ、たとえ夢であれよ」 「本当に、そう思うかい?」 「本当に?」 「わたし・・・わたしに分かるのはひと夜の事なんて、まして生涯のどんな事だって、真実かど...

【考察・検証】『アイズ ワイド シャット』は、なぜクリスマスシーズンの物語なのか?を検証する

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『アイズ ワイド シャット』はクリスマスシーズンのニューヨークが舞台ですが、「クリスマス映画」と呼ぶにはちょっと問題があります。(家族じゃ観れないし)  キューブリックの遺作となってしまった『アイズ ワイド シャット』は、街がイルミネーションで彩られるクリスマスシーズン(12月)のニューヨークが舞台になっています。アルトゥル・シュニッツラーの原作小説『夢小説』では、カーニバルシーズン(2月)のウイーンが舞台です。つまりキューブリックは物語の季節を2月から12月に変更しているのです。原作では仮面舞踏会や春の訪れ(希望)を感じさせる終わり方など、この2月という時期にはそれなりに意味があるのですが、ではなぜキューブリックは原作者の意図(暗喩)を無視してまで、舞台をクリスマスシーズンに変更したのでしょうか? それには以下の大きな2つの理由が考えられます。 (1)クリスマスのイルミネーションが物語の妖しい雰囲気にぴったりだと考えたから  文字で映像を想像させる小説とは異なり、映画は映像そのものを見せてしまうメディアです。2月といのは春の直前、一番寒さの厳しい時期です。ビジュアル的にはかなり「寒々しく」しないと季節感は伝わらないでしょう。そうなるとかなり陰鬱な雰囲気の映画になってしまいます。『夢小説』は陰鬱な物語ではなく、妖しく官能的な物語です。その季節には凍てつく厳寒の2月より、クリスマスのイルミネーションが妖しく輝く、魅惑的な12月の方がふさわしいと判断したのではないでしょうか。 (2)夜のシーンが多い作品で、イルミネーションという自然な光源を数多く配置できるから  キューブリックは映像のためなら、原作改変を厭わない監督です(例:『シャイニング』における動くトピアリーの不採用と、生垣迷路の採用)。夜のシーンが多いこの小説の映像化に当たって、問題なのは光源の確保です。単純に俳優にライトを当てればいいとは考えない(詳細は こちら )キューブリックは、フィルムが感光するだけの光源をなるべく多くシーン内に、しかも自然な形で設置したかったのではないでしょうか。そうなると夜の街を照らすクリスマスイルミネーションは、まさにうってつけということになります。もちろんセットに設置したイルミネーションだけでは光量が足らないでしょうから、自然な形で補助的に照明を当てていたと思います。キューブリック...

【考察・検証】キューブリックはなぜ『バリー・リンドン』の蝋燭のシーンの撮影で、人工光を使用しないことにこだわったのか?を検証する

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Barry Lyndon(IMDb)  『バリー・リンドン』の蝋燭のシーンは一切人工光(照明装置)使わず、すべて蝋燭の光だけで撮影したことはよく知られていて、よく語られます。ですが、実際は当時存在しなかった高輝度の蝋燭を特注で作らせたり、レフ版をつかって室内全体に光をいきわたさせたりと、多少「ズル」をしたことはあまり知られていません。単純に撮影の手間だけを考えればこれらは補助光を使えば済む問題ですし、実際蝋燭のシーン以外、例えば昼間の室内のシーンでは照明を使用しています(詳細は こちら )。  ではなぜキューブリックは、「ズル」をしてしまえば18世紀の夜の室内の「完全再現」ではなくなるとわかっていながら、蝋燭の光だけで撮影することにこだわったのでしょうか?それは以下の2つの理由が考えられます。 (1)人工光が存在しない時代が舞台であれば、それを「再現」する照明であるべきだと考えていたから。  『バリー・リンドン』が製作されていた時代、具体的には1970年代半ばに至っても「アメリカンナイト」(夜のシーンを昼間に撮影し、NDフィルターをかけて夜に見せかける)で撮影された映画が一般的でした。自然光(に見えるライティングで撮影する)主義者であるキューブリックは、その「嘘臭さ」「不自然さ」を嫌っていて、映画業界に一石を投じるつもりでこの「蝋燭光だけでの撮影」にこだわったのです。それは 「【関連記事】『エル・ノルテ 約束の地』の監督、グレゴリー・ナヴァが語った「キューブリックと働いた日々」」 記事でのグレゴリー・ナバ監督の証言が全てです。キューブリックは「いいかげん嘘くさくて不自然な照明はやめるべきだ」と業界にメッセージを発信したかったのです。 (2)「蝋燭光だけで撮影された作品」というキャッチコピーで観客の関心を惹きつけ、興行成績に寄与できると考えたから。  これはキューブリック本人がそう語ったソースはありませんので、管理人個人の推察になります。『バリー…』が興行的に苦戦することは、ナポレオン映画『ワーテルロー』の失敗から折り込み済みでした。だからこそ宣伝効果を狙ってオスカーを欲しがったのだし、この「蝋燭光だけで撮影」という触れ込みもその宣伝効果を狙ったであろうことは十分考えられます。キューブリックの思惑は見事に的中し、この「蝋燭光だけで撮影」というのは当時盛んに宣伝され、話...

【考察・検証】原作? ノベライズ? 小説版? アーサー・C・クラークの小説『2001年宇宙の旅』の立ち位置を正しく理解する

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左から『宇宙のオデッセイ2001』と題された初版。映画と同タイトルの再発版。全面改訂・新訳の決定版   アーサー・C・クラークが映画公開後の1968年7月に発表した小説『2001年宇宙の旅』について、「原作」と呼ぶべきなのか、「ノベライズ」と呼ぶべきなのか・・・。一時期ファンの間で問題になったこの話題も、現在では「小説版」と呼ぶことで一定のコンセンサスを得ています。それは後年映画の製作経緯がはっきりしたからですが、このことをご存知のない方は、いまだに「原作」「ノベライズ」と呼ぶことがあるように見受けられます。ですので、その製作経緯を以下に記して、その誤解を解きたいと思います。  まずはアーサー・C・クラークによる『2001年宇宙の旅』制作秘話『失われた宇宙の旅2001』からの引用から。  わたしのほうは1964年時点では、漠然と意識しているに過ぎなかったが、スタンリーは百も承知だった。彼はこう提案した。シナリオという骨折り仕事にかかるまえに、想像力を自由にはばたかせ、まず長編小説を書いてストーリーをふくらませようじゃか。〈中略〉というわけで理論上は小説がまず書かれ(片方の目はスクリーンを気にしつつ)シナリオはそれを元につくられることになった。  このように当初はクラークが小説を書き、完成させ、それを元に映画のシナリオを作る予定でした。この通りに作業が進んだのならクラークの小説は「原作」となりますが、実際はそう簡単ではありませんでした。キューブリックは1964年12月25日、一旦完成した(この時点ではボーマンがスターゲートに到着したところまで)小説『星の彼方への旅(仮題)』を、1965年2月の記者発表の後にボツにし、ストーリーの練り直しを命じたのです。その結果、  じっさいには、ことははるかに複雑化した。(映画製作の)終わりごろには小説とシナリオは同時進行となり、フィードバックは相互に行われた。小説の初期の稿にもとづいてシナリオができ、それをもとに撮ったラッシュ(フィルム)を見て、最終稿を手直しするといったようなことを各所でくりかえした。(以上『失われた宇宙の旅2001』より) ということになりました。ただ、小説は1966年の夏にはほぼ完成していたらしく、クラークはキューブリックに出版許可のサインを求めるのですが、キューブリックはこれを固辞。これはおそらく小説...

【考察・検証】キューブリックがマルチアスペクトでの収録を指示した『博士の異常な愛情』クライテリオン版LDと、「核爆弾ロデオ」シーンのマユツバな話

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ヨーロッパビスタでの表示。劇場公開時はこのアスペクト比だった スタンダードでの表示。このアスペクト比で表示されれば、左右カットで再生(放映)されるリスクはない 当該のクライテリオン版レーザーディスク(LD)   キューブリックがワイドのマスクをNGにし、マルチアスペクトでの表示を指示した『博士の異常な愛情』クライテリオン版LDの詳細がありましたのでご紹介(引用元は こちら )。発売は1992年6月24日です。   『博士の異常な愛情』のwiki には この処置で破棄された効果の最たるものは、核爆弾と共にコング少佐が落下して行く場面でビスタサイズの背景に対し1:1.33で撮影された爆弾と少佐がはみ出し、光学合成で人為的に作られたフィクション、あるいはジョークを強く意識させる点である。 とあります。これは「通説」であり、キューブリック本人がそう発言したわけではありません。キューブリックは「1.33:1(正確には1.37)および1.66:1のマルチアスペクトで映像を表示しろ」と指示しただけです。  この件に関しては こちらの記事 で検証した通り、キューブリックが危惧したのは当時のブラウン管テレビ、すなわちスタンダードサイズでの再生時に、ワイド映像の左右カットで再生されてしまうのを恐れていたからではないかと考えます。この頃(1994年)のキューブリックはTVオンエアやビデオ化を睨んで「撮影はスタンダード、劇場上映は上下マスクのワイド(アメリカンビスタ)」というフォーマットで映画製作をしていました。この『博士の異常な愛情』もそれに準じ、スタンダードの映像でビデオ化しておけば、ワイド映像の左右カットで視聴される危険性がないと考えたのではないかと思います。wikiにある指摘、「光学合成で人為的に作られたフィクション、あるいはジョークを強く意識させる点である」は、TVで視聴している時ならともかく、ワイド(この時代はヨーロッパビスタ)で劇場上映された際にはそうなりません。もしキューブリックが通説通り「ジョーク」としてこのシーンを作ったのなら、劇場でもスタンダードで上映しろという指示があるはずです。しかしそういった事実はありません。この点からもこの「通説」は破綻していると私は考えます。ですので、こんな説得力のかけらもない「通説」は誤解を生むので、wikiから削除していただきたい...

【考察・検証】『2001年宇宙の旅』に登場する予定だった宇宙人のデザイン案を検証する

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「ジャコメッティの彫刻のような」宇宙人案(左)。スタッフの間では電力のキャラクターに似ていることから「レディキロワット」(右)と呼ばれていた。キューブリックは気に入っていたそうだ 「エナジーマン」と呼ばれた宇宙人案 「TVマン」と呼ばれた宇宙人案 「ジェリーフィッシュ(クラゲ)」と呼ばれた宇宙人案。これらはスリット・スキャンによって作られた 「ガーゴイル」と呼ばれた宇宙人案。制作にはキューブリックの妻、クリスティアーヌも手伝った テスト撮影された「ガーゴイル」。ガーゴイルには「怪物」という意味もあり、それはクラークの小説『幼年期の終わり』を想起させる ブルース・ローガンによって試作中のグリッド状の宇宙人 「ポルカ・ドットマン」と呼ばれた宇宙人案 「ポルカ・ドットマン」を演じたダン・リクター。リクターは猿人「月を見るもの」も演じている   キューブリックは『2001年宇宙の旅』に宇宙人(異星人・エイリアン・地球外知的生命体、人類の上位的存在)を登場させようと公開ギリギリまで粘っていたというのはよく知られた話です。その登場シーンは「スターゲート・シークエンス」でした。このシークエンスは(1)ワームホールによる空間転移シークエンス、(2)星の誕生・銀河の誕生、もしくは生命の誕生シークエンス、(3)地球外知的生命体との遭遇シークエンス、(4)原始惑星の誕生シークエンスと続き、やがてボーマンは「白い部屋」に到着します。つまりボーマンは「宇宙空間を光速以上のものすごい速さで移動しながら、宇宙が誕生し、宇宙人と遭遇し、その力によって惑星(世界)が誕生する」というプロセスを目撃するのです。そうなると「スターゲート・シークエンス」は、映画のテーマに関わる重要なシーンの連続ということになるのですが、CGのない当時、キューブリックが求める映像のクオリティと映像表現を両立させるためにはあいまいな表現にならざるを得ず、現在に至っても正しく理解されているとは言い難いのが実情です。そして、その「あいまいさ」にさらに拍車をかけたのは、このシークエンスに「宇宙人が登場しない」からなのです(例外的に 「マインドベンダー」 シーンで抽象的に登場してる)。  共同で原案やストーリーを担当したクラークは、意固地になって宇宙人を登場させようとするキューブリックのこの試みには冷ややかで、自著『失われた宇...

【考察・検証】表題『時計じかけのオレンジ』は誤解が元?バージェスは映画を支持していた?小説版の最終章はオプション扱い?アンソニー・バージェス財団のサイトの記述を検証する

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アンソニー・バージェス財団の『時計じかけのオレンジ』のページは こちら   キューブリックが映画化した『時計じかけのオレンジ』について、原作者のアンソニー・バージェスが小説版の最終章を採用しなかったことについて批判していたことは知られていますが、逆に全く知られていない事実があります。それはバージェスはキューブリックの映画版を「当初は」支持していたという事実です。このことは以前こちらでも記事にしていますが、バージェス財団のサイトにも同様の記述があります。  バージェスは『リスナー』誌上で公開時に本作を熱烈に評価し、公開後もキューブリックと友好的な創作関係を築いた。キューブリックはバージェスにナポレオン・ボナパルトの生涯を描いた映画の計画について話し、バージェスはこのアイデアを小説『ナポレオン交響曲』(1974年)で使用していたが、完成することはなかった。近年では、キューブリックのナポレオンの脚本をHBOのミニシリーズ化するという話が出ている。  なのに突然バージェスはキューブリックに反旗を翻し、批判を始めます。同サイトはこう続きます。  キューブリックとは友好的な関係を保っていたが、バージェスは『スタンリー・キューブリックの時計じかけのオレンジ』という脚本のイラスト版が出版されたことに憤慨していた。バージェスはこれを自分の作品の流用とみなし、『Library Journal』誌でこの本を酷評した。この間、彼は他の小説を無視したジャーナリストたちに不満を抱いていたが、引きこもりのキューブリックは自分の代わりにバージェスとマクダウェルに映画の弁護を依頼した。  キューブリックの脚本出版を自著の剽窃と考えたバージェスがキューブリックを批判する。これならキューブリックとバージェスの仲違いの原因として納得がいくものです。しかしこの記述だとキューブリック本人への批判であって、映画版への批判ではありません。  同様に、もう一つ重要な事実が知られていません。アレックスが暴力行為を辞めることを示唆する最終章は「削除された」のではなく、いったん最終章なしで完成していた小説に「付け加えられたもの」という事実です。同サイトには以下の記述があります。  バージェスのタイプ原稿を調べてみると、彼は常に小説の終わり方について迷っていたことがわかる。第三部第六章の最後に彼はこう書いている「オ...

【考察・検証】キューブリック版『シャイニング』は、なぜ「シャイニング」ではなくなってしまったのか?

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キューブリック版『シャイニング』でダニーを演じたダニー・ロイド(撮影時5~6歳)。小説版の設定年齢と同じ TV版『シャイニング』でダニーを演じたコートランド・ミード(OA時10歳)。ゆるい口元が利発さを感じさせない   キューブリック版『シャイニング』では、原作で中心的に活躍する「シャイニング」、つまり超能力(ESP能力)がほとんど描かれませんでした。そのため、現在に至るまで「キューブリックの『シャイニング』は『シャイニング』というタイトルながら「シャイニング」ではない」と、原作ファンを中心に批判され続けています。確かにその通りなのですが、あらゆる可能性を探り、判断して映画作りをするキューブリックが、こういった批判の可能性を考慮していなかったとは考えられません。この考察では「キューブリックは『シャイニング』における「シャイニング」の扱いを〈あえて〉矮小化した」という仮定に基づいて、なぜキューブリックがそうしたかのかを考察してみたいと思います。  さて、いきなり結論を書いてみたいと思います。それは、 キューブリックがダニー・トランスを物語の主人公から脇役へと追いやり、ジャックを中心に据えたか らです。原作小説では、物語はダニー・トランスと、ダニーが持つ「シャイニング能力」を中心に物語が進行します。しかしキューブリックはダニーを〈あえて〉物語の中心人物から脇役へと追いやり、父親であるジャックをその中心に据えました。その理由は主に以下の3つが考えられます。 ①小説のダニー・トランスが5歳児とは思えない問題  原作小説のダニーは、物語の序盤では言葉の意味がわからなかったり誤解するなど、5歳児らしい言動を繰り返します。しかし、クライマックスになるとジャックさえ気づいていない「幽霊達の真の目的」を看破し、悪と対峙します。長編の小説であればその変化はゆるやかであり、また、文字として読んでいるだけなのでほとんど違和感を感じさせません。しかし2時間で映像を見せる映画では違います。そんな短い時間で急成長するダニーの姿を映像化すれば、単なる御都合主義に陥ってしまう可能性があります。  そのため、キューブリック版『シャイニング』のダニーは終始5歳児らしさを失いません。常に幽霊や父親に怯え、その真意や意図に気づくことはないのです。唯一聡明さを感じさせるのは、終盤でジャックを迷路でまく...

【考察・検証】スターゲート・シークエンスの「マインドベンダー」シーンに登場する、謎のダイヤモンド型の物体の正体を検証する

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謎のダイヤモンド型の物体が登場するスターゲート・シークエンスの一場面 シーンタイトル「マインドベンダー」と記されたサスコカード   スターゲート・シークエンスに登場する謎のダイヤモンド型の物体、これは「異星人」「UFO」「スターゲートの一部」など様々な解釈がされています。このシーンには「マインドベンダー」というタイトルがつけられていて、それは残されたサスコカードで確認できます。「マインドベンダー」とは「複雑で理解するのが難しいことがら、催眠術師」という意味だそうですが、その響きから当時世界中で流行していたいわゆるサイケデリック(ドラッグ)・カルチャーの影響を強く感じさせます。では、このマインドベンダーのシーンに登場する、光り輝くダイヤモンド形の正体は一体なんなのでしょう?まず、ジェローム・アジェル編『メイキング・オブ・2001年宇宙の旅』には以下の記述があります。  キューブリックの「幻覚剤(マインドベンダー)」効果。スリット・スキャン映像は3フィートの高さの回転しているリグに取り付けられた多面スクリーンに投影し、7つのダイヤモンドが現れるまで繰り返した。(引用:ジェローム・アジェル編『メイキング・オブ・2001年宇宙の旅』)  このシーンの制作に関わったダグラス・トランブルはもう少し詳しく、以下のようにコメントしています。 The most complex aspect was a shot dubbed the ‘mindbender,’ which combined seven octahedrons arranged in the top half of the frame and the slit-scan process. Trumbull said, “We had exhausted the slit-scan, shooting vertically and horizontally, so I came up with the idea of shining the light onto Plexiglas to create this kind of pulsating effect. Each [octahedron] had four visible sides, each needing 3 passes, so as you c...

【考察・検証】『フルメタル・ジャケット』のエンディングに使用された『黒くぬれ!』は、キューブリックのファーストチョイスではなかったのではないか?という推論

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ダナンの基地に置かれたミッキーマウスの人形  1988年に公開されたスタンリー・キューブリック監督作品『フルメタル・ジャケット』。そのエンディング曲に使用されたザ・ローリング・ストーンズの『黒くぬれ!(Paint It, Black)』ですが、公開当時、映画ファンやロックファンの間ではあまり評判が良くありませんでした。なぜなら当時流行していたベトナム戦争映画では必ずロックが使われていたし、しかもよりによって「誰でも知っている」レベルのありきたりな曲だったからです。  この使用についてキューブリックは 「ストーリーをまとめたいと思うなら、あの曲を使うよ。また、ローリング・ストーンズはあの頃のシンボルのようなもので、あの曲はちょうどいい時期に世に出てきた。だからあの時代はローリング・ストーンズ抜きには語れないんだ」(引用元:キネマ旬報1988年3月上旬号) と発言しています。時代の象徴のストーンズという意味はわかりますが、では他の曲ではなくなぜ『黒くぬれ!』なのかはこれではわかりません。一説によるとキューブリックはポップ・ミュージックに疎く、この曲が「有名すぎるぐらい有名な曲」だということを知らなかったのではないか?という話もあります。  キューブリックにしてはあまりにも安易(たとえ「戦争の真実は権力によって黒く塗りつぶされる」という意図だとしても)ではないか?と考えた管理人は、他に理由があるのではないかと考え、「実はキューブリックはこの『黒くぬれ!』はファースト・チョイスではなかったのでは?」と、以下のような仮説を提唱しています。  キューブリックは当初、行軍で『ミッキーマウス・クラブマーチ』歌うシーンに続けて、エンディングに『ミッキーマウス・マーチ』のオリジナルバージョンを使用する予定だったが、ディズニーから許可が下りず、仕方なくセカンンドチョイスとして『黒くぬれ!』を使用した。  その根拠として、キューブリックは『ミッキーマウス・クラブマーチ』について 『ミッキーマウス・クラブ』の歌は実際に海兵隊員によって歌われたんだよ。もっとも「MICKY MOUSE」ではなく「FUCKED AGAIN」と歌ってたけどね。この『ミッキーマウス・クラブ』の歌を歌ったのは18~19歳の少年兵で、彼らは数年前までTVで『ミッキーマウス・クラブ』を見ていたんだ。彼らがつい最近まで子供だ...

【考察・検証】ニューヨーク時代の若きキューブリックを知るためのキーワード「独」

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キューブリック少年と妹のバーバラ。キューブリックは妹を可愛がる心優しい兄だった  「独り」  キューブリックは幼少時代から単独行動が多かったことで知られている。仲間内で流行っているゲームやスポーツ、学校行事などに参加しようとはせず、自分の興味のあることだけに集中して臨むことを好んだ。カメラやチェス、映画鑑賞などそれは「独り」で行うことばかりで、ジャズドラマーを目指し、熱心に練習していたドラムでさえソロプレイを得意としていた。そのため協調性が必要となる学校生活になじめず、小学校時代には登校拒否をするようになる。当然ながら学業の成績は芳しいものではなく、高校は落第点ギリギリでやっと卒業できたくらい悪かったが、落第者であったことが「キューブリックを生涯の学習者(生徒)にした」と妻であるクリスティアーヌは語っている。 ルック誌カメラマン時代のキューブリック 「独立」  キューブリックが単独行動を好んだのは、協調性がなかったというよりも独立志向が強かったと言うべきものだ。共感できる数少ない友人とはよく一緒に過ごしていたようで、高校時代に知り合った(後に映画監督になる)アレキサンダー・シンガーによると「自分でやらなきゃダメだ」と常に語り合っていたそうだ。その高校時代にルック社に写真を採用され、曲がりになりにも「プロカメラマン」としてデビューするのだが、それはシンガーによると「仲間からスターが出た」と、とても誇らしいことであったという。しかし当のキューブリックはそんなちっぽけな立場に満足することなく、生来の独立心から大胆な野望を内に秘めていた。すなわち「映画監督になる」という野望だ。  その反面、キューブリックはとても「シャイ」であったことも知られている。クリスティアーヌによるとカメラはそのシャイな性格を隠す隠れ蓑だったとし、「カメラをぶら下げていれば、その場にいる理由になるから」と説明している。協調性のなさも「シャイ」で簡単に説明されてしまいがちだが、撮った写真を写真誌に売り込む大胆な行動力はとても「シャイ」の一言で片付けられるものではない。それに映画監督は(最低限の)協調性がなければ勤まらない仕事だ。キューブリックにとって「シャイ」とは「旺盛な独立心と貪欲な好奇心、そして強固な自我の裏側には意外な繊細さがある」と理解すべきものだろう。 『恐怖と欲望』を撮影中のキューブ...