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【関連記事】『シャイニング』で共同脚本を担当した小説家、ダイアン・ジョンソンのインタビュー

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ウェンディのキャラクターは小説から大きく改変された 〈前略〉 マカフィー:『シャイニング』について話しましょう。どうやってプロジェクトに関わることに? ジョンソン:キューブリックが電話をかけてきて、彼が色々な本を原作にホラー映画を撮ることを考えている時に会ったのです。 マカフィー:彼は(あなたの小説)『影は知っている』の映画化に興味があったと思いますか? ジョンソン:そうかもしれません。私の印象では彼が読んだことは確かです。彼の口からは言いませんでしたが、私から聞くこともしなかったです。ロンドンで夕食をし、6ヶ月後に電話で「スティーブン・キングの小説を買ったんだが、読んでみるかい?」と言ってきたので、読みました。それからプロジェクトが動き出してから彼が一緒に働かないか薦めてくれたのです。脚本が少し進むごとに、違う草稿ができました。ロンドンにアパートを持っていましたから、午前中はそこで過ごし、彼はセットにいるという感じです。彼は全てを同時に行なっていました。同時期にセットを組み立てていましたから、彼はそれを監督しないといけなかったのです。私は午後に出向いて、夕方から夜までフィクションの問題を話しました。彼はとても文学に詳しかったです。もちろんストーリーそのものについてです。 マカフィー:実際の脚本はその会話から進化していったのですね。 ジョンソン:そうです。時々、家でシーンを書いたりしました。彼と下書きをして、さらに下書き、そしてさらに下書き、といった具合です。それからその下書きをシーンに書き起こして彼に渡し、彼が新たに上書きするといった感じです。彼はとてもいい書き手で映画監督で、私のバージョンを何回もより良いものにしてくれました。 マカフィー:つまりあなたは基本的に粗い下書きを書いて、それから二人で最終バージョンを一緒に仕上げるということですか。 ジョンソン:そんな感じです。私が出来上がったものを持っていったら、彼が「これはうまくいかないな」とか鋭いセリフを思いついたりするんです。セリフについてはとてもいいセンスを持っていました。ジャックのパートは大なり小なり彼が書いたのです。私の小説に出てくるような女性キャラであるウェンディは私が。たくさんセリフがありましたから。 マカフィー:キングの小説を脚色するにあたって、脚本に最低限残して置かないといけないことは何でしたか?...

【考察・検証】小説『時計じかけのオレンジ』の最終章は、アンソニー・バージェスが出版社の意向に従って「付け加えた」ものであるという証言集

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邦訳された小説『時計じかけのオレンジ』。左から再販(1977年)、アントニイ・バージェス選集〈2〉(1980年)、完全版(2008年)。このほかに1971年発刊の初版がある。   小説『時計じかけのオレンジ』の最終章(第21章・3部7章)については、いったん第20章(3部6章)で物語を終わらせていたにもかかわらず、原作者アンソニー・バージェスが出版社の意向に沿って「その場しのぎ」で「付け加えた」というのが事の真相ですが、本人がこの事実を隠し、事あるたびにキューブリックの映画版を批判したために、「最終章がある版がバージェスの真意である」という間違った認識が定着しつつあります。この記事ではそれを訂正するために、当事者や関係者の証言をまとめてみたいと思います。  「それ(第21章)は納得のいかないもので、文体や本の意図とも矛盾している。出版社がバージェスを説き伏せて、バージェスの正しい判断に反して付け足しの章を加えさせたと知っても驚かなかった」 (引用元:『ミシェル・シマン キューブリック』)  「失われた最終章?あれは偽物だ。アンソニー・バージェスは文字通り書けと強要されたんだからね。発行者から「こいつを好ましい人物にしないとかなり厳しいことになる」と言われて2時間で言われた通りに書き上げたと話していたよ。だからあれはオリジナルでもなんでもないのさ」 (引用元:『CUT 2011年7月号』マルコム・マクダウェル インタビュー)  このように、キューブリックもマルコムも明確に「最終章は出版時に出版社の意向で付け加えさせられたもの」と証言しています。次に、小説の訳者である乾 信一郎氏による最終章に関するあとがきを検証したいと思います。  この小説が一部二部三部にわけられていることはごらんのとおりであるが、その第一部と第二部はそれぞれ七つの章から成り立っている。問題なのは第三部である。1962年の英国版初版にはこの第三部も七つの章になっているのだが、その後に出た版になるといずれも最終章の第七章が削除されている。最も新しい版と思われるペンギン・ブックスの1977年版にもこの最終第七章は無い。 〈中略〉  ところがその後早川書房編集部で1974年のPlayBoy誌上にバージェスのインタビュー記事が出ているのを発見。訳者もそれを見せてもらったが、その中にはもちろんバージェス...

【小説家】ウィリアム・メイクピース・サッカレー(William Makepeace Thackeray)

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   『バリー・リンドン』の原作者。他には『虚栄の市』(1847-48)が過去何度かTVシリーズとして映像化されている。1835年に結婚を機に新聞社の通信員となるが2年で退職し、評論や『アイルランド・スケッチブック』(1840)、『俗物の書』(1846)などの小説などの執筆で生計を立てる。『バリー…』(1844)はこの頃の作品になる。『虚栄の市』で作家としての地位を確立し『ペンデニス』(1848 - 50)、『ヘンリー・エズモンド』(1852)、『ニューカム家の人々』(1853 - 55)などを発表した。  1811年7月11日インド・カルカッタ生まれのイギリス人。1863年12月24日に『デニス・デゥヴァル』の執筆中に死去。ケンサルグリーン墓地に葬られた。享年52歳。

【小説家】テリー・サザーン(Terry Southern)

 『博士の異常な愛情』でキューブリックが脚本を依頼したビートニクの小説家。その型破りなライフスタイルはキューブリックと対極を成すもので、キューブリックはその破滅的なセンスを『博士…』の脚本に求めた。それは十分に脚本に反映され、真面目な小説だった『赤い警報(破滅への二時間)』をブラック・コメディに改作するに当たり、サザーンは大きな貢献をした。  その後、MGMフィルムウェイズが出した「『トム・ジョーンズの華麗な冒険』の監督が『博士の異常な愛情』の脚本家と出会ったら何が起きる?」という広告にキューブリックが反発、法的措置に訴えると警告するまでに。そしてサザーンの貢献度を正しい位置にする、としてクレジットはキューブリック、ピーター・ジョージに続き3番目である旨を発表した。  原案・脚本家としてキューブリックとトラブルになった『ラブド・ワン』(1965)を始め『シンシナティ・キッド』(1965)、『コレクター』(1965)、『サンタモニカの週末』(1967)、『カジノ・ロワイヤル』(1967)、『バーバレラ』(1968)、『キャンディ』(1968)、『マジック・クリスチャン』(1969)、『イージー・ライダー』(1969)、『ウーピー・ゴールドバーグの ザ・テレフォン』(1988)などに参加。『キャンディ』、『マジック・クリスチャン』は原作者でもあった。キューブリックと一時映画化を検討した『ブルー・ムーヴィー』は小説として1970年に発表している。  1926年5月1日テキサス州アルバラド出身、1995年10月29日死去、享年71歳。

【小説家】アルトゥール・シュニッツラー(Arthur Schnitzler)

 『アイズ ワイド シャット』の原作、『夢小説(夢奇譚)』の作者。他の著作は『アナトール』、『輪舞』など。それぞれ1921年、1950と64年に映画化されている。尚、『夢小説』は舞台はウィーンで年代は19世紀末だったため、場所はニューヨーク、時代は20世紀末、馬車はタクシーに、性病はエイズに翻案され映画化された。  1862年オーストリア・ウィーン生まれ、1931年没。

【小説家】ジム・トンプソン(Jim Thompson)

  『現金に体を張れ』では追加台詞を、『突撃』ではキューブリックと共同で脚本を担当した小説家。キューブリックはトンプソンがお気に入りだったようで、小説『キラー・インダイド・ミー』(2010年に映画化)には推薦文を寄せている。他の主な作品は『ゲッタウェイ 』(1972)、『セリ・ノワール 』(1979)、『グリフターズ/詐欺師たち 』(1990)、『アフター・ダーク 』(1990)、『ゲッタウェイ 』(1994)、『ダブル・ロック 裏切りの代償 』(1996)、『ファイヤーワークス  』(1997)など。  1906年12月29日オクラホマ州出身、1977年4月7日死去、享年70歳。

【関連記事】作家スティーブン・キングが何度もレンタルする「ハズレなしの定番映画」20本

 「キャリー」「シャイニング」「ショーシャンクの空に」などの映画原作者としても知られるモダンホラーの巨匠スティーブン・キングが、コラムを連載中の米エンターテインメント・ウィークリー誌で、新作映画に疲れたときにレンタル店で借りたくなる「ハズレなしの定番映画」ベスト20を発表した。  自作の映画化では唯一「クジョー」がランクイン。「ディー・ウォレスがアカデミー主演女優賞にノミネートされなかったことに、今も腹を立てている」とか。また、「タイタニック」という少々意外なセレクションについては、キング自身も「どうぞ、笑いたければ笑ってくれ」とコメントしている。  その他、「恐怖の報酬」「遊星からの物体X」ともに、「オリジナルも素晴らしいがリメイクのほうが好き」などといった好みも告白している。 スティーブン・キングの定番映画ベスト20は以下の通り(順不同)。 「恐怖の報酬」(77/ウィリアム・フリードキン監督) 「恐怖の報酬」(53/アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督) 「スリング・ブレイド」(96/ビリー・ボブ・ソーントン監督) 「ワイルドバンチ」(69/サム・ペキンパー監督) 「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(99/ダニエル・マイリック&エドゥアルド・サンチェス監督) 「ブルース・ブラザース」(80/ジョン・ランディス監督) 「ダイ・ハード」(88/ジョン・マクティアナン監督) 「死の接吻」(47/ヘンリー・ハサウェイ監督) 「ガルシアの首」(74/サム・ペキンパー監督) 「博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」(64/スタンリー・キューブリック監督) 「遊星からの物体X」(82/ジョン・カーペンター監督) 「ケイン号の叛乱」(54/エドワード・ドミトリク監督) 「クジョー」(83/ルイス・ティーグ監督) 「1941」(79/スティーブン・スピルバーグ監督) 「Night of the Demon(Curse of the Demon)」(57/ジャック・ターナー監督/日本未公開) 「サタデー・ナイト・フィーバー」(77/ジョン・バダム監督) 「タイタニック」(97/ジェームズ・キャメロン監督) 「殺しの分け前/ポイント・ブランク」(67/ジョン・ブアマン監督) 「彼と人魚」(48/アービング・ピシェル監督) 「白熱」(49/ラ...

【小説家】ダイアン・ジョンソン(Diane Johnson)

 『シャイニング』でキューブリックと共に脚本を執筆した小説家。キューブリックはジョンソンの『影は知っている』(1974)を高く評価していて、共同作業の相手に選んだ。ジョンソンは 「彼(キューブリック)の意向は、小説を映画サイズまで刈り込み、ホテルのミステリーと、家族の心理力学と、子供の目からとらえられた恐怖の観念に話を絞り込むことでした」(『キューブリック全書』より) とキューブリックの意図を説明している。  1934年4月28日イリノイ州モリーン出身。

【関連記事】『2001年宇宙の旅』の脚本家、アーサー・C・クラーク死去

 『2001年宇宙の旅』の脚本を書いたイギリスのSF作家、アーサー・C・クラークがスリランカで亡くなったことが明らかになった。90歳だった。アーサーの秘書が発表したところによると、アーサーは、ポリオ後症候群による呼吸障害と長年闘っていたという。  『2001年宇宙の旅』は1968年にスタンリー・キューブリック監督とともに脚本を執筆。キューブリック監督に映画化された本作は、今なおSF映画の名作として映画史に刻まれている。  アーサーは、死の直前まで宇宙人の存在が証明されること、今よりも美しいエネルギーを抱いた世界になること、そして自分が住むスリランカの内戦が終結し、平和な未来が訪れることを願っていたという。 (引用: シネマトゥデイ映画ニュース/2008年3月19日 )  遂にSF界の巨星墜つ・・・・だけどこの記事、脚本家っていうのはどうかと。その前に偉大な小説家であり科学者ですよね。ちゃんとそこまで触れて欲しかった。2001年には間に合いましたが、2010年には間に合いませんでした、残念です、合掌。

【小説家】ピーター・ジョージ(Peter George)

  『博士の異常な愛情』の原作『赤い警報』(邦題『破滅への二時間』)の作者で元イギリス空軍の中尉。その時のペンネームはピーター・ブライアントだった。『博士…』に脚本として参加しているが、同時期に公開され盗作騒ぎまであった『未知への飛行』にもノンクレジットながら脚本に参加している。『博士…』公開直後他界した。アルコール中毒だった。  1924年3月26日イギリス・ウェールズ出身、1966年6月1日死去、享年42歳。

【小説家】ウラジーミル・ナボコフ(Vladimir Nabokov)

  『ロリータ』の原作者。ロシアのサンクト・ペテルスブルグ出身で、フランス、ドイツ、アメリカと各国を転々とする。『ロリータ』は、1954年に脱稿し、アメリカの4つの出版社に持ち込んだが、 内容が内容だけに、見事に出版を断られている。 翌55年になって、 パリのオリンピア・プレスによってやっと出版され、ベストセラーとなった。  『ロリータ』の映画化権をキューブリックが獲得した際、ナボコフは脚本のオファーを受けたが、過去に脚本で苦い経験をしているナボコフはそれを断った。だが、周りの薦めもあり結局オファーを受ける事に。ナボコフが最初に脱稿した脚本は、キューブリックから「このまま映画化すると7時間の映画になるから短くしてくれ」といわれ書き直しになり、それから半年後にやっと脚本が完成する。だが、キューブリックはちゃっかりその脚本にも手直しを加えた。  キューブリックが脚本にクレジットされていないのは本作と『スパルタカス』だけ。『スパルタカス』はともかく、本作にクレジットしなかったのは、これだけ社会的に大問題になった小説の映画化だけに、各方面から批判を浴びるのは容易に想像されたので、脚本でクレジットされるのはナボコフだけで充分、という計算があったためだと言われている。  公開当時は映画を褒めちぎっていたナボコフだが、後になって「いくつかの本質的な部分とは関係ない箇所(卓球台のシークエンスや浴槽でスコッチを飲むハンバート)は楽しいが、その他は痛々しい限りだ」と批判している。  他の作品は、『青白い炎』、『アーダ』など。1899年4月23日生まれ、1977年7月2日スイスのローザンヌで死去した。

【小説家】アンソニー・バージェス(Anthony Burgess)

  『時計じかけのオレンジ』の原作者で小説家。『時計…』(1963)は、バージェスが脳腫瘍で余命1年と診断されたため(結局誤診だった)『ひとつの解答への権利』(1961)、『ある国の悪魔』(1962)、『見込みのない種子』(1963)と同時期に短期間で書かれた小説のひとつ。第二次世界大戦中のロンドンで妻がアメリカの脱走兵にレイプされるという事件が起こり、その苦しみ抱えつつ脱稿した。後にバージェスはこの小説を「アル中状態で書いたクズ本」と酷評している。1917年2月15日イギリス・マンチェスター出身、1993年11月22日死去。  本来の小説版は最終章の第21章で、アレックスが暴力に魅力を感じなくなっている自分に気が付き、成長したと自覚するところで終わっている。ところがアメリカの編集者は第21章が追加されたいない原稿をそのまま印刷してしまった。(現在は第21章で終わっている修正版を出版済)、そのアメリカ版を読んだキューブリックはそれに気付かず、気付いた後になっても「これまでの調子と合わないから」と採用しなかった。小説家の思い入れには全く組みしないキューブリックらしいエピソードだ。

【小説家】グスタフ・ハスフォード(Gustav Hasford)

  『フルメタル・ジャケット』の原作者。主人公のジョーカーと同様に、海兵隊の報道員としてベトナム戦争に参加し、その経験を元にこの作品を書き上げた。出版印税も底を尽き、車で生活していた所に映画化が決定し、思わぬ大金を手にする事に。映画にも脚本として参加するが、その扱いは決して良くなかったようだ。キューブリックは原作者による干渉を好まない。原作者の思い入れを映画に持ち込んで欲しくないからだろう。原題は『ショート・タイマーズ(Short Timers)』。  1947年11月28日アラバマ生まれ、1993年1月29日死去。

【小説家】フレデリック・ラファエル(Frederick Raphael)

  『アイズ…』で、キューブリックと共同で脚本を担当した作家兼脚本家。自著『アイズ ワイド オープン』には、キューブリックの強い要望で、ストーリーを膨らむに膨らませた揚げ句、最後に物語の骨子部分だけを抜き出し、残りを全部棄られてしまった一部始終が綴られてる。キューブリックにとって、脚本は文字通り映画の骨子でしかなく、物語は映像で語るものだったのだろう。他の作品は『いつも2人で』('67)、『デイジー・ミラー』('74)、『マスカレード/仮面の愛』('90)など。『ダーリング』('65)でアカデミー脚本賞を受賞。  1931年8月14日アメリカ・イリノイ州生まれ。

【小説家】スティーブン・キング(Stephen King)

  『シャイニング』の原作者。'74年に『キャリー』を処女出版後次々に傑作を発表、「モダン・ホラーの旗手」と呼ばれるベストセラー作家に。映画化された主な作品だけ挙げてみても、『クリープショー』(1982)、『クリスティーン』(1983)、『スタンド・バイ・ミー』(1986)、『ペット・セメタリー』(1989)、『ミザリー』(1990)、『ショーシャンクの空に』(1994)、『グリーン・マイル』(1999)、『アトランティスのこころ』(2001)、『ドリームキャッチャー』(2003)、『シークレット ウインドウ』(2004)などめちゃくちゃ多数。1997年には、よほどキューブリック版が気に入らなかったのか、『シャイニング』のリメイク権をワーナーから買い戻し、TVシリーズとして製作・監督している。  1947年12月21日アメリカ・マイアミ出身。

【小説家】アーサー・C・クラーク(Arther C. Clarke)

  世界的に超有名な SF作家、 科学者。 その豊富な科学知識に裏打ちされた作品は、リアルな触感で読者に迫ってくる。 『2001年…』では、キューブリックと共同で原作を書き、キューブリックはそれを映画にし、クラークは小説に書き下ろしている。だが、クラークにとってそれは辛い日々だったらしく、キューブリックの意図が変わるたびに書き直しを強いられたり、映画の完成まで小説の出版を止められたり、また、原因不明の病気での身体の麻痺(のちにポリオ症候群と診断されている)や、多額の借金も抱えていたと言われている。もちろん、映画公開後や小説出版後は、事態は急速に好転するのだが…。(後に、クラークは「キューブリックと銀行への道すがら、二人とも笑いが止まらなかった」と言っている)でも、この経験がよっぽどこたえたらしく、続編の『2010年』では、「キューブリックはナシ」というのを映画化の条件として挙げていたぐらいだ。キューブリック久々の本格SF映画になる予定だった『A.I』では、脚本を依頼されたり、アドバイスしたりするなど、2人の親交は続いていた。2008年、自身の小説を映画化した『2010年』を迎えることなくスリランカの自宅で死去した。  代表作は、『宇宙への序曲』('51)、『幼年期の終り』('53)、『銀河帝国の崩壊』('53)、『渇きの海』('61)、『宇宙のランデヴー(1,2,3,4)』('73~)、『グランド・バンクスの幻影』('90)など。オデッセイシリーズは、 『2001年宇宙の旅』('68)、 『2010年宇宙の旅』('82)、 『2061年宇宙の旅』('87)、『3001年終局への旅』('97)の4作品ある。  1917年12月16日イギリス・サマセット州生まれ。2008年3月19日死去。享年90歳