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【スペシャルレポート】キューブリックの妻に誘われて。今秋は監督の世界観を再現した「JW Anderson」のポップアップへ

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店内画像掲載許可済み 「JW Anderson(JW アンダーソン)」のポップアップストアが今秋、GINZA SIXと伊勢丹新宿店にまたがり、2店舗オープンする。映画監督スタンリー・キューブリックの遺作映画や、妻の絵画に着想した2024年秋冬メンズコレクションと2024年プレフォールウィメンズコレクションをそろえた、独創的な空間に注目! 〈中略〉 ポップアップは92歳の妻クリスティアーヌの絵画が要に  そうしたコレクションを引っ提げた今秋のポップアップの要になっているのも、クリスティアーヌの絵画だ。クリスティアーヌは、現在92歳。ダンサー兼女優としてキャリアをスタートし、出演した映画『Paths of Glory(突撃)』で後に夫となるキューブリックに出会い、俳優から退く。1960年代初期にイギリスに移住したロンドンで画家へと転身し、ニューヨーク、ローマ、ロンドンでエキシビションを開催するなど、国際的な成功を収めてきた。  GINZA SIXでは、クリスティアーヌが手がけた絵画「View from camper towards Aeolian Island」(2006年)のプリントや、24年プレフォールウィメンズと24年秋冬メンズのコレクションのキャンペーンビジュアルを入り口に大きく掲げ、ショー会場にインスパイアされた黒いカーペットと壁で内装にキューブリックの世界感を表現。  10月9日からスタートする伊勢丹新宿店では、GINZA SIX同様に24年プレフォールウィメンズと24年秋冬メンズのショーを想起させる設(しつら)えは継続しつつ、クリスティアーヌ・キューブリックの絵画「View from camper towards Aeolian Island」(2006年)に加え、「Jack and the Computer」(1997年)を元にしたグラフィックシートが棚の背板に配され、よりその世界観を体感できる内装に。 〈以下略〉 (引用: マリークレール/2024年9月11日 )  というわけで、さっそくGINZASIXまで行ってきました。3階の吹き抜けの一角でこじんまりとオープンしていました。記事ではクリスティアーヌが前面に出ていますが、ショップではむしろ長女カタリーナがキューブリックの誕生日に描いて贈った愛猫ポリーの絵の方がプッシュされていました。決して上手くはな...

【関連記事】キューブリックの未亡人、クリスティアーヌ・キューブリックが主催していた『チルドウィックベリー・アートフェア』が終了に

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2021年に開催された『チャイルドウィックベリー・アートフェアー』の様子。動画制作はカタリーナの三男、ジャック・ホッブス キューブリック所有のチャイルドウィックベリー邸、毎年恒例のアート&クリスマスイベントを中止  米国の映画監督スタンリー・キューブリックの遺族は、彼がかつて住んでいた英国でのアートフェスティバルとクリスマスマーケットを今後開催しないことを明らかにした。ハートフォード・シャーにあるチャイルドウィックベリー・エステートでのイベントは、20年にわたり彼の芸術家の妻が主催していたものです。クリスティアーヌ・キューブリックは現在90歳で、そろそろ引退の時期だと感じています。娘のカタリーナ・キューブリックは、主催するのは「大変な仕事」であり、母はもうそれをしない「権利を得た」と考えている、と語っています。 〈以下略〉 (引用: BBC.com/2023年1月12日 )  キューブリックの長女、カタリーナは「私の母は5月に91歳になり、もうやりたくないと思っています。大変な仕事ですが、彼女は自分の役割を果たしたと思います」と語っているそうなので、残念ですが昨年のクリスマス・マーケットが最後ということになるそうです。  キューブリックとクリスティアーヌは『突撃』のラストシーンに登場するドイツ人少女としてキャスティングされたのをきっかけに恋人同士になり、結婚し、その後の生涯を「良き伴侶」として過ごしたのですが、1999年にキューブリックが亡くなった後も自身は画家・アーティストとして活動を続けてきました。キューブリックはクリスティアーヌに女優の仕事を続けて欲しかったのですが、クリスティアーヌは女優業にはあまり乗り気ではなく、画家になりたかったと語っています。そんなクリスティアーヌをキューブリックは頼りにし、作品中のあちこちに飾られた絵画はクリスティアーヌの作品であったり、『2001年宇宙の旅』では異星人の造形を手伝ったりもしています。  また、それ以上に重要なのは、映画製作で悩んだり苦しんだり落ち込んだりした時に、励まし続けたのはクリスティアーヌだったという事実です。他人には自信たっぷりに振る舞うキューブリックでしたが、うまく事が運ばないと自虐的になることもあり、そんなキューブリックを精神面で支えたのがクリスティアーヌだったのです。  そのクリスティアーヌも今年5月で...

【ブログ記事】キューブリックの義理の伯父、ナチスの反ユダヤ主義プロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』を監督したファイト・ハーランについて

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Veit Harlan(IMDb)   キューブリックの義理の伯父(妻クリスティアーヌの伯父)のファイト・ハーランはナチス政権下のドイツで、反ユダヤ主義のプロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』(1940)『コルベルク』(1945)の監督を務めました。ハーランは1922年にユダヤ人女優でキャバレー歌手のドラ・ガーソンと結婚し、1924年に離婚しています(ガーソンは後に家族とともにアウシュヴィッツで殺害された)。つまりハーランは当初、反ユダヤ主義者ではなかったのです。  1933年、ヒトラー政権が始まるとハーランはゲッベルスによってプロパガンダ監督に任命されます。理由は他の優秀な監督がドイツから逃げ出しからだと言われています。そして1940年、ハーランは悪名高き反ユダヤ主義プロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』を監督します。  『ユダヤ人ジュース』の監督ファイト・ハーランは戦後 、この映画との関わりを否定しようと全力を尽くした。ゲッベルスはもともと、ペーター・パウル・ブラウアーに監督を任せていたが、一九三九年末に心変わりして、ハーランを起用した。もとの脚本がハーランではなく、ルートヴィヒ・メッツガーとエーバーハルト・ヴォルフガング・メラーの作品だということも事実である。そして、ハーランは圧力をかけられていたのかもしれない。ハーランはのちに、ヒトラーは『ユダヤ人ジュース』制作を厳命し、ゲッベルスは承諾しなければダハウに送ると脅したと主張しているが、これを証明するものはない。ゲッベルスの日記には、ハーランは協力的だと書かれている。たとえば、ゲッベルスはもとの脚本に納得していなかったが、ハーランには「たくさんの思いつき」があり、「脚本を手直し」しようとしている、ハーランによる改変は「大仰だ」と記している。すでに存在していた脚本の反ユダヤ主義を緩和したという戦後の主張に反して、彼はそれを強化している。メッツガーとメラーによるもとの脚本とハーラン版を比較すれば明らかである。 (全文はリンク先へ: じんぶん堂 「人種主義」なナチ映画の起源『ヒトラーと映画 総統の秘められた情熱』/2020年6月18日 )  以上の引用によると、ハーランは積極的にこの映画に関与し、反ユダヤ主義色を強めることさえしています。その本心は推し量るしかありませんが、自身が過去にユダヤ人と結婚していた事実が...

【オマージュ】キューブリックの孫、KUBRICKの『MANNEQUIN』のMVがとっても『時計じかけのオレンジ』だった件

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 キューブリックの次女、アンヤの一人息子であるサム・キューブリック=フィニーは、以前シールズというデスメタルバンドでギター&ボーカルとして活動していましたが、メンバーの自殺による解散後しばらく音楽活動を停止していました。ところが昨年末あたりから活動再開したことは以前 こちら で記事にしたのですが、新曲『MANNEQUIN(マネキン)』のMVが・・・もうどう見ても『時計…』ですね。まあ、こういったオマージュを捧げるのにサムくんほど適任はないのですが、ご本人ももうキューブリックの孫であることやその影響を隠そうとしていないみたいですし、ここまで来るともう開き直っているとしか言えない感じです(笑。  デジタルダンスポップスとデスヴォイスという組み合わせが新鮮なのかどうかはわかりませんが、デスメタルバンドからのこの明らかな路線変更は売れることを狙ってのことなんでしょう。どこまでメジャーになれるのか興味がありますので、これからもサムくん・・・いや、KUBRICKの活動をフォローしていきたいと思っています。

【家族】キューブリックの孫、サム・キューブリック=フィニーが「KUBRICK」のアーティスト名で音楽活動再開、ただいまMV公開中

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  デスメタルバンド、シールズのボーカル兼ギターで活躍していたキューブリックの実孫(次女アンヤの一人息子)サムくんですが、やっと音楽活動を再開したようです。  シールズは2018年にメンバーが自殺してしまうという残念な終わり方をしてしまったのですが、今度は随分とデジタルでダンサブルな感じですね。とりあえず活動はYouTubeが中心のようですが、2022年4月23日にロンドンでギグも決まってるみたいですし、機会があればぜひ来日していただきたいです。まあ、ご本人はおじいちゃんを全然憶えていないと思いますけど。  KUBRICKのlinktreeは こちら をどうぞ。

【家族】キューブリックの2番目の妻、ルース・ソボトカは1958年3月にニューヨーク・シティー・バレエ団の一員として来日していた

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『非情の罠』のバレエシーン。踊っているのは当時キューブリックの妻だったルース・ソボトカ。このバレエを実際に日本で観た人がいる、というのは実に羨ましい限りだ   「バレエ・アーカイブ」というサイト で「ルース・ソボトカ」検索するとよると1958年3月17日~3月30日までは新宿コマ劇場、4月1日~6日までは産経ホールで公演したようです。キューブリックとルースは1955年1月11日に結婚しましたが、1956年10月頃には夫婦関係はかなり怪しい状況になっていました。その後キューブリックはハリスと共にドイツに渡り、『突撃』の制作に取りかかります。それは1957年の春頃まで続き、『突撃』の初公開はベルリンでこの年の6月です。この時点でキューブリックは既にクリスティアーヌと出会っていますので、二人の離婚はもはや決定的です。どちらにしても1958年3月にバレエ団の一員として来日するためには、準備やリハーサルなどを考えると少なくとも1957年の後半にはキューブリックの帰りを待っていたハリウッドを離れ、ニューヨークに戻らなければなりません。この来日公演の記録に旧姓の「ソボトカ」で掲載されているところを見ると、離婚は1957年ということで間違いないと思われます。  つまりルースとクリスティアーヌは入れ替わる形でルースはハリウッドからニューヨークへ、クリスティアーヌはドイツからハリウッドへ移ったことになります。果たして二人の間で直接の対決はあったのでしょうか? ルースもキューブリックも逝去してしまっている現在、それを証言できるのはクリスティアーヌだけですが、この件に関して何かを語ることは今後もないでしょう。なぜならルースはナチスドイツに故郷のウィーンを追われ、ニューヨークに逃げて来たユダヤ人、クリスティアーヌはそのナチスドイツの宣伝大臣だったゲッペルスのお抱え監督、ファイト・ハーランを叔父に持つナチスに近い立場のドイツ人だからです。そして、完全に真逆の立場である二人の女性の間に挟まれたのが、生まれも育ちもニューヨークのユダヤ系アメリカ人であるキューブリック。なんとも皮肉な運命の巡り合わせとしか言いようがないですね。 追記:ルース・ソボトカ来日に件に関して何か情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、当サイトにおしらせください。

【関連動画】キューブリックの2番目の妻、ルース・ソボトカがハンス・リヒターの前衛映画『金で買える夢(Dreams Money Can Buy)』に出演していた!

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 前衛映画の制作者であり、画家でもあるドイツ人芸術家のハンス・リヒターが、アメリカに亡命後の1946年にダダイスムのマン・レイらと制作した映画『金で買える夢(Dreams Money Can Buy)』にキューブリックの2番目の妻であるルース・ソボトカが出演しているそうです。ルースの父親はオーストリアの著名な建築家ウォルター・ソヴォトカ、母親は女優のギゼラ・ショーナウ。キューブリックより3歳年上の1925年ウィーン生まれで、一家は1938年のドイツ併合と時を同じくして、戦争を避けるためにアメリカに移住して来ました。  ルースの出自が裕福な家庭で芸術一家である事を考えると、監督のハンス・リヒターとはドイツ/オーストリア時代に親交があったか、もしくはそういったコミュニティーの一員であったことが考えられます。『アイズ…』の原作『夢小説』はルースの紹介との説がありますが、それも十分考えられますね。結婚していた当時、映画監督としてはまだ駆け出しだったキューブリックに、ルースがかなりの芸術的な影響を与えた可能性があります。この辺りはもっと情報が欲しいところです。  wikiによるとルースがキューブリックと知り合ったのは1952年。この頃キューブリックは『恐怖と欲望』を制作中、ルースはバレリーナをしていました。きっかけはルースのルームメイトの振付師、デイビッド・ヴォーガン(『非情…』でデイヴィのマフラーを盗む役として出演)を通じてです。1955年1月15日に二人は結婚しますが翌1956年秋には関係が悪化、1958年には別居状態(1957年にキューブリックはドイツでクリスティアーヌと知り合っている)、1961年に離婚となっていますが、1957年に離婚との情報もあります。実はクリスティアーヌ自身が編纂した『写真で見るその人生』によるとクリスティアーヌとの結婚は1957年(wikiは1958年となっている)とあるだけで、日付の記述がないのです。正式に結婚式を挙げるなり、入籍したなら日付を入れるはずで、それがないところを見るとキューブリックはルースと正式に離婚する前にクリスティアーヌと同居を始め、アンヤ(1959年4月6日生まれ)とヴィヴィアン(1960年8月5日生まれ)を授かったのではないか、と推察しています。  キューブリックがルースとの関係解消に消極的だった理由は仕事が忙しすぎた、...

【関連動画】キューブリック作品に出演したキューブリックの娘たち

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  「キューブリック 娘」で検索したアクセスが多いようでしたので、キューブリックの娘たちが出演した場面をまとめた動画を製作しました。長女カタリーナ、三女ヴィヴィアンが複数回に渡って出演しています。現在判明しているものを全て網羅したつもりですが、まだあるかも知れません。次女のアンヤについては出演場面があるかどうかは不明です。『バリー・リンドン』や『フルメタル・ジャケット」』の撮影現場にいた事はスチールが残っているため確実なので、どこかに映っているかも知れません。また、動画には記載しませんでしたが、最後の『アイズ ワイド シャット』で診察を受けている少年は長女カタリーナの長男、アレックスです。 2020年3月19日追記:キューブリックの長女カタリーナさんにTwitterで直接確認したところ、『バリー・リンドン』のアイルランドロケに帯同していた次女のアンヤは、『バリー…』には出演していないそうです。ですので、キューブリック作品内でアンヤの姿を観ることはできません。『ア・ライフ・イン・ピクチャーズ』などのドキュメンタリーには出演していましたので、動く姿を確認できるのはそれらだけ、ということになります。 『バリー・リンドン』を撮影中のキューブリックの真後ろにヴィヴィアン、左側にアンヤ

【ブログ記事】キューブリックの三女、ヴィヴィアンがツイッターに投稿した自身のプライベート写真

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 キューブリックの三女で、現在家族と絶縁中のヴィヴィアン・キューブリックがキューブリックの命日に際し、プライベート写真をいくつかツイッターに投稿したようです。特にアボッツ・ミードの自宅ベランダでキューブリックと抱き合う写真には感慨深いものがあります。でもこんなことをする時間があるなら一刻も早く怪しげな新興宗教団体やエセ環境団体とは縁を切って、家族の元に戻って欲しいものです。  ヴィヴィアン・キューブリックのツイッターアカウントは こちら 。反政府集会に突然現れ、インタビューされた時の記事は こちら 。 追記:映画.comが『キューブリックの娘が「2001年宇宙の旅」「時計じかけのオレンジ」現場写真を公開』として 記事 にしています。

【関連記事】ヴィヴィアン・キューブリック。偉大な監督スタンリー・キューブリックの孤立娘が反政府主義者アレックス・ジョーンズの集会に現れる

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映画界の巨匠スタンリー・キューブリックの隠遁生活を送る娘、ヴィヴィアン・キューブリックが反政府アレックス・ジョーンズ集会に出席  先週、いくつかの報道機関が、反政府、陰謀論者のラジオ司会者アレックス・ジョーンズとダラス保安官代理との衝突について否定的な記事を書いた。  オースティン在住のラジオパーソナリティは金曜日、ジョン・F・ケネディ暗殺50周年を記念する市の公式行事に抗議するデモ行進を率いるためダラスにいた。ジョーンズと彼の支持者たちは「隠蔽はやめろ!」などのスローガンを唱えながら行進したが、ある時点で警官らは彼らに別の場所に移動するよう求めた。その後押し合いになり、ジョーンズと彼の支持者たちは警官らに長々と激しい非難を浴びせたが、結局誰も逮捕されなかった。  昨日、このイベントから新しいビデオ(下記参照)が公開され、そこには意外な参加者がいた。故スタンリー・キューブリック監督の娘で、どうやらジョーンズのファンだったようで、スターに夢中になっている様子のヴィヴィアン・キューブリックだ。  ビデオの中で、ジョーンズとキューブリックは、ダラスの保安官の行動に対する衝撃について話し合い、オバマ大統領の「暴政」について悲惨な予測をしながら、彼女の父親の映画に対する熱烈な賛辞を交わしている。 〈中略〉  ヴィヴィアンはサイエントロジーの指導者とともに父親の葬儀に出席したと伝えられている。彼女と家族との隔たりはその後さらに深まり、2009年に姉のアンヤが癌で亡くなったとき、子供の頃からずっと仲が良かったにもかかわらず、ヴィヴィアンは葬儀に出席しなかった。  ヴィヴィアンが社会から孤立していることは、彼女を弟子のように扱っていた有名な父親に痛感された。彼女はまだ17歳で、父のホラー映画の古典『シャイニング』の制作過程をドキュメンタリーで撮影し、24歳で『フルメタル・ジャケット』の音楽を作曲した。しかし、彼女はサイエントロジーに身を捧げていたため、『アイズ ワイド シャット』の制作を手伝うという父親の申し出を断った。  「スタンリーはヴィヴィアンに音楽の作曲を依頼したが、最後の瞬間に彼女は断った」とキューブリックの未亡人クリスティアンは2009年にガーディアン紙に語った。「2人は大喧嘩をした。彼はとても不幸だった。彼女を取り戻そうと40ページにも及ぶ手紙を書いた。カリフォルニア...

【キューブリック展】第37回サンパウロ国際映画祭=18日から各シネマで=国内外350作品以上を上映

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 今月18日から31日までサンパウロ市各地で行われる「第37回サンパウロ国際映画祭」の詳細が5日、シネ・セスキで正式発表され、イベントの実行委員長レナタ・デ・アルメイダさんは、6月の“抗議の波”(マニフェスタソン)に関連づけ、「映画祭では、あらゆる視点のマニフェスタソン(表明)をする」と説明した。  「皆がマニフェストをする権利がある。でも、それを邪魔してはいけない。ファシズム寄りになってしまうから。私たちにもマニフェストをさせてほしい」と続けた。  今回オマージュするのは、ネオレアリズモとイタリア喜劇の流れに社会性を盛り込む作風が特徴のイタリアの映画人エットレ・スコーラ監督(82)。本人は映画祭に出席しないが、50年来の友人だった故フェデリコ・フェリーニ監督に関するドキュメンタリー「Que Estranho Chamar-se Federico」が映画祭の最終日に上映される予定だ。  イビラプエラ公園では、ドイツ映画「賢者ナータン」が26日に無料で公開されるほか、「映像と音の美術館」では「シャイニング」「時計仕掛けのオレンジ」などで有名なスタンリー・キューブリック監督のオマージュ展を開催。その他、韓国人のパク・チャヌク監督を招き、「オールドボーイ」(2003年)が上映される。  映画を上映する場所は20カ所以上で、上映される作品は国内外の350作品以上。サンパウロ市のジュッカ・フェレイラ文化局長は、「長編映画の多さ、一般には出回っていない映画関連の文献に接することができるのが、この映画祭の魅力」とアピールする。  なお、映画祭終了の翌日11月1日にはアニャンガバウーでスペシャルセッションが開催され、チャーリー・チャップリンの作品「サーカス」が野外映画として上映される。バックミュージックは、サンパウロ市立劇場のオーケストラが生演奏する。  チケット販売は12日から開始される。詳細は公式サイト(37.mostra.org/home/)で。(6日付フォーリャ紙より) (引用: ニッケイ新聞/2013年10月8日 )  ブラジル・サンパウロで開催される「第37回サンパウロ国際映画祭」にキューブリックのオマージュ展が開催されるようです。上記は映画祭のトレイラーですが、キューブリックが大々的に取り上げられています。絵はどうやら妻のクリスティアーヌが描いたようです。  オマージ...

【家族】マニュエル・ハーラン(Manuel Harlan)

 キューブリックの妻、クリスティアーヌの弟でキューブリック作品のプロデューサーだったヤン・ハーランの長男。キューブリックにとっては義理の甥になる。『フルメタル・ジャケット』のベクトン・ガス工場ロケで若き日のマニュエルがキューブリックと並んでモニタを覗き込む写真が残っていて、IMDbではビデオ・オペレータとのクレジットがある。『アイズ ワイド シャット』ではロケーション用の資料写真の撮影をまかされて、大量のスチール写真を撮っている。  現在はフォトグラファーとして活躍しているそうだ。

【関連動画】チルドウィックベリー・アートフェアー(Childwickbury Arts Fair)

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 イギリス・ハーフォードシャーのキューブリック邸で開催されている『チルドウィックベリー・アートフェアー』のPVがあったのでご紹介。2010年のものですが、アーティスト・インタビューの最後にはクリスティアーヌご本人も登場しています。今年は7月5日~7日開催のようです。

【場所・地名】キューブリック邸と墓所(Stanley Kubrick's House and Grave)

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現在もキューブリック邸として使用されている「チルドウィックベリー・マナー」。  本日3月7日はキューブリックの命日になる。この機会にキューブリック邸と墓所について紹介し、キューブリックの死因にまつわるくだらない噂を完全否定してみたい。  この、まるで城のようなキューブリック邸とその広大な庭を見て、まだ不審者が侵入して殺害できる余地があるとでもいうのだろうか。キューブリックは『時計じかけのオレンジ』で執拗な脅迫に晒された経験から、この邸宅に辿り着くまで様々なセキュリティが施されていて、その様子はラファエルの『アイズ ワイド オープン』でも触れられている。当然この事をご存知であろう陰謀論者に、その侵入経路と侵入手段を是非ご教授願いたいものだ。  墓所はおそらく邸宅の南西側の芝生の先にある環状の柵の中(スクロールで現れる)だろう。キューブリックのお気に入りの樹の下に愛猫、愛犬そして2009年に亡くなった次女アンヤと一緒に埋葬されているとの事だ。また、このだだっ広い芝生のどこかにトム・クルーズとニコール・キッドマンがヘリコプターで降り立ったという。  邸宅の場所はロンドン郊外のハートフォードシャーだ。現在は妻クリスティアーヌと長女カタリーナが住んでいて、この本邸宅近くの別邸「チルドウィックベリー・ハウス」で絵画教室を開いている。『チルドウィックベリー・アート・フェアー』として一般公開もしているそうだ。  ファンなら一度は訪れてみたいと思う聖地なのかもしれないが、故人の意思を尊重し、こうしでネットで参拝するだけにして、そっと静かに眠らせてあげたいと思う。

【場所・地名】アボッツ・ミード(Abbots Mead)

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キューブリックが住んでいた当時の写真。  キューブリック一家が1965年から1979年まで住んでいたロンドン郊外のエルスツリーにある邸宅の名称。現在では人手に渡っているようです。  1965年といえば『2001年宇宙の旅』のプリプロダクション中で、同年夏ごろまでニューヨークのセントラルパーク・ウェストのマンションに住んでいましたので、『2001年…』の本格制作のために渡英した際に、撮影スタジオが集中するロンドン北部のこの地を選んだのだと思います。  その後、キューブリックは1979年にその生涯を終えるセントオールバーンズのチルドウィックベリーへ引っ越すのですが、この年は『シャイニング』のポストプロダクション中のはずで、その作業が一息ついた頃(秋~冬頃)に引っ越したのでしょう。  キューブリックの三女、ヴィヴィアンが『フルメタル・ジャケット』のサントラ参加時に名乗っていた「アビゲイル・ミード(Abigail Mead)」はこれのもじり。ちなみにアビゲイル・ミードには「父の歓び」という意味もあり、キューブリックはその偶然を喜んでいたそう。

【関連作品】コルベルク(Kolberg)

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 キューブリックの妻、クリスティアーヌ・スザンヌ・ハーランの伯父であるファイト・ハーランがナチ政権下で最後に監督した映画が、このフルカラー超大作『コルベルク』だ。あまりにも当時の生産力の無駄遣いなこの映画、当時のドイツの技術水準の高さはご覧頂ければ分かる通りだが、それよりもゲッペルスの暴走ぶりが興味深かったのでキューブリックとは直接関係ないが取り上げてみたい。  すでにドイツの敗色が濃くなっていた1943年冬、ナチの宣伝相ゲッペルスは超大作の製作を指示する。強大なナポレオン軍に対し、戦力に劣るプロセイン軍がコルベルクにおいて勇猛果敢に戦い抜いた史実を映画化する『コルベルク』だ。この映画にエキストラとして参加させるため、ゲッペルスは実際各地で激戦を戦っていたドイツ兵18万3千人を呼び戻し、5000頭もの馬を動員したそうだ。その際に兵士に「兵士達は前線で戦うよりもこの映画に出る方がずっと重要なのだ」「我々が死んでもこの映画は生き続けるのだ」と説いた。だがその当地、コルベルク要塞はソ連軍によってすでに陥落したも同然だった。  1945年4月17日映画は完成し、試写の日を向かえた。試写が終わるとそこにいた部下達の方に向き直り「これから100年後に君たち自身の功績を描いた同じような映画がつくられるだろう。諸君、その映画に登場したくはないか。100年後に映画の中に蘇るのだ。素晴らしい作品になることだろう。その為には、今堂々と振る舞え。さあ、最後まで立派にやりとげるのだ。100年後、諸君がスクリーンに現れた時、観客にヤジを飛ばさせないためにも」と演説。だがこの二週間後、ゲッペルスは妻と幼い子供達とともに総統の地下壕で自殺する。  結局ナチズムという教義にすがるしかなかったゲッペルスらしい話ではある。本人にとってはこの映画を完成させることこそが、ナチズムという教義を未来へ繋ぐ最良の手段だと考えたのだろう。だからこそ兵力を削減してまでこの映画の完成にこだわった。ゲッペルスの願いはこの映画と共に未来へと託されたのだ。  だが残念ながらその夢は叶わなかった。ゲッペルスの最大の誤算は映画というメディアの変質だろう。TVやインターネットが登場し、情報は映画やラジオによって一元的かつ一方通行に送りつけるものではなくなり、あるとあらゆるルートで一般市民に届けられるようになった。そのため特定の思想...

【名曲】忠実な兵士(Der Treue Husar)

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 『突撃』のラストシーンで捕虜の少女が兵士に向かって涙を流しながら歌っていた歌。原曲は歌詞が12番まであって、機械翻訳にかけたところ「忠実な騎兵に恋人がいたが、重い病気の恋人を残し彼は外国に向かい・・・」といったかなり悲劇的な内容です。ただ、この曲はいくつかバージョンがあるらしく、上記のような明朗快活なマーチのアレンジや、ジャズ・アレンジで演奏していたりしています。また、あの『また会いましょう』のヴェラ・リンが『Don't Cry My Love』として翻案していますが、歌詞はかなりアメリカンなラブソングとなっています。映画のエンディングでもマーチバージョンが使われています。  ドイツ・サッカーが好きな方にとってはFCケルンのアンセムでもあるみたいです。ケルンはこの曲の作詞者カスパル・カール・フォン・ジョセフミュリウスの出身地だからでしょう。こういった事情を知るとドイツではかなりメジャーな楽曲だということが伺えます。  もちろんこの『突撃』で歌っている少女はキューブリックの三番目の奥さんクリスティアーヌ・スザンヌ・ハーラン。「少女」と言ってますがこの時すでに20代半ばで子持ちのバツイチでした。キューブリックがCMに出ていた彼女に一目惚れしたというのも有名な話ですね。

【家族】愛のマズルカ(Mazurka der Liebe)

 1957年製作のドイツ映画『愛のマズルカ』。当時まだめずらしいカラー作品ですが、なんとここでヒロインの一人を演じておりますのが若き日の、キューブリックと知り合う直前のスザンネ・クリスチャン(当時の芸名)。後のクリスティアーヌ・キューブリックです。内容はダンス音楽のマズルカをテーマにしたミュージカルのようですがそんなのどうでもいいです。キューブリックが一目惚れするのも分かります、だって可愛いですからね。

【関連作品】ユダヤ人ジュース(Jew Suss)

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 キューブリックの妻、クリスティアーヌの伯父であるファイト・ハーランが監督した1940年制作の悪名高きユダヤ人排斥プロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』。そのフルバージョンがYouTubeにアップロードされていたのでご紹介。  映画の内容は勧善懲悪(もちろんユダヤが悪)でここまでくれば笑ってしまう(本当はいけないが)ほどの分かりやすいプロパガンダ。主人公であるジュースことヨーゼフ・ジュース・オッペンハイマーは実在の人物で、一方的に、しかも徹底的に悪人として描かれている。暴利で貴族に金を貸す闇金業で私腹を肥やし、それを元に権力者に取り入り出世し、アーリア人女性に姦通し自殺に追い込むなど悪行を尽くすが、貴族の後ろ盾を失しなって逮捕され処刑されるというストーリーだ。だがそれは大きく事実と異なり、以下のような人物であったことがその生涯をたどった本『消せない烙印 ユート・ジュースことヨーゼフ・ジュース・オッペンハイマーの生涯』の紹介文から伺える。  一八世紀のユダヤ人金融業者、ヨーゼフ・ジュース・オッペンハイマーの生涯をたどる伝記。その才覚によって権力の中枢へ接近していくジュース・オッペンハイマー。ヴュルテンベルク公爵カール・アレクサンダーに見出されたジュースは、この開明的な君主の財務コンサルタントとして活躍、その栄達を極める。しかし、公爵の急死によって事態は一変。公爵死後の権力闘争に巻きこまれるかたちでジュースは投獄され、罪状も明らかでない裁判によって不当に死刑判決を受け、ついには刑死にいたる。その劇的な生涯を、厖大な歴史的資料に基づいて描き出す。 (引用: 版権ドットコム )  ユダヤ人の正当性、ナチの非道性、そのどれが正しくどれが正しくないかを詳細に語れるほどの知識はない。ただ国家が一つの意思に凝り固まってしまう事の恐ろしさだけは伝わってくる。キューブリックはファイト・ハーランと合った際、この映画を撮った事について「本当は断りたかったができなかった」と弁明されたそうだ。しかし当のキューブリックはユダヤ人に対して冷ややかな面を持っていた。物事は多面的な側面を持っている。それを善悪の二元論で押し切ってしまうのはそもそも間違いだし、恐ろしくもあり、そしてすこぶる滑稽でもある。キューブリック自身は、そんな二元論プロパガンダであるこの映画も、それを撮ってしまった事を弁明した義理の伯...

【家族たち】キューブリックの娘たち(エキストラ出演編)

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 キューブリックには三人の娘がいます。上からカタリーナ、アンヤ、ヴィヴィアンの三姉妹です。(長女カタリーナはクリスティアーヌの連れ子なのでキューブリックの義理の娘になる)キューブリックは事あるごとにこの娘達を自作品に登用してますが、一番わかりやすいエキストラ出演のシーンをここでまとめておきたいと思います。  まず、長女のカタリーナ。『時計じかけのオレンジ』でレコード店のシーンでアレックスとすれ違う客(アレックスが店内を歩いている時に右奥から出てくるカップルのちょっと小太りなベージュの服の女性。アレックスが女の子をナンパしている時に後ろをうつむき加減にレコードを持って歩き、再度登場している)。『バリー・リンドン』でクイン大尉とノーラを囲んでの食事シーン(ノーラの左側3人目の胸の大きく開いたドレスの女性)。そして『アイズ ワイド シャット』でビルの診察を受ける少年(カタリーナの実の息子のアレックス)の母親役で出演しています。  次女アンヤについては、カタリーナによると「彼女は出演を望まなかった」そうなので、ありません。  三女ヴィヴィアンは有名で、『2001年宇宙の旅』のフロイド博士の娘「スクィート」を、『バリー・リンドン』ではクイン大尉とノーラを囲んでの食事シーン(ノーラの左側2人目の藤色のドレスの女性)とマジック・ショーの見物人(レディ・リンドンの右奥の若い女性)、そして羊の馬車で遊ぶシーンに。『シャイニング』ではゴールドルームの幽霊(ソファーで長いキセルをくゆらす黒いドレスの女性)を、『フルメタル・ジャケット』では虐殺現場を取材している女性カメラマン役で出演しています。  どのシーンも主役に近く、かなり目立つ位置に配していますね。他人にも自分にも厳しかったキューブリックですが、これを見る限り娘たちには大分甘かったのではないかと思うのですが。まあ5人家族で男は自分一人、そんなパパが家庭内でどんな位置を占めるのか・・・同じ境遇の方ならだいたい想像ができるかと思います。『バリー…』でのライアン・オニール起用は娘たちの強力なプッシュがあったという話ですし。なんだか微笑ましいですね。