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【関連記事】ローリング・ストーン誌が『史上最高のSF映画150』を発表!1位は当然の『2001年宇宙の旅』。以下は定番から意外な作品までピックアップ

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 2024年の元旦、ローリング・ストーン誌が『史上最高のSF映画150』を発表しました。1位は鉄板、2位以下は定番から意外な作品までピックアップされています。このローリング・ストーン誌のランキング、ロック好きにはよく知られた企画なのですが、ギタリストランキングでクラプトンを35位に追いやったり、名盤ランキングで『サージェント・ペパー』を24位に下げたりと、ロック界隈では何かと物議を醸しています。誌の最近の傾向としては良く言えば「攻め」、悪く言えば「定番崩し」の感がありますね。ですので、このSF映画ランキングもあまり真に受けず、「へえー」程度で読まれることをオススメします。  そんな中、『2001年宇宙の旅』は安定の1位を獲得。ロックファン的に言えばギタリストランキングで「ジミヘン=2001年」みたいな位置付けでしょうか? 他のキューブリック作品は以下の通り。あとは引用先でお楽しみください。 1位『2001年宇宙の旅』 52位『時計じかけのオレンジ』 74位『A.I.』 (引用: Rolling Stone-The 150 Greatest Science Fiction Movies of All Time-/2024年1月1日 )

【関連記事】英カルチャーサイト選出「2000年代を代表する映画25本」

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  A.I.(IMDb)  英カルチャーサイトShortListが、「2000年代を代表する映画25本(The 25 Greatest Movies of the 00s)」を特集している。  ほとんどが英語の映画&アメリカ映画という前提のリストになるが、ゼロ年代のアメリカといえば、ブッシュ政権の誕生、9・11同時多発テロ、イラク戦争、リーマンショックと世界同時不況、そして初のアフリカ系アメリカ人、オバマ大統領の誕生に代表される激動の10年だった。  25本は以下の通り(年代順)。 「あの頃ペニー・レインと」(2000) 「アメリカン・サイコ」(2000) 「グラディエーター」(2000) 「ハイ・フィデリティ」(2000) 「メメント」(2000) 「A.I.」(2001) 「ドニー・ダーコ」(2001) 「28日後...」(2002) 「シティ・オブ・ゴッド」(2003) 「キル・ビル」(2003) 「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」(2003) 「俺たちニュースキャスター」(2004) 「エターナル・サンシャイン」(2004) 「ミリオンダラー・ベイビー」(2004) 「トゥモロー・ワールド」(2006) 「ディパーテッド」(2006) 「パンズ・ラビリンス」(2006) 「ノーカントリー」(2007) 「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007) 「THIS IS ENGLAND」(2007) 「ゾディアック」(2007) 「ダークナイト」(2008) 「第9地区」(2009) 「イングロリアス・バスターズ」(2009) 「カールじいさんの空飛ぶ家」(2009) ( 映画.com ニュース/2014年4月3日 )  混沌したゼロ年代を象徴する微妙なランキングですね。選ぶ人によってはこの顔ぶればガラっと変わるでしょう。それにそんなに面白いとは思えなかった『A.I.』が入っているのも謎です。まあそれだけ誰もが認め、素晴らしいと言えるインパクトのある作品がなかった、という事でしょうね。

【関連記事】スタンリー・キューブリックの義弟が来日

 昨年、日本で公開された洋画の中では第1位の興収を記録した「A.I.」が、早くもDVD&ビデオ化される。このプロモーションのため、同作のエグゼクティブ・プロデューサーであり、故スタンリー・キューブリックの義弟でもあるヤン・ハーランが来日し、2月13日、東京・日比谷の帝国ホテルにて会見を行った。  「観るものすべてが驚きに満ちており、とても興奮しています」と初来日の感想を語ったハーランは、「『A.I.』は、(キューブリックとスピルバーグという)2人の偉大なアーティストの最高のコラボレーション。作品の完成に立ち会うことはできなかったが、キューブリックもきっと喜んでいるでしょう」と、製作に使用されたコンセプト原画を手に満面の笑みを見せた。このコンセプト原画は、3月16日から21日まで東京・お台場のフジテレビで開催される『A.I.』展に出展される一品。そのほかにも、撮影で実際に使用されたテディ・ロボット、デイビッドとジゴロ・ジョーのコスチューム、ルージュ・シティのミニチュア、全長7.5メートルのアンフィビコプター(水空両用ヘリ)のモデルが展示される予定だ。  会見は、「彼は完全主義者であると同時に、ユーモアと人間性にあふれた人。彼との共同作業は決して楽ではなかったが、楽しいものだった」とキューブリックの人柄にも話が及び、「今後多くの芸術が残っていく中で、きっと彼の名も残るはず」と改めて名監督の偉大さを感じさせるものとなった。 (引用: 映画.com/2002年2月19日 )  かなり古い記事ですが、見つけたので念のためスクラップしておきます。ヤン・ハーラン来日していたんですね。実姉でキューブリックの妻、クリスティアーヌはまだ来日した事がなかったと思います。何かの機会には是非日本に来てほしいですね。

【トリビア】キューブリックと日本(Kubrick and Japan)

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  キューブリックと日本との関係を少し…。  『ロリータ』では、ロリータの部屋には「TOKYO」のポスターが、また、ホテルのシーンではキルティが支配人に「僕は柔道をやっている。彼女は黄帯(?)、僕は緑帯(??)」という台詞が、ロリータが結婚後、アパートで交わす会話には「キルティは天才よ。彼は一種の日本的な…東洋的な哲学を持っているわ」という台詞が出てくる。  『博士の異常な愛情』でも、マンドレイク少佐がリッパー将軍に「私は第二次大戦で日本軍の捕虜になって、ひどい拷問をうけた」「でも不思議なことに、彼らはあんなにも優れたカメラを作った」という台詞がある。  『2001年宇宙の旅』では国内外のあらゆる特撮SF映画を参考に観たらしいが、その中に日本の特撮映画も含まれていたらしい。(1956年公開の『宇宙人東京に現る』と言われている)また、月に向かうアリエス号の船内ではスチュワーデスが柔道の試合を観ているシーンがあり、宇宙ステーションの「音声身分証明装置」には、日本語のスイッチがある。HALに埋め込まれたレンズはニコンの「1:8 f=8mm 魚眼レンズ (1:8 f=8mm Fish-eye-NIKKOR)」だった。  『時計じかけのオレンジ』では、作家夫婦の家の庭はどういうわけか、日本庭園風になっている。(但し、これはセットではなく、実在の家をロケしたもの。単なる偶然かもしれない)  『フルメタル・ジャケット』では、カメラはニコンで、ホンダのカブも売春婦とポン引きを乗せて登場する。  遺作となった『アイズ ワイド シャット』では、少女を買春するふとどき者として揶揄の対象となっている。同じ日本人としては笑えないが、実際そうなんだから余計始末が悪い。  実現しなかったが、『A.I.』では製作準備中に、アンドロイドについて訊きたいことがあるからと、いきなり三菱の「ミスター三菱」に電話したらしい。(でも、「ミスター三菱」って誰?)   因にキューブリックは来日したことはない。当然、飛行機嫌いで出不精だからである。

【スタッフ】ヤン・ハーラン(Jan Harlan)

  『時計じかけのオレンジ』でアシスタント・プロデューサーを勤め、それ以降のキューブリック作品『バリー・リンドン』、『シャイニング』、『フルメタル・ジャケット』、『アイズ ワイド シャット』の全てプロデュースしているプロデューサー。キューブリック未完のSF『A.I.』もプロデュースした。また、キューブリックのドキュメンタリー『ア・ライフ・イン・ピクチャーズ』のプロデューサー兼監督でもある。キューブリックの妻のクリスティアーヌの実弟。  1937年5月5日ドイツ・カールスルーエ出身。

【関連作品】『A.I.』(原題:A.I. Artificial Intelligence)

  キューブリックが20年の歳月をかけて積み重ね、練り上げたプロットを、ワーナーに期限を切られたとはいえ、たった1年(撮影は68日)で完成させてしまったスピルバーグに、高い完成度と深い思想性を求めるのは少し酷なことかも知れない。だが、この雑な作品をどうしても高く評価できないのは紛れもない本心だ。  物語の根幹は「愛」にあることはキャッチコピーが示唆する通りだが、物語は終始「愛すること」、「愛されること」の行為のみに終始し、「愛とは何か?」という本質的な問題はおざなりにされてしまっている。キューブリックは、人間であれ、機械であれ、かりそめの肉体に「愛すること」をインプットされている点では対した違いはないと考え、愛の行為のみに終始し、「愛の本質」を考えようとしない人間に対して疑問を投げ掛けている。それは、同じ「愛する行為」ながら全く相反する(母性愛と性愛)プログラムをインプットされたデイヴィッドとジョーに象徴されているのだが、本来なら、もっと「愛の本質」について疑問を持ち、絡まなければはらない二人の機械は、「本物の人間になりたい」や「子供にはわからない」などの簡単な台詞のやりとりに終始し、全く話が深まっていない。  キューブリックはこのプロットの映像化に当たり、本物のロボットを欲しがったと言う。この事は、キューブリックの完全主義者ぶりを象徴するエピソードとして有名だが、この物語の主題を、「愛の本質の追求」と考えるならば、それも納得のいく話かも知れない。何故なら、映像的に完全なロボットに見えれば、「機械が愛を求める姿」に強烈な違和感を覚えるはずで、それが機械的に「愛する行為」のみを求める人間の姿を逆説的に象徴させることができるからだ。スピルバーグの失敗は、この二人の重要なキャラクターに魅力的な俳優(ハーレイとロウ)をキャスティングしてしまったがために、中途半端な感情移入を呼んでしまった点にある。  スピルバーグの失敗はそれだけではない。雑な脚本やご都合主義なストーリー展開は、製作期間の短さを考慮して大目に見るにしても、物語の後半に頻出する説明的なセリフのオンパレードや、未来人(機械人?)の映像化は、観るものをシラけさせるのに絶大なる効果を発揮している。  キューブリックが目指したのは、ピノキオを下敷きに、おとぎ話的ファンタジーに彩られつつも、「愛の本質」を現代人に...