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【関連記事】イラストレーター、フィリップ・キャッスル(スタンリー・キューブリック監督作品のポスターデザイナー)へのインタビュー

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フィリップ・キャッスルがキューブリックから送られた『フルメタル・ジャケット』のヘルメットを着用している はじめに 〈中略〉  フィリップ・キャッスルはイギリスのイラストレーターで、スタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』や『フルメタル・ジャケット』の象徴的なポスターの制作で最も広く知られていますが、ケン・ラッセルの『ボーイフレンド』、ティム・バートンの『マーズ・アタック』、ジャック・ニコルソンの『ゴーン・サウス』なども制作しています。また、アルバムカバーのアートワークも手がけていて、デヴィッド・ボウイの『アラジン・セイン』、パルプの『ヒズ・ナ・ハース』、メトロノミーの『ナイツ・アウト』、ローリング・ストーンズの『イッツ・オンリー・ロックンロール(バット・アイ・ライクス・イット)』やポール・マッカートニーの『ウィングス』ツアー、さらに広告キャンペーンのポスター、本の表紙、イラストなど数え切れないほどのアルバム・ジャケットのアートワークも手がけています。私は連絡を取り、フィリップの自宅を訪ねました。元気で物腰の柔らかいフィリップは、時間を惜しまず、思いがけず40年以上にわたる彼の素晴らしい作品のアーカイブを撮影することができました。彼は紅茶を淹れてくれ、キューブリックが『フルメタル・ジャケット』のデザインのために彼にコンタクトをとった経緯から話を始めました。 第一部:キューブリックとの対面と『フルメタル・ジャケット』のデザインについて スティーブ・メプステッド :こんにちは、私の名前はスティーブ・メプステッドです。私はここでフィリップ・キャッスルと話をしています。フィリップの人生と仕事について話をするためにお伺いしたのですが、歴史を振り返る前に、フィリップは近いうちにギャラリーでの展覧会のための仕事をいくつか控えているようですね? フィリップ・キャッスル :フィリップ・キャッスルです。2つのギャラリーが興味を示していて、どちらも私に声をかけてきました。どちらも実現しそうな気がしています。『時計じかけのオレンジ』関連の展示は今年中に、もうひとつは来年末になると思います。だから、これ以上やることがあるとすれば、2つ目のショーのためにやることになるでしょうね。最初の展示は、『時計じかけのオレンジ』のアーカイブと、販売用のプリントを展示する予定です。そして、『時計じ...

【インスパイア】ボブ・ディランが『ロリータ』にインスパイアされて書いた曲?『女の如く(Just Like a Woman)』

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上がボブ・ディランが描いた絵。下がその元になったキューブリックの『ロリータ』のワンシーン。あまりの一致度にトレースを疑ってしまう  2016年にノーベル文学賞を受賞した(個人的にはとても「的外れ」だとは思いますが)世界的ミュージシャンでアーティストのボブ・ディランは、絵も描くことが知られていて、ザ・バンドの名盤『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』や、自身のアルバム『セルフ・ポートレイト』のジャケットでその筆致を見ることができます。2010年には東京・六本木で絵画展が開催されました。そのディランが2016年にキューブリックの『ロリータ』のワンシーンを描いた作品が上記になります。また、その『ロリータ』についてもラジオ番組でナボコフの小説やキューブリックの映画版の『ロリータ』が気に入っていた旨を語ったそうです。  となると、名盤『ブロンド・オン・ブロンド』(1966)に収録された曲『女の如く(Just Like a Woman)』の歌詞を、がぜん興味深く聴くことができるようになります。 Nobody feels any pain Tonight as I stand inside the rain Everybody knows That Baby’s got new clothes But lately I see her ribbons and her bows Have fallen from her curls She takes just like a woman, yes, she does She makes love just like a woman, yes, she does And she aches just like a woman But she breaks just like a little girl 誰も痛みを感じない 今夜僕は雨の中に立っていても 誰もが知っている あの娘が新しい服を買ったことも でも最近、あの娘の巻き毛から リボンやタイがなくなったのを知った あの娘はまるで女のように、そうさ あの娘はまるで女のように愛し合う、そうさ そして、あの娘は女のように痛がる だけど、あの娘は少女のように傷つく この曲、 wiki には 1965年ツアー中の感謝祭の日に書かれたバラードで、アンディー・ウォーホールの「ファクトリー」に所属...

【関連記事】音楽を怖がってください。『シャイニング』『2001年宇宙の旅』『アイズ・ワイド・シャット』・・・巨匠キューブリックが愛した恐怖クラシック

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左からバルトーク、リゲティ、ペンデレツキ  「別に怖い音楽を書いたわけじゃないんだけどね?」という作曲家たちの声が聞こえてきそう。なぜか、ホラー映画御用達の現代音楽。巨匠キューブリックは、バルトークやリゲティ、ペンデレツキといった作曲家を愛し、偏執的に映画の中で用いました。とっつきにくいと思われがちな現代音楽、こうなったら「怖がる」楽しみ方はいかがですか⁉  キューブリック・ファンに嬉しいプレイリスト付きでご紹介します。 〈以下略〉 (引用: ONTOMO/2018年8月13日 )  少し古い記事ですが、目に留まったのでご紹介。キューブリックがバルトーク、リゲティ、ペンデレツキを使ったのは「無調音楽」の匿名性、つまり主役のメロディがあってないような音楽なので、BGMではなく効果音的な使い方ができるということもあったかと思います。逆にメロディがどっしり主役を張る音楽は、特定のシーンに意図的に使うことで、ある種のメッセージを伝えようとする場合が多いです。(こう書くと特定の曲が思い浮かぶ方も多いはず)  キューブリックの自宅には図書館ほどの膨大なレコード・ライブラリーがあり「これほどたくさんの曲があるんだから、いろいろと使ってみないといけない」と語っていたそうです。使用する音楽は撮影中に思いついたりすることもあったようですが、やはり編集中にあれこれ試しては最適な曲を選び出していたようで(もちろん選んだ曲が100%使えるわけではない。使用許可が下りない場合もある)、それはそれは「楽しい作業」だったのだと思います。(キューブリックは編集作業が大好き)  記事では『2001年宇宙の旅』でのリゲティの「無許可使用」にも触れていますが、キューブリックがリゲティの使用を決めたのは公開直前のことで、その時はリゲティと連絡が取れなかったそうです。やむなく無許可で使用したところ(キューブリックはそれだけどうしてもリゲティを使いたかったのでしょう)、後でそれを知ったリゲティは「私の曲をハリウッド映画に使うなんて!』と大激怒!(当時は映画音楽は低く見られていた)無許可使用も相まって訴訟問題に発展するのですが、『2001年…』が画期的な傑作と評価されるようになると態度も軟化、後に無事に印税も支払われ、後のインタビューではキューブリックやその作品について好意的に語っています。(記事にはここ...

【関連記事】手塚治虫が選ぶ「SF映画ベスト10」

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天国への階段 幽霊紐育を歩く メトロポリス 月世界征服 光る眼 原子人間 宇宙戦争 2001年宇宙の旅 地底探検 猿の惑星  SF映画の面白さはSF小説の面白さとは違う。映画は画期的に面白く、ゲテモノでなく、見た目に面白いものがよい。最近では『猿の惑星』が傑作だ。  『時計じかけのオレンジ』は社会風刺としては面白いが入れるのをためらった。そういう意味では『博士の異常な愛情』などはSFというよりもSF番外編としてはトップに入れたいところだ。総体的に原作がある作品にあまり面白いものがなく、オリジナルな映画が面白いというのは、原作にしばられて思うように画像の飛躍ができないからだろう。『日本沈没』は小説は面白いが映画は失敗するだろう。  小松左京氏、筒井康隆氏などにぜひシナリオを書いてもらいたいものだ。マンガ家にもSF映画の発想ぐらいには参画させてほしい。 (引用:『ロードショー』1973年10月号)  手塚治虫が『2001年宇宙の旅』を高く評価しているのは周知の事実ですが、コメントとして『時計じかけのオレンジ』『博士の異常な愛情』にも触れ、結局3つもキューブリック作品を選んでいますね。どんだけキューブリック好きやねん!と思いますが、他はまあ1973年当時としては順当な気がします。ちょっとクラシック寄りな気もしますが。1、2は存じ上げなかったので調べてみましたが、SFというよりファンタジー要素が強そうな作品です。意外なのは『地球が静止する日』『地球最後の日』『禁断の惑星』あたりを挙げていないこと。単に忘れていただけな気もしますけど。  「総体的に原作がある作品にあまり面白いものがなく、オリジナルな映画が面白いというのは、原作にしばられて思うように画像の飛躍ができないからだろう」という指摘は自身もクリエーターである立場からの発言だと思います。実は映画は原作ものばかりですが、権利関係や契約などで映画製作者の創作の自由が縛られてしまうとつまらなくなってしまう、という意味に取っておきましょう。キューブリックはまさにそれを嫌がって契約には白紙委任状態を求め、製作はハリウッドの目が届きにくいロンドンでという判断をしました。  あと、『日本沈没』は興行的には成功しましたね。内容(評価)的に失敗するという意味かも知れないですが。手塚先生はその場の思いつきでぱぱっと言ったりする方なので、こう...

【関連記事】手塚治虫『惑星ソラリス』『2001年宇宙の旅』を激賞する

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『惑星ソラリス』(1972)と『2001年宇宙の旅』(1968) 配給会社の思惑で『2001年…』とは何も関係がないにも関わらず、勝手に『2300年未来への旅』(1976)という酷い邦題にされた『Logan's Run(ローガンの脱出)』 『2001年宇宙の旅』の美術監督をオファーされた漫画の神様、手塚治虫 SF映画の魅力  今年はSF映画の年だなんていうんで、ずいぶん期待していたのに、上半期はロクなのがこない。  ただひとつ、これは、『Apache』を買う金があったらみにいってちょうだいよ。いや、 間違い。『Apache』を買って映画へいこう。ソ連製SF映画「惑星ソラリス」だ!  これはもう、NHKのニュースセンター9時でも紹介したくらいだから、みたがっている人が 多いだろう。残念なことに特殊な配給方法なので、東京、大阪など大都市以外の地方館では上映しないようだ。この映画の、なんてったってみどころは、あの主役のナタリヤ・ボンダルチュク。 このコの演技がまず、アカデミー賞もの。  このコの役は、ハリーという、死んじまった若い人妻の役。この人妻そっくりに、得体の知れ ないものが化けて、スーッと現れるのだ。そして主人公の男に惚れちまって寝ようってわけなんだが、亡き妻そのままの姿に、男は気味悪がって逃げの一手。  まといつこうとする、にせハリーの執念がすさまじい。金属のドアを手でブチやぶって、血だらけになって出てくるのだ。ついに彼女は液体酸素を飲んじまって、そり返ってのたうちまわって、凍ってしまう。  いやなんとも、こんなものすごい女優の演技は、めったにお目にかかれないよ。  この「惑星ソラリス」、どうも、アメリカSF映画「2001年宇宙の旅」をひどく意識してつくったみたい。そういうわけで、いよいよ来春再公開がきまった「2001年―」 には、みていないヤング諸君も、もうゼツ大の期待をもっていてほしい。  さっきぼくが、今年はSF映画の年なのにロクなのがこないといったのは、実は、「2001年―」が今年の夏に封切られるハズになっていたのに、都合で来年にまわされたから、いよいよヤケクソ気味なのだ。というのは、この春に、題名のまぎらわしい「2300年未来への旅」 なんていうのが封切られてしまったせいだという説がある。「2001年―」に比べれば「2300年―」は、やはり、格...

【関連記事】キューブリックの初期作品『拳闘試合の日』『恐怖と欲望』『非情の罠』『現金に体を張れ』『突撃』のサントラを担当したジェラルド・フリードが逝去

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 「ルーツ」でエミー賞を受賞し、「スタートレック」、「ギリガン君SOS」の作曲家であるジェラルド・フリードが95歳で死去  画期的なミニシリーズ「ルーツ」でエミー賞を受賞し、「スタートレック」から「ギリガン君SOS」まで1960年代の音楽を担当し、テレビを見ていた世代に忘れがたい印象を残した作曲家ジェラルド・フリードが、金曜日、コネチカット州ブリッジポートのセント・ビンセント病院で肺炎のため亡くなりました。95歳だった。  フリードは幼なじみのスタンリー・キューブリックに映画を教わった。フリードは新進監督の最初の短編である1951年の「拳闘試合の日」を作曲し、その後、キューブリックの最初の長編4本を作曲することになる。その後、「恐怖と欲望」、「非情の罠」、「現金に体を張れ」、そして1957年の反戦映画「突撃」まで、キューブリック監督の長編映画4作品の音楽を担当した。また、ロバート・アルドリッチ監督のもとでは、『シスター・ジョージの殺意』(68年)、『遅すぎた英雄』(70年)など4作品の音楽を担当している。  その他、ジャック・ニコルソンのデビュー作『クライ・ベイビー・キラー』(58)、ロジャー・コーマン監督の『マシンガン・ケリー』(58)、異人種間結婚物語『ワンポテト、ツーポテト』(64)、シルヴィア・プラスの映画化『ベルジャー』(79)などを担当した。1975年には、ウォルパー監督の「Birds Do It, Bees Do It」でアカデミー賞にノミネートされ、オリジナル楽曲賞にノミネートされた唯一のドキュメンタリー映画となった。  1928年2月13日、ブロンクスで生まれたフリードは、ニューヨークのハイスクール・オブ・ミュージック・アンド・アートに通った。ジュリアード音楽院でオーボエを学び、1948年から1956年まで、ダラス交響楽団、ピッツバーグ交響楽団、ニューヨークのリトルオーケストラで第一オーボエ奏者を務めた。1957年にロサンゼルスに移り、ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団で1シーズン演奏した。  フリードは1928年2月13日、ブロンクスに生まれ、ニューヨークのハイスクール・オブ・ミュージック&アートに通った。ジュリアード音楽院でオーボエを学び、1948年から1956年まで、ダラス交響楽団、ピッツバーグ交響楽団、ニューヨークのリトルオーケ...

【関連記事】まるで『2001年宇宙の旅』のモノリスに集う猿人 ザ・フーの名盤『フーズ・ネクスト(Who's Next)』のジャケ写制作の裏話

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『Who's Next』のジャケ写のアウトテイク。まさに『2001年宇宙の旅』 〈前略〉 『フーズ・ネクスト』の象徴的なアルバム・ジャケット  5月7日に新曲のテストと改良のため、小規模な会場で公開ライヴの第一弾を行なった。 5月23日、小規模なライヴの最終日が行われた。 スコットランドのダンディーにある二千人収容のケアード・ホールでライヴを行なった。  会場の近くで一夜を過ごした後、バンドは霧雨の降る灰色の月曜日の朝、ロンドンに戻った。  4台のキャラバンを率いるピート・タウンゼントがハンドルを握り、制限速度を大幅にオーバーして運転し、後部座席にはアメリカ人写真家のイーサン・ラッセルが横たわっていた。 バンドはラッセルがザ・ローリング・ストーンズの『ロックンロール・サーカス』を撮影した際に一緒に過ごしたことがあった。 当時26歳だったラッセルは、ローリング・ストーンズとの仕事と、ビートルズのアルバム『レット・イット・ビー』のジャケットとなる写真を撮影し、すでに名声を博していた。   バンドはしばらくの間、アルバム・ジャケットのアイデアを練っていた。 キース・ムーンが女装したり、SMグッズを身につけたり、裸の大柄な女性の下半身をメンバーの写真に置き換えたものなどがボツになったアイデアだ。 ラッセルが撮影した写真もあり、ムーンがいろいろな服を着ている写真もあった(引用元参照)。特にタウンゼントは、これまでのアイデアに満足しておらず、もっと芸術的な選択肢のアイデア出しをしたいと望んでいた。  ラッセルはこう語る。  「アイデアを得るために、私はイングランド中部で行われたギグに同行した。ピート・タウンゼントの運転が怖くて、後部座席に寝そべったんだ。パニックになったよ。帰り道、ピートはまた高速で運転していた。僕はあのコンクリート製のものを3つか4つ見たけど、それが何なのか分からなかった。彼はロータリーでスピードを落とし、何かアイデアはないかと聞いてきたので、あの形状のことを話したんだ」  タウンゼントは、おそらくA19号線を走行中、イージントン村の近くを通過していたのでしょう。 高速道路を降りて海岸に向かい、100年にわたる石炭生産で大きな影響を受けた地域の海岸沿いの町、イージングトン炭鉱にたどり着いた。 そこでは廃棄物の先端がなだらかな丘のような風景に変...

【関連記事】『バリー・リンドン』のサントラにも参加した、2021年10月11日に逝去したアイルランドの民族音楽バンド「ザ・チーフタンズ」のリーダー、パディ・モローニのインタビュー

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クイン大尉とノラのダンスシーンに使用された『パイパーズ・マゴット・ジグ』 【インタビュー】ストーンズと共演、キューブリック映画にも参加!生ける伝説、ザ・チーフタンズの偉大な歴史を辿る 〈前略〉 ──それが今では、日本を含めて世界中の人びとが熱心にアイリッシュ・ミュージックを聴いていますね。またロックやポップスにも、ケルト音楽のテイストを感じさせるものは少なくありません。これはまさに、ジャンルを超えて世界中のミュージシャンと共演してきたチーフタンズの功績なのでは?  たしかにこの半世紀で、状況はかなり変わったよね。1つには、僕らはラッキーだったと思う。人柄も才能も備えたメンバーと巡り会えたし、トラッド畑以外のミュージシャンも僕らのアンサンブルに興味を持ってくれた。60年代後半にはローリング・ストーンズのミック・ジャガーがアルバムを他のメンバーに薦めてくれたし。  ジョン・ピールというBBCの名物DJは、ザ・チーフタンズの曲をビートルズやストーンズと同じ扱いでかけてくれたんだ。あと、これもやっぱり1975年だけど、スタンリー・キューブリック監督の映画『バリー・リンドン』に参加したのも大きかったな。僕らの曲が劇中で大々的に使用され、作品はオスカーで4部門を受賞した。そうやって世界の多くの人が、アイルランド伝統音楽の素晴らしさや懐かしさを知ってくれたんだ。 〈以下略〉 (引用元: Quetic/2017年10月12日 )  2021年10月11日、アイルランドの民族音楽バンド「ザ・チーフタンズ」のリーダーであり、唯一のオリジナル在籍メンバー、パディ・モローニが逝去いたしました。そのパディの来日時のインタビューがありましたのでご紹介。  ザ・チーフタンズは『バリー・リンドン』のサウンドトラックに『愛のテーマ』『パイパーズ・マゴット・ジグ』『海の乙女』の3曲を提供しています。結果、アカデミー賞歌曲賞を受賞(受賞者はレナード・ローゼンマン)するのですが、そのことが「ザ・チーフタンズにとって大きかった」と語ってくれているのはとても嬉しいですね。  故人のご冥福をお祈りいたします。

【アーティスト】『シャイニング』に登場した六角形柄のカーペットをデザインしたインテリアデザイナー、デービッド・ヒックス

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1970年代に活躍したイギリスのインテリアデザイナー、デービッド・ヒックス 「シャイニング・カーペット」が印象的に登場したダニーのミニカー遊びのシーン  『シャイニング』に登場した六角形柄のカーペット、ファンの間では「シャイニング・カーペット」と呼ばれるものですが、これは1960年代にインテリア・デザイナーであるデービッド・ヒックスがデザインした「ヒックス・ヘキサゴン」で、キューブリックが「勝手に」コピーしたものでそうです。以下がそのソースです。  しかし、ヒックスは『シャイニング』の撮影に協力していませんでした。「ヒックス・ヘキサゴン」 カーペットは、1980年に『シャイニング』がリリースされる前の1960年代に作られたもので、オーバールック・ホテルに登場するカーペットは、映画のためのものでも、撮影用にデザインされたものでもありません。 アシュレイ・ヒックス(インテリア、テキスタイル、カーペットのデザイナーとしても非常に成功したデービッドの息子 )は、グラフィックデザインの伝説的な存在で、映画愛好家でもあるMike Dempseyのブログに、父親の仕事について興味深いコメントを残しています。 「私の父はキューブリックのために働いたことはありません。私はキューブリックがヒックスのカーペットを『シャイニング』のためにコピーしたことを、父が自慢のひとつに思ってくれていたらいいのに、と思っています。」 (引用: Checkmate! The story behind Kubrick’s carpet in The Shining revealed/2017年11月 )  キューブリックは映画で使用するプロップやインテリア、衣装などはよく既存のものを使いますが、それは手早く、そして手広く選択肢を用意したいという理由からだと思われます(例えば『時計…』でアレックスの部屋のベッドカバーは当時売られていた既製品)。その上で、どうしても気にいるものがなければ、オリジナルでデザインさせるという手法を採っていたようです。実際はどうだったかはわかりませんが、例えばキューブリックがカーペーットや壁紙のカタログからこの「ヒックス・ヘキサゴン」のデザインを知り、それを気に入ってオーバールック・ホテルのカーペットデザインに採用した、という経緯が想像できます。著作権意識の薄かった1970年代ならで...

【ブログ記事】ソール・バスが描いた『シャイニング』のポスターのボツ案

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  キューブリックはかの有名なタイトルデザイナー、ソール・バスに『シャイニング』のポスター製作を依頼しましたが、そのボツ案をキューブリックのコメントと共に紹介します。 まるでSF映画みたいだ。ロゴが読みづらい 手と三輪車というのは見当違いだ。ロゴも小さすぎるし、インクがなくなったように見える 迷路と登場人物はやり過ぎ。迷路を出すべきだとは思わない アートワークが好きじゃない。ホテルが変だ。アートワークが広がり過ぎだ。コンパクトで十分。ロゴに点を使うのは好きじゃない。小さすぎるし読みづらい  キューブリックの悪筆をなんとか解読してみましたが、だいたいこんな事を書いているみたいです。どれももっともな指摘ばかりで納得できるのですが、ソール・バスもなぜこんなクオリティの低いアイデアばかり提出したのか謎です。キューブリックはダメ出しを繰り返し、結局300案以上をバスに提出させたそうです。  1枚目は完全に『未知との遭遇』を意識してのコメントでしょうね。2枚目はどこから手のビジュアルが出てきたのか不明です。3枚目は思いっきりネタバレしたいますから不採用は当然でしょう。4枚目の迷路が目になっているのは迷路が霊として家族を見ているのを表現しているのでしょうけど、ちょっと分かりにくいですね。5枚目は雪に閉ざされたホテルの孤立感を表現したかったのかも知れませんが、逆にキューブリックの不評を買っています。  結局採用された案は これ ですが、これもいい出来だとは思えません。映画告知の初期やサントラ盤のジャケットに使用されたくらいで、現在はジャック・ニコルソンの『Here's Johnny!』が一般化しています。ただしタイトルロゴだけはしっかりとその後も使用され続けているので、バスもデザインした甲斐があったと思っていたかもしれません。  グラフィックデザイナーとしてのソール・バスの神髄はやはり映画のタイトルデザインにあると思います。デザインとグラフィカルな動きのかっこよさですね。CGのない時代にこんなにCG的な発想ができたデザイナーは他にいません。ただキューブリックは「タイトルバックに回すお金があるなら本編に回す」と、けんもほろろなことを言っています。まあ、それでもあれだけ力強いオープニングを作るのですからさすがですけどね。

【アーティスト】トミー・ウンゲラー(Tomi Ungerer)

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トミー・ウンゲラー(Wikipedia)  『博士の異常な愛情』のポスターのイラストレーションを担当したイラストレーター・児童文学作家。オリジナルのアートワーク(下記参照)も描いている。  主な著書は『ゼラルダと人喰い鬼』(1977)、『ラシーヌおじさんとふしぎな動物』(1977)、『月おとこ』(1978)、『マッチ売りの少女アルメット』(1982)、『へびのクリクター』(1982)、『メロップスのわくわく大冒険 <1>・<2>』(1986)、『かたつむりみつけた』(1987)、『くつくつみつけた』(1987)、『すてきな三にんぐみ』(1989)、『こうもりのルーファス』(1994)、『フォーニコン』(1999)、『フリックス』(2002)、『カッチェン ― ウンゲラーのねこワールド』(2004)、『オットー ― 戦火をくぐったテディベア』(2004)、『ぼうし』(2006)、『あたらしいともだち』(2008)、『あおいくも』(2010)、『アデレード ― そらとぶカンガルーのおはなし』(2010)など。  1931年11月28日フランス・ストラスブール出身。

【音楽家】ローリー・ジョンソン(Laurie Johnson)

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Laurie Johnson(IMDb)    『博士の異常な愛情』の『トライ・ア・リトル・テンダネス』と『テーマ(ジョニーが凱旋するとき)』のアレンジを担当した作曲家。  他の主な参加作品は『追いつめられて… 』(1959)、『暴力の門 』(1961)、『苦い報酬 』(1963)、『欲望の終着駅 』(1964)、『激流ナイルの恋 』(1964)、『H.G.ウェルズのS.F.月世界探険 』(1964)、『華麗なる天才詐欺師/ミスター・ジェリコ 』(1969)、『女子大生・恐怖のサイクリングバカンス 』(1970)、『真夜中の放火魔 』(1971)、『吸血鬼ハンター 』(1974)、『子ぎつね物語 』(1976)、『悪魔の赤ちゃん3/禁断の島 』(1987)、『ヒュー・グラントの 浪漫騎士 』(1989)、『ワイルド・レーサー2 』(2003)など。  1927年2月7日イギリス・ロンドン出身。2024年1月16日逝去、享年96歳。

【アーティスト】アルネ・ヤコブセン(Arne Jacobsen)

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 オランダ、アムステルダム出身の建築デザイナー。『2001年宇宙の旅』で、ボーマンとプールが食事に使用したカトラリーは、ヤコブセンが1957年にコペンハーゲンのSASロイヤルホテルのためにデザインしたもの。そのミニマムなフォルムは『2001年…』の世界観にピッタリで、キューブリックが採用したのもうなずけますね。しかし・・・高すぎます(笑。インテリアが好きな方にはAJテーブルランプやセブンチェア、ローゼンダール時計などが有名。

【ブログ記事】『2001年宇宙の旅』のイラストレーター、ロバート・マッコールが描いた不採用シーンのストーリーボード

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  『2001年宇宙の旅』で広告のアートワーク全般を担当したロバート・マッコールが描いたストーリーボードです。スペース・ポッドがスターゲートを抜け、通常空間に戻るシーンのようです。クラークの小説版によると第42章の「見知らぬ空」のワンシーンだと推察できます。  以前ここでも指摘したようにキューブリックは一旦はクラークの小説の忠実な映像化を試みていたようです。しかし結果そうならなかったのは小説をそのまま映像化すると陳腐になる、既に予算や時間を費やしすぎてしまった等の判断があったのだと思われます。キューブリック自身がインタビューで「わざと曖昧にする必要はなかった」と答えているように、リアルで説得力のある映像表現を目指していたら結果的に曖昧にせざるを得なかった、という事でしょう。  キューブリックはその後、この「映像を暗喩・象徴的に使用し、演技や台詞で全て説明してしまう事を避ける」という手法を好んで使うようになり、キューブリック作品の代名詞になっています。どうしても具体的に「そのものズバリ」を見せてしまう映像の特性を逆に利用したこの方法論はキューブリックが初めて用いたものではありませんが、「劇」映画が主流のハリウッドの映画界でここまで徹底的に、しかも高いクオリティを持って表現し続けたのはキューブリックが初めてである、と言い切って良いでしょう。

【アーティスト】ジョン・ホイットニー・シニア(John Whitney Sr.)

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 60年代に活躍したビジュアルアーティスト。『2001年宇宙の旅』のスターゲート・シークエンス用に開発されたスリット・スキャンを製作したダグラス・トランブルに多大な影響を与えた。  そのホイットニーについてトランブルは、  ジョンの使っていた装置はフィルムのコマ上で細長いすき間を移動させて、そのすき間で芸術作品を動かし、模様やキメを作るものだった。実際に見たことはなかったから、頭の中で想像した。でもそこまで平面的にできるのなら、三次元だったできるはずだと思いついた。実験のあと、僕はスタジオを抜けてキューブリックのオフィスまで行って、「拡大するには、トラックやモーターや大きなガラス片のついた、家くらいの大きな機械を作る必要がある」と言った。彼は、「君の言うとおりだ。やってくれ。買ってくれ。何でも必要なものを」と言った。 (引用:映画監督 スタンリー・キューブリック) と語っている。   1917年4月8日カリフォルニア州パサディナ出身、1995年9月22日死去、享年78歳。以下は上から代表作の『Catalog』、『Permutations』、ヒッチコック『めまい』のオープニングに使用されたビジュアル・エフェクト。

【関連動画】ビートルズの映像作品にキューブリックが参加!?

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 この情報ははじめて知りました。ビートルズ唯一のインストルメンタル曲として有名な『フライング』。アルバム『マジカル・ミステリー・ツアー』収録のこの曲、TV映画『マジカル・ミステリー・ツアー』(1967)で使用された際に使われた映像の一部が『博士の異常な愛情』の空撮の没テイクだったなんて・・・上記の動画を観れば確かにそのように見えます。  何故こんなにも重要な情報が今まで表に出てこなかったのでしょう?経緯を調べてみたところ、『2001年宇宙の旅』のロケーション・スカウト/アシスタント・ディレクターだったアンドリュー・バーキンが、この『マジカル…』にもアシスタント・ディレクターとして参加していたそうです。つまり「飛んでる(フライングな)映像」って事でちゃっかり流用しちゃったんですね。多分キューブリックの許可はとっていたとは思いますが、それにしてもこんな重要な情報が今まで表に出てこなかったとは・・・没テイクとはいえ、ビートルズの映像作品にキューブリック作品おの映像が使われていた訳ですから、もっと世間に知られていても良いような気がしますが。  その当事者のバーキン、後に脚本家・映画監督として成功し、キューブリックが映画化を検討した『ウィーンに燃えて』を1988年に監督しています。また同じく映画化を検討していた『パフューム ある人殺しの物語』には脚本家として参加。女優のジェーン・バーキン<は実の妹で、ショーン・コネリー主演の名作『薔薇の名前』の脚本家としても有名ですね。

【アーティスト】ロバート・マッコール(Robert T.McCall)

 『2001年宇宙の旅』のアートワークを担当したイラストレーター。ポスターになった宇宙ステーションからスペースシャトルが飛び出す絵はあまりにも有名で、その他にも月面で活動中のシーンや円心機に佇む宇宙飛行士など、数々のアートワークを『2001年…』に提供しています。当時NASA関係の仕事を多く手がけていた事から、NASAからキューブリックへ紹介があったのではないかと想像しています。NASAの正確な科学考証があったからでしょうか、数々のイラストは今見てもあまり古さを感じさせません。最近DVDやBDなどでパッケージにこのイラストを使わないバージョンが出回っていますが、とんでもないです。しかもスターチャイルドのネタバレパッケージなんて勘弁して欲しい・・・。他の参加作は『スター・トレック』(1979)、『ブラックホール』(1979)など。  1919年12月23日アメリカ・オハイオ州コロンバス出身、2010年2月26日死去、享年90歳。自身のサイトは こちら 。

【アーティスト】フィリップ・キャッスル(Philip Castle)

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 『時計…』と『フルメタル…』のアートワーク全般と、ロゴデザインを担当したイギリスのエアブラシ・アーティスト/イラストレーター。  ネット上にこの人の情報は極端に少なく、日本語で読める記事はほぼ皆無なので困っていました。ところが、貴重なインタビュー動画と記事を発見。非常に興味深い初期スケッチやボツイラスト、それに絵の参考資料に送られたアニマルマザーのヘルメットまで登場しています。キューブリックとの仕事でのやりとりやキューブリックへの想いなど、貴重な証言が満載です。  動画は Part1 から Part2 、 Part3 、 Part4 までありますが、特に1と2は必見です。また、記事に起こしたものは こちら にあります。  動画では「A CLOCKWORK ORANGE」の「A」をイラストの意匠に取り込むアイデアは初期のスケッチの段階から見られます。それに噂に聞いたマッド・マガジンの「時計じかけのレモン」も見る事ができました。また、タイトルロゴはイタリア語やスペイン語も担当していたんですね。  他には『マーズ・アタック!』や『60セカンズ』のポスター、デヴィット・ボウイの名盤『アラジン・セイン』のジャケットアート(鎖骨にある水滴のエアブラシ・ワークのみ)、ポール・マッカトニー&ウィングスのワールド・ツアーのポスターなども手がけたそうです。  1943年イギリス・ヨークシャー州ハッダーズフィールド出身。

【アーティスト】バート・スターン(Bert Stern)

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 マリリン・モンロー最期の写真を撮ったと言われているヴォーグ誌のカメラマン、バート・スターン。そのスターンが『ロリータ』のポスターやパッケージ等でさんざん目にしてきた、あのハートマークのサングラスにロリポップを舐めている写真を撮った、というのは殆ど知られていない事実なんじゃないでしょうか。  『ロリータ』をご覧になった方ならご存知ですが、あのビジュアルのシーンは本編には登場しません。純粋に宣材写真として別に撮られた物です。キューブリックはルック社時代に同僚だったスターンに声を掛け、一連のフォトセッションの中からあの写真をチョイスしました。  ところであのビジュアル、髪の毛やあごから下は写っていません。どうしてそうなったのか長年疑問だったのですがトリミング前の写真を見てその謎が解けました。あれは車のルームミラー越しに写したものだったんですね。上下がカットされているのはルームミラーのふちがボケていたからです。つまりあのビジュアルはスー・リオンの鏡像、という事になります。  その後スターンは悪童の名を欲しいままに、モンローを始めオードリー・ヘップバーン、エリザベス・テイラー、ブリジット・バルドー、ツイッギー、マドンナ、カイリー・ミノーグ、ドリュー・バリモアなどそうそうたる女性たちの写真を撮っています。また『真夏の夜のジャズ』(1959)というドキュメンタリー映画の監督としての方がジャズファンには有名でしょうか。キューブリックもジャズ好きでルック時代にシカゴのジャズメンの写真を残しています。そういう意味ではウマが合ったのかも知れません。  2011年にDVDとして発売されたバート・スターンのドキュメンタリー『Original Mad Man』のトレイラーにはロリータのフォトセッションの写真も登場しています。(それにしてもツイッギー若い!)  当時モデルをしていた『非情の罠』のヒロイン、アイリーン・ケーンをキューブリックに紹介したのもスターン。  1929年10月3日、アメリカ・ニューヨーク州ブルックリン出身、2013年6月26日死去。享年83歳。

【アーティスト】『時計じかけのオレンジ』の裸婦像テーブルのデザインに影響を与えたアレン・ジョーンズ

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キューブリックが『時計じかけのオレンジ』のプロップデザインを依頼したアーティスト、アレン・ジョーンズ(1970年頃)  『時計じかけのオレンジ』の裸婦のテーブルや自動ミルク販売機のデザインのアイデアは、60年代にポップ・アートの旗手として、あのアンディ・ウォホールと並び称されたアレン・ジョーンズの一連の半裸のボンデージ家具からインスパイアされたものです。少し前ですが、その家具がサザビーズで3点セット3億2000万円で落札された事がニュースになっていました。 「女体家具」が3億2000万円で落札 制作された当初は、フェミニストらに嵐のような抗議を浴びせられた、アンディ・ウォーホルと並ぶ60年代ポップアートの旗手のひとり、アレン・ジョーンズ (Allen Jones)の作品3点が、サザビーズのオークションにかけられ、記録的な高値となる260万ポンド、日本円にして3億2000万円で落札されました。 出品されたのは、いすとテーブル、それに帽子掛けの3点で、いずれも半裸の女性がモチーフとして使われています。コレクションは、元ブリジッド・バルドーの 夫でもあるドイツの億万長者、ギュンター・サックスが所有していたもので、今回のオークションでは最も入札の多かった品物でした。 ( 引用:GIGAMAN )  キューブリックはジョーンズのボンデージ家具が気に入り、映画でオファーしたそうですが、両者の折り合いがつかずこの話は流れ、結局『2001年宇宙の旅』でスター・チャイルドを製作したリズ・ムーアに製作を依頼、映画で使用されました。 試作されたウェイトレスのボンデージ衣装  ネット上では、ジョーンズ側が断ったという話と、キューブリック側が断ったという話が入り乱れていますが、実際はジョーンズは一旦オファーを引き受けたようで、上記のような試作までしています。でも凝り性のキューブリックの事、あれこれ注文を付け、それに嫌気がさしたジョーンズが断ったのでは、と考えています。 Table(1969)Allen Jones  ジョーンズのボンデージ家具はマネキンのようで、実際の女性に近い印象です。この事からフェミニスト団体から嵐のような抗議をうけたそうですが、キューブリックは無用なトラブルには巻き込まれたくなかったので、より抽象的な、裸婦像のような形への変更を考えたのではないでしょうか。しかし、自分の...