【関連記事】「十代のキューブリックがニューヨークの地下鉄であなたの祖母を密かに撮影したのでしょうか?」キューブリックのルック社時代の写真『地下鉄シリーズ』、新たに18枚のプリントが見つかる
| 写真集『Through a Different Lens』に掲載された『地下鉄シリーズ』。これによるとルック誌掲載は1947年3月。キューブリックは当時18歳。 |
あり得る話だ。『博士の異常な愛情』の監督となる人物が撮影した、新たに発掘された膨大な数の写真には、17歳のキューブリックが夜をどのように過ごしていたかが写っている。コートの下にカメラを忍ばせて。
ベンジャミン・スヴェトキー 著
たいていの場合、10代の少年がコートの下に隠したカメラで地下鉄内で見知らぬ人をこっそり撮影していたという話を聞くと、最後は誰かが交通警察に連行されるという結末を迎える。
しかし、この場合、そのティーンエイジャーはスタンリー・キューブリックだった。そして、彼が1946年にニューヨーク市の地下鉄を深夜に乗車中にこっそり撮影した写真が、80年ぶりに日の目を見た。ロサンゼルスのギャラリーオーナー、ダニエル・ミラーが最近入手した400万枚の写真アーカイブの中に埋もれていた18枚のヴィンテージプリントだ。
「アーカイブを漁っていたら、どこかに『サブウェイズ』と走り書きされた小さな封筒を見つけたんです」とミラーは回想する。「開けてみたら、『これは本当に面白いものだ』と思いました。」
確かに。これらの写真は、キューブリックがカメラを構えた初期の作品として知られているもので、彼がわずか16歳か17歳の時に、ルック誌の依頼で撮影されたものだ。ルック誌は1945年、後に『博士の異常な愛情』や『2001年宇宙の旅』の監督となる彼を、当時最年少の専属カメラマンとして採用した。
もちろん、ミラーが最初に封筒を開けたとき、彼は上記のことについて何も知らなかった。
「ChatGPTに写真を入力して、誰が撮影したのか検索してみたところ、全く違う写真家が出てきたんです」と彼は言う。しかし、ミラーは何か重要なことに気づいてはいるものの、それが何なのかはまだ分からなかったため、諦めずに調査を続けた。「何人かの人や他のギャラリーに送ってみたところ、十分な調査の結果、ついに写真の本当の撮影者が判明したんです。」
今思えば、誰が彼らを撮影したのかは明白だ。「キューブリックは物語性を重視する監督で、これらの映像には多くの謎が隠されている」とミラーは言う。「この人たちは地下鉄で一体何をしているのか?なぜこの男は身を乗り出して眠っているのか?それとも死んでいるのか?写真では確かに死んでいるように見える」
「キューブリックは、自分が何をしているのか正確には分からずに、ただひたすらシャッターを切っていたに違いない」とミラーは続ける。「フィルム1ロールにつき、面白いショットはせいぜい1、2カットだっただろう。しかし、編集における彼の選択力は抜群だった。それが彼の真骨頂であり、彼の代名詞だった。彼は何百万回もテイクを重ねたものだ。」
ミラー氏によれば、キューブリックの初期の写真には、地下鉄に乗るために地面の穴に潜り込むことが一種の異国情緒あふれる旅だった、今は失われてしまった20世紀半ばの時代が捉えられている。「人々は地下鉄に乗るためにきちんとした服装をしていた」とミラー氏は言う。「写真を見ると、実際に人々が互いに会話しているのがわかる。中には〈新聞〉という奇妙なものを読んでいる人もいる。」
〈以下略〉
(引用:ハリウッド・レポーター/2026年4月23日)
キューブリックのルック社時代の写真『地下鉄シリーズ』が新たに18枚見つかったというハリウッド・レポーター誌の記事です。発見者のダニエル・ミラー氏はキューブリックに関しては知識が浅いらしく、記事にはすべてドキュメンタリー(隠し撮り)のように書かれていますが、よく知られているようにキューブリックはヤラセ(仕込み)も使います。そのように見える写真もチラホラありますね。特に2枚目、3枚目あたりは構図やポーズが決まりすぎていてヤラセくさいです。
キューブリックが「自分が何をしているのか正確には分からずに、ただひたすらシャッターを切っていたに違いない」なんてことはありません。早熟で十代にして人間の観察眼に長けていたキューブリックは、時間帯やタイミングなど冷静に計算してこれらの写真を撮っていたはずです。それでも物足らない場合は友人や知人を(時には自分のガールフレンドさえ)仕込みに使って撮影していたのです。そんじょそこらのアマチュアのカメラ小僧と一緒にしては困ります。なにせこの時点でキューブリックはルック社の「正社員」であり、「プロカメラマン」であったのですから。
また、映画監督になってからのキューブリックは多テイクで有名ですが、その原点はカメラマン時代にある、という指摘は日本ではあまりされていません。スチール写真は数多くのテイクを撮り、その中からベストテイクをチョイスするのが常道ですが、映画では一般的に全てのセッティングをあらかじめ決めておき、一発OKが最良とされます。キューブリックは「撮影時にも素晴らしいアイデアが浮かぶこともある」として「スチールカメラ流」を好みました。この点を理解していないと「ただの偏執的完璧主義者」という誤解を生むことになります。キューブリックいわく「画家がいくつ筆を振るったのなんていちいち覚えていないだろ?」つまり、創作時に最良のアイデアを求めて試行錯誤するのはアーティストとして当たり前の行為、という考えで、一発OKが最良という映画界の(悪しき)慣習にあえて逆らっていました。それが「キューブリック流」だったのです。
その「キューブリック流」の萌芽がうかがえるルック社時代の写真は上記の写真集のほか、ニューヨーク市立博物館のアーカイブでも見ることができます。それより何よりも海外では写真展開催の実績があります。ぜひ『スタンリー・キューブリック写真展』を日本でも開催して欲しいのですが・・・集客は見込めると思いますので、関係者の皆々様、何卒のご検討をよろしくお願いいたします。