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 キューブリックの『時計…』があれだけの傑作になったのは、もちろんキューブリックのセンスによるところも大きいのだが、この原作小説が傑作であった事に拠るのは疑うべくもない。

 原作のアレックスの残忍さは映画以上で、暴行、強盗、強姦、殺人と悪行の限りを尽くしている。その上裏切りや寝返り、ゴマすりが上手ときている。それに映画以上に頻出する「ナッドサット言葉」は、大人や社会とのコミュニケートを完全に拒否した今の若者の姿そのものだ。また、アレックスは恐ろしく頭が良く、温和な両親と暖かな家庭がある点も見逃せない。不遇な家庭環境が非行を呼び込む、という旧来の図式が完全に崩れ去るのを、60年代に予見していたのには驚くばかりだ。

 キューブリックは『ナポレオン』の企画が中止された後、テリー・サザーンにもらったままになっていたこの小説を読み、たちまち魅了されたという。また「小説の答えはすべて小説の中にある。それを見いだせないとするならば、それは単なる怠慢だ」とまで言い切っている。そんなキューブリックに対し、この作品を「暴力賛美」とか「非行を助長する」と非難し、上映中止まで追い込んだ一部のマスコミや団体は、キューブリックにはさぞかし「怠慢」に思えてならなかっただろう。

 この小説に魅せられたのはキューブリックだけではなく、かのローリング・ストーンズもミック・ジャガー主演で映画化を検討していたらしい。だが肝心のバージェスはこの小説を忌み嫌っていたようで「クズ本」とか「ムカムカする」とか言いたい放題。作中の小説家と同じように妻をレイブされた経験があり、自身も脳腫瘍と診断され、酒を浴びるように飲みながら書いた本を好きになれない気持ちも分からないでもないが、映画の公開時にはプロモーションで各地を飛び回っていた事実を考えると、正直疑問が残る。ちょっと穿った見方かも知れないが、この映画に対するあまりにも激しい批判と脅迫に恐れをなし、否定的な立場をとるようになったのではないだろうか。(もしそうだとしてもバージェスを批判する気はさらさら無いが)

 尚、日本版の旧版では最後の一章が掲載されていないが、それは当時のアメリカ版に倣ったようだ。この『完全版』でやっと全訳となったが、これは当時のバージェスの意思(たとえ担当編集者の圧力に屈したのだとしても)にを反映したものであるので、この件については全く異論はない(本心か否かはまた別の話)。キューブリックは当時のアメリカ版をベースに映画化したので、しばらくこの最終章に気づかなかったそうだ。ただその最終章を知っても「それまでのスタイルと合わないし、説得力もない」と評したキューブリック、どちらにせよ映画では採用しなかったに違いない。

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