【関連書籍】時計じかけのオレンジ/アンソニー・バージェス 著

 キューブリックの『時計…』があれだけの傑作になったのは、もちろんキューブリックのセンスによるところも大きいのだが、この原作小説が傑作であった事に拠るのは疑うべくもない。

 原作のアレックスの残忍さは映画以上で、暴行、強盗、強姦、殺人と悪行の限りを尽くしている。その上裏切りや寝返り、ゴマすりが上手ときている。それに映画以上に頻出する「ナッドサット言葉」は、大人や社会とのコミュニケートを完全に拒否した今の若者の姿そのものだ。また、アレックスは恐ろしく頭が良く、温和な両親と暖かな家庭がある点も見逃せない。不遇な家庭環境が非行を呼び込む、という旧来の図式が完全に崩れ去るのを、60年代に予見していたのには驚くばかりだ。

 キューブリックは『ナポレオン』の企画が中止された後、テリー・サザーンにもらったままになっていたこの小説を読み、たちまち魅了されたという。また「小説の答えはすべて小説の中にある。それを見いだせないとするならば、それは単なる怠慢だ」とまで言い切っている。そんなキューブリックに対し、この作品を「暴力賛美」とか「非行を助長する」と非難し、上映中止まで追い込んだ一部のマスコミや団体は、キューブリックにはさぞかし「怠慢」に思えてならなかっただろう。

 この小説に魅せられたのはキューブリックだけではなく、かのローリング・ストーンズもミック・ジャガー主演で映画化を検討していたらしい。だが肝心のバージェスはこの小説を忌み嫌っていたようで「クズ本」とか「ムカムカする」とか言いたい放題。作中の小説家と同じように妻をレイブされた経験があり、自身も脳腫瘍と診断され、酒を浴びるように飲みながら書いた本を好きになれない気持ちも分からないでもないが、映画の公開時にはプロモーションで各地を飛び回っていた事実を考えると、正直疑問が残る。ちょっと穿った見方かも知れないが、この映画に対するあまりにも激しい批判と脅迫に恐れをなし、否定的な立場をとるようになったのではないだろうか。(もしそうだとしてもバージェスを批判する気はさらさら無いが)

 尚、日本版の旧版では最後の一章が掲載されていないが、それは当時のアメリカ版に倣ったようだ。この『完全版』でやっと全訳となったが、これは当時のバージェスの意思(たとえ担当編集者の圧力に屈したのだとしても)にを反映したものであるので、この件については全く異論はない(本心か否かはまた別の話)。キューブリックは当時のアメリカ版をベースに映画化したので、しばらくこの最終章に気づかなかったそうだ。ただその最終章を知っても「それまでのスタイルと合わないし、説得力もない」と評したキューブリック、どちらにせよ映画では採用しなかったに違いない。

TOP 10 POSTS(WEEK)

【関連記事】抽象的で理解の難しい『2001年宇宙の旅』が世に残り続ける理由

【関連記事】ジム・モリソンとドアーズがシネラマドームで『2001年宇宙の旅』を観た夜

【関連商品】『2001年宇宙の旅』のHAL 9000のようなデザインのファズ・ペダル、その名も「TMA-1 Fuzz」が登場

【パロディ】『ルパン三世』TVシリーズ(セカンドシーズン)のLDのジャケットが『時計じかけのオレンジ』だった件

【原作小説】Amazon Kindleにサッカレーの小説『バリー・リンドン』が新訳で登場。しかも398円の超破格値!

【ブログ記事】キューブリック作品の映像が、隙のない完璧なものに見える理由

【パロディ】洋楽パロで有名なNHKの番組『ハッチポッチステーション』の再編集版『2001年(2004年)夢中の旅』のオープニングがやっぱり『2001年宇宙の旅』だった件

【台詞・言葉】『時計じかけのオレンジ』に登場したナッドサット言葉をまとめた「ナッドサット言葉辞典」

【ロケーション】キューブリック作品が製作された撮影地一覧(概略)

【ブログ記事】『シャイニング』のオーバールックホテルの外観モデルになったティンバーラインロッジが、キューブリックに幽霊が出る217号室を変更して欲しい旨を伝える手紙