【考察・検証】見えざる影響を及ぼし合う、キューブリックとコッポラ

『シャイニング』撮影時のキューブリックと『地獄の黙示録』撮影時のコッポラ

 キューブリックがロンドンで『シャイニング』を制作していた頃、フィリピンである巨匠監督の大作が破綻寸前まで追い込まれていました。そうフランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』です。キューブリックとコッポラ、直接交流があったかどうかは証言が残されていないので分かりませんが、キューブリックはコッポラの『ゴッドファーザー』を高く評価し、嫉妬さえしていました。そんな「意識している」コッポラの最新作『地獄の黙示録』の製作現場がまさに「地獄」と化していたその状況が、キューブリックの耳に届いていたとしても不思議ではありません。

 『ゴッドファーザーPART1/2』で名声を確たるものにし、巨匠として名高いコッポラでさえ思い通りに映画を作れない・・・巨額の制作費、キャスティングの変更や俳優の病気、わがまま放題のマーロン・ブランドやデニス・ホッパー、台風によるセットの破壊、やがて製作は完全に行き詰まり、ヒットどころか公開まで危ぶまれる事態に、『バリー・リンドン』のアイルランドロケで同じような(テロリストを名乗る何者かに脅迫された)経験をしていたキューブリックはとても他人事だとは思えなかったでしょう。

 結局1979年に『地獄…』は公開され大ヒット、無事制作費は回収され、カンヌ映画祭でグランプリを獲得するのですが、それまでの苦労と苦悩を考えれば、コッポラはこの快挙を手放しでは喜べなかったでしょう。しかも完成した作品は当初の予定とは似ても似つかないものになってしまっていたのですから。

 1979年といえば『シャイニング』は丁度ポストプロダクションに入った頃です。前作『バリー…』で興行的に失敗していたキューブリックは、この度こそヒットさせなければなりませんでした。あれだけトラブっていると聞き及んでいた『地獄…』がヒットした事もプレッシャーに感じていたのかもしれません。いったん公開され、のちに削除された明らかに説明的すぎる病院シーンのラストシーンも、その迷いのひとつの証左のように思えます。

 その後、ロケに懲りたコッポラはその『シャイニング』を参考にしたのか、次作『ワン・フロム・ザ・ハート』で全編セットでの撮影を敢行します。でもそれが裏目に出て興行的に大失敗、個人のスタジオを手放してしまいます。一方のキューブリックはというと、次作『フルメタル・ジャケット』で『地獄…』の失敗を教訓にしたのか(『地獄…』の脚本家であるマイケル・ハーが『フルメタル…』にも参加している)、東南アジアにロケすることなくロンドンとその近郊だけでベトナム戦争映画を作ってしまいました。

 一般的にコッポラもキューブリックを「完全主義者」と評される事が多いですが、どちらが柔軟で抜け目なく映画製作をしていたのか、これでよく分かるかと思います。キューブリックは完全主義者と言われてしまう側面はあったかも知れませんが、いかに自作を高く売るかを心得た「商才ある商売人」であり、リスク管理やコントロール能力に優れた「優秀な管理者」でもありました。キューブリックを論評する際、一方的に神格化するのも偏執狂扱いするのも間違いです。こういった「ちゃっかりした」キューブリックの一面もファンなら知っておくべきではないでしょうか。

 ちなみに、キューブリックは街で声をかけてきたファンが自分とコッポラと勘違いしていた、という話を面白おかしく語るほど、茶目っ気がある監督でした。

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