【考察・検証】「ロリータ」になれなかったロリータたち ~『ロリータ』のキャスティングを検証する
![]() |
『ロリータ』のロリータ役に実際に名前の挙がった候補4人。左からジョーイ・ヘザートン、ジル・ハワース、チューズデイ・ウェルド、ヘイリー・ミルズ |
ロリコンに寛容(二次元だけ?)な日本とは違い、当時も今もアメリカは少女との性愛関係には非常に否定的でタブー視、危険視されています。さらに時代はまだ1960年代始め。映画の性や暴力の表現には厳しい規制、つまり悪名高きヘイズ・コード(検閲コード)がありました。そしてそれを遵守させようとMPPDA(アメリカ映画製作者配給者協会)とその下部組織PCA(映画製作倫理規定管理局)、さらには矯風軍(カトリック矯風団)といった団体も口うるさく映画製作の現場に介入していた時代でした。キューブリックは小説『ロリータ』を映画化すれば、当然こういった団体の圧力や世論の拒否反応は予想していて、その圧力から逃れる為にハリウッドではなくロンドンで撮影したほどです。
そんなキューブリックとナボコフの最大の懸案は「ロリータ役に誰をキャスティングするか?」でした。このロリータ役に抜擢した女優次第で、上記の理由からせっかく製作した映画も公開できなくなる可能性があったからです。キューブリックは当初、テレビで活躍していたジョーイ・ヘザートン(1944年9月14日生まれ)の起用を望んでいました。ところが彼女の父親は「盛りのついた子猫」とのイメージがつくのを恐れ、これを断ります。
TVドラマ『枢機卿』に出演中のジル・ハワース(1963年)
ジル・ハワース(1945年8月15日生まれ)も候補に上がりました。しかし彼女と契約していたオットー・プレミンジャーに断られます。するとキューブリックは「新たなセックス・シンボル」としてその名を馳せていたチューズデイ・ウェルド(1943年8月27日生まれ)はどうかとナボコフに提案します。
幼さとセクシーさが同居するチューズデイ・ウェルドが出演した『独身アパート』(1962年)
上記映像をご覧になればその幼い容姿とコケティッシュな魅力はすぐに理解できるかと思います。まさに「リトル・マリリン・モンロー」といった雰囲気を醸し出しています。私見ですが、ナボコフのロリータのイメージにはスー・リオンよりウェルドの方が近い気がします。またエイドリアン・ライン監督により再映画化された『ロリータ』でロリータを演じたドミニク・スェインにも印象が似ています。ただ彼女は実際にロリータを演じたスー・リオン(1946年7月10日生まれ)より3歳も年上でした。当の本人も「私はロリータを演じる必要がない、私自身がロリータだ」と語り、これを固辞。ナボコフも彼女を気に入りませんでした。
いかにもディズニーらしい健全なヘイリー・ミルズが出演した『難破船』(1962年)
また、ヘイリー・ミルズ(1946年4月18日生まれ)も候補に挙りました。ただ彼女は当時ディズニーのドル箱スター。そんなヘイリーに性的なイメージがついてしまうのをディズニーが許す筈がなく、この話は流れました。しかしヘイリーはロリータ役には大変乗り気だったそうで「もし、あの時引き受けていれば、成長するのにあんなに時間をかけて苦労することはなかっただろうと思う」と語っています。
以上の4人は非常に印象が似ています。つまり「年齢の割に幼い」です。しかしそんな幼い女優をロリータ役にキャスティングすればヘイズ・コードに引っかかり、公開できなくなるのは明白です。そこでキューブリックやナボコフがロリータ役に求めたのは「幼さはひかえつつも少女的魅力に溢れた女の子」という難しい条件でした。その条件をクリアできた唯一の女優、それがスー・リオンだったと考えています。
『地下鉄のザジ』でキュートな笑顔を振りまくカトリーヌ・ドモンジョ(1960年)
因にナボコフは映画公開の数年後、『地下鉄のザジ』でデビューし一躍有名になったフランス人女優カトリーヌ・ドモンジョ(1948年7月10日生まれ)こそ理想のロリータだ、と語ったそうです。