【原作小説】五十年間の嘘(Wartime Lies)

 ユダヤ人の美しい伯母と少年が、ナチスドイツのホロコーストから逃れるために第二次世界大戦下のポーランドを点々としながら出自を偽り、嘘に嘘を重ねながらも逞しく生き延びようとする話・・・こんなあらすじからどんな物語を想像するだろうか?多分ほとんどの人がそのあまりにも残酷なホロコーストという現実に負けずに生き延びた、ユダヤ人の美談を想像するのではないだろうか。残念ながらここにはそんな美談は全くと言っていい程ない。それどころかユダヤ人がいかに醜くヨーロッパ全土を寄生虫のごとく蝕み、貶めているばかりか、当のユダヤ人がユダヤ人こそ最も憎み、蔑むべき民族だと考えるその心根が淡々と綴られてさえいるのだ。

 確かにナチスドイツや、それに協力したポーランド人が働いた無慈悲な残虐行為、それにソ連軍の蛮行も触れられてはいる。だが、自分と家族さえ生き延びればそれでいいと良心的なドイツ人やポーランド人を欺き続け、それにあまり痛痒を感じていない姿とか、強制連行や銃殺、ゲットーへの襲撃など、他のユダヤ人が迫害されている様を淡々と眺めていたり、あまつさえユダヤ人でありながらキリスト教の洗礼を受け、キリスト教の慣習を真似てキリスト教徒に偽装する事をニヒリスティックに受け入れているその姿は、他の民族(特に共同体意識と相互扶助、それに正直さこそ美徳だと信じきっている日本人)にとって非常に異質に映る。

 それ故、読後に残るのはこの伯母と少年に全く同情の感情は湧かない、という事実だ。そして気づかされるのは、だからこそ二千年以上に渡って流浪の民でありながら生き永らえる事ができたのだという、そのしたたかさと逞しさ、そして狡猾さだ。ユダヤ人がユダヤ人たらしめているものがその「狡猾さ」だとするならば、それこそが他の民族の反感を買いやすく、故にユダヤ民族に厄災を招く原因になりかねないのだと、作者のルイス・ベグニーは自分が生きた1933年から第二次世界大戦終了時までを振り返ったこの小説で、客観的かつ冷静に、そして自虐と皮肉を込めて指摘している。

 本書はドイツで三十万部を超す大ベストセラーとなり、全米でも高い評価を受けたそうだ。そこにユダヤ問題の根深さ、ドイツ人の本音、ひいては世界全体におけるユダヤ人に対する「印象」が透けて見えるような気がする。

TOP 10 POSTS(WEEK)

【関連記事】「十代のキューブリックがニューヨークの地下鉄であなたの祖母を密かに撮影したのでしょうか?」キューブリックのルック社時代の写真『地下鉄シリーズ』、新たに18枚のプリントが見つかる

【考察・検証】キューブリックはなぜ『2001年宇宙の旅』の美術デザインを手塚治虫に依頼したか?また、もし参加していればどうなっていたか?を検証する

【台詞・言葉】ハートマン先任軍曹による新兵罵倒シーン全セリフ

【考察・検証】作品タイトルを『短期除隊兵(ショート・タイマーズ)』から『完全被甲弾(フルメタル・ジャケット)』に変更したキューブリックの真意とは

【ブログ記事】スタンリー・キューブリックが遺した約1万6千枚もの写真がネット上に公開中

【考察・検証】キューブリックの死因にまつわる噂について

【考察・検証】『2001年宇宙の旅』に登場したコンピュータ「HAL9000」の変遷と「IBM→HAL説」の真偽を検証する

【関連書籍】戸田奈津子 金子裕子著『KEEP ON DREAMING』で語った、『フルメタル・ジャケット』翻訳家降板事件の戸田氏の言い分

【関連記事】イラストレーター、フィリップ・キャッスル(スタンリー・キューブリック監督作品のポスターデザイナー)へのインタビュー

【関連記事】手塚治虫『惑星ソラリス』『2001年宇宙の旅』を激賞する