【考察・検証】キューブリック作品のタイトル考
キューブリックは作品タイトルには、原作をそのまま流用したもの(『突撃(栄光の小径)』『スパルタカス』『ロリータ』『時計じかけのオレンジ』『バリー・リンドン』『シャイニング』)と、オリジナルのタイトルを付けた作品と2種類あります。今回は後者のオリジナルタイトルを考察したいと思います。
『恐怖と欲望(Fear and Desire)』
相反する感情や概念をそのままタイトルに使った1例目。「恐怖」は恐怖で狂ってしまったシドニーを、「欲望」は戦果を挙げて出世を考えたマックを表している、というのは短絡的過ぎでしょうか。広義に考えれば戦争という行為そのものが「恐怖と欲望」の産物であるし、狭義に考えれば戦果か脱出かで揺れる小隊の姿そのままだとも言えるでしょう。
『非情の罠(Killer's Kiss)』
相反する感情や概念をタイトルにした2例目。当初は『キスして、殺して(Kiss Me, Kill Me)』というタイトルでした。当然グロリアの事を指すのだと思われますが、いかんせん主演女優の力不足で「キスして、殺して」という程の存在感はありません。仕方ないので言葉のトーンを弱めた『殺人者のキス』というタイトルにしたのではないでしょうか。また、『キスして、殺して』では扇情的すぎるため、前作『恐怖と欲望』の時にポルノとして宣伝されてしまったのを警戒しての措置だったのかも知れません。因に「Kiss」と「Kill」は音の響きが似ているため、映画や本、曲のタイトルによく使用されています。
『現金に体を張れ(The Killing)』
キューブリックが好んだダブル・ミーニングのタイトルの1例目。「Killing」には「殺害」と「大もうけ」と両方の意味があります。まさに『現金…』のストーリーそのままです。
『博士の異常な愛情:または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか(Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb)』
相反する感情や概念をタイトルにした3例目。「異常愛博士」とは作中のストレンジブ博士を指すのは明白ですが、次の「または~」については<a href="http://kubrick.ldblog.jp/archives/52017920.html" target="_blank" title="">ここ</a>で記事にしています。これ以外にも当時のハウツー本にありがちだったタイトルをもじった、という指摘もあるようです。確かに「私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」というのはハウツー本のキャッチコピーはありがちですね。「この本を本気で核戦争を心配していた自身や同好の士へ向けてお薦めします!」という皮肉を込めた、という事なんでしょう。
『2001年宇宙の旅(2001 : a space odyssey)』
『2001年』とは木星計画(ジュピター・ミッション)の時の西暦ですが、『宇宙の旅』の『旅』を「Journey」や「Trip」、「Voyage」にしなかった理由はクラークが「さんざん(他の映画で)目にして来ているから」と答えています。(※『2001年…』というタイトルのアイデアはキューブリックが出した)では何故「Odyssey」なのかというと、「旅」という意味に加えて「オデュッセウスの旅」つまり古代ギリシャの神話を引用する事によって、映画に神話性がある事を暗に伝えたかったのでしょう。それを単純に『旅(旅行)』と訳した邦題に問題がある事は<a href="http://kubrick.ldblog.jp/archives/52014656.html" target="_blank" title="">ここ</a>でも指摘しています。つまりこれはダブルミーミングのタイトルの2例目という事になります。
『フルメタル・ジャケット(Full Metal Jacket)』
<a href="http://kubrick.ldblog.jp/archives/52013777.html" target="_blank" title="">ここ</a>でも考察している通り、「完全被甲弾(弾体の鉛を銅などで覆った弾)」はハーグ陸戦条約で承認された「人道的な銃弾」で、軍用銃弾そのものです。そしてそれは、一切の「個」をはぎ取られた兵士そのものを表しています。つまりダブルミーミングのタイトルで、その3例目になります。
『アイズ ワイド シャット(Eyes Wide Shut)』
<a href="http://kubrick.ldblog.jp/archives/52013340.html" target="_blank" title="">ここ</a>で説明した通りです。つまり相反する感情や概念(目を開く/閉じる)をタイトルにした4例目である上に、ダブルミーニング(現実を見ているようで見ていない=現実逃避への批判)のタイトルとしても4例目という凝ったタイトルです。キューブリックにとってもこれまでの作品の集大成の作品のタイトルとしてふさわしいと思っていたのではないでしょうか。
以上のように、キューブリックは自分でタイトルを付ける際、全てに重層的に意味を含ませています。キューブリック作品を読み解く際、以上の例を参考に、ご自身でも考察してみてください。