【考察・検証】なぜキューブリックは小説『シャイニング』のオーバールック・ホテルを改変したか?を検証する[その2]

 

キングが執筆時に滞在し、原作とTV版の舞台にもなった「スタンリー・ホテル」

キューブリックが映画化の際に外観に使用された「ティンバーライン・ロッジ」

キューブリック版の内装のモデルになった「アワニー・ホテル」

 『シャイニング』の舞台であるオーバールックホテル。小説版とスティーブン・キングが製作したTVドラマ版では実際にキングが投宿して小説を書き上げたスタンリー・ホテル、キューブリックの映画版では内装はマジェスティック・ヨセミテ・ホテル(旧アワニー・ホテル)、外観はティンバーライン・ロッジをモチーフにしたことはこの記事で説明しました。そして、なぜキューブリックは原作の「瀟洒な西洋風リゾートホテル」から「西部開拓時代の山小屋ロッジ風ホテル」にデザイン変更したのかは、この記事で説明しました。しかし、今回の記事では今まで誰も指摘してこなかった点を考察したいと思います。それは「キューブリックが撮りたい映像を撮るために障害となる、技術的問題を解消するためにホテルを改変した」という考察です。

 以下の動画はステディカム開発者であるギャレット・ブラウンのデモフィルムです。このデモフィルムは1974年に制作され、キューブリックも視聴したものです。1974年といえば『バリー・リンドン』を制作中。まだ次作は未定だったはずです。

キューブリックはこのステディカムの革新性に注目、いや夢中になったと言っても過言ではありません。その証拠にギャレット・ブラウンに装置の秘密が映ったネタバレ箇所をカットするように助言しています。このステディカムの特性を存分に発揮できる作品を撮りたい!とキューブリックが考えるのは自然の成り行きだと思います。

 さて、スティーブン・キングが書いた小説『シャイニング』はワーナーが映画化権を獲得しました。通常、キューブリック作品はキューブリックが映画化に値する小説を見つけ、それを自ら交渉(キューブリックは相手がキューブリックと知ったら値を釣り上げると考え、偽名を使うなどして作家にオファーしていた)に乗り出して獲得するのが常でした。しかし『シャイニング』の場合、1975年にワーナーが出版前のゲラをキューブリックに送ったのがきっかけで、それに興味を持ったキューブリックが映画化を決めた、という時系列になります。実は全13作品あるキューブリック作品のなかで、こういった経緯をたどって制作・公開したのはこの『シャイニング』だけなのです。

 キューブリックはこの小説『シャイニング』を読み、「ステディカムの特性を存分に生かした映像作品にできる」と直感したのではないでしょうか。ですが、小説のままだと以下の点で問題があります。

(1)小説版は瀟洒でこじんまりとしたホテルが舞台なので、室内でカメラを自在に動かせない。

(2)襲ってくる消火器のホースや暴れるトピアリー(生垣動物)を説得力ある映像にできない。

実はキューブリックは「過去の成功体験を繰り返す」ということがあります。例えば『現金に体を張れ』でジョニーが強盗する際にかぶっていたピエロの仮面ですが、それは『時計じかけのオレンジ』でアレックスの強盗シーンでも繰り返されました。今回、ステディカムを知ったキューブリックが思い出したのは『突撃』の塹壕シーンでした。狭い塹壕をすり抜けるカメラ(この時はドリーを使った)が映し取った戦場を覆う言いようのない不安と恐怖・・・。キューブリックはその再現を狙ってホテルの室内や生垣を迷路にし(ウェンディがホテルを「まるで迷路ね」と感想を漏らす)、そこにCGのなかった時代の(2)の問題を回避するため、特撮を必要としない双子の少女や、斧を持って追いかける狂気のジャックを配置したのではないでしょうか。

結論:小説『シャイニング』を読む前にステディカムの革新性に夢中になっていたキューブリックは、その特性を存分に発揮できる小説を探していた。そこにたまたまワーナーが映画化権を獲得した小説『シャイニング』が届き、それを読んだキューブリックは「この小説ならステディカムを有効に使える。ただし、いくつか改変しなければならない」と判断し、ホテルの室内やトピアリーを『突撃』の塹壕シーンの成功を参考に迷路へと改変した。

 公には語っていませんが、キューブリックは実は小説『シャイニング』をあまり気に入っていなかったのではないか、とさえ思っています(前作『バリー・リンドン』で興行的に失敗し、その失地回復のためブームになっていたホラーを意図的に選んだ可能性も)。なぜならラストシーンについて「早い段階から小説の結末ではだめだと思っていた。驚異の屋敷が焼け落ちる、という常套手段は使いたくなかった」と語っているからです。このコメントをキングが知っているかどうかはわかりませんが、小説家に向かって「結末がだめ」「常套手段」などと口走ってしまえば相手がどう思うかは自明の理。現在まで続くキングのキューブリック批判は、「キューブリックの映画版は自分の小説の全否定」だと感じていたのだとすれば、それもやむなしかな、と思っています(近年の批判は多少穏当になってきている)。

※以前の検証記事「【考察・検証】なぜキューブリックは小説『シャイニング』のオーバールック・ホテルを改変したか?を検証する[その2]」はこちら

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