【考察・検証】「シャイニング・カーペット」の柄の意味を考察する

ダニーを取り囲むように蜂の巣のデザインが施された「シャイニング・カーペット」

次のカットではセットで撮影されていて、明らかにカーペットのサイズや向きが違う。キューブリックはこのカットの矛盾を承知の上で上記映像をわざわざ別の場所で撮影している。

 『シャイニング』の舞台であるオーバールック・ホテルの内装はマジェスティック・ヨセミテホテル(旧アワニー・ホテル)を参考にデザインされましたが、必ずしも「完全コピー」ではありませんでした。その最たるものが廊下に敷き詰められた、一般的に「シャイニング・カーペット」と呼ばれる六角形の柄をあしらったカーペットです。これはオリジナルデザインではなく、インテリアデザイナー、デービッド・ヒックスがデザインした「ヒックス・ヘキサゴン」という柄を無断でコピー(剽窃)したものであることはこの記事でご説明しましたが、このようにキューブリックが意図的に改変したものは、何がしかの意味や意図を込めたのでは?と疑ってみるのがキューブリック作品を考察する上での常道と言っていいでしょう。

 ではまず、なぜ六角形なのか?という点ですが、これはご紹介した上記記事では、以下のような指摘がなされています。

・色彩が幻想的で鮮やかな印象のため、何かの前兆の印象を与えるから

・このグラフィックパターンは、キューブリックが用いる「シンメトリーな一点透視」に効果的で、ドラマチックな視覚感覚と廊下の延長効果をもたらすから

・ヘックス(六角形)の意味は「呪いまたは悪意のある願い」であり、したがってホテル内の邪悪を象徴するから

・カーペットの六角形をキューブリックが好むチェスと戦争ボードゲームのマス目に結びつけることができるから

・六角形の「六」が「シャイン(輝き)」という第六感を象徴するため

どれもありそうな指摘ですが、管理人はどの指摘も見逃している重要な点があると考えます。それは「色」です。この赤やオレンジや茶色を配したカラーリングは、ベースになったヒックス・ヘキサゴンにはありません。これはキューブリックが指示してこのカラーリングにしたと考えるべきです。

 そして、この黄色・オレンジ・茶色の配色と六角形のパターンを見ていて気づくことがあります。それは原作小説に登場する「蜂の巣」です。屋根裏からジャックが見つけた蜂の巣をダニーに見せたところ、死んでいるはずの蜂がなぜか生き返り、ダニーを刺します。やがてそれはホテルに巣喰う邪悪な存在の象徴として、ラストシーンでは燃え上がるホテルから飛び去ってしまいます。つまり「蜂=邪悪な存在」であり、その蜂がダニーを刺すというのは「邪悪な存在がダニーを狙っている」という伏線になっているのです。

 さてこの小説のアイデア、キューブリックが映像化する際に懸念されるであろう点を検討してみます。CGのない当時、少し考えただけでも以下のような問題が考えられます。

・実際の蜂を使った撮影は危険(特に相手が子供の場合)

・蜂の飛び方や動きなど、キューブリックが気に入る映像を手に入れるのは難しい

・本筋とはあまり関係なく、上映時間を考えればカットできる部分である

結局キューブリックはこのシーンを映像化しませんでしたが、原作者であるスティーブン・キングは気に入っていたのか、自身が制作したTVドラマ版で映像化しました(ただし、蜂が群れをなして燃え盛るホテルから飛び去るシーンはカットした)。

スティーブン・キングが製作したTVドラマ版『シャイニング』では原作通りに蜂の巣が登場する

 対するキューブリックは蜂の巣のアイデアを別の形で採用しました。それが「シャイニングカーペット」です。もっとも象徴的なシーンは廊下で遊ぶダニーにボールが転がってくるシーンです。このシーン、最初のズームアウトのカットと、ダニーが立ち上がるカットとでは、明らかに撮影場所が違います。それはカーペットの柄の大きさや敷く向きが違うことからも一目瞭然です(撮影時に思いついたアイデアなので、カットの矛盾は無視されたと想像)。同じ廊下で撮影すればいいのに、なぜわざわざカットによって撮影場所を変えたのか?それは原作にある「蜂(邪悪な存在)がダニーを襲うシーン」を暗喩的に映像化したかったのではないか、と考えます。最初のカット、明らかに廊下より広いスペースにセットの廊下より大きい柄のカーペットを敷き詰めた上で、ポツンと小さく遊ぶダニーの姿は、まるで蜂に襲われているように見えます。そしてその暗示を証明するかのようにどこからともなく転がってくるボール。それは「入ってはいけない」237号室にダニーを誘う罠でした。

 このように台詞を使わず、カットを連続させることによってそのシーンを説明する方法論はキューブリックの得意技です(エイゼンシュテインのモンタージュ理論)。キューブリックは「映画はサイレント時代に獲得した独特のストーリーテリングの構造を、トーキーになって演劇的なものに戻してしまった」と説明セリフ過多な映画界を現状の嘆いていました。キューブリックが『シャイニング』で試みたこれらの描写は、無声映画時代のテクニックを駆使した「映像で示唆する暗喩」の一例なのです。

結論:『シャイニング』の舞台、オーバールック・ホテルの廊下にある蜂の巣のパターンをあしらった「シャイニング・カーペット」は、原作小説に邪悪な存在の象徴として登場する「蜂の巣」の代替である。ダニーがカーペットの上で遊ぶシーンは、ホテルの「邪悪な存在」から襲われつつあるのを暗喩するために採用されたもので、それは撮影中に思いついたアイデアである可能性が高い。

 さてこのシーン、以上の暗喩を理解した上で観直してみることをおすすめいたします。そして「背筋が凍る、とても恐い思い」をしていただけましたら幸いです。

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