【関連動画】『時計じかけのオレンジ』のサントラに『太陽の序曲』『ぼくは灯台守と結婚したい』の2曲が採用されたサイケデリック・フォークグループ「サンフォレスト」について
Sunforest / Sounds Of Sunforest Full Album (1970)
00:00 Overture to the Sun
01:40 Where are you?
04:24 Bonny River
07:09 Be like me
09:20 Mr. Mumble
11:09 And i was blue
14:00 Lighthouse Keeper
16:04 Old Cluck
18:49 Lady Next Door
21:14 Peppertmint Store
23:16 Magician in the mountain
27:28 Lovely Day
30:16 Give me all your loving
32:55 Garden Rug
35:10 All in good time
(動画概要欄より)
サンフォレストは、アメリカ・イギリスのサイケデリック・フォーク・ミュージック・トリオ。1968年にテリー・タッカー、エリカ・エイゲン、フレイア・ホーグの3人で結成された。彼らはデッカ・レコードから『サウンド・オブ・サンフォレスト』という1枚のアルバムだけを録音した。『時計じかけのオレンジ』のサウンドトラックに収録された『太陽への序曲(Overture to the Sun)』と『ぼくは灯台守と結婚したい(Lighthouse Keeper)』で知られている。
・歴史
サンフォレストは1960年代後半にワシントンDCで始まった。テリー・タッカーとフレイア・ホーグは知り合いだった。ホーグはタッカーの詩を音楽化した。パーティーでエリカ・エイゲンと出会った後、彼らは一緒に曲を書いた。
ステージで演奏するのに十分な曲を作ったと思ったので、フレイアの発案で3人のミュージシャンはヨーロッパに旅行することにした。1969年、彼らはロンドンに移り住み、音楽シーンに参加するようになった。まもなく、デッカ・レコードの代表であったヴィック・コッパースミス=ヘヴン(ヴィック・スミス)と出会う。その夜、彼らはデモを録音し、2週間後スミスは彼らのマネージャーとなった。
スタンリー・キューブリックは『時計じかけのオレンジ』のサウンドトラックに2曲を入れたいと考えていた。彼は『太陽への序曲』を再録音するように要求した。テリーはアレンジを変更し、それが『ぼくは灯台守と結婚したい』とともに映画で使用されたバージョンである。
1970年からは、マーキー・クラブ、ワン・ワールド・クラブ、セント・マーティン・イン・ザ・フィールズの地下聖堂、ラウンドハウス、トルバドール、そしてイタリアなどで主にステージでの演奏を行った。 これは約3年間続いたが、エイゲン脱退によりグループは解散した。
・メンバー
メンバーはテリー・アン・タッカー(ボーカル、ピアノ、ポンプオルガン、ハープシコード、ハモンドオルガン)は、リベラルアーツ大学のウェストヴァージニア・ウェスリアン校を卒業した。ここでアーリーミュージックとルネサンス音楽への愛情を知ったという。
フレイア・リン・ホーグ(ボーカル、クラシック・ギター、バンジョー)はソフォクレス・パパスにクラシック・ギターを学んだ。 2016年12月、ワシントン州シアトルで77歳で亡くなった。
エリカ・メリタ・エイゲン(ボーカル、パーカッション)は、特に音楽的な教育は受けていない。『サウンド・オブ・サンフォレスト』のスリーブのイラストは彼女が描いたものである。
・ディスコグラフィー
サウンド・オブ・サンフォレスト (1970)
『時計じかけのオレンジ』のサントラに『太陽の序曲』『ぼくは灯台守と結婚したい』の2曲採用されたサンフォレストのオリジナル音源がYouTubeにアップされていたのでご紹介。
このサンフォレストというバンド、『時計…』のサントラに2曲も採用された割にはロック史的には全く知られていません。一部のコレクターやマニアならかろうじて知っている、という程度だと思います。その理由はこのフルアルバムを聴けばわかります。要するに当時のサイケデリック・ロック/アシッド・フォークの二番煎じの詰め合わせでしかないということです。どれも「ああ、あの曲ぽいな」と感じる曲ばかりです。当時、この手のバンドはまさに「雨後の筍」のごとく乱立しましたが、その多くがサイケデリック・ムーブメントの終焉とともに姿を消しました。決してポップ・ミュージックに詳しい方ではないキューブリックがどこでこのバンドを知ったのかは不明ですが、若いスタッフの誰かが推薦したのかも知れません。
キューブリックは『太陽の序曲』『ぼくは灯台守と結婚したい』の2曲を気に入り、再録音して映画で使用しましたが、どちらもスタンダードナンバー?と思えるほどサイケ色の薄い楽曲です。逆にそれがキューブリックのお眼鏡に叶った可能性もありますが、それはもう推察するしかありません。どちらにしても当ブログで再三繰り返し指摘している通り、『時計じかけのオレンジ』はサイケデリック・ムーブメントの影響下で製作された作品です。その「影響」の部分を短絡的に「アート」と表現し、キューブリック独自のものと解釈するのは無理解を通り越して勉強不足と言うべきものです。いくらキューブリックといえども、その作品製作時の流行(トレンド)とは無縁ではありませんでした。『アイズ ワイド シャット』で脚本を担当したフレデリック・ラファエルは「『時計…』は当時の流行に縛られてしまった」と批判しているほどです。これが当時を知る者(後追い知識でも)の一般的な認識です。
では、『時計…』に影響を与えた「サイケデリック・ムーブメントとはなんぞや?」という話ですが、それは各々で調べてください。ただひとつ言えることは「世の中のありとあらゆる、全てのものが狂っていた時代」だったということです。サイケデリックな映像表現は何も『時計…』だけに限りません。同時代の「ヒップ」な映画には同じような表現の例はいくつも見つけることができます。それを知らずして(指摘せずして)影響云々しても意味ないし、このサイケデリック・フォークグループ、サンフォレストの起用もその影響下にあると言えるでしょう。