【考察・検証】原作? ノベライズ? 小説版? アーサー・C・クラークの小説『2001年宇宙の旅』の立ち位置を正しく理解する
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左から『宇宙のオデッセイ2001』と題された初版。映画と同タイトルの再発版。全面改訂・新訳の決定版 |
アーサー・C・クラークが映画公開後の1968年7月に発表した小説『2001年宇宙の旅』について、「原作」と呼ぶべきなのか、「ノベライズ」と呼ぶべきなのか・・・。一時期ファンの間で問題になったこの話題も、現在では「小説版」と呼ぶことで一定のコンセンサスを得ています。それは後年映画の製作経緯がはっきりしたからですが、このことをご存知のない方は、いまだに「原作」「ノベライズ」と呼ぶことがあるように見受けられます。ですので、その製作経緯を以下に記して、その誤解を解きたいと思います。
まずはアーサー・C・クラークによる『2001年宇宙の旅』制作秘話『失われた宇宙の旅2001』からの引用から。
わたしのほうは1964年時点では、漠然と意識しているに過ぎなかったが、スタンリーは百も承知だった。彼はこう提案した。シナリオという骨折り仕事にかかるまえに、想像力を自由にはばたかせ、まず長編小説を書いてストーリーをふくらませようじゃか。〈中略〉というわけで理論上は小説がまず書かれ(片方の目はスクリーンを気にしつつ)シナリオはそれを元につくられることになった。
このように当初はクラークが小説を書き、完成させ、それを元に映画のシナリオを作る予定でした。この通りに作業が進んだのならクラークの小説は「原作」となりますが、実際はそう簡単ではありませんでした。キューブリックは1964年12月25日、一旦完成した(この時点ではボーマンがスターゲートに到着したところまで)小説『星の彼方への旅(仮題)』を、1965年2月の記者発表の後にボツにし、ストーリーの練り直しを命じたのです。その結果、
じっさいには、ことははるかに複雑化した。(映画製作の)終わりごろには小説とシナリオは同時進行となり、フィードバックは相互に行われた。小説の初期の稿にもとづいてシナリオができ、それをもとに撮ったラッシュ(フィルム)を見て、最終稿を手直しするといったようなことを各所でくりかえした。(以上『失われた宇宙の旅2001』より)
ということになりました。ただ、小説は1966年の夏にはほぼ完成していたらしく、クラークはキューブリックに出版許可のサインを求めるのですが、キューブリックはこれを固辞。これはおそらく小説が映画のネタバレになるのをおそれたのではないかと思います(キューブリックは「(校正のための)読む時間がない」と言っていましたが)。結局出版は映画公開から3ヶ月の後1968年7月でした。この「映画公開→小説発表」という時系列だけで考えると、小説は「ノベライズ」ということになりますが、それは単に発表の順番の問題であったことがわかります。
次にキューブリック側の証言を引用したいと思います。1970年のインタビューでキューブリックは以下のように応えています。
あの小説は、一番最初に我々が、130ページのシノプシス(あらすじ)を書く作業を終えた頃できた。この最初のシノプシスは続いて脚本に直された。そして今度はその脚本が、映画の撮影中に書き直された。しかしアーサーは手持ちの材料を全て採用し、それにいくつかのラッシュ(フィルム)の印象を付け加えて、あの小説を書いた。
キューブリックの説明では「シノプシス→小説化→小説書き直しのためシノプシスから脚本化→撮影時に脚本変更」となったので、クラークはその変化の過程をすべて取り込み、出来上がったいくつかの映像を見た上で小説版を書いたと語っています。多少表現は異なりますが、これはクラークの証言と同じで「作業はシノプシスの小説化からはじまったが、やがて映画と小説は同時進行になった」ということです。そしてキューブリックは、はっきりとこう断言しています。
これは、同一コンセプトとストーリーを印刷物と映画という異なった媒体で表現しようとする二つの試みを見せる機会を、諸君に提供するものだと思う。(以上『イメージフォーラム キューブリック』より)
このように、クラークとキューブリックが語る制作経緯と、キューブリックの決定的なコメントから、小説『2001年宇宙の旅』と映画『2001年宇宙の旅』は同時進行で制作され、キューブリックが語るように「同一コンセプトとストーリーを印刷物と映画という異なった媒体で表現しようとする二つの試み」であるということです。ですので、『2001年宇宙の旅』はそれぞれ「映画版」「小説版」と呼ぶべきものだと言えるでしょう。
以上の事実を踏まえた上で、たとえ同時進行であっても映画を小説化しているのには変わりないので、やはりノベライズではないのか?という意見もあると思います。ですが、映画には映画にしかない要素があり、小説には小説にしかない要素があります。そしてなによりも、映画は「神(上位存在)視点」で描かれ、小説は「人類視点」で描かれている点が決定的に異なります(これは続編である小説『2010年宇宙の旅』でより顕著になる)。であればやはり「映画版」「小説版」と呼称するのが一番正確(実態に即している)だと考えます。ただし、まず映画ありきで始まった企画ですので、単に『2001年宇宙の旅』と呼称、または表記した場合は映画版を指し、小説『2001年宇宙の旅』を呼称、または表記した場合は「小説版『2001年宇宙の旅』」とするのが正しいでしょう。
なお、初版の帯には「原作」と、旧訳版『2001年宇宙の旅』のあとがきには「ノヴェライゼーション」と書かれていますが、以上の経緯からそれは正しくありません。翻訳者である伊藤氏自身も後に「クラーク版」もしくは「小説版」と表記を改めていることをここに付記しておきます。