【ブログ記事】キューブリックの義理の伯父、ナチスの反ユダヤ主義プロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』を監督したファイト・ハーランについて

Veit Harlan(IMDb)

  キューブリックの義理の伯父(妻クリスティアーヌの伯父)のファイト・ハーランはナチス政権下のドイツで、反ユダヤ主義のプロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』(1940)『コルベルク』(1945)の監督を務めました。ハーランは1922年にユダヤ人女優でキャバレー歌手のドラ・ガーソンと結婚し、1924年に離婚しています(ガーソンは後に家族とともにアウシュヴィッツで殺害された)。つまりハーランは当初、反ユダヤ主義者ではなかったのです。

 1933年、ヒトラー政権が始まるとハーランはゲッベルスによってプロパガンダ監督に任命されます。理由は他の優秀な監督がドイツから逃げ出しからだと言われています。そして1940年、ハーランは悪名高き反ユダヤ主義プロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』を監督します。

 『ユダヤ人ジュース』の監督ファイト・ハーランは戦後
、この映画との関わりを否定しようと全力を尽くした。ゲッベルスはもともと、ペーター・パウル・ブラウアーに監督を任せていたが、一九三九年末に心変わりして、ハーランを起用した。もとの脚本がハーランではなく、ルートヴィヒ・メッツガーとエーバーハルト・ヴォルフガング・メラーの作品だということも事実である。そして、ハーランは圧力をかけられていたのかもしれない。ハーランはのちに、ヒトラーは『ユダヤ人ジュース』制作を厳命し、ゲッベルスは承諾しなければダハウに送ると脅したと主張しているが、これを証明するものはない。ゲッベルスの日記には、ハーランは協力的だと書かれている。たとえば、ゲッベルスはもとの脚本に納得していなかったが、ハーランには「たくさんの思いつき」があり、「脚本を手直し」しようとしている、ハーランによる改変は「大仰だ」と記している。すでに存在していた脚本の反ユダヤ主義を緩和したという戦後の主張に反して、彼はそれを強化している。メッツガーとメラーによるもとの脚本とハーラン版を比較すれば明らかである。

(全文はリンク先へ:じんぶん堂 「人種主義」なナチ映画の起源『ヒトラーと映画 総統の秘められた情熱』/2020年6月18日


 以上の引用によると、ハーランは積極的にこの映画に関与し、反ユダヤ主義色を強めることさえしています。その本心は推し量るしかありませんが、自身が過去にユダヤ人と結婚していた事実があることを負い目(ナチス政権下、ユダヤ人に同情するドイツ人も迫害された)に感じ、過剰に積極姿勢を見せただけなのか、それともナチスが掲げる反ユダヤ主義に感化されてしまったのかはわかりません。どちらにしてもナチス政権下でのハーランは、反ユダヤ主義を「積極的に推進」していたのは間違いないでしょう。

 戦後、ナチズムに加担した映画監督としてただ一人起訴されましたが、プロパガンダ映画への関与は強制されたもの(本人いわく、ゲッベルスに「断れば最前線に送り込む」と脅された)で、本意ではなかったと弁明し、その主張が認められてほぼ無罪(ごく軽い罪状)を勝ち取りました(ユダヤ人との結婚歴が幸いした可能性もある)。ただしハーランの証言を裏付ける証拠はなく、逆に積極的に関与していたことが現在では判明しています。

 キューブリックと会ったハーランは裁判の時と同様に「本当は嫌だったがあの時は従うしかなかった」と弁明しています。また、キューブリックの(ユダヤ人の)家族が自分の姪(クリスティアーヌ)を受け入れてくれたことに安堵したと伝わっています。ファイト・ハーランには2歳年下でオペラ歌手のフリッツ・モリッツ・ハーランという弟がおり、それがキューブリックの妻、クリスティアーヌの父親です。クリスティアーヌは幼少時代、ナチズムの教育を受けたそうですが、そのことについては「授業は退屈だった」「ハイル・ヒトラーではあまり手を高く挙げなかった」などと語るだけで、あまり積極的に話そうとはしていません。

 ファイト・ハーランは社会主義に興味を持っており、ナチスに入党した記録もないので、ヒトラーやナチズムに心酔していたということではなさそうです。ですが、上記のようにナチスのプロパガンダ映画製作に積極的に関与したのは間違いありません。その真意は1970年に本人が死去してしまった現在、知るすべはありません。キューブリックはユダヤ人迫害を扱った『アーリアン・ペーパーズ』の製作準備中、ナチスが行なったホロコーストを調べるうちに、余りに惨たらしすぎるので映画(映像)にできないと落ち込んだそうです。それを見ていたクリスティアーヌは中止になったことを安堵したと語るほどでした。そしてそれは反ユダヤ主義のプロパガンダ映画の監督を伯父に持つクリスティアーヌにとって、一族の「汚点」をマスコミにほじくり返されなくて済むことを意味し、その点でも安堵したであろうことは想像に難くありません。

 このように、キューブリック一家の人種やイデオロギー的な立ち位置は、微妙でセンシティブなものがありました。ですが、当のキューブリックは前述の通り『アーリアン・ペーパーズ』を企画を立ち上げたり、そうかと思えば「ヒトラーは正しかった」と発言したり、自宅でクリスマスパーティーを楽しんだりと、出自がユダヤ人でありながらもそれには全くとらわれず、自由に振舞っていました。それはキューブリックにとってイデオロギーや人種や宗教など、自身の映画製作者としての才能と意欲と好奇心の前では、瑣末なことに過ぎないと考えていたからではないでしょうか。キューブリック作品に共通する、物事や出来事を俯瞰の視点で描く描き方は、イデオロギーや人種や宗教に振り回されている愚かな人間たちを冷静に見つめいてた(出身が人種のるつぼで大都会であるニューヨークだった影響も大きい)、キューブリックの視線と一致するものを感じるのは私だけではないでしょう。

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