【関連記事】スタンリー・キューブリックがすべてのシーンで30回以上のテイクを重ねた理由はこれだ

撮影中に俳優と話し合いながらシーンを決めていくキューブリック。Stanley Kubrick(IMDb)

 スタンリー・キューブリック監督の狂気の沙汰には、何か意図があるのだろうか?

 スタンリー・キューブリックは完璧主義者だという噂が業界内で広まっていました。キューブリックに「自分は完璧主義者だと思うか」と問えば、おそらく彼はそのレッテルを拒否しながら嘲笑うでしょう。

 キューブリックが求めていたのは、1つのシーンの完璧さのために何度も撮影することではありませんでした。それは、彼の監督としての手法でしかありません。俳優の演技を引き出すために何度も何度もテイクを重ねる監督の話を聞いたことがありますが、キューブリックの手法は本質的にそれです。

〈中略〉

 キューブリック監督が何度もテイクを重ねるのも、あるシーンから何を得たいかを見出した結果です。漠然としたイメージはあっても、テイクを重ねることで、ストーリーやカメラワーク、俳優の演技に肉付けがされることをキューブリックは見出していました。

 キューブリック監督は、自分が何を伝えたいかを追求する一方、何がベストかを考える監督ではなく、キャストとスタッフが協力してシーンを成立させることを望んでいました。キューブリック監督は、俳優たちに選択肢を与えず演技を発展させるよう促しましたが、自分が何を望んでいるかを明示することはありませんでした。なぜなら、彼は俳優やスタッフの技術を形成する方法を知っているとは思っていなかったからです。

 何度も撮影することは、キューブリックが 「完璧なショット 」にこだわる残酷な監督であることを意味するものではありません。むしろ彼は、最初の数ショットでは存在しなかったような、成熟して非凡なものに発展するようなテーマやアイデアを構築したかったのです。

 監督は、シーンを何度も撮影することで、最初は気乗りしなかった俳優から多くのことを引き出すことができます。俳優にとって、ほとんど指示なしにテイクを重ねるのはフラストレーションがたまるものですが、その中で自然にセンスが働くような感覚やエネルギーを見つけることなのです。

 もし、プロジェクトでうまくいかないシーンがあったら、怖がらずに、自分が正しいと感じるまで何度もテイクを試してみてください。そうすれば、あなたのストーリーに必要なエネルギーや、キャストの演技力を際立たせる演技ができる可能性が高くなります。ただし、何度もテイクを重ねると、撮影時間をかなり食ってしまうので、スケジュールには必ずこの演出のための時間を確保しておいてください。

〈以下略〉

(引用元:No Film School/2022年11月9日




 キューブリックは報道(写真誌)カメラマン出身で、演技(演劇)に関しては全くの素人でした。ですので、映画を撮り始めた当初はカメラの技術的な部分ばかりに夢中になり、演技にあまり注意を払っていなかったそうです。

 そんなキューブリックが見出した演技指導の方法とは「演技指導をしない(ああしろ、こうしろと指示しない)」というものでした。そうは言っても作品の全体像を把握しているのはキューブリックだけだったので、ある程度の演技の方向性は指示していましたが、基本的には「役者まかせ」だったのです。そして「何が欲しいかわからないけど、何が欲しくないかはわかる」と語る通り、俳優やスタッフと話し合いながら撮影現場でテイクを重ねてシーンを作り上げていきました。

 この方法は多くの俳優やスタッフが証言している通り「贅沢で自由な時間」でした。なぜならキューブリックや俳優たちが「これだ!」と思うアイデアに行きつくまで、スケジュールを気にすることもなく撮影スタジオ(セット)で延々と時間をかけることができたからです。このことで思い出されるのは「『サージェント・ペパーズ…』の頃のビートルズと同じ」ということです。ビートルズが同時期の他のバンドと決定的に違っていたのは、高価な録音スタジオ(アビーロード・スタジオ)を自由に使えたことです(自ら録音設備を改修することもしている)。他のバンドは安い施設(ガレージとか)でリハーサルを繰り返し、曲を完成させてからレコーディングだけ高価な録音スタジオを使用していました。対するビートルズは録音スタジオを占領し、様々な実験やアイデアをその場で試す「贅沢で自由な時間」が与えられていました。だからこそ歴史に名を残す名盤を生み出すことができた(創造性を思う存分発揮できる環境だった)のです。もちろんそんな特権をビートルズが得られたのは「出すアルバムが必ず売れるから」であったことは言うまでもありません。そしてそれはキューブリックも同じ(発表する映画が高収益を生みだすから)だったのです。

 キューブリックに関する誤解で一番ひどいのがこの部分です。「キューブリック・完璧主義者・執拗にテイクを繰り返す」という言葉の羅列の「印象」だけで、「キューブリックは役者が自分の望む通りの演技ができるまで、延々と執拗にテイクを繰り返す偏執的な完璧主義者」という的外れな批判は現在も止むことがありません。そうでないことは関連書籍を読めば全部書いてあるんですが、そうしない人ほど「知ったかぶる」傾向にあるようです。キューブリックは良い作品にするためには手段を(方法論を)選ばない監督でした。判断に迷うと誰彼構わず意見を聞きたがるのです。『フルメタル・ジャケット』では主演のマシュー・モディーンだけでなく、兵士役のエキストラの俳優まで「この映画をどう終わらせるべきか」訊いて回っていたそうです。

 このように、キューブリックは「巨匠」「名監督」という肩書きやプライドに囚われない「柔軟さ」がありました。もちろん最終的な可否の判断をするのはキューブリックですし、それには自身の強固な「こだわり」の部分もありました。ですがキューブリックは「前言撤回」「朝令暮改」を恐れませんでした(それに振り回されるスタッフにすればたまったものではありませんでしたが。汗)。「自作がよくなることならアイデアの出どころや方法論は問わない」。この柔軟な姿勢こそが、キューブリック作品を現在においても特別なものたらしめている大きな要因のひとつだと思っています。

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