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 完璧主義者であったスタンリー・キューブリック監督。彼の映画の欠点についてあえて論じた評論が出版されることになった。

 映画史に残る名作の数々を監督した容赦ない完璧主義者スタンリー・キューブリックは、1970年、自身の映画の欠点を論じた本の出版を阻止するため、法的措置を取ると脅すほど批判に敏感だった。『スパルタカス』や『2001年宇宙の旅』の監督は、この本の著者と出版社に対し、出版を阻止するために「徹底的に戦い」「あらゆる法的手段を駆使する」と警告した。そして、彼の死後25年経った今、キューブリックが誰にも読ませたくなかった本が、半世紀以上遅れて出版されようとしている。

〈以下略〉

(引用:The Guardian.com/2024年4月21日



 1970年といえばキューブリックは『ナポレオン』の企画を通そうと必死になっていた頃です。キューブリックはこの『ザ・シネマ・オブ・スタンリー・キューブリック』の出版には自分の了承が必要であると契約に明記しており、それを行使したとのことです。記事中ではこの本のどこにキューブリックが「容認できない」とNGを出したのか明確にはわかっていませんが、おそらく『ロリータ』に関しての部分では?とのこと。その内容は

「あまりにも多くの点で、原作を浪費し、貧しくし、ありきたりにし、その複雑さ、ニンフェティズム、エロティシズムを奪っている」

と批判していますが、著した当人は

「脚色された映画版は、原作小説に対する無意味な裏切りだと思った。しかし、私はキューブリックの他の作品のほとんどに大きな賞賛を表明している」『2001年宇宙の旅』を 「偉大な業績 」とし、キューブリックの1957年の第一次世界大戦映画『突撃』を 「酔わせるような洗練された映像の映画 」と評している。

と困惑気味です。

 キューブリック研究者のフィリッポ・ウリビエリ氏(管理人は彼の協力者の一人です)によると

「キューブリックの弁護士とニールの出版社とのやりとりを読むと、非常にショッキングだ・・・キューブリックは自分の映画を賞賛する本を望んでいたが、ニールの本はそうではなかった。それまでの彼の映画は、特にニューヨークでは批判的な批評家もいたが、肯定的に評価されていた。だから、彼は完全に肯定的な本を必要としていた」「キューブリックの映画について非常に正確で偏りのない見方を提供している」「キューブリックに関する文献の中で、欠点をひとつでも見つけるのは非常に難しい」

とコメント。フィリッポ氏の言う「ニューヨークでは批判的な批評家」とは『2001年宇宙の旅』のプレミア公開時、批評家に散々にコケにされた経験のことで、1970年になってもその批判から完全には立ち直れてないことを感じさせます。

 それに加えて前述の通り、なかなか思う通りに『ナポレオン』の企画が進まない現状に神経質になっていたであろうことは容易に想像でき、旧知の友人の映画評論家アレクサンダー・ウォーカーと緊密に協力し、『スタンリー・キューブリックが監督する』という本を1972年に出版したのも、そういった「企画を通したい」事情があるものと推察できます。

 映画が大好きで、人生の全てを映画製作に捧げたキューブリック(決して大げさではない)にとって「作りたい映画を作らせてもらえない」という状況はなんとしても避けなければなりませんでした。それがこの「出版差し止め」という強硬措置に及んだ理由ではないかと思います。そんな事情を知らない著者が「そこまで批判はしていないのに何故?」と困惑するのも当然でしょう。ですが歴史の皮肉と言うべきか、1972年に自身の手で『時計じかけのオレンジ』を製作・発表し、『2001年…』以上の大批判と(生命を脅かすほどの)脅迫に晒されることになります。

 ニール・ホーニック著『ザ・シネマ・オブ・スタンリー・キューブリック』は4月30日、スティッキング・プレイス・ブックスより刊行される予定です。ぜひ邦訳を望みたいですね。

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