【作品論】突撃(原題:Paths of Glory)
カーク・ダグラスという大物俳優をキャスティングした意欲作。第一次世界対戦中、フランス軍で実際にあった事件を基にして書かれた反戦小説『栄光の小径』の映画化で、昇進をほのめかされたフランス軍の将軍が、成功不可能な「蟻塚作戦」を無理矢理遂行したが、作戦は見事失敗し、さらには臆病者だとして、見せしめに3人の無実の兵士を、簡単な軍法会議を経ただけで処刑してしまうという物語。
難しい題材である反戦小説であるがゆえに製作会社も尻込みしてしまい、なかなか製作に漕ぎ着けなかったが、前作『現金に…』を好意的に観ていたカークが脚本を気に入ったため、プロジェクトは実現に向けて一気に動き出した。
その題材ゆえ、フランス国内でのロケを断念したり、映画を当てたいキューブリックが勝手にハッピーエンドに脚本を書き換え、カークを激怒させるなどのトラブルもあったが、様々なプレッシャーの中、大物俳優を使いこなし、自らの主張を堂々とフィルムに焼きつけている点では、初期キューブリックの完成形として考えて間違いないだろう。
ここでのキューブリックは、所謂「映画」としての枠組みの中で、最大限その個性を発揮している。原作が反戦小説とされていただけに、この作品も反戦映画と評されることが多いが、むしろ戦争そのものよりも、戦争を遂行する権力システムの中に潜む矛盾や独善、そのツケを末端の兵士の命に払わせようとするエゴや傲慢さを糾弾していて、それは『博士…』や『フルメタル…』にも通底しているものだ。まるでスティディカムのように滑らかに塹壕の中をすり抜けていくカメラや、突撃シーンに見られる、その後の『フルメタル…』での市街地突入シーンを彷彿とさせる平行同時移動ショットなど、キューブリックにしか出せないカメラワークを駆使した演出・撮影・編集は、すでに「巨匠」の風格を感じさせるものにさえなっている。
「映画」としての魅力に溢れる本作は、一般的な映画ファンにもとっつきやすいのか、公開当時から今日に至っても極めて評価が高い。メジャー2作目(劇場用映画としては4作目)にしてすでに「映画監督」としてピークを迎えたキューブリック。凡庸な監督ならこの時点で自己模倣に入るのだが、そんなちっぽけな地位にキューブリックが満足する筈もなく、自分にしかできない個性的で野心的な「映像表現」を目指して、更なる挑戦を続けていく事になる。
因に、キューブリックにとって3度目の、そして生涯の伴侶となる女性、スザンヌ・クリスティアーヌ・ハーランが。最後のシークエンスに登場する捕虜のドイツ人少女の役で出演している。
初出:2006年7月1日