【作品論】『シャイニング』(原題:The Shining)
この作品に、通常の血なまぐさいスプラッター・ムービーや、こけ脅しのホラーを期待してみると、完全に肩透かしを食らってしまう。そういう解釈ではまったく怖くない作品だ。結局人も一人しか殺されない。だが、キューブリックがそんな見え透いた方法で観客を恐怖に陥れようとしていないのは、注意深く観ていればすぐに分かるはず。とにかくこの映画は異常に「寒い」のだ。観る者の毛細血管まで凍らせてしまうかのような「寒さ」と、のしかかる「閉塞感」が全編を通して貫かれている。
キューブリックは、一般的なホラー映画が、観客を怖がらせる方法論(ゾンビメイクの幽霊、誰もいないのに動く家具等)を極力避け、ホテルそのものに「霊気」を感じさせるように、セットの大きさや配置・色、アングルやライティング、シンメトリーな構成など、照明や撮影方法に細心の注意を払っている。特に印象的に使用されているのはステディカム(手ぶれがなく手持ち撮影できる装置。廊下や迷路のシーンなどで使用)で、霊魂が音もなく浮遊するような感覚の映像は、見事しかいいようがない。また、双子の少女、バーテンダーのロイド、前管理人のグレディの抑制された演技と強烈な存在感は、一般的な恐怖映画と一線を画している部分だ。これほとまで恐ろしく、強烈な印象を残す幽霊の描写を他に知らない。
そしてなによりも、ジャック・ニコルスンが徐々に狂気に駆られてしまう様は圧巻だ。一部で言われているように、確かにオーバー・アクト気味かもしれないが、あのキレ方はやはり迫力がある。閉塞感溢れるセット、明るい照明、ぶれないカメラ、抑制された演技など「静」の要素と、ニコルソン激しい演技による「動」の要素の対比によってより一層狂気が強調されおり、物語全般を覆う「精神的な恐怖」を十二分に体験すできるよう緻密に計算されいる。
ただ、少し陳腐なシーンもちらほら。237号室の腐乱死体や、宴会場でのガイコツのパーティー、居室で行為に及ぶ着ぐるみとホモなど、否定していた筈のお化け屋敷的な演出で、恐怖感を煽る方法論も採用されている。興行的に絶対失敗できなかったキューブリックの迷いがそうさせたのだろう、後になって不要と判断し、全米での初公開以降、上映中にもかかわらずこれらのいくつかのシーンをカットしている。
ホラーファン、キングファンの間でも賛否が別れるこの作品、「キューブリック映像の何たるか」を観るには、絶好のマテリアルであることは間違いないだろう。