【ブログ記事】『博士の異常な愛情』のB-52コクピットのセット資料となった書籍と、FBIの捜査対象になるかもという逸話の真実
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『博士の異常な愛情』コレクター・エディションDVDの特典映像『メイキング・ドキュメンタリー』より引用 |
ピーター・マートン(美術監督):『戦略空軍命令』という本を見つけた。その表紙に我々が切望していた写真があった。写りは悪かったがB52のコクピットだ。それを手がかりに残りはすべて自分たちで創造したんだ。
ケン・アダム(美術監督):(ピーターは)素晴らしかった。機内のセットはすべてピーターに任せてあった。彼はスイッチや警告ランプに何時間も費やしてスタンリーを感心させた。
ーあまりにリアルなデザインに思わぬ波紋も起きた。
ケン・アダム:撮影中に何人か米国空軍の人間をセット見学に招待した。B52の機内を見て彼らは顔色を変えた。本物も同然だったらしい。CRMにいたるまでだ。翌日スタンリーがメモで、どこで資料を入手したのか確認してきた。ちゃんとした情報源で合法なんだろうなって。さもないと厄介だぞと心配していた。FBIの捜査が入るかもって。
(引用:『博士の異常な愛情』コレクター・エディションDVD特典映像『メイキング・ドキュメンタリー』)
キューブリックという人は、映画制作におけるあらゆる可能性を考え、検証し、対策を講じる非常に慎重な考えの持ち主だったのですが、それは本人曰く「チェスをするときの思考回路に似ている」と発言しています。すなわち、チェスでは次の一手を決めるとき、ありとあらゆる可能性を選択肢として全て並べ、その中からベストと思われる手を選択するのですが、それは映画制作についても同じだと言うのです。そんなキューブリックの姿を見てスタッフは「慎重すぎる」「心配性」などと評していたようなのですが、上記の「FBIの捜査対象になるかも」という発言もキューブリックの慎重さ、もしくは心配性な性格をよく表していると思います。
この「FBIの捜査対象になるかも」という発言がいつの間にか一人歩きし、実際に「FBIの捜査対象になった」と語られることもありますが、事実は以上のように「心配性のキューブリックがただ心配しただけ」の話です。FBIの捜査が実際に行われるか、もしくはその検討がなされたのなら「キューブリック伝説」として語られるべき逸話なのですが、残念ながら事実はそうではありません。キューブリックは秘密主義者だったため、存命中はこういった逸話がさも事実であるかのように語られることが多かったのですが、逝去後は口を閉ざしていた関係者も真実を語るようになり、数々の伝説や逸話の多くが修正、アップデートされています。ですが残念ながらアップデートを怠って過去の間違った情報を信じ込んでしまっている事例も少なくないようです。当ブログではそういった「情報アップデート」も随時行っていきたいと思っています。