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  その人は、私たちが想像もつかないような所に連れて行こうとして、私たちのために創り出してくれました。その人の名はスタンリー・キューブリックです。

 彼は『2001年宇宙の旅』で有名になった次の世紀を見届けることなくこの世を去りました。スタンリーは自分の映画を絶対に自分の思い描いたとおりに観て欲しいと願っていて、そのためには彼は一歩も譲りませんでした。そしてその勇気に応えることができたなら、私たちは彼の世界へ直接連れて行かれ、彼のビジョンの中に入り込むことができたのです。映画の歴史上、あのようなビジョンは他にありませんでした。それは希望と驚異、優美さと神秘のビジョンでした。それは私たちへの贈り物であり、そして今、遺産となったのです。

 彼の挑戦を受ける勇気を持ち続ける限り、私たちはその挑戦と糧を得ることができるのです。そしてそれは私たちが感謝と別れを告げた後も、ずっと続いていくことを私は願っています。

-スティーブン・スピルバーグ



 キューブリックが1999年3月7日に逝去してから半月後に行われたアカデミー賞におけるスティーブン・スピルバーグのスピーチです。

 キューブリックはアカデミー監督賞も作品賞も獲っていない、というは有名な話ですが、キューブリックが受け取ったオスカーは『2001年…』の特殊視覚効果賞で、これも一部門にエントリーできる人数は3人までとアカデミーに言われ、仕方なく自分の名前を記入した、という経緯です。

 記入すべきその4人とはウォーリー・ヴィーヴァース、ダグラス・トランブル、コン・ペダーソン、トム・ハワードですが、それぞれ特撮全般、HALのアウトプット画面とスターゲート・シークエンス、モデル製作と複雑な合成過程の管理、高精細フロントプロジェクションシステムの構築と、この4人のうち誰一人として欠くことのできないスタッフであることは言うまでもないでしょう。たとえそういう事情があったとしても、キューブリックが代表でオスカーを受け取ってしまったことはその後に遺恨を残し、特にダグラス・トランブルはたびたび不満を表明していました。でもそれも「もういいんだ」とキューブリックの亡骸の前で涙を流したので、心中穏やかに旅立てた(2022年2月7日に逝去した)のではないでしょうか。

 キューブリック冷遇の理由で考えられるのは、巨大産業である映画製作をイギリスで行っていたことを問題視されたかも知れないという点です。本来利益を得るはずのハリウッドの映画関係者にとって、その果実の多くをイギリス人に持って行ってしまっていたわけですからね。また、旅行嫌いでパーティー嫌いなキューブリックがアカデミー賞授賞式に出席しなかったことで、アカデミー会員の心象を悪くしたのではないかということも考えられます。『2001年…』の時、キューブリックはイギリスにいて、次作『ナポレオン』のプリプロダクションの真っ最中でした。

 この頃も現在もアカデミー賞は利権と欺瞞が渦巻く世界です。その影響力は落ちてきているとはいえ、ニュースバリューや興行成績に与える影響は絶大でしょう。個人的には妙な(変な?)忖度抜きに「いかにもハリウッド」な映画が受賞すべきだと思っているし、それでいいとも思っていますが、今年は日本映画もノミネートされていることですし、ちょっと注目しておきたいと思っています。

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