【ブログ記事】キューブリックが予測した「トンデモ未来」と、意外なその素顔
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| Stanley Kubrick(IMDb) |
「10年以内に、死者の冷凍保存は米国だけでなく、世界中で主要な産業になると思います。想像力のある投機家たちには、投資の分野としてお勧めします」
「おそらく2001年までに達成されるかもしれない最大のブレークスルーは、人間が老いをなくすことができるかもしれないという可能性です」
「洗練された3Dホログラフィックテレビや映画ができ、全く新しい形の娯楽や教育が考案されるかもしれません」
「脳をタップし、自分が恋愛や冒険の主人公になるような鮮明な夢体験にいざなう機械ができるかもしれませんね。もっと進んだレベルでは、同様の機械があなたに直接知識をプログラムすることも可能です。この方法では、たとえば、流暢なドイツ語を20分で簡単に学ぶことができるかもしれません」
「私は2001年までに、肉体的、精神的、遺伝的に悪影響のない化学物質が考案され、心に翼を与え、現在の進化的な能力を超えて知覚を拡大できると信じています。2001年までに魅力的な薬が入手可能になるはずで、それをどう使うかが重要な問題になるでしょう」
「ピルによって半ば妻帯したいわゆる性革命は、さらに拡大するでしょう。薬物によって、あるいは潜在的な超能力の機能を研ぎ澄まし、あるいは機械的に増幅することによって、それぞれのパートナーが同時に相手の感覚を体験することが可能になるかもしれない。あるいは、最終的には、男性と女性の成分が曖昧になり、融合し、交換された多形の性的存在になるのかもしれない。新しい性体験の領域を開拓する可能性は事実上無限です」
「遠い将来、半知能のロボットとコンピュータのサブカルチャーが進化し、ある日突然、人間を必要としなくなることも考えられなくはないでしょう」
(引用元:Openculture.com/2022年4月19日)
『2001年宇宙の旅』における未来予測の正確性は度々話題になりますが、それは映画に協力したIBMをはじめ各企業がその時点から予測し得る、またその頃開発していた技術から推測されたものです。もちろん映画で採用する・しないの判断はキューブリックが行ったので、その知的、美的判断力は褒め称えるべきですが、アイデアや開発そのものまでキューブリックの功績だとして語ってしまうと、「それは違う」ということになります。
上記に挙げたのは引用記事からですが、このコメントは複数のインタビューをソースとしてまとめたもので、キューブリックが専門家の意見や予測を元に自身の『2001年宇宙の旅』公開時における「未来予測」を語ったものです。読めば分かる通り、当時の世相を色濃く反映しているのはもちろん、SFファンにはおなじみのガジェットも登場し、なかなか微笑ましいものばかりです。つまり、キューブリック自身の当時の未来予測の範疇は、その当時のSFファンのそれと何ら変わらないということです。
上記のまとめにも表れていますが、未来技術の中でキューブリックが特に関心を持っていたのは「不老不死」に関してです。クラークは皮肉っぽく「彼の不老不死への執着は、芸術家の本能をも乗り越えてしまったようだ」と語っています。これは飛行機嫌いや核戦争に怯えるということにも通づるキューブリックの「生に対する執着」だと言えるでしょう。キューブリックはとにかく何が何でも生き続けたいと考える人でした。それはすなわち「大好きな映画を永遠に作り続けたい」という芸術家、クリエーターとしての表現欲求(もうそれは「欲求」と呼ぶレベルではなく「渇望」と言っていいくらい)を持ち続けていたからで、そのエネルギーは周りの人間から見て「(表現欲求の)怪物を飼っている」と言わしめるほどでした。
その割には自身の健康には無頓着というか過信があったようで、体調不良よりも映画製作を優先させる余りに70歳という若さで亡くなってしまうのですが、それも「(表現欲求の)怪物を飼っていた」キューブリックらしいと言えると思います(ファンからすれば、中途半端に残された『A.I.』『アーリアン・ペーパーズ』『ナポレオン』はどうするんだ!という文句はありますが。笑)。
このように、その冷徹でシニカルな作品群からは想像もつかないほど「熱い」映画監督だったキューブリック。そして引用した未来予測からもわかるように意外に「楽天家」でもありました。当然ですが「その人の作品=その人の人格」ではないし、そんなことは絶対にあり得ません。これ以外にもキューブリックの「人間的」なエピソードは関連書籍やドキュメンタリ-で数多く語られていますので、興味のある方はぜひそちらをご覧いただければと思います。
