【ブログ記事】カーク・ダグラスがキューブリックの才能に惚れ込んで、『突撃』の出演を決めたというエピソードの「裏事情」


  カーク・ダグラスが『突撃』の企画を知った時、自伝によるとキューブリックにこう語ったそうです。

「スタンリー、この映画では1セントも稼げやしないだろう。でもこれは作らなきゃだめだ」

若いキューブリックの才能に惚れ込み、それを後押ししようとする後輩思いのカーク・ダグラス。カークは出資者であるユナイトにも『バイキング』と『突撃』を一緒に作るのか?それとも他社に行くのか?と迫り、出資を渋るユナイトを説得したそうです。まさに「美談」ですね。

 実はこの話には裏があって、ここまでカークがこの『突撃』に固執したのは、脚本やキューブリックの才能に惚れ込んでいたから・・・だけでなく、大作映画である『バイキング』でヨーロッパ長期滞在が予想されるため、その間にもう一本映画を作るのにはヨーロッパが舞台であったこの『突撃』が都合が良かったからなのです。この件については、『突撃』の音楽を担当したジェラルド・フリードがインタビューで証言しています。

 『突撃』が作られた理由を知っていますか?『バイキング』のおかげなのです。これは興味深い映画史であり、事実です。カーク・ダグラスはスタンリーに感銘を受け、彼と話し、カークは「間に少し時間があるので、『バイキング』のオフの日に『突撃』 を作ってみないか?」と言ったのです。 『突撃』はこうして出来たんです!

 この『バイキング』、アーネスト・ボーグナイン、ジャネット・リー(ブレイクしたのは『サイコ』の出演後)、トニー・カーティスなど超有名スターが勢ぞろいし、ナレーターにあのオーソン・ウェルズを起用。カークの事務所であるブライナ・プロダクションが製作し、しかもカークにとってヴァイキングを演じるのは長年の夢だったのです。これほどまでに力が入った、しかも大ヒットが予想される映画の企画がすでに存在していれば、そりゃ「作らなきゃだめだ」などと言えるはずです。

 『突撃』は1956年から1957年にかけて主にミュンヘンで撮影され、『バイキング』は1957年の夏にノルウェーやフランスで撮影されました。しかもカークの思惑通りに『バイキング』は大ヒット。その反面『突撃』は制作費さえ回収できませんでした。しかし、時の経過によって立場は逆転。『バイキング』は映画史の過去の末席へと置き去りにされ、「懐かしのハリウッド大作」として懐古的に語られるのがせいぜい。現在に至ってまで「名作」として語られ続けている作品は、『突撃』という結果に至りました。

 カークがキューブリックという偉大なフィルムメーカーを世に送り出すのに、多大なる貢献をしたのは間違いないでしょう。しかし、当のキューブリックにとってカークは「乗り越えなければならない壁」でした。二人の不和は『スパルタカス』で最高潮に達し、『ロリータ』の悪評にカークはキューブリックの「囲い込み」契約を解消(これはキューブリックが望んだことだった)。晴れて独立を果たしたキューブリックはハリス=キューブリックプロダクションで『ロリータ』を、以降は自身のプロダクションで『博士…』『2001年…』『時計…』などの傑作群を生み出していったのです。

 カークは自伝で「私が契約を解消しなければ、それらの作品は自分のものになっていた」と記しています。でもこれはずいぶんと尊大な物言いです。キューブリックがカーク・ダグラスという「目の上のたんこぶ」を排除したからこそ、これら傑作が存在しているのであって、カークの支配下ではせいぜい『スパルタカス』程度が関の山でしょう。カークはその時代を彩った「スター」で「映画製作者」であったかもしれませんが、現在から見れば「時間」という審判の前に敗れ去った「過去の人」です。キューブリックが逝去し20年以上が経過してもなお、現役でいつづけられているのは、カークを排除し、映画製作に関する幅広い権限を手中にし、それを生涯維持し続けたからです。

 「自分のことはカッコよく語りたがる」のは、何もカークだけではありません。才能だけで渡っていけるほどハリウッドの世界は甘くないし、一見「美談」に聞こえるその裏には様々な思惑や利害、利権が渦巻いているものです。他人を利用したり、されたりしたのはキューブリックも例外ではありませんでした。ただ、キューブリックは自分を良く見せようという意識はあまりありませんでしたが、「映画スター」であったカークは違います。カークがキューブリックの才能を気に入っていた(カークはキューブリックの長所を「彼の本領は構想を展開させていくことにある」と評している。これは鋭い指摘)のは確かですが、カークが語らなかった「裏の事情」も、もっと知られるべきではないかと思っています。

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