【関連記事】キューブリックは『スパルタカス』の「私がスパルタカスだ!」のシーンを「バカなアイデアだ」と酷評した
〈前略〉
スパルタカスを演じた俳優カーク・ダグラスは、その3年前にキューブリック監督の『突撃』に主演し、『スパルタカス』の監督としてキューブリックを起用したのだが、100歳の誕生日を迎えた2016年のインタビューで、監督との仕事の経験を語っている。有名な「私がスパルタカスだ!」というシーンを撮影するとき、ダグラスはキューブリックにどう思うかと尋ね、キューブリックは「バカなアイデアだ」と答え、それをキャストとスタッフが耳打ちしたそうだ。ダグラスがキューブリック監督を説得して撮影にこぎつけたのは、執拗な口論(そしてダグラスの妻が勧めたキューブリックとのセラピー)の末のことであった。
結局、キューブリックが『スパルタカス』に不満を抱いたのは、「私がスパルタカスだ!」という瞬間だけではなく、主人公を完璧な道徳的人物として描いた脚本や、彼がコントロールできなかった製作の様々な要素もあり、そのすべてが『スパルタカス』を彼がこれまでに作った最悪の映画と評するに至ったのである。
「私がスパルタカスだ!」のシーンの撮影は、カーク・ダグラスとスタンリー・キューブリックの共同作業の歴史の中の一つの衝突に過ぎない。ダグラスはキューブリックを『スパルタカス』に雇い入れただけでなく、監督の前作『現金に体を張れ』を見た後、1957年の『突撃』にキューブリックを起用(注:これは正しくなく、キューブリックが立ち上げた企画の主役にとダグラスへオファーをした)したのだ。キューブリックは、主人公と悪役が仲直りする商業的な、論争の余地のない結末を好み、ダグラスは、部下の将校を死刑から救おうとする英雄的な大佐として、自分のキャラクターを前面に出した物語を好んだ。
『スパルタカス』の製作中、二人の争いは喧嘩腰にさえなった。ダグラス自身の証言によると、映画の最後に十字架に磔にされたスパルタカスのクローズアップを削除しようとしたキューブリック監督に激怒し、逃げようとする監督に向かって折りたたみ椅子を投げつけ、「くそったれ、キューブリック出て行け!」と怒鳴ったというのである。
『スパルタカス』製作中の確執で、その後一緒に仕事をすることはなかったものの、ダグラスはキューブリックとのコラボレーションを前向きに捉えているようで、「気難しい?キューブリックはその言葉を発明したんだ・・・。でも、彼は才能があった。だから、喧嘩もたくさんしたけど、彼の才能にはいつも感謝しているよ」。キューブリックが100歳の誕生日を迎えていたら、『スパルタカス』に対する考えがどう変わっていたのか興味深いところだ。しかし、彼がこの映画に満足していたかどうかは別として、キューブリックとダグラスが共に作り上げたこの不朽の名作は賞賛に値する。
(引用:SlashFilm - Kirk Douglas Had To Force Stanley Kubrick To Film Spartacus' Most Famous Scene/2022年9月19日)
『スパルタカス』が不朽の名作か否かはともかく、このように『スパルタカス』の製作過程においてキューブリックとカーク・ダグラスの関係は最悪なものとなりました。特に「私がスパルタカスだ!」のシーンを「バカなアイデア」と酷評したにも関わらず、それを撮影せざるを得なかったキューブリックの屈辱感は察して余りあるものがあります。
公開当時、この二人の確執は知られていなかったので、キューブリックが積極的にこの映画を演出していたと思われてしまい、「反体制派の映画監督」という誤解を生んでしまったのは仕方がないことでしょう。前作の反戦映画(と言われてしまった)『突撃』も、その誤解を補強してしまった可能性も否定できません。ですが、ファンならご存知の通りキューブリックは「反体制派」でも「共産主義者」(当時は理想主義者的なニュアンスでも語られていた)でもありません。冷徹でシニカルで皮肉屋の現実主義者です。そんなキューブリックが理想主義が横溢する「私がスパルタカスだ!」のシークエンスを「バカなアイデア」と酷評したのは当然と言えば当然ですね。