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Matthew Modine(IMDb)

 〈前略〉

—スタンリー・キューブリック監督と『フルメタル・ジャケット』を製作することは、どのようなことだったのでしょうか?

 私は彼を映画人として尊敬しています。そして、一人の男性として、父親として、夫として、彼を知ることになったのです。彼はおそらく、私がこれまで一緒に仕事をした中で最も自立した映画人だったと思います。彼は20ヵ月間働き続けても経済的に存続できる方法を考え出したのです。彼がしたことは探求し、実験することができる環境を作ることでした。彼はよく「何テイクやったのか?と聞かれるのが滑稽だ」と言っていました。彼はこう言いました。「モーツァルトに『ヴォルフガング、あなたのコンチェルトにはいくつの音があるのか?』と言われるのを想像してみてくれ。あるいはピカソに『あの絵は何画なんだ?』と。それはとても失礼なことで、誰が気にするんだ? 結果にこそ興味があるはずだろう?」

—『フルメタル・ジャケット』は、あなたが最も誇りに思っている映画ですか?

 誰も見たことのないような子供たちも、私は大好きなんだと思います。アラン・パーカー監督の『バーディ』は大好きです。あれは役者として並外れた経験でした。また、『アラバマ物語』を1962年に映画化したプロデューサー、アラン・パクラとは、アルバート・フィニー主演の『オーファンズ』という映画で一緒に仕事をしたことがあります。私は彼との仕事がとても好きで、マイク・フィギス監督の『明日にむかって…』に出演したのは、純粋に彼ともう一度仕事をしたかったからです。彼は本当に生きる喜びを持っていて、いざ仕事をしようとするととても集中し、準備をしていて、これまで一緒に仕事をしたどの俳優とも違うのです。おそらく次に比べるなら、もう一人の紳士である『運命の瞬間/そしてエイズは蔓延した』で一緒に仕事をしたイアン・マッケランでしょう。

〈以下略〉

(引用元:The Guardian/2022年11月13日




 マシュー・モディーンはキューブリックに対して、いつも肯定的な発言ばかりではありませんでした。ギリギリまで判断を先送りしテイクを際限なく繰り返すキューブリックのやり方、特に拘束時間の長さにはかなり苛立ちを感じていたようです。インタビューにある「一人の男性として、父親として、夫として」とは、『フルメタル・ジャケット』の撮影時モディーンは新婚で、妻は長男(ボーマンと命名)を妊娠中で撮影中に出産したことを示唆しています。にもかかわらずキューブリックは撮影を優先させたので、かなりストレスや不満を抱え込んでいたらしく、当時のインタビューではそれを感じさせる発言もいくつかしています。

 ですが、それから長い時間を経て考え方も変化したのか、最近では肯定的な発言が目立つようになりました。キューブリックは全身全霊で自作に取り組みますが(書籍『2001:キューブリック、クラーク』を読めば、その熱量の凄まじさが伺えます)、俳優やスタッフにも同レベルの熱量を求めるため、そのことが周囲との軋轢を生む場合があったのは否定できない事実です。でもそれは製作者の立場になってみないとなかなか理解できない部分です。モディーンのキューブリックに対する心境の変化は、自身の映画制作における立場の変化、つまり単なる俳優ではなくプロデュースなど映画製作にも関与し始めたことも影響しているのではないかと思います。

 キューブリックはテイクを多さを批判されるのにうんざりしていたのか、モーツアルトやピカソを引き合いに出し「それはとても失礼なことで、誰が気にするんだ? 結果にこそ興味があるはずだろう?」と言っていたそうです。これはキューブリックが映画を「個人の創作物」として捉えていた証左と言えます。ただし個人で創作する音楽や絵画とは違い、映画製作には多くの協力者の存在が不可欠です。当のキューブリックも優秀な俳優やスタッフの存在に頼っていたし、その人たちに対する評価や賛辞も惜しみませんでした。それでもキューブリックは「いち作家」であろうとし続けました。その理由は以下の言葉が示していると思います。

「ある問題に対して君が他人の感情を損なうことを恐れたり、意見の対立を避けるという過ちを犯し、その映画に欠点が生じたとしても、その映画はその後君の生きている限りずっと君とともにある君の作品なのだ」

つまり他のスタッフは去ってしまっても、映画監督だけがその作品と取り残されてしまうのです。駄作を作ってしまったら、その駄作とともに永遠に名前が残るのです。キューブリックにとってそれは絶対許されないことでした。いやどのレベルの、どんなクリエーターでも駄作とわかっていながら発表することなんて屈辱に決まっています。キューブリックにとって映画監督とは「職種」を意味するのではなく「作家」と同義でした。だからこそ、自身がハリウッドと戦って勝ち取った映画制作における絶対的自由(製作期間や予算、キャスティング権など)を最大限に発揮し、徹底的にこだわったのです。それをモディーンは「私がこれまで一緒に仕事をした中で最も自立した映画人」と評しているのです。

 ところでこのインタビューでモディーンは『ストレンジャー・シングス』のマーティン・ブレンナー博士が白髪なのは「日本のアニメで邪悪なキャラは白髪をしているから」と応えています。その日本のアニメがどのアニメを指してのことなのか、ちょっと気になりますね。

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