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【関連記事】ルック誌1948年5月号に掲載された「カメラマン スタンリー・キューブリック」の紹介記事

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ルック誌1948年5月号に掲載 19歳にしてベテランカメラマンとなったスタンリー・キューブリックは、若さを熱意で補う  コロンビア大学の著名な教授陣や役員たちは、押し付けられることに慣れていなかった。では、この10代の下っ端の若者が彼らに何をすべきかを指示されるとはどういうことなのか?  経験豊富なカメラマンなら誰でもそうであるように、スタンリー・キューブリックは自分が何を望んでいるのかを正確に知っていた。要人たちのいらだたしいつぶやきも、この物静かで茶色い目をした若者を動揺させることはずっと前からできなかったのだ。2週間、スタンリーは大学のキャンパスで仕事に精を出し、25ページから33ページにかけてドン・ウォートンの記事に掲載されているコロンビアの素晴らしい写真記事を撮影した。  19歳のスタンリーは、ルック社の写真スタッフとして2年の「ベテラン」である。そして、1946年にブロンクスの高校を卒業する前から、彼は実直に撮影した写真をルック社に売っていた。  スタンリーがスタッフに加わると、同僚の写真家たちは、彼が仕事に集中していることにすぐに気づいた。友好的な協力の精神で、彼らは「スタンリーを育てる会」を結成し、スタンリーに鍵、メガネ、オーバーシューズ、その他の雑多な小物を忘れないように注意するよう呼びかけた。  この緩やかに組織された顧問団の微妙な影響により、この若者の服装の好みも明らかに変化した。かつては10代のトレードマークであるサドルシューズ、ラウンジジャケット、スポーツシャツを好んで着ていたスタンリーは、今ではグレンチェックのビジネススーツと白いシャツを好んでいる。  しかし、写真への熱意は変わらない。余暇にスタンリーは映画撮影法を試し、ドキュメンタリー映画を制作できる日を夢見ている。  この若者はこれからも鍵を忘れるかもしれないが、写真に関しては、スタンリーは成長するのに助けを必要としないのだ。  この頃からキューブリックはキューブリック、ですね。天才と言われる人は誰しもそうだと思いますが、キューブリックも集中力と観察力がずば抜けていました。その反面、鍵を忘れるなど簡単な行動でポカをしてしまう、というのも天才肌の人でよく聞くエピソードです。  服装についてはキューブリックは無頓着だったので、周りの大人が言うことを素直に訊いていたのでしょう。天才肌だが素...

【ブログ記事】11人の映画監督がスタンリー・キューブリックを語る

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「キューブリック作品1本は、他の誰かの映画の10本に匹敵します。キューブリック作品を観るのは山の頂上を見上げるようなものです。見上げながら『どうしたらあんなに高い所に登れるのだろう』と思うのです」〜マーティン・スコセッシ 「この人には沢山傑作があるけど、この作品(『バリー・リンドン』)はローソクの明かりで感度の良いフィルムと特別なレンズで撮影したらしいんだ。それが素晴らしい、とても綺麗な画面でね。成功しているからね、その試みが」〜黒澤明(引用:文藝春秋編『夢は天才である』) 「スタンリー・キューブリックは私の大好きな映画監督の一人です。彼は私のキャリアの初期にとても名誉なことをしてくれて本当に励みになりました。私は『エレファント・マン』の制作中、イギリスのリー・インターナショナル・スタジオの廊下に立っていました。『エレファント・マン』のプロデューサーの一人、ジョナサン・サンガーがジョージ・ルーカスと一緒に仕事をしていた何人かの男たちを連れてきて、「彼らが君に話があるそうだ」と言いました。私は「わかりました」と言いました。彼らは「昨日私たちはエルストリー・スタジオにいて、キューブリックに会いました。彼と話していると、彼は『今夜私の家に来て、私の好きな映画を観ないか?』と言いました。私たちは「それはいいね」と言いました。私たちは上階に行き、キューブリックは『イレイザーヘッド』を見せてくれました」その瞬間、私は安堵し、幸せになることができたのです」〜デビッド・リンチ 「『2001年宇宙の旅』のカットを見れば、この大きな飛躍がわかります。それを実現するには実に膨大な自信が必要です。自分の作品でそのようなことをやりたいのか? はい。でも、私にはそんな自信はないと思います。だからこそ、スタンリー・キューブリックはただ一人しかいないのです。彼は真似できない存在だと私は信じています。でも、インスピレーションを受けることはできます。その自信を持てるよう、インスピレーションを受けることはできるのです」〜クリストファー・ノーラン 「彼は偉大な監督だが、まだ偉大な映画を作っていない。私が彼に見るのは、彼のすぐ前の世代の偉大な監督、つまり(ニコラス・)レイや(ロバート・)アルドリッチなどが持っていない才能だ。おそらくそれは彼の気質が私に近いからだろう」〜オーソン・ウェルズ 「スタンリー・キュ...

【ブログ記事】女優の上白石萌歌さん、『シャイニング』を語る

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マネージャーから「あまり顔を崩すな」と言われていたそうです  女優の上白石萌歌さんが2025年1月10日オンエアのフジテレビの番組『ぽかぽか』に出演し、『シャイニング』について語り、ジャック・ニコルソンの「例の顔」のモノマネまでしていたのでご紹介。  どうやらお気に召したそうで、鑑賞後いろいろ調べたそうです。「初めての鑑賞がスクリーン(劇場)ですごい自慢できる」とはご本人の弁ですが、確かに配信や円盤でいつでも鑑賞できるこのご時世に、初めての鑑賞が劇場というのはなかなかレアですね。その「劇場体験」があってこそのお気に入りなのかもしれません。1980年に日本で初公開された時は短縮された国際版ですが、この時(午前十時の映画祭11)上白石さんが鑑賞したのは長尺の北米版、そういう意味でもラッキーでしたね。  その上白石さんの MVは『シャイニング』のパロディ でした。上記番組は TVerで1月17日(金)11:49まで視聴 できます。興味のある方はお早めに。

【ブログ記事】手塚治虫、キューブリックを語る

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 『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』はもっと『2001年』が向こう(アメリカ)で受けていたら、ぼくはキューブリックがつくった映画じゃないかって気がする。ぼくは『スター・ウォーズ』はともかく『未知との遭遇』的なものはキューブリックが狙っていたのではないかという気がする  つまりキューブリックもある意味では一つのカリスマというか、哲学的な思考を持っているでしょう。そういうものをずっとつきつめていくと宇宙心理みたいなものに走っていく。ただキューブリックの映画が受けなかったのは(で)、僕は(スピルバーグが)それを引き継いでかたきをとったという、そんな気がする  ただ『スター・ウォーズ』にしても『未知との遭遇』にしてもぼくはクラシックになる恐れがあると思う。『2001年』はクラシックにならない気がする。何か新しいとか古いを超越しているような・・・キューブリックのものは何を見てもそんな感じがする。『時計じかけのオレンジ』を見てもそうだしね  つまりルーカスもスピルバーグも完成されすぎているんですね〈中略〉ところがキューブリックは未知数なんですね。おそらくキューブリックは最後まで未知数の男で、受けるのか受けないのか、本当に名人なのか、素人なのかわからないという感じで、それが、ぼくはやはり未知の面白さみたいな感じだと思う (引用:季刊映画宝庫 SF少年の夢)  手塚治虫はキューブリックのファンで、自作の漫画やアニメにもその影響はそこかしこに感じられます。また本人の弁として「キューブリックにどうしても会いたくて、ニューヨークに何回か行ったんだけれど、いつでもいなかったですね。いなかったのは当然で、撮影であちらこちら飛び回っていたのでしょうね(手塚はキューブリックが旅行嫌いでイギリスに定住したことを知らない)」と語っています。一部では逆にキューブリックが手塚治虫のファンだった、という言説が流されていますが(その元凶は事もあろうか手塚眞氏)、そういった事実はいっさい確認されていません。キューブリックの興味は常に映画にあり、アニメはその対象外でした。では なぜ『鉄腕アトム』を観ていたのか? ということですが、キューブリックは自宅マンションで子供が観ていたのをたまたま見かけて「これは・・・」と思ってNBCに連絡先を聞いたのだと思います。常にアンテナを張っていたキューブリックのことですから...

【スペシャルレポート】映画パンフのお店「リュミエール鎌倉」を訪問してきました

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  鎌倉の小町通りの先、鶴岡八幡宮そばの雪ノ下に「リュミエール鎌倉」という雑貨屋兼映画パンフ(アート)のお店があります。私は以前からこの店の存在は知っていましたが、今回思い切ってアポなしで訪問してみました。  映画パンフはパンフは状態良の物が多いけどレア物は少なめ。キューブリック作品では『2001年宇宙の旅』(リバイバル版)、「時計じかけのオレンジ』(リバイバル版)、『シャイニング』、『フルメタル・ジャケット』、『ロリータ』(1994年再公開版)などが売られていました。値段はおおむね相場です。メジャー作やアニメ作品が多く、商品はすべてビニール袋に入れられ、陳列はきれいで探しやすいです。神保町のマニア度やカオスに気後れするライト層や初心者向きでしょう。デートで思い出の映画についてあれこれ話すのも楽しいかも。鶴岡八幡宮の参拝のついでに立ち寄ってみてはいかがでしょうか。  突然の訪問に店舗(店内はNG)撮影をOKしてくださいましてありがとうございました。公式インスタグラムは こちら 。

【考察・検証】「ロリータ・ファッション」の語源はキューブリックの『ロリータ』のポスターであるという嶽本野ばら氏の説を完全否定する

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 そもそもヒラヒラ服が何故、ロリータと呼ばれるようになったのか?JaneMarpleを含むDCブランドが隆盛を極めた八〇年代から九〇年代、日本の服飾界には海外とは異なる独自の潮流が難れた。過剰な少女趣味。表現する用語が見当たらなかったので、誰かが深い考えもなく“少女らしさ”というニュアンスをそれに置き換えてみた。イメージはナボコフの「ロリータ」ではなくキューブリックの映画「ロリータ」でもなく、その映画のポスター。あの赤いハート型のサングラスをして赤いキャンディを舐めてる女のコの絵はカッコ可愛くてお洒落じゃないですか。 ──嶽本野ばら「ロリータ・ファッション」(2024年、国書刊行会) (引用: Fashion Snap/2024年7月2日 )  嶽本野ばら氏は「少女趣味でヒラヒラしたファッションを「ロリータ・ファッション」と呼ぶようになったのはキューブリックの『ロリータ』のポスターである」としていますが、これは完全に間違っています。なぜなら1994年に再上映されるまで、ファンの間でさえキューブリックの『ロリータ』は存在感が薄かったからです。確かに1990年代にはキューブリック版『ロリータ』のポスターやポストカードがオシャレ系雑貨店で売られていましたが、それはロリータブームの後追いで便乗して売られていたにすぎません。そんな状況下であるのに、『ロリータ』がロリータ・ファッションの語源になるはずがありません。それにファッションアイコンとしての「ロリータ」という言葉は1987年にはすでに存在していた(『流行通信』1987年9月号)のです。時系列が全く合いません。 『流行通信』1987年9月号  では「ロリータ・ファッション」の「ロリータ」という言葉はどこから来たのか?私はファッションの専門家ではありませんが、心当たりはいくつかあります。まず、この国では「ロリータ」という言葉よりも先に「ロリコン」という言葉が流行ったという事実があります。1979年公開の宮崎駿監督『ルパン三世 カリオストロの城』には「妬かない妬かない、ロリコン伯爵」という台詞が出てきますし、ロリコン漫画の祖と言われる吾妻ひでおの『ななこSOS』は1980年、1983年の手塚治虫のインタビューでは「僕は(ロリコンブームを)ただ利用してるだけ」(引用: 手塚治虫OFFIOFFICIAL )という発言まであ...

【関連商品】JACQUES MARIE MAGE(ジャックマリーマージュ)より『2001年宇宙の旅』にインスパイアされたサングラス『HEYWOOD』登場

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 映画『2001年宇宙の旅』(1968年)にインスパイアしたスタンリー・キューブリック・コラボレーションモデル。  『2001年宇宙の旅』に登場するヘイウッド・フロイド博士(ウィリアム・シルヴェスター)のクラシックなスタイルを再現した、洗練されたデザインのサングラスフレーム。  1960年代の美学を感じさせる彫刻的なフォルムが特徴です。アローヘッド型のフロントピンやヘアラインのディテールが施された露出したワイヤーコアは、クラシックでありながら現代的な印象を与えます。スタンリー・キューブリックのサインとコレクションの象徴が刻まれたインナーテンプルも特別感を演出。  時代を超えるデザインと映画史へのオマージュが融合した一本です。  植物由来のアセテートを採用し、クリアからブラックへの美しいグラデーションを持つハンドメイドフレーム。  世界限定400本のみの特別なコレクションです。 (引用: decoda/G.N.Gagas ONLINE SHOP )  なかなかクラシカルでおしゃれなサングラスです。フレームにキューブリックのサインと『2001年宇宙の旅』のロゴが刻印されています。パッケージもしっかりオマージュされてますね。お値段は156,200円(税込)!!それでも売り切れているみたいですから、すごいというかなんというか・・・。取り扱っているECサイトは他にもいくつかありましたので、欲しい方はお早めに。