【考察・検証】「ロリータ・ファッション」の語源はキューブリックの『ロリータ』のポスターであるという嶽本野ばら氏の説を完全否定する


 そもそもヒラヒラ服が何故、ロリータと呼ばれるようになったのか?JaneMarpleを含むDCブランドが隆盛を極めた八〇年代から九〇年代、日本の服飾界には海外とは異なる独自の潮流が難れた。過剰な少女趣味。表現する用語が見当たらなかったので、誰かが深い考えもなく“少女らしさ”というニュアンスをそれに置き換えてみた。イメージはナボコフの「ロリータ」ではなくキューブリックの映画「ロリータ」でもなく、その映画のポスター。あの赤いハート型のサングラスをして赤いキャンディを舐めてる女のコの絵はカッコ可愛くてお洒落じゃないですか。

──嶽本野ばら「ロリータ・ファッション」(2024年、国書刊行会)

(引用:Fashion Snap/2024年7月2日



 嶽本野ばら氏は「少女趣味でヒラヒラしたファッションを「ロリータ・ファッション」と呼ぶようになったのはキューブリックの『ロリータ』のポスターである」としていますが、これは完全に間違っています。なぜなら1994年に再上映されるまで、ファンの間でさえキューブリックの『ロリータ』は存在感が薄かったからです。確かに1990年代にはキューブリック版『ロリータ』のポスターやポストカードがオシャレ系雑貨店で売られていましたが、それはロリータブームの後追いで便乗して売られていたにすぎません。そんな状況下であるのに、『ロリータ』がロリータ・ファッションの語源になるはずがありません。それにファッションアイコンとしての「ロリータ」という言葉は1987年にはすでに存在していた(『流行通信』1987年9月号)のです。時系列が全く合いません。

『流行通信』1987年9月号

 では「ロリータ・ファッション」の「ロリータ」という言葉はどこから来たのか?私はファッションの専門家ではありませんが、心当たりはいくつかあります。まず、この国では「ロリータ」という言葉よりも先に「ロリコン」という言葉が流行ったという事実があります。1979年公開の宮崎駿監督『ルパン三世 カリオストロの城』には「妬かない妬かない、ロリコン伯爵」という台詞が出てきますし、ロリコン漫画の祖と言われる吾妻ひでおの『ななこSOS』は1980年、1983年の手塚治虫のインタビューでは「僕は(ロリコンブームを)ただ利用してるだけ」(引用:手塚治虫OFFIOFFICIAL)という発言まであります。つまり1980年代前半には「ロリコン」という言葉は漫画・アニメのサブカル界隈ではすでに定着していて、「ロリータ」は美少女(キャラ)を指す言葉として認識されていたのです。

 一方の少女ファッションスタイルですが、ルーツは1980年代に流行したMILKやPink Houseといった少女趣味全開のファッションブランドだと言われています。その頃音楽の世界では、ヒラヒラワンピースの衣装がインパクト大のシンディー・ローパー『ハイ・スクールはダンステリア』が1984年、ジャケットのドレス姿が印象的なマドンナの『マテリアル・ガール』が1984年、今思えばゴスロリっぽいストロベリー・スウィッチブレイドの『ふたりのイエスタデイ』も1984年と、ヒラヒラ少女ファッションがアーティストによって拡散されまくっていました。そして加えるなら「キティブーム」(少女向けのハローキティのグッズを大人が身につけても問題ないという認識)もこの頃が始まりです。

 つまり1980年代半ばには「ヒラヒラ少女ファッション」も「ロリータ」もひっくるめて「少女カルチャーブーム」であり、その結果「カワイイが正義!」が確立したのがこの1980年代なのです。そしてその「カワイイ」ファッションの参考にしたのが(私見ですが)西洋人形(当時ちょっとしたブームだった)ではなかったか?と考えています。

 その「カワイイ文化」の震源地は原宿です。原宿〜表参道界隈には編集プロダクション(出版社から取材や記事の執筆を依頼され、それを業務とした事務所)が数多く存在していたのです。ここまで考えれば「ヒラヒラ少女ファッション」と、美少女を意味する言葉「ロリータ」がマスコミ(か、その界隈でたむろしていた若者)によって、深い考えもなしに単にそれっぽいという理由だけで結びつけられたとしても、何の不思議でもないでしょう。そこにはキューブリックもナボコフも存在せず(だから『流行通信』で「ナボコフ知らないの?」と皮肉られた)、ただ美少女の代名詞としての「ロリータ」という言葉が存在していただけにすぎないのです。

 実際はどうだったのかはもはや推測するしかありませんが(この記事も推測の域を出ない)、少なくとも「ロリータ・ファッション」の語源がキューブリックの『ロリータ』のポスター」というのは完全に間違いです。スタンリー・キューブリックの名前が映画ファンやSFファンを超えて広く若者に浸透するのはもっとずっと後、2019年にGUから安価に発売された『シャイニング』の双子Tシャツが「カワイイ!」と話題になってからです。そう、やっぱり「カワイイ」なんです。1980年代に消費の主役が男性から女性に入れ替わって以降、普及・浸透・一般化の鍵は常に「カワイイ」です(「映(ば)え」は言葉を変えただけで中身は同じ)。そしてそれは令和の現在まで続いています。

情報協力:滝沢聖峰さま

TOP 10 POSTS(WEEK)

【ブログ記事】1999年3月7日スタンリー・キューブリック監督の逝去に当たり、当ブログ(当時個人ホームページ)に寄せられたファンの追悼メッセージ集

【台詞・言葉】ハートマン先任軍曹による新兵罵倒シーン全セリフ

【考察・検証】『フルメタル・ジャケット』の幻のシーン「生首サッカー」は真実か?を検証する

【TV放映情報】NHK BSプレミアムシネマで2月26日(水)午前0:05より『フルメタル・ジャケット』オンエア決定

【関連記事】『2001年宇宙の旅』1968年公開、スタンリー・キューブリック監督の叙事詩的SF。その先見性に驚く

【上映情報】「午前十時の映画祭15」で『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』上映決定!!

【関連記事】スタンリー・キューブリックが好んだ映画のマスター・リスト(2019年11月22日更新)

【ブログ記事】11人の映画監督がスタンリー・キューブリックを語る

【インタビュー】『バリー・リンドン』の撮影監督だったジョン・オルコットのインタビュー[その1:ロケーション撮影、フィルター、照明、ネガフィルムについて]

【考察・検証】「フィクション」を「ドキュメント」するカメラマンの眼