【作品論】拳闘試合の日(Day of the Fight)
キューブリックが生まれて始めて製作・撮影・監督した映像作品は、映画館で上映されるニュース・フィルムという形で実現した。その後の映画監督してのキャリアは、全てこの16分のモノクロ短編映画から出発したという意味で、非常に価値のある、記念碑的作品だ・・・とはいえ、観ていただければ分かる通り、当時のニュース・フィルムの範疇を超えるものではなく、ごく当たり前でありきたりな物。キューブリックが製作したものでなければ時の彼方に忘れ去られ、棄てられていたであろう。
ただし、この時キューブリックはまだ21歳。そんな若造が制作費3900ドル(約140万円。ただし実際は4500ドルかかったという話も)を自力で調達し製作、それを配給会社に4000ドル(約144万円)で売りつけるという事をやってのけたのであり、この事実だけでも特筆に値する。21世紀の現在でも、ここまでの強い自信と野心を持って行動できる若者がどれほどいるだろうか。
映像的には洗練され、当時のプロの水準に達していることは疑いない。登場するボクサーとマネージャーは個人的にも交流のあった双子の兄弟。キューブリックは映像デビューするにあたり一番身近でコントロールしやすい取材対象を、スタッフも身近な友人・知人ばかりを集め、なおかつ金銭面も自己資金で賄い、不足分は父に借りるなどリスクを最小限に抑えて作品を創っている。一見保守的で後ろ向きな方法と思われがちだが、要するに全て自分のコントロール下に置きたかったのだろう。失敗できないというプレッシャーもかなりあったに違いない。
「成功しても失敗してもリスクは全て自分が負う。そのかわり自分の作品に関する事柄には全て関与する」この方針はこのデビュー作以降、『スパルタカス』を除き生涯変わることはなかった。