【作品論】霊界から現世を眺望(オーバールック)する『シャイニング』
『シャイニング』のラストシーンにおいて一般的にはジャックはホテルに取り込まれた、とする解釈が一般的かと思います。実際に取り込まれた姿が1921年7月4日の写真に写っています。でも本当にそうでしょうか?
私はジャックは「取り込まれた」のではなく「本来居るべき世界に帰還した」と考えています。つまり現世でダニーの父親でありウェンディの夫であるジャックこそが「イレギュラー」な存在であって、本当はそこに居てはいけなかったのです。「その昔からホテルに棲み、管理人をしていたジャックは、何かの拍子で現世に生まれ落ちてしまい、大人になりウェンディと結婚しダニーをもうける。でも現世に自分の居場所などない事に気づき、引き寄せられるようにホテルへと辿り着く。そこでジャックは既視感を憶え、ウェンディが逃げ出そうとするのを殺そうとまでして阻止し、ホテルに残ろうとする。そして望み通りに本来の自分の居場所へと帰ってゆく・・・」そんな物語を想像してしまうのです。
そう考えればジャックの息子であるダニーが霊能力(シャイニング)を持っているのは当然だし、グレイディが「あなたはずっとこのホテルの管理人でした」と答えるのも道理です。ではそのグレイディはというと、現世でホテルの管理人だった時はチャールズ・グレイディという名前で、双子の娘と妻がいました。やがて彼女らを惨殺して本人も自殺、無事に本来のウエイターとしてホテルに帰還すると名前も本来のデルバート・グレイディに戻ります。また、ロイドもグレイディもジャックの事を一貫して「トランス様」「トランスさん」と呼び、決して「ジャック」とは呼びません。この事からジャックはグレイディと同様にジャックとは違う本来のファーストネームを持っている可能性があります。つまりラストシーンに映っているジャック・トランスは「●●●●・トランス」なのです。
やがてグレディの犠牲になった娘は霊となってホテル内を彷徨います。(実の親子ではないのでグレイディはジャックに「母娘はどこにいる?」と訊かれて「近くです」「よく存じません」と曖昧な返事をする)つまり、ダニーやウェンディはジャックに殺されればこの母娘と同じように、ホテルの中を霊として彷徨う運命になっていたかも知れないのです。そう考えればかなり危険な状況だった事が分かります。その代わりと言ってはなんですが、ハロランが新たな霊となってホテルに棲みつくのでしょう。
では、なぜこのホテルだけがそんな霊力を持つようになったのでしょうか。それは本作で語られたように先住民の墓地を壊して建ててしまったからです。その霊力で様々な人を呼び寄せ、狂わせ、後ろ暗い歴史を持つようになりました。そうやって蓄積した霊の集合体が、霊界から現世をオーバールック(眺望する)ホテルであり、逆に現世から霊界をオーバールック(眺望)する「窓」があの写真なのです。
パーティーシーンとラストに流れる『真夜中、星々と君と』にはこんな歌詞があります。「I know, for my whole life through. I'll be remembering you(生まれてからずっと知っていた。いつまでも君のことを忘れない)」これは、ホテル(霊)がジャックに君は生まれてからずっとここの住人だよ、と語りかけているように聞こえます。だから満面の笑みをたたえ、幸せそうにあの写真に収まっているのではないでしょうか。