【考察・検証】「キューブリック vs マスコミ」対立の構図
キューブリックはあまり社交的な性格ではなかったが、それでもマスコミに取り上げられる事は自作にとって、また自身にとってメリットがあると考えていたようで『時計じかけのオレンジ』公開時の頃まではトラブルはありつつも取材には応じていた。それがごく一部を除きマスコミを完全にシャットアウトし、屋敷に引きこもるようになったのは『時計…』での激しいバッシングに遭ってからだ。だがそれは「バッシング」などという生易しい物ではなく、強要・脅迫の類いだった事はクリスティアーヌが『A Life in Pictures』で証言している。命の危険さえ感じるようになったキューブリックは、静かに映画製作に専念できる環境を望み、マスコミを拒絶するばかりか、書き連ねられた数々の根も葉もない噂にさえ反論もしなかった。
マスコミの立場からすればそれでは記事にならない。どうしても文字数を埋めなければならないマスコミは「根も葉もない噂」をエスカレートさせて記事を「でっち上げ」始めた。曰く「庭にヘリコプターで殺虫材をまき散らした」「食べ物に異常に気を使う偏執狂」「車の運転では時速30マイル以上は決して出さず、必ず安全用ヘルメットを着用している」など枚挙にいとまがない。
自身も雑誌カメラマンというマスコミ出身で、そういった記事のでっち上げに関わった経験を持つキューブリックは、マスコミの意図を見抜いていた。そんな連中の思惑に乗る事なく、完全無視を決め込んでいた。するとマスコミはキューブリックと共に働いた経験を持つ俳優やスタッフに取材し、それを報道し始めた。もちろん否定的なコメントばかり好んであげつらった。
キューブリックはそんな身近な連中の裏切りにも我慢強く耐えていた。(さすがに裏ではさんざん愚痴っていたようだが)やがてマスコミも大衆も飽きるのだが、数年に一回発表される新作の度に、そういった噂やでっち上げや批判が蒸し返された。
以上の経緯からキューブリックのプライベート関する様々な逸話には全く根拠のないものも多く含まれている。何の検証もなしにそれを鵜呑みにするのは愚の骨頂だろう。ファンを名乗るのであれば、キューブリックを置かれた立場を理解し、その話の有効性をしっかり確認してから論拠に据えたいものだ。