【プロップ】ピエロの仮面(Clown Mask)
『現金に体を張れ』でジョニーが強盗で押し入る際にかぶっていた仮面。キューブリックは気に入ると後の作品でも同じアイデアを使い回す事がよくあり、『時計じかけのオレンジ』でもアレックスが作家夫婦の家に押し入る際に同じようにピエロの仮面をかぶっていた。
ピエロのモチーフはルック時代のスチール写真に遡る事ができる。あるサーカス団を追った一連のフォト・ルポルタージュは、決して暖かく幸せに満ちたサーカスの姿を微塵も感じさせてはくれない。そこにはどうしょうもない人間の愚かさ、滑稽さ、悲哀、諦観が漂っている。また、長編映画第2作『恐怖と欲望』にもピエロ(道化師)が登場する。これも窃盗という犯罪をカモフラージュするためのもので、本来の喜劇性は欠片も無い。
ピエロといえば『ロリータ』のハンバートもそうだ。ハンバートはロリータへの偏愛を利用され、キルティの手のひらで踊らされただけの哀れなピエロに過ぎない。その結末が殺人と獄死なのは当然の帰結だろう。そしてそれは『アイズ ワイド シャット』のビルとて同じ。あのクルーズの馬鹿っぽい白い歯をキラキラ見せながら笑う笑顔は手にした貸衣装屋の仮面と同じく滑稽で空々しい。
もっと解釈を広げてみてはどうだろうか。ピエロとは「悲しいまでに滑稽で哀れで矮小な存在」としたら。それは自滅のシステムを止められない政治家や軍人たちであり、18世紀に己の欲望のままに生き、そして自滅した貴族であり、悪霊の意のまま操られたジャックであり、戦争という大義なき大義に振り回されたジョーカーであり、そして宇宙という広大な秩序の前ではケシツブ同然の「人類」という存在を象徴しているように思える。
そんな「ピエロたち」の営みを冷徹に観察していたキューブリック。キューブリックにとってピエロとは人間、ひいては人類そのものだと看過していたのだとしたら、各作品の持つキューブリック作品ならではの独特の空気感はまさしくそれを表現していたのだ。