【考察・検証】キューブリック作品内のミスを弁護する


『2001年宇宙の旅』の月面シークエンスでは、地球の欠け方が右だったり左だったりしている。このミスは公開当時知られていなくて、ビデオが普及してから一般に知られるようになった

 映画製作にはミスはつきものです。しかしキューブリックは一般的に完全主義者として知られ、ミスを許さない厳しい態度で映画製作に臨んだとされています。実際、撮影前のプリ・プロダクションには1年以上と長い期間を設けるのが常でした。そんなキューブリックでもミスはあるもので、しかも上記のような「こんな単純なミスを見逃すなんて」というものもいくつかあります。

 ただ、ここで忘れてはならないのが製作当時の映画の鑑賞環境についてです。『シャイニング』以前は作品は映画館か画質の悪いブラウン管のTV放映でしか鑑賞する方法がなく、しかも一度上映がスタートしてしまえば、一時停止やリピートなど不可能な状況でした。現在のDVDやBDのように家庭で高画質の映像をいくらでも一時停止したり、リピートしたりして鑑賞する状況を全く想定していなかったのです。ミスを許容するか撮影をやり直すかの判断は、その時代の作品の鑑賞環境に多いに影響されます。つまり「この程度のミスならお金をかけて撮り直さなくても、観客は気づかないであろうから大丈夫だろう」という判断基準が、現在よりもかなり緩かった事が予想されます。

 そういった時代背景を全く考慮せず、ビデオから事細かにアラを探し出し「完全主義者のキューブリックにあるまじきミス」とあげつらうのは、単なる知識不足か悪意があるとしか思えません。ビデオが一般家庭に普及し、映画を家庭内で鑑賞する方法が常態化したのは1980年代以降です。キューブリック作品に当てはめれば『フルメタル・ジャケット』と『アイズ ワイド シャット』がそれに当たります。この2作品についてはキューブリックはビデオで鑑賞されるのを考慮に入れた判断をしていたと思います。

 ただ『シャイニング』以前の作品は、そういった状況ではありませんでした。この当たり前の事実を無視をし、事細かなミスを指摘し批判し、悦に入る輩が多いのには閉口してしまいます。キューブリック作品ミスを見つけるのは構いませんが、それを論評する際、その作品が創られた時代背景を是非とも考慮に入れていただきたいものです。

 尚、キューブリックはミスに気づいても、そのテイクが良ければミスを許容していたそうです。個人的にはキューブリックの「完全主義」とは、「ミスを許さない」というより「作品の隅々まで自分が気に入るように作りたい」監督だったように思います。このキューブリックにおける「完全主義者」の定義については、いずれ考察して記事にまとめてみたいと思っています。

TOP 10 POSTS(WEEK)

【関連記事】抽象的で理解の難しい『2001年宇宙の旅』が世に残り続ける理由

【関連記事】ジム・モリソンとドアーズがシネラマドームで『2001年宇宙の旅』を観た夜

【関連商品】『2001年宇宙の旅』のHAL 9000のようなデザインのファズ・ペダル、その名も「TMA-1 Fuzz」が登場

【パロディ】『ルパン三世』TVシリーズ(セカンドシーズン)のLDのジャケットが『時計じかけのオレンジ』だった件

【原作小説】Amazon Kindleにサッカレーの小説『バリー・リンドン』が新訳で登場。しかも398円の超破格値!

【ブログ記事】キューブリック作品の映像が、隙のない完璧なものに見える理由

【パロディ】洋楽パロで有名なNHKの番組『ハッチポッチステーション』の再編集版『2001年(2004年)夢中の旅』のオープニングがやっぱり『2001年宇宙の旅』だった件

【台詞・言葉】『時計じかけのオレンジ』に登場したナッドサット言葉をまとめた「ナッドサット言葉辞典」

【ロケーション】キューブリック作品が製作された撮影地一覧(概略)

【ブログ記事】『シャイニング』のオーバールックホテルの外観モデルになったティンバーラインロッジが、キューブリックに幽霊が出る217号室を変更して欲しい旨を伝える手紙