【考察・検証】キューブリックは何故「上映サイズはヨーロッパビスタ、音声はモノラル」にこだわったか?
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アメリカンビスタとヨーロッパビスタの比較。数字以上に印象が違い、ヨーロッパビスタの方が視野に全画面が収まりやすいのが分かる |
キューブリックは『2001年宇宙の旅』や『博士の異常な愛情』など、意図を持った特別なアスペクト比でない限りは、上映サイズはヨーロッパビスタを基準と考えていたようです。では何故キューブリックはヨーロッパビスタにこだわり、アメリカンビスタを嫌ったか、まずはその理由を考察したいと思います。
現在は世界的にアメリカンビスタが主流になり、ヨーロッパビスタは廃れつつあります。その理由は一にも二にも視覚的なインパクトにあると考えます。とにかく視野から溢れるくらいの映像で観客を圧倒しようとするなら、よりワイドである方が有利になります。上映される映画もインパクトある大迫力CGで押しまくるハリウッド映画ばかり。当然アメリカンビスタを備えた映画館ばかりになってしまいます。(日本も例外ではありません)
一方のヨーロッパビスタはワイドとはいえアメリカンビスタまで極端でなく、画面の隅々まで注意が行き届きます。芸術性の高い映画を数多くリリースしているフランスにヨーロッパビスタが多いのも納得がいきます。
キューブリック作品の特徴と言えば当然後者になります。キューブリックはとにかくディテールにこだわる監督です。キューブリックがアメリカンビスタを嫌い、ヨーロッパビスタを好んだのは当然の事かと思います。ただ残念な事に、ハリウッド映画が世界的に隆盛を誇るようになると、ヨーロッパビスタで上映できる映画館は減少していきました。さすがのキューブリックもその現実には抗えなかったのでしょう、『シャイニング』からはアメリカンビスタでの上映を考慮せざるを得なかったようです。
次に音声はモノラルにこだわった理由を考察します。実はこれは考察するまでもなく、レオン・ヴィタリがインタビューでその理由を明確に答えています。曰く「300もの英国の映画館をリサーチした結果、音響設備が場所によってかなり異なるため、悪い音響設備でステレオで聴くぐらいならモノラルの方が良い」「悪いステレオより良いモノラルだ、と考えていた」だそうです。非常にシンプルで明快な話です。この話で重要なのはキューブリックはまず第一に映画館での上映をベストコンディションで、と考えていました。『2001年…』の音声がステレオのなのはシネラマの設備はステレオが必須だったため、上映館によって品質に差が出る懸念がなかったためなのでしょう。
どちらにしてもキューブリックの最大の懸案は「自分の知らない所で自分の意図しないフォーマットで鑑賞されたくない」であった事が伺えます。アメリカンビスタよりヨーロッパビスタを好んだのはそうかも知れませんが、作品の題材がアメリカンビスタやシネマスコープが効果的と考えたらそれを選んでいたでしょう。また、テレビが【4:3】なら自身の手でそれに合わせるし、【16:9】が主流になればやはりそうしたでしょう。映画館の設備が更新され、音響環境が改善されればモノラルに固執する必要はないですから、ステレオにしたでしょう。
しかし残念ながらキューブリックは、シネマコンプレックスやワイドTV、ステレオ音声が標準になる2000年代を見る事なく逝去しました。あと10年長命であったなら、自身の手で納得行くまで調整をしたでしょうから、現在のBD化の際に問題になっているアスペクト比についての混乱も避けられたのにと、返す返すも残念でなりません。