【撮影・技術】アドリブ(Ad lib)

セラーズの右手を殴るアドリブでソ連大使役のピーター・ブルが思わず笑ってしまっている

 キューブリックは撮影現場でのアドリブを「要求する」監督でした。それは数々の証言に裏付けされている厳然たる事実です。しかし「キューブリック アドリブ 許さない」でググればまあ出てくるわ出てくるわ、ソースもなしに「キューブリックはアドリブを許さない」と断定した記述が。一見緻密に創られているキューブリック作品の印象がそうさせるのかも知れませんが、「印象」は印象であってソースにはなり得ません。

 『博士の異常な愛情』のピーター・セラーズや『時計じかけのオレンジ』のマルコム・マクダウェル、『フルメタル・ジャケット』のリー・アーメイのアドリブは有名ですが、あの『2001年宇宙の旅』でさえもボーマン役のキア・デュリアが

 「撮影中でも、別のシーンの撮影予定があと一週間に迫ると、僕たちはセットにあるスタンリーのトレーラーに行った。すると彼はテープレコーダーを回し始める。僕たちは脚本をもとにアドリブでやって、次の日に新しい脚本をもらった」
(引用:『映画監督スタンリー・キューブリック』)


と証言しています。キューブリックにとってアドリブの要求とテイクの繰り返し、それは全て「クリティカル・リハーサル・モーメント(リハーサルの決定的瞬間)」を求めての事なのです。

 その反面、プリプロダクション(撮影準備)には1年以上と長い時間をかけていました。これは「撮影現場では何が起こるか分からないので、ありとあらゆる事態を想定して念入りに準備する」という事だと思います。つまり、撮影現場でのアドリブを前提しての措置だという事です。

 「シーンのリハーサルをするときには、普通、カメラについて全く考えないのが良い。もし考えると、私の経験ではそのシーンのアイデアを最大限探求することを間違いなく妨げる。撮影するに値することが遂に起こったとき、その時がどう撮るか決めるときだ」
(引用:『イメージフォーラム増刊号 キューブリック』)


 つまり、予め構想されていた撮影を予定通りこなす事に興味なく、あくまで現場で「その瞬間」が起こるのを待つ。いかにも報道カメラマン出身のキューブリックの、これこそ「アドリブ指向」を端的に示す言葉ではないでしょうか。

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