【インタビュー】『バリー・リンドン』の撮影監督だったジョン・オルコットのインタビュー[その2:カメラ、照明、ズーム、トラッキングショット、蝋燭の光のみでの撮影について]
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酔いつぶれた将校の役で出演しているジョン・オルコット(左) |
(「その1」より)
ーアメリカン・シネマトグラファー誌:このカメラ(アリフレックス35BL)の印象を教えてください。
ジョン・オルコット:素晴らしいカメラだと思います。私にとってはカメラマンのためのカメラですが、それは主に光学システムが非常に優れているからです。光学システムの中には、他のシステムよりもはるかに誇張されたトンネル効果(映像の周辺暗く中心部が明るい映像)が得られるものがあります。先日、映画館にいるような気分になれるという理由で、長いトンネル効果を好む人物に出会ったことがあります。個人的には実際の映像で隅々まで見える方が好きですね。それができるのはアリフレックス35BLだけだと思います。このカメラのもう一つの特徴は、文字通り指先で絞りのコントロールができることです。一般的なカメラよりもはるかに大きな目盛りがついているので、細かく調整することができます。この機能は、スタンリー・キューブリックと仕事をするときには特に重要です。彼は、太陽が沈もうが沈むまいが撮影を続けたがります。『バリー・リンドン』では、バリーが幼い息子に馬を買い与えるシーンで、太陽が出たり入ったりしていました。これに対応しなければなりません。太陽が入ってきたからカットする、というような古い考え方はもう通用しません。
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アリフレックス35BLで撮影するキューブリック |
ーその代わり、撮影中に絞りの開き具合を変えて乗り切ろうとするわけですね?
そう、だからこそアリフレックス35BLにはメリットがあるのです。絞りの調整が他のカメラよりも細かいので、実際に撮影しながら光の変化に対応できるのです。一般的なレンズでは、1つの絞り値と次の絞り値の間に大きな距離はありません。アリフレックス35BLのレンズでも実際にはそうではありませんが、外側のギア機構がスケールを大きくしているため、より正確な調整が可能になっています。1/4インチの動きが1インチの動きになるようなものです。
ー本作でのズームレンズの使用については?
ああ、そうですね。かなり使いました。アンジェニューの10対1ズームをアリフレックス35BLで使用し、エド・ディジュリオのシネマ・プロダクツ社製「ジョイスティック」ズームコントロールを併用しましたが、素晴らしいものでした。これは非常に重要なことで、急な動きではなく、何も起きていないかのようにゆっくりと操作することができるのです。電動式のズームコントロールでは、これが非常に難しいのです。これは本当に有効だと思います。
ー照明器具はどのようなものを使用しましたか?
ミニブリュットとローウェルライトを常に使用しました。全体的な補助光には、傘にローウェルライトを入れて使いました。『時計じかけのオレンジ』以来、私はいつも傘を使っています。私の知る限り、ローウェルライトはフラッドからスポットまで、他のどのライトよりもはるかに広い照射範囲を持っています。実際、このタイプのライトの中で、必要に応じて素晴らしいスポットが得られ、全体的に絶対的なフラッドが得られるのはこのライトだけです。また、多くのクオーツライトは前に旗を置くと二重の影ができますが、ローウェルライトではそれがありません。ローウェルライトはカメラマンが設計したものですからね。
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撮影に使用されたローウェルライトと傘 |
ー『バリー・リンドン』での移動撮影の使用については?
あるシークエンスで使いましたが、あまり多くは使いませんでした。戦闘シーンでは非常に長いトラッキングショットがあり、カメラが800フィート(約240m)のレールに乗っていました。レール上には3台のカメラがあり、クルーと一緒に移動していました。エレマック社の台車を使いました。普通の金属製の台にボギーホイールが付いていて、ホイールスパンは5フィート、時には6フィートにもなりました。エレマックの上に直接乗るよりも、振動を抑えられるよう思えたのです。
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敷かれた約240mのレールと3台のカメラ |
ーあの移動撮影では、最大までズームしたと理解していいのでしょうか?
そうですね、あの戦闘シーンでトラックから撮ったクローズアップは、ほぼすべてズームの端が250mmでした。
ーそれはかなり無理をしましたね。
事前に普通のレールとこの台車でカメラを動かしてテストしたのですが、その差は驚くべきものでした。それで、このプラットフォームを作って、エレマックの四隅に台車の車輪をつけて使うことにしたんです。これでいろいろな撮影ができるようになりました。
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250mmのテレ端で撮影された、ライアン・オニールのアップ |
ー本作で最も撮影が難しかったシーンは何ですか?
一番難しかったのは、クラブでバリーが他のテーブルに座っている貴族に会いに行き、冷たくあしらわれた後、自分のテーブルに戻っていくシーンだと思います。あれは180度のパンが必要ですが、難しかったのは外の天候の変化でした。窓がたくさんあって、レンガの裏にライトを隠して、窓から光を当てていたんです。外光が大きく変化するので、窓が飛んでしまわないように何度も調整しなければなりませんでした。これが一番難しかったですね。窓のゼラチンフィルターを変えるたびに、室内の光が強すぎて外の光が足りなくならないように、外の照明も変えなければなりませんでした。このショットは、全体の中で最も難しいライティングだったと思います。それに加えて、この家は一般の人が見学に来るような大邸宅だったので、撮影中に一般の人が来てしまったことも複雑にしました。
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オルコットが一番難しかったと語る、やんわりとポーカーの誘いを断られる食事のシーン |
ー撮影では色付きの照明を多用したのですか?
はい、何度も使用しました。例えば、足を切断した後のバリーの部屋のシーンです。窓から差し込む光に1/2のセピアを足して、バックライトとサイドライトに暖色系の効果を持たせました。言い換えれば、50%の過補正です。同様の効果は、バリーの息子が死にかけているシーンでも使用されています。場合によっては、補正をせずに背景の自然な青い光を生かしたこともありました。その結果、見た目にも美しく、より「昼間の光」のような効果が得られました。
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カラーフィルムを照明に貼って、色で演出したバリーの部屋のシーン |
ーこの映画では、夜間撮影は記憶にありません。最終的にはカットされなかったものもあるのでしょうか?
夜のショットはありませんでした。バリーが合流した後、火のそばで瞑想している薄明かりのシーンがあるが、あれは「マジックアワー」に撮影されたもので、本当の夜間撮影ではありません。
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「マジックアワー(日没の直前)に撮影されたショット |
ーさて、この美しい映画の中で、何よりも多くの反響を呼んだシーン、それは蝋燭の光のシーンです。このシーンの撮影方法について教えてください。
このシーンは、人工的な光を一切使わずに、蝋燭の光だけで撮影することを目的としていました。先に述べたように、スタンリー・キューブリックと私は何年も前からこの可能性について話し合っていましたが、そのための十分に明るいレンズを見つけることができませんでした。スタンリーはついに、NASAのアポロ月面着陸計画用に作られた50mm t/0.7ツァイスのスチルカメラ用レンズ3本を発見したのです。このレンズは、NASAのアポロ月面着陸計画で使用されたもので、スタンリーは、このレンズを使用するためにエド・ディジュリオ氏に再構築を依頼しました。t/0.7のレンズの後玉はフィルム面から実質4mmほどしか離れていないので、既存のレンズマウントを削らなければならなりませんでした。かなりの時間を要しましたが、カメラが戻ってきてから、かなりのテストを行いました。
パナビジョンのT/1.1やアンジェニューのF0.95のような普通のレンズは、光学系を覗いているので、ピントを変えるだけでピントが合っているのか合っていないのかが分かります。しかし、このレンズを覗くと、信じられないような素晴らしい範囲のピントが合っているように見えます。しかし、実際に撮影してみると、予想に反して奥行きが全くありません。そこで私たちは、このレンズを文字通り、200フィートから4フィートまでの範囲でハンドテストを行い、10フィートの範囲に至るまでのすべての距離をマークしてスケールアップしなければなりませんでした。実際のスケーリングでは、文字通りインチ単位まで落落とし込む必要がありました。
ー焦点距離は50mmだったということですか?
50mmでしたが、その後リダクションタイプの拡張レンズを入手し、エド・ディジュリオ氏が50mmのレンズに重ねて36.5mmのレンズにして広角をカバーしました。中景や近景の撮影にはほとんど50mmのレンズが使われていました。
4ヴィヴィアンが矢追氏に自慢げに披露した、ツァイス社のF0.7レンズ(拡張レンズ付き)。詳細はこちら。
ーこれらのシーンはすべてキャンドルの光で照らされているのですか?
すべて蝋燭の光です。ラッド卿とバリーがゲームルームにいて、彼が大金を失うシーンでは、セットはすべて蝋燭で照らされていましたが、2つのシャンデリアの上に取り付ける金属製の反射板を作ってもらいました。主な目的は、キャンドルの熱が天井を傷つけないようにすることですが、トップライトを全体的に照らすための光の反射板としての役割も果たしています。
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天井にレフ板を設置し、蝋燭の光をまんべんなく室内に行きわたらせたラッド卿のゲールルームのシーン |
大体、3フィートカンデラがポイントでした。現像時に全体を1段強引に仕上げていました。ちなみに、ゴッセンの電子式メーター「パナルックス」は、半フィートカンデラまで測定できるので、あのシーケンスには大きなメリットがありました。極端に光量の少ない状況では、非常に優れたメーターです。私たちは70キャンドルのシャンデリアを使用していましたが、ほとんどの場合、5キャンドルまたは3キャンドルのテーブルキャンドルも使用することができました。実際には、顔のキーを非常に高くし、火に強く照らされた効果が得られました。
ー超高感度レンズを使って蝋燭の灯りの全体像を撮影する場合、他にどのような問題がありましたか?
まず、サイドビューファインダーの光量が足りず、フレームが見えないという問題がありました。従来のファインダーは、光の損失が大きいプリズムを使用しているため、光量が少ないとほとんど像が見えませんでした。そこで、昔のテクニカラーの3連カメラのファインダーをBNC(ミッチェル)に取り付けました。これは鏡の原理を応用したもので、「見えるもの」を単純に反射させることで、はるかに明るい画像を得ることができます。また、レンズに近い位置に設置されているため、視差もほとんどありません。
ー被写界深度の問題はどうですか?
先に述べたように、それは確かに問題でした。フォーカスポイントが非常に重要で、F0.7のレンズでは被写界深度がほとんどありませんでした。フォーカスオペレーターのダグラス・ミルサムは、距離を正確に把握するための唯一の方法として、閉回路ビデオカメラを使用しました。ビデオカメラはフィルムカメラの位置に対して90度の角度で設置され、カメラのレンズスケールの上に取り付けられたテレビスクリーンによってモニターされました。テレビ画面の上にはグリッドが描かれていて、様々な俳優の位置をテーピングすることで、距離をテレビ画面のグリッドに転写し、俳優にピントを合わせつつ、ある程度自由に動けるようにしました。難しい作業ではありましたが、結果的には満足のいくものになりました。
ーオルコットは、この映画での熟練した仕事ぶりが評価され、アカデミー賞を受賞した。
〈以下略〉
(全文はリンク先へ:American Cinematographers/2018年3月16日)
『バリー・リンドン』の撮影監督だったジョン・オルコットのインタビュー[その2:カメラ、照明、ズームレンズ、トラッキングショット、蝋燭の光のみでの撮影について]になります。その1をお読みになって良いない方は、こちらをどうぞ。
まずカメラについて。オルコットは「アリフレックス35BL」を高く評価していますが、それは次作『シャイニング』でもこのカメラを使用していたことからも伺えます。照明の話も登場しますが、「傘」というのは文字通り傘で、照明の光を反射・拡散させる役割があります。現在はソフトボックスが一般的です。
例の「戦列歩兵」のシーンですが、800フィート(約240m)のレールを施設し、3台のカメラを同時に走らせるトラッキング・ショットとして撮影されました。キューブリックは『突撃』で使用して以来、軍隊の行軍を真横からトラッキング・ショットで狙うということをよくやりますが、この時は最大望遠で撮影されたため、ドリー(台車)のガタつきは映像がブレてNGになります。台車のホイールスパンを6フィート(1.8m)にしたのは、振動を極力抑えるためでしょう(この時はまだステディカムは存在していなかった)。
前回のインタビューでは「(歴史ある建物でのロケ撮影は)特に問題なかった」と語っていましたが、やはり多少は苦労した様です。「クラブでバリーが他のテーブルに座っている貴族に会いに行くシーン」にはパンショットがありますが、このシーンには窓の外に設置した照明が一瞬映ってしまっています。それだけセッティングに手こずったという事でしょうね。
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2時間16分頃のシーン |
例のNASAから入手したツアイス社のF0.7レンズですが、焦点距離が50mmだったため、標準レンズの35mmにするには拡張レンズが必要でした。ですが、このレンズはそもそもスチールカメラ用。映画用ではなかったためカメラにマウントができません。そこでキューブリックは古いBNCミッチェルカメラを入手、そのマウントを改造し(半ば壊すようなものだったらしい)強引にくっつけました。つまりこのレンズは、改造したBNCミッチェルでしか使えないのです。また、カメラとレンズの改造を担当したエド・ディジュリオ氏によると75mmも準備したそうです。
さて、このインタビューを訳していて一番気になったのはこの一文です。「人工的な光を一切使わずに、蝋燭の光だけで撮影することを目的としていました」。私は長い間「『バリー・リンドン』の蝋燭のシーンは蝋燭の光だけで撮影した」という話に懐疑的でした。なぜなら、同様の映像は蝋燭の光だけに頼らず、補助光を使えばもっと簡単に撮影できるからです。このインタビューでは語られていませんが、蝋燭は輝度の高い特注製ですし、インタビューでは天井保護の金属の反射板がレフ版の役割を果たしたとも語っています。すでにこの時点で「18世紀の夜の室内の完全再現」ではありません。それに蝋燭のシーン以外では補助光(フィルライト)をふんだんに使っています。ですので、合理的に考えれば、バレない程度に補助光を使うことだってできたはずです。それなのになぜキューブリックは大変な苦労をしてまで、あえて「蝋燭の光だけで撮影することを目的としていた」んでしょうか?これにはキューブリックの「ある狙い」が推察されるのですが、それは後日記事にまとめたいと思います。
2回に分けてご紹介した撮影監督ジョン・オルコットのインタビュー、いかがでしでしょうか。このインタビューのごく一部は評伝『映画監督スタンリー・キューブリック』で紹介されていますが、ミシェル・シマンの『KUBRICK』には、これとは別のインタビュー(語られている内容はほぼ同じ)が掲載されています。これらのソースには『バリー』で蝋燭のシーン以外、照明を使ったことは明確に語られているのですが、何故か「18世紀には人口の照明は存在しなかったので、『バリー・リンドン』は照明を一切使わず撮影された」という間違った情報が真実としてネット上に拡散してしまいました。それは明らかに事実ではないので、今後は正しい情報を元に、正しい理解での記事執筆やコメント投下をよろしくお願いいたします。
最後に繰り返しになりますが、この訳文はあくまで「映画業界人でもなんでもない素人の訳」だということをご理解の上、お読みください。なにしろ専門用語が頻出します。管理人も全てを理解しているとは言い難い状況です。間違いがありましたらビシバシご指摘をしていただけますと嬉しいです。
情報提供協力:トラビスさま