【作品論】『現金(ゲンナマ)に体を張れ』(原題:The Killing)

  前作『非常の罠』の製作中に知りあった、プロデューサー志望のジェームズ・B・ハリスとコンビを組み、「ハリス=キューブリックプロ」を結成。その素人同然の若い二人がハリウッドに乗り込んで作った、キューブリック実質の的なメジャーデビュー作品。

 物語は、競馬場の馬券売場を襲い現金を奪う計画を、5人の男達が緻密な計画と正確な行動で実行したものの、ちょっとしたミスから破綻してしまうというもの。いかにもキューブリックが好みそうな物語だが、この本を見つけ、キューブリックに奨めたのはハリスだった。

 ハリウッドでは組合の力が強いため、カメラを覗けなくなったキューブリックは、ベテランカメラマン、ルシアン・バラードとかなりの軋轢を起こしたようだ。例えば、競馬場の外観も、ハリウッド的に綺麗に撮られたものをしようせず、小型カメラでニュース映像風に撮り直したり、室内を画像の歪みも承知の上で広角で撮影したいと主張したりしている。犯罪サスペンスの臨場感と緊張感を生み出す効果を狙っての事だが、綺麗に平板に撮る事を良しとした当時のハリウッドでは、全く理解されなかった。

 また、犯罪の瞬間からひとりずつ時間を戻して、この犯罪に荷担しなければならなかった背景を、それぞれについて語るという手法は斬新なものだったが、これもハリウッドの上司は認めず、時系列に添った、より直線的な編集をするように指示した。しかし、原作のこの構成が気に入っていたキューブリックとハリスはそれを無視。このまま公開する。

 結局この映画はヒットとはならなかったが、幸いにも業界内では話題となったため、その映像センスと斬新な構成は高く評価され、ハリウッド内での地位を築く最初の足掛かりとしての役目は充分果たしたようだ。

 ラストシーン、飛行機のプロペラの風にあおられて舞い上がる200万ドルは、「小さな紙切れ」に執着する人間をあざ笑うかのようで、愚かしくも悲しい物語のラストを飾るにふさわしいものだった。メジャーデビュー作にしてこのシニカルなエンディングを用意するあたり、自身の思う通りに撮れなかった作品ではあるにせよ、ただ者ではない事を感じさせるには充分な作品だ。

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