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〈前略〉

『アイズ ワイド シャット』は近年再評価され、多くの批評家から傑作と評されています。あなたは今、この作品についてどう思われますか?

 素晴らしい経験でした。とても興奮していました。スタンリーの映画はよく知っていて、シドニー・ポラックを通して彼を知りました。それでスタンリーはシドニーに電話をかけ、私に映画を作ってほしいと言って、ファックスを送ってきたんです。

 彼の家まで(ヘリで)飛んで、裏庭に着陸しました。前日に脚本を読んで、一日中それについて話しました。彼の出演作は全部知っていましたし、スコセッシ監督にも彼とシドニー・ポラックについて話しました。だから、彼の仕事ぶりや仕事のやり方は知っていました。それから、彼と私はお互いを知るようになりました。そうしているうちに、私はニコールに(アリスの)役をやってくれないかと提案しました。彼女は明らかに素晴らしい女優ですから。

 撮影が長引くことは分かっていました。彼は「いやいや、3、4ヶ月で終わるよ」と言っていましたが、私は「スタンリー、いいかい、君のためにここにいる。どんなことがあっても、やり遂げる」と言いました。この映画はとても興味深いと思い、ぜひそういう経験をしてみたいと思いました。映画を作るときは、実際に依頼する前に綿密な調査を行い、関係者とじっくり時間をかけて話し合います。そうすることで、彼らが何を求めているのか、そして彼らが私のことを理解し、どのように一緒に仕事をすれば特別な作品が作れるのかを理解してもらえます。

 とてもユニークな経験でした。クルーはそれほど多くありませんでした。夏に到着して、基本的にはテスト撮影を始めたばかりでした。脚本はまだアイデアの段階でした。映画のトーンを本当に見つけるために、シーンを何度も書き直し、撮影し、そしてまた撮影し直しました。

-映画の夢のようなクオリティを実現するために、キューブリックとどのように協力しましたか?

 レンズを操作しながら、構図やシーンのリズムを探っていました。カメラの動かし方。それぞれのシーンに独特のリズムがあって…催眠的で夢のような体験を生み出します。まさに私のキャラクターが経験していたことと同じでした。そして、最終的に彼がたどり着いたのは、ジェルジ・リゲティの作品を使うことでした。彼はリゲティが大好きだったんです。

プロデューサーのヤン・ハーランはS&Sに、すべてのマスクをヴェネツィアで購入したと語っていました。それでは、あなたとキューブリックはどのようにして、映画の中で着用する金色のディテールが施されたマスクを選んだのですか?

 スタンリーはとにかく色々な衣装を試していて、私たちも様々な衣装やマスクを試しながら、どんなスタイルで何を着るべきかを考えました。あのシーン全体、特にパーティーシーンの演出は、照明だけでも本当に大変でした。フィルムの速度、必要な光量、フレームの奥行き、色や黒の使い方など、それぞれをうまく見つけ出す必要がありました。私が各人物の間に立つ動きを見ると、それを完璧にこなすのは非常に難しいことが分かります。そしてカメラのペース配分も…これらは、撮影中ずっと私たちがひたすら練習していたことです。

あなたは映画の中で走ることで知られていますが、この作品ではかなり歩いているのが目立ちます。キャラクターが夢遊病のような印象を与えるために、キューブリック監督とどのように歩き方について調整しましたか?

 歩くシーンではトレッドミルを使っていました。リアスクリーン映写には、彼が『2001年宇宙の旅』(1968年)(注:『時計じかけのオレンジ』では?)で使ったのと同じ技術を使いました。映写技師も同じでした。スタンリーと私は、歩くリズムをどうするか、そしてそれを見つけるために、常に話し合いました。私は歩くのがとても速いので、とにかく全てをゆっくりにして、様々な速度で歩くようにしました。

〈後略〉

(引用:BFI公式サイト/2025年5月23日




 トム・クルーズがキューブリックとの仕事に献身的に尽くしたことはよく知られていますが、ここまで覚悟を決めていたトムにしても、まさか一年以上も拘束されるとは思っていなかったようで、かなりのストレスを抱え込むことになってしまいます。それもそのはずで、トムは同時進行で『ミッション・インポッシブル 2』の仕事も抱えていました。しかし、キューブリックとの契約は「契約中は他の仕事をしない」でしたので、オフの日であろうと現場に出向くことはできません。しかも『アイズ ワイド シャット』はアクションのない陰鬱な作品です。始めの頃はともかく、撮影が長引くにつれて一刻も早く終わってくれと願っていたであろうことは想像に難くありません。

 また、注目すべきは「脚本はまだアイデアの段階」だったと証言していることです。脚本を担当したフレデリック・ラファエル著の『アイズ・ワイド・オープン』を読まれた方なら驚くと思いますが、なにせ渡されたその「脚本」は、ラファエルが苦労に苦労を重ねて1年以上もの月日をかけて書き上げたものだったからです。

 キューブリックは19世紀末のウイーンを舞台にしたアルトゥル・シュニッツラーの退廃小説『夢小説』を気に入り、映画化を目指すのですが、舞台を20世紀末のニューヨークに移し替えるという以外、全くのノープランでした。その作業をラファエルに託すのですが、ラファエルはいきなりシーンはおろか登場人物の個性やカメラの動きまで考えた(従来通りの)脚本を書き始めます。ところがキューブリックはそんなものは望んでいませんでした。キューブリックが欲しがったのは「良いストーリーライン」と、その物語世界を支える裏設定(根拠)でした。登場人物の個性はおろか、カメラの動きなど全く必要としていなかったのです。

 ここにキューブリック独自の「脚本軽視」「撮影現場重視」の考え方があります。『2001年宇宙の旅』でアーサー・C・クラークが証言しているように、キューブリックは「脚本なしで」映画を撮ろうとしていました。実際、『時計じかけのオレンジ』や『バリー・リンドン』では原作小説を撮影現場に持ち込んで撮影していたほどです。『シャイニング』でも準備してあった脚本は次第に使われなくなり、代わりにそのシーンのセリフを書いた紙数枚を使うだけでした。

 すでに脚本が書きあがっていても、まだ撮影していない部分は、既に撮影した部分によって避けがたく影響されるものだ。内容や劇的重みの新しい問題が現れる。

 あるシーンのリハーサルをすることも、脚本を変える原因となる。どんなに注意深く場面について考えても、どんなに視覚化したと信じても、最終的にそれが演じられたのを見ると決して元のままではない。

 時には全くあたらしいアイデアが、リハーサル中や実際に撮影している最中でも、出し抜けに浮かんでくる。それは良いアイデアで無視することは出来ない。

 以上は、1976年のミシェル・シマンとのインタビュー(出典『KUBRICK』)で語られた本人の弁ですが、要するにいくら脚本段階で撮影の構想を詳細に決めていたとしても、いざ俳優が衣装を着てセットの前に立ったら、新しい良いアイデアや違うアプローチの可能性に気づくはずで、であれば脚本段階であれこれ決め打ちするのは逆にその可能性を排除することになるのではないか、ということです。ですが、最低限のストーリーラインとシーンの骨子は出来上がっていないと映画会社は予算を承認しないし、出演俳優のキャスティングもセットの構築もできません。ですので、上記のインタビューでトムが渡されたのは最低限の情報しか書かれていない脚本(のようなもの)だったのだと思います。それが「脚本はまだアイデアの段階」との証言になったのでしょう。

 キューブリックは「良い映画を作るには(最終的な判断は自分がするにしても)俳優やスタッフのアイデアも必要で、それは撮影現場で起こる可能性が高い」と考える監督でした。だからこそ「執拗なまでのこだわり」を持った「誰彼構わずアイデアを聞きたがるリサーチ魔」であり、「良いアイデアが出るまで多テイクを厭わない」監督(キューブリックは「OK。もう一回やろう」と言っていた)だったのですが、現在に至るまでその意図を正しく理解している人は(ファンを自称する者も含め)多いとは言えない状況です。キューブリックが身近なスタッフから「マエストロ(指揮者)」に例えられるのもそれが理由で、優秀な演奏者(俳優・スタッフ)の能力を最大限引き出すのが指揮者(監督)の役目として「ノープラン」でそのシーン撮影を始めました。よく勘違いされる「自身の内なるイメージを執拗なまでに俳優やスタッフに要求する狂った完全主義者」と、実像は真逆であると理解できるでしょう。そして、それを理解した上でこのトム・クルーズのインタビューを読めば、現場の雰囲気がどんなものだったのか、このトムの証言の意味は何なのか(常に話し合った、とはお互いアイデアを出し合ったということ)をより深く感じ取ることができるのではないかと思います。

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