【考察・検証】キューブリックのファッションの変遷を検証する

スーツを着込み、いかにも若きカメラマンといったポーズを取るキューブリック。おそらくルック入社時、17~18歳頃だと思われる

 天才と言われたキューブリックにも苦手なものはいくつかあって、その内の一つがこの「ファッションセンス」だと言われています。遺された写真を見ていると、似たような格好しかしていない事からもそれは伺えますが、それでも大まかな変遷はあるようなので、今回はそれを検証してみたいと思います。

●ルック誌カメラマン時代

 ファッションに無関心だったキューブリックをみかねて、母親のガートルードは息子のために服を買っては送っていたようですが、大体はカジュアルジャケットにパンツ、ネクタイというのが定番だったようです。たくさんの人と接するカメラマンという職業柄、さすがに服装には一応気は使っていたようで、この時代のキューブリックの写真はほとんどジャケットにネクタイ姿で写っています。

ルック時代、女優の取材ではさすがにネクタイ姿です

でもちゃっかりノーネクタイの時も

●映画監督初期

 この頃になると、ジャケット・パンツ姿は変わらないもののノーネクタイによれよれのコートといっただらしない格好が見受けられるようになります。もちろんお金がなかったのも影響しているでしょうが「締め付けられるのを好まない(クリスティアーヌ談)」キューブリックは、これ以降スキあらばノーネクタイで過ごすようになります。

『恐怖と欲望』の撮影中。仲間しかいないので当然ノーネクタイ

『非情の罠』ではさらにひどくなってヨレヨレコートにダボダボパンツ(略してダボパン)も追加

●ハリウッド期

 だらしないキューブリックはここでも健在。さすがにスチール撮影が入る現場ではネクタイをしていますが、基本はノーネクタイです。寒い時はその上にコートを羽織っていたりしますが、あまりコーディネートを考えていないような組み合わせが多いです。因みにクリスティアーヌが結婚した当初(29歳頃)も母親から服が送られて来ていたそうです。

『現金に体を張れ』の撮影中。パートナーのハリスはネクタイ姿ですが、キューブリックはノーネクタイにダボパン

『突撃』では似合っていないツイードのロングコート姿も

『スパルタカス』のロケ現場で。暑いハリウッドでは当然ノーネクタイ

●渡英~絶頂期

 この頃になるとノーネクタイが増え、完全にそちらが定番になっています。メイキングの撮影があったにもかかわらずノーネクタイ写っていて、相当のネクタイ嫌いである事が伺えます。髭を生やし始めたのもこの頃ですが、太り始めたのもこの頃。ジャケットがだんだんキツくなりつつあるのがわかります。

『ロリータ』では女性の出演者が多かったためかネクタイ姿が他の作品に比べて多め。でもボトムはやっぱりダボパン

『博士の異常な愛情』の時の最悪のダッフルコート姿。誰か止める奴はいなかったのか

『2001年宇宙の旅』でライフ誌の取材が入ったので一応ネクタイ姿に。でもネクタイとボタンを緩め、せめてもの抵抗。こちらのルック誌の取材ではノーネクタイで通しています。髭はこの頃から

●円熟期

 真冬に行われた『時計…』のロケではフード付きミリタリージャケットを着ていますが、これが相当気に入ったらしくその後のキューブリック定番ファッションとなります。「締め付けない、太っていても似合う、ポケットがたくさんあって小物を入れるのに便利、汚れても気にならない」という理由が考えられますが、服装に実用的要素しか求めないキューブリックが見つけた最高のファッションアイテムと言えるでしょう。クリスティアーヌはそんなキューブリックの格好を「風船売りのおじさん」と呼んでいます。

『時計じかけのオレンジ』でフード付きミリタリージャケットを着始める。ひょっとしてマルコムの影響?

『バリー・リンドン』の頃。すっかりお気に入りの様子。太ったせいかこの頃から下はジャケットではなくシャツの重ね着になっています。ボトムはあいかわらずのダボパン

『シャイニング』のセットで。もう手放せません

『フルメタル・ジャケット』のベクトン工場跡にて。汚れても気にならないので最強です。ボトムはやっぱりダボパン

●晩年期

 気に入ってるフード付きジャケットを手放す気はさらさらないようで、アウターはこればっかりに。下は堅苦しいジャケットはとっくに脱ぎ捨てていて、厚手のシャツとかかなりラフな格好ばかりに。『アイズ…』に出演したニコール・キッドマンは「確かに同じ格好ばかりしていたけど、別に臭わなかったので同じ服を何着も持っていたのでは」と証言しています。また服には時々猫の毛がついていたそうです。

『アイズ ワイド シャット』の頃。胸ポケットがひっくり返っていても気にしない。シャツはコーデュロイでしょうか?

『アイズ ワイド シャット』でクルーズ、キッドマンと休憩中。もう誰が何を言っても「フード付きジャケット」以外ありえません

結論:以上のようにキューブリックは生涯で大きく3パターンの服装しかしていないのに気がつきます。すなわち、「ジャケットにネクタイ」「ジャケットにノーネクタイ」「フード付き(ミリタリー)ジャケット」そして「全てに共通のダボパン」です。映画制作では常に最新技術の導入や斬新な表現方法を追求したキューブリックでしたが、ことファッションに関しては「一旦気に入れば同じ服装しかしない」という無関心を生涯にわたって貫き通しました。

 関心事には専門家も呆れるほどの好奇心と探究心を発揮したキューブリックですが、無関心事には徹底的に無関心であった姿が、このファッションの推移からも推察できます。まあ、こんな事を検証して何の意味があるのかよくわかりませんが、キューブリックのコスプレをする場合「ジャケットにノーネクタイ、もしくはフード付き(ミリタリー)ジャケット、ボトムはダボダボパンツ」というコーディネートが一番キューブリックらしくなる、というくらいには役に立つかも知れませんね。

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