【考察・検証】『2001年宇宙の旅』の字幕の珍訳「ハルも木から落ちると言うでしょ」を検証する

 ファンの間ではある意味有名な「ハルも木から落ちると言うでしょ」という珍訳。これはHALの行動に疑念を抱いたボーマンとプールが、スペースポッドの中でHALの停止を相談するシーンに登場します。まずボーマンが「HALの言う通り、9000型はミスを犯したことがない」と切り出し、それに対してプールが完璧だと思われているものでもミスをすることがある日本の例え「猿も木から落ちる」の「猿」と「HAL」をかけて「ハルも木から落ちると言うでしょ」と言うのです。この字幕は木原たけし氏によるもので、初出は『2001年…』が初めてビデオ化された1980年当時のものだと思われます。

 一方、吹替版では「しかし間違いを指摘したのも同じ型のコンピュータですよ?」と、視聴者にHALが異常であることを改めて示す内容になっていて、字幕版とは全くセリフが異なります。この初出は『2001年…』の日曜洋画劇場でのTVオンエア時、つまりこの時ですね。訳は飯嶋永昭氏によるもの。

 では、初公開時はどうだったのかというと「だがどうにもそのままには信じ難い」(引用:キネマ旬報社『世界SF大全』)となっていて、訳は田山力哉氏。フロイド博士が娘に買った誕生日プレゼント「ブッシュベビー」を「乱れ髪の赤ちゃん」と誤訳した方です。

 さて、肝心の原語はどうなのかと言えば「Unfortunately, that sounds of a little like famous last words」というセリフで、訳すと「残念だが、有名なその言葉はこれで最後になりそうだな(残念だが、それはどうかな。という皮肉)」で、プールはHALが異常であることを確信している内容になっています。実はこのセリフは意味深で、このセリフに怒ったHALが「だったらそう言うお前を最後にしてやる!」と言わんばかりにプールを殺害するからです。

 以上のように、セリフひとつ取ってみても訳者が様々な工夫しているのが見て取れるのですが、字幕にも厳しいキューブリックがどこまで詳細にチェックしていたのかは不明です。例えば『フルメタル・ジャケット』ですが、字幕を担当した原田眞人氏によると「最初はチェックされたがある程度まできたら任されていた」と語っています。キューブリック本人も「なにしろ日本語の構文法は、我々には普通じゃない」と半ばお手上げ気味で、そもそも『2001年…』は「セリフはあまり重要じゃない」と考えていたこともあり、こういった様々な事実を勘案するとキューブリックのチェックは甘かったのではないか?と想像します。身近に日本人常駐スタッフがいればまた話は別だったかもしれませんが。

 現在『2001年宇宙の旅』はアマゾンプライム無料で「字幕版」「吹替版」も視聴できます。こういった訳の違いも楽しんでみてはいかがでしょうか。

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