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【関連記事】仏誌が選ぶ「映画の中のファムファタル25人」

 ダニエル・クレイグ主演、「007」シリーズ最新第23作「007 スカイフォール(原題)」のボンドガールにフランスの若手女優ベレニス・マーロウが決定したことを記念し、仏GQ誌が「映画の中のファムファタル25人」を発表した。  サム・メンデス監督が白羽の矢を立てたマーロウは、仏国内でもそれほど知名度は高くなく、主にテレビ向けの作品に出演していた程度だったが、同誌は「彼女の茶色の髪と瞳は、イタリア女優モニカ・べルッチのような美しさ」と評している。  その他、ゴダール作品のアンナ・カリーナ、伊映画「愛の嵐」で裸の上半身にサスペンダーのみの姿で、ナチスの帽子をかぶって踊る若き日のシャーロット・ランプリングや、「ドンファン」のブリジット・バルドーとジェーン・バーキンの美しい同性愛シーンなど、妖艶な魅力で男をとりこにする美女たちの名がずらりと並んだ。「映画の中のファムファタル」に選ばれた女優と作品は以下の通り。 ▽ベレニス・マーロウ「007 スカイフォール(原題)」(12) ▽ソフィー・マルソー「女写真家ソフィー」(00) ▽ニコール・キッドマン「アイズ・ワイド・シャット」(99) ▽ブリジット・バルドーとジェーン・バーキン「ドンファン」(73)47395 ▽サルマ・ハエック「デスペラード」(95) ▽ジュリー・クリスティ「ダーリング」(65) ▽シャーロット・ランプリング「愛の嵐」(73) ▽ジャクリーン・ビセット 「ザ・ディープ」(77) ▽ペネロペ・クルス「ブロウ」(01) ▽ソフィア・ローレン「昨日・今日・明日」(63) ▽ジェシカ・アルバ「シン・シティ」(05) ▽ミシェル・ファイファー「スカーフェイス」(83) ▽ウルスラ・アンドレス「007 ドクター・ノオ」(62) ▽ナタリー・ポートマン「クローサー」(04) ▽リュディビーヌ・サニエ「スイミング・プール」(03) ▽アンナ・カリーナ ジャン=リュック・ゴダールのすべての作品 ▽ブルック・シールズ「青い珊瑚礁」(80) ▽エバ・グリーン「ドリーマーズ」(03) ▽エバ・メンデス「アンダーカヴァー」(07) ▽ロミー・シュナイダー「太陽が知っている」(68) ▽カトリーヌ・ドヌーブ「昼顔」(67) ▽ジェーン・フォンダ「逃亡地帯」(66) ▽ハル・ベリー「ソードフィッシュ」(01) ▽ジーン・セバーグ「勝手にしやが...

【関連記事】巨匠スタンリー・キューブリックの初長編作品『恐怖と欲望』が初めてテレビで放映決定!

 映画『2001年宇宙の旅』や『時計じかけのオレンジ』などで知られる映画界の巨匠スタンリー・キューブリックが、1953年に初めて長編作品を手掛けた『恐怖と欲望』が、テレビで初放映されることがエンターテインメント・ウィークリー誌によって明らかになった。  これは、アメリカのケーブルチャンネル、ターナー・クラシック・ムービーが企画した映画24時間マラソンの一部として放映されるもので、12月14日夜8時(アメリカ東部時間)に放送されることになっている。  同作品は、部隊がやられて4人の生き残った兵士が安全な場所へ移動しようとするが、道中である女性と出会ったことで、複雑な環境に陥っていくという反戦を訴えたドラマ作品。その後、監督としても名をはせたポール・マザースキーが俳優として出演していることでも注目の作品だ。  ちなみに、キューブリックはこの作品を15人のスタッフとともに制作し、批評家などの間でも評価が高いが、彼はこの作品を気に入っておらず、公開後出来るだけ多くのプリントを彼自身が購入してしまった。  さらに同作品は、1993年にテルライド映画祭で上映され、その後も何度か各地の映画祭で上映されていたが、テレビでは今回が初めての放映となる。(細木信宏/Nobuhiro Hosoki) (引用: シネマトゥデイ映画ニュース/2011年12月5日 )  なんかここまできたらもうオフィシャルにビデオ化していいんじゃないですかね?当人はどう思うか分かりませんけど。

【俳優】アーリス・ハワード(Arliss Howard)

 『フルメタル・ジャケット』で、ジョーカーの戦友、カウボーイを演じた。  他の主な出演作は『ジェームズ・スペイダーの明日に向って走れ』(1983)、『ザ・デイ・アフター 』(1983)、『跳べ!シルベスター』(1985)、『ジェームズ・スペイダーの明日に向って走れ』(1983)、『ジェームズ・スペイダーの明日に向って走れ』(1983)、『ドア・トゥ・ドア/落ちこぼれセールスマン特訓中! 』(1985)、『ライトシップ』(1985)、『危険な誘惑 』(1986)、『ハイスクールでつかまえて』(1988)、『テキーラ・サンライズ』(1988)、『メン・ドント・リーブ』(1990)、『ウォッチャー』(1990)、『フォー・ザ・ボーイズ』(1991)、『デイズ・オブ・クライシス/イラン人質救出作戦』(1991)、『トワイライト・サマー』(1992)、『ジャック・ルビー』(1992)、『ワイルダー・ナパーム』(1993)、『サンドロット/僕らがいた夏』(1993)、『ナチュラル・ボーン・キラーズ 』(1994)、『ネオナチへの潜入/あるジャーナリストの闘い』(1995)、『3人のエンジェル』(1995)、『ジョンズ』(1996)、『審判』(1996)、『アミスタッド』(1997)、『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』(1997)、『レッサー・エヴィル』(1998)、『最後のガンマン/悪名の町』(1999)、『マップ・オブ・ザ・ワールド』(1999)、『記憶の棘』(2004)、『コロンバインの空に コロンバイン高校事件を乗り越えて』(2005)、『アウェイク』(2007)、『きみがぼくを見つけた日』(2009)、『マネーボール』(2011)、  1954年10月18日、ミズーリ州インディペンデンス生まれ。

【登場人物】カウボーイ(Cowboy)

 『フルメタル・ジャケット』で、パリスアイランド時代のジョーカーの友人。ベトナムのフバイで再会するが、フエの市街戦でベトコン少女に狙撃されて、あえなく戦死する。原作ではフエでは死なず、その後のジャングル戦でかなりショッキングな死に方をするが、キューブリックが採用しなかった理由は、あのアカデミー賞受賞のベトナム戦争映画とそっくりだからでは?と睨んでいます。ニックネームの由来は、テキサス出身で馬好きという理由から。

【プロップ】ニュースパッド(Newspad)

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 『2001年宇宙の旅』で、ボーマンとプールが BBCニュースを見るノート状のTV受像機。 小説版では 「世界の主要新聞が瞬時に読める電子新聞」として、アリエス1B宇宙船内でフロイド博士が読んでいる設定として登場している。でもこれってまさしく「iPad」と「インターネット」。そう考える人は多かったのかiPad裁判のトンデモ主張に引用されちゃうとは・・・。さすがにキューブリックもクラーク先生もこれを知ったら閉口でしょうね。  因みにプロダクトをデザインし、キューブリックに提供したのはIBM。右下にロゴが確認できます。

【関連記事】『フルメタル・ジャケット』で名をはせたヴィンセント・ドノフリオ、長編映画監督に初挑戦!

 スタンリー・キューブリック監督の映画『フルメタル・ジャケット』で名をはせ、その後も映画『メン・イン・ブラック』や映画『ザ・セル』に出演して活躍し、さらにテレビドラマ「LAW & ORDER クリミナル・インテント」でもお馴染みのヴィンセント・ドノフリオが、初の長編監督作品に挑戦した映画『ドント・ゴー・イン・ザ・ウッド / Don't Go in the Woods』(原題)について語った。  同作は、インディ系のロックバンド5人組が、誰にも邪魔されずに音楽製作をしようと森林に囲まれた小屋に泊まったが、ある日、突如グルーピーが彼らを邪魔しに現れてから、奇妙なことが起こり始めるというホラーベースの作品になっている。だが全編には、ホラーだけでなく、コメディ要素とミュージカル要素も含まれている個性的な作品に仕上がっている。  ミュージカルとホラーを交錯させる過程で困難だった点についてヴィンセントは「ミュージカルとホラーを交錯させることは、ある意味で破壊的な行為なんだ。それはホラーは、徐々に緊張感を保ちながら、それ(テンション)を一挙に爆発させるが、ミュージカルだといきなりマックスのテンションになってしまう。だから難しいんだ。そのため、どうやったら交錯できるか考えたときに、まずはほとんど俳優経験のない人たちをキャスティングして、彼らにはあくまでストーリーを伝えるだけのフラット(平たん)な演技をさせて、それとは逆にミュージカルの部分を強調させていくことで、ホラーと共存させたんだ」と興味深い手法について語った。  撮影について「撮影はわずか12日間で、予算も840万くらいだった。ただ、ミュージカルのシーンがあるために、音響だけにはお金をかけたつもりなんだ! 音が悪いと見る気にならないからね。それと、ほとんどのCGは友人に任せることで格安の予算で、製作することができたんだよ」と、まるで独立系映画のゲリラ撮影のようだったそうだ。またヴィンセントは、これまで数多くの優秀な監督と共に仕事をしてきたのに、なぜようやく監督する気になったのか、との質問に「確かに、これまでいろいろなアーテイストと仕事をして多くの刺激を受けてきたが、テレビや映画の俳優の仕事で、もの凄く忙しくて、ゆっくり時間を取って製作できなかったんだ」と理由を明かした。  このようないろいろなジャンルが交錯する...

【スタッフ】原田眞人

  映画監督・俳優・字幕翻訳家。『フルメタル・ジャケット』で戸田奈津子氏の和訳に納得しなかったキューブリックはそれを拒否、代わりに字幕の翻訳を担当したのが原田で、本作が字幕翻訳家デビューとなった。主な監督作品は『さらば映画の友よ インディアンサマー』('79)、『おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ!』('86)、『さらば愛しき人よ』('87)、『ガンヘッド』('89)、『金融腐蝕列島〔呪縛〕』('99)、『金融腐蝕列島〔呪縛〕』('99)、『突入せよ! あさま山荘事件』('02)、『魍魎の匣』('07)、『クライマーズ・ハイ』('08)、『わが母の記』('12)。俳優としての出演作は『ラストサムライ』('03)。  1949年7月3日、静岡県沼津市生まれ

【トリビア】ナーダック・ブレフェスク提供/ストレンジラブ博士、または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか/マクロ・ギャラクシー・メテオ映画

 なんとも長ったらしいですが、これが脚本の草稿段階での『博士の異常な愛情』のタイトルでした。キューブリックと原作者のピート・ジョージで考えたらしいですが、これからも分かるように「宇宙人が滅びた地球を見つけて、発掘した情報を元に作った映画」という当初のアイデアを反映したものになってます。さすがのキューブリックもこれは悪ふざけがすぎると思ったのか、結局このアイデアはボツになって現在の形になりましたが、この「宇宙人視点で映画を創る」というアイデアは次作『2001年…』で実現することになります。しかも配給は「マクロ・ギャラクシー・メテオ」ではなく「メトロ・ゴールドウィン・メイヤー」でしたね。

【小説家】アルトゥール・シュニッツラー(Arthur Schnitzler)

 『アイズ ワイド シャット』の原作、『夢小説(夢奇譚)』の作者。他の著作は『アナトール』、『輪舞』など。それぞれ1921年、1950と64年に映画化されている。尚、『夢小説』は舞台はウィーンで年代は19世紀末だったため、場所はニューヨーク、時代は20世紀末、馬車はタクシーに、性病はエイズに翻案され映画化された。  1862年オーストリア・ウィーン生まれ、1931年没。

【台詞・言葉】ブラーニー・ストーン(Blarney Stone)

  『ロリータ』でハンバートとロリータが車内で交わす会話で、ロリータが「ブラーニー・ストーンにキスしたことある?」と尋ねるシーンがあります。これはアイルランドのブラーニー城にある「ブラーニー・ストーンにキスすると雄弁になる」という言い伝えがあり、このシーンの直前にロリータとハンバートは寝てしまっている事から「あなたは雄弁にその事を話す人?」とハンバートに暗に問いかけているのです。  ただ「カンの鈍い」ハンバートはそれに気付かず「いいや、いつかしてみたいと思っている」と間の抜けた返事をします。それに対しロリータは次にはっきりと「ママに今日の事言うの?」と訊くが今度も「言う?何を?」と返され、あきれたロリータは「知ってるでしょう?アレよ」と答え、やっとハンバートはこの会話の意味に気づきます。  こういった会話一つにも、ロリータの小賢しい性格とハンバートの鈍い性格が表現されているのですが、ブラーニー・ストーンの予備知識のない者にとってはちょっとハードルが高いですね。

【登場人物】アントナイナス(Antoninus)

 『スパルタカス』で、スパルタカスの腹心。クラサスの元奴隷であり、愛人だった。最後はスパルタカスとの決闘を経て死亡する。

【俳優】トニー・カーティス(Tony Curtis)

 『スパルタカス』でスパルタカスの腹心、アントナイナスを演じた。元妻はクリスティーネ・カウフマンとジャネット・リー。ケリー・カーティスとジェイミー・リー・カーティスの二人の娘がいる。   主な出演作は『裏切りの街角』(1949)、『シエラ』(1950)、『ウィンチェスター銃'73』(1950)、『命知らずの男 』(1950)、『盗賊王子』(1951)、『アリババの復讐 』(1952)、『挑戦者』(1952)、『挑戦者』(1952)、『命を賭けて』(1953) 、『魔術の恋』(1953)、『ジョニイ・ダーク』(1954)、『フォルウォスの黒楯』(1954)、『六つの橋を渡る男』(1954)、『橋頭堡を攻撃せよ」(1954)、『顔役時代」(1955)、『四角いジャングル」(1955)、『空中ぶらんこ』(1956)、『野望に燃える男』(1956)、『成功の甘き香り』(1957)、『バイキング』(1957) 、『復讐に賭ける男』(1957)、『最后の接吻』(1958)、『手錠のまゝの脱獄』(1958)、『休暇はパリで』(1958)、『お熱いのがお好き』(1959)、『ペティコート作戦 』(1959)、『奥様ごめんなさい』(1959)、『ねずみの競争』(1960)、『おとぼけ先生』(1960)、『ペペ』(1960)、『硫黄島の英雄』(1961)、『隊長ブーリバ 』(1962)、『40ポンドのトラブル』(1962)、『秘密殺人計画書』(1963)、『 ニューマンという男』(1963)、『パリで一緒に』(1963)、『ムッシュ・コニャック』(1964)、『求婚専科』(1964)、『さよならチャーリー』(1964)、『グレートレース』(1965)、『ボーイング・ボーイング』(1965) 、『恐怖の蝋人形』 (1966)、『おれの女に手を出すな』(1966)、『結婚詐欺』(1966)、『サンタモニカの週末』(1967)、『絞殺魔』 (1968)、『花ひらく貞操帯』(1968) 、『モンテカルロ・ラリー』 (1969)、『アドベンチャー』 (1970)、『暗黒街の顔役』 (1974)、『ラスト・タイクーン』(1976)、『マニトウ』(1978)、『クリスタル殺人事件』(1980)、『マリリンとアインシュタイン』(1985)、『キッチン・ウォーズ/彼女の恋は五...

【プロップ】CRM114回路(CRM114 discriminators)

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 『博士の異常な愛情』で、敵の謀略電波を避けるために、ある暗号以外の通信は受信しなくする装置。安全のための装置なはずが、有事の際には逆に障害になる・・・最近そんな事があってエラい目にあった国がありましたね。確か「ベント」とかいってたような。危機管理に携わる人は心してこの映画を観るべきですね。CRMは「コクピット・リソース・マネージメント」の略。キューブリックはその後「クリティカル・リハーサル・モーエント(リハーサルの決定的瞬間)」という意味でこの略語を好んで使うようになる。

【俳優】シャーリー・ダグラス(Shirley Douglas)

 『ロリータ』でピアノの先生のスターチを演じた。TVドラマ『24時間』ブレイクしたキーファー・サザーランドの母親。確かに二人は良く似ています。出演はTVが多いので手軽にシャーリーの若い頃の姿が見れるのはこの『ロリータ』は貴重ですね。  他の主な出演作は『次はお前だ!』(1955)、『戦慄の絆 』(1988)、『SHADOW DANCING/シャドー・ダンシング』(1988)、『ジョージアの風 』(2000)、『美しき家政婦/ウーマン・ウォンテッド』(2000)、『9.11への道』(2006)など。  1934年4月2日カナダ・サスカチュワン州出身。

【登場人物】スターチ先生(Mrs. Starch)

 『ロリータ』で、ロリータのピアノの先生。余計な事を喋ってしまって、ロリータがピアノのレッスンをサボっていた事がハンバートにバレてしまう。でも懲りずにハンバートをそれとなく口説いてたりしてますが、ハンバートは一切眼中なし。ハンバートって結構劇中でモテてるんですよね。でも本人はロリで鈍いですから全くそれに気づかない(笑。  演じているのは『24時間』シリーズで有名なキーファー・サザーランドの母親のシャーリー・ダグラス。キーファーのファンは必見です。

【登場人物】ニック・ナイチンゲール(Nick Nightingale)

  『アイズ ワイド シャット』で、ビルの医学生時代の級友。現在は雇われピアニスト。ジーグラーの表と裏の両方のパーティーでピアノを弾いている。ナイチンゲールとは小夜啼(さよなき)鳥のことで、夜鳴きウグイスとも呼ばれている。まさに夜に鳴いてビルをパーティーに招き入れてしまった。原作では「ナハティガル」。

【俳優】トッド・フィールド(Todd Field)

 『アイズ ワイド シャット』のナイチンゲール役。他の出演作は『スリープ・ウィズ・ミー』('94),『ホーンティング』('99),『イン・ザ・ベッドルーム』('01)など。  1964年2月24日アメリカ・カリフォルニア州生まれ。

【関連記事】「生涯で最も恐ろしかった映画」は? 12人の映画監督が選出

 米ニューヨーク・タイムズ紙が、12人の映画人に「生涯で最も恐ろしかった映画」に関してアンケートを行った。12人は、いずれも一度はホラー/スリラー映画の監督や脚本を手がけたことがあり、そんな「恐ろしい映画」の作り手を震え上がらせた映画を探ろうという企画だ。  多くの人同様、幼い頃に見たホラー映画がいちばん記憶に残っていて怖かったという意見が多い。回答者のなかには、スプラッター映画の始祖ハーシェル・ゴードン・ルイス(「血の祝祭日」)もいる(最も恐ろしかった映画は「魔人ドラキュラ」)。  12人中、最多の3人が挙げた映画がウィリアム・フリードキン監督の「エクソシスト」。次いでそれぞれ2人が挙げたのがトビー・フーパー監督「悪魔のいけにえ」、スタンリー・キューブリック監督「シャイニング」、ジョン・カーペンター監督「遊星からの物体X」という結果だった。回答者とその答えは以下の通り。 ▽ギレルモ・デル・トロ/「シャイニング」(80/スタンリー・キューブリック監督) ▽ジョン・ウォーターズ/「悪魔のいけにえ」(74/トビー・フーパー監督) ▽ハーシェル・ゴードン・ルイス/「魔人ドラキュラ」(31/トッド・ブラウニング監督) ▽ジョン・ランディス/「エクソシスト」(73/ウィリアム・フリードキン監督)「悪魔のいけにえ」 ▽ジョン・セイルズ/「遊星からの物体X」(82/ジョン・カーペンター監督) ▽エドガー・ライト/「遊星からの物体X」 ▽タイ・ウエスト/「シャイニング」 ▽ジェームズ・ガン/「ヘンリー」(86/ジョン・マクノートン) ▽ジョー・コーニッシュ/「ピクニック・アット・ハンギングロック」(75/ピーター・ウィアー監督) ▽エリック・レッド/「エクソシスト」 ▽ラリー・フェッセンデン/「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド/ゾンビの誕生」(68/ジョージ・A・ロメロ監督) ▽マーティ・ノクソン(脚本家)/「ソイレント・グリーン」(73/リチャード・フライシャー監督)「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(99)「エクソシスト」 (引用: 映画.com ニュース/2011年8月26日 )  まあ定番中の定番ばかり挙げられていますね。個人的には『エクソシスト』ですかね。でもこれって初見時の年齢にもよると思うんですが。『物体X』なんて高校生でしたから思いっきり楽しんじゃいましたし。『シ...

【関連記事】iPadのようなものは「2001年宇宙の旅」に既に登場している、とSamsung側が主張

 デザインを模倣されたとしてAppleに訴えられているSamsungが、反論として「2001年宇宙の旅」の1シーンを引用。そこにはタブレット端末のようなものが見える。  AppleはSamsungをパクリだというが、iPadのようなデザインのタブレット端末は「2001年宇宙の旅」に既に登場しているではないか──Appleに訴えられた韓国Samsung Electronics側が、反論としてキューブリック監督による映画「2001年宇宙の旅」の1シーンを引用して裁判所に提出したという。米国の特許関連ブログが伝えている。 (引用: IT Mediaニュース/2011年08月24日 )  これ、いつか誰かが言い出しそうな気がしていましたが、一番言い出しそうな企業が言い出したので笑ってしまいました(笑。この「ニュースパッド」を考えたのはクラークですが、映画に登場したものとはかなり違っていて、単なる電子新聞として描写されています。また、データはコネクタで接続してリンクする方式でWiFiは想定されていません。最も大きな違いはタッチパネルでの操作が予想されていなくて、数字キーで情報を選ぶ方式になっています。  キューブリックの映画版では見る限りTV端末のようですね。もし電子新聞(情報端末)と兼ねているのだとすればこれは素晴らしい推測です。ボタンが下に10個並んでいるところを見ると、クラークの小説版と同じくタッチパネルは想定していないようです。その代わりコネクタに差しているような描写はなかったので、インターフェイスは無線かも知れません。  サムスン側は「大昔のSF映画に登場するくらい一般的なデザインだから、模倣ではない」と言いたいようですが、どうやらニュースパッドの右下にしっかりと記載されている「IBM」のロゴには気付かなかったようです。先行例としてニュースパッドを持ち出したのなら、アップルではなくIBMに特許料を支払わなければならなくなるのですが、どうするんでしょうかね?

【関連記事】ニューヨークで数々の伝説を生んだ「チェルシーホテル」の歴史に幕

 ニューヨークの「チェルシーホテル」――。世界に星の数ほどあるホテルのなかでも、ここほどたくさんの物語を抱えているホテルはないのではなかろうか。センセーショナルなところでは、パンク・ロックの代名詞とも言うべきバンド「セックス・ピストルズ」2代目べーシスト、シド・ヴィシャスが、恋人のナンシー・スパンゲンの死体とともに発見された場所として名を知られている(シドが刺殺したとも言われているが真相は不明)。ほかにも数多くのアーティストや文豪に利用され、数々の伝説を生んだチェルシーホテルだが、ついにその歴史に幕を閉じるときがきたようだ。  イギリスのテレグラフ紙(オンライン版、2011年8月17日付)やデイリー・メール紙(オンライン版、2011年8月20日付)によると、「チェルシーホテル」は8月上旬に、デベロッパー (開発業者)のジョセフ・チェトリト氏によって買い取られたという。高級ホテルかマンションとして改装予定だそうで、新たな宿泊客は宿泊できず、客室を長期利用している人たちも出ていくように促されており、スタッフもクビとなった。  「チェルシーホテル」が持つ歴史は長く、そして濃い。1883年に建てられた当初は、ニューヨークで最も高い建物として、その地区の呼び名になるほど目立つ存在だった。しかし、外観とは別にこのホテルの存在を特別なものにしたのは、何よりもその利用客である。『トム・ソーヤーの冒険』著者マーク・トウェイン、短編小説の名手オー・ヘンリーも滞在した。マリリン・モンローの元夫でピュリッツァー賞受賞者の劇作家アーサー・ミラーは、モンローとの離婚のあと6年間チェルシーホテルに住んだ。20世紀を代表するSF作家アーサー・C・クラークが『2001年宇宙の旅』を書いたのもこの場所である。  作家ばかりではない。先のシド・ヴィシャスのほか、ボブ・ディランは『ローランドの悲しい目の乙女』をこのホテルの一室で書いているし、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス、ジェームス・ブラウン、パティ・スミスなど、挙げれば際限ないほど多くのミュージシャンにも利用されてきた。  もちろん、一味違う客層のせいでトラブルも多かったようだが、ゴシック様式で憂うつな内装と、豪華とは言いがたい客室(テレビはなく、ルームサービスもない)、少ないアメニティにも関わらず、これだけの人々に愛されたのだから、「チェ...