【考察・検証】『時計じかけのオレンジ』でカットされたシーンから、原作小説の暴力性とバージェスのキューブリック批判を考える


 原作での最初の被害者、結晶学の本をビリビリに破かれる学者風の紳士のシーン。このあとこの紳士は入れ歯を奪われ、その口を殴られて血まみれに。挙げ句に着ている服も全て破られ棄てられるという残虐極まりない仕打ちを受けます。


 パブで気前よくおばさんたちにお酒をおごった後タバコ店で強盗をし、パブに戻ったところで警察に職務質問されたが、おばさんたちが気を利かせて嘘のアリバイ証言をしてくれる(アレックスたちがそうするように仕向けている)シーン。


 デュランゴ95を盗み出すシーンです。原作によるとここはただ合鍵を使って車を盗むだけですので、カットされたのはしょうがないですね。

 以上のカットされた3シーンは全て暴力、または暴力に関係するシーンです。実は映画よりも原作の方が何倍も、何十倍もアレックスたちは凶暴で残忍です。キューブリックの映画版はあれでもずいぶんとトーンダウンさせているのです。なのに原作者のバージェスは「キューブリックがアレックスの暴力衝動が薄れていくラストシーンをカットし、暴力性を取り戻したところで終わらせた」と非難しています。自身が書いた小説の方が何十倍も暴力描写が激しいというのに・・・。

 キューブリックによると、バージェスは当初から非難していたわけではなく「ある日突然に」非難を始めたそうです。公開前に試写でバージェスに観せたところ、そんな事は全く言っていないどころか、レイプシーンがあまりにも辛いと妻が退席しようとした際に「キューブリックに失礼だから」と我慢して観続けるように促したり、公開後にも旅行嫌いのキューブリックの代わりに映画の宣伝に世界中を飛び回っていたり、

 「映画も文学も、原罪に対して責任を持たない。叔父を殺した人がいても、それをハムレット劇のせいにすることはできない。逆に殺戮や殺人に対して文学が責任を負うというのであれば、この世に存在するもっとも執念深い本である聖書こそがもっとも罪深いものだ」(引用:『映画監督 スタンリー・キューブリック』)

と自身の原作や映画を擁護さえしています。

 ここここで記事にまとめていますが、要するにバージェスにもキューブリックと同じくかなり強烈な脅迫があったのではないか、と推察をしています。あの21章は出版当時、出版社の意向に沿ってバージェスが「書き加えた」という事実。映画が公開され暴力描写が問題視されるまで、あの21章も含めバージェスはキューブリックを非難していなかった事実、キューブリック同様にバージェスも脅迫を受けていた事実等を考慮すると、命に関わる脅迫がバージェスの元に届いたため自己弁護と自己保身に走り、その矛先をキューブリックに向けるために突然非難を始めたのではないか、というのが私の推理です。

 バージェスもキューブリックも故人となった今、それを証明するのは殆ど不可能です。しかし、バージェスの映画公開後しばらくたってからの突然の豹変ぶりは各資料からも明らかなのに、何故かその理由を誰もちゃんと検証しようとはせず、バージェスのキューブリック批判をただ額面通り取り上げるだけなのは不思議でなりません。私の知る限り上記の指摘をしている評論家、解説者、マスコミは皆無です。もう遅きに失したのかも知れませんが、しかるべき専門家が客観的に適正な検証を行うべきです。そうでないと一方的にキューブリックが悪者になっている現状は理不尽過ぎるのではないか、私はそう考えます。

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