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【ブログ記事】ビートルズのTV映画『マジカル・ミステリー・ツアー』の『フライング』で使用された映像は『博士の異常な愛情』の空撮のアウトテイク

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  以前「ビートルズのTV映画『マジカル・ミステリー・ツアー』の『フライング』で使用された映像は『博士…』の空撮のアウトテイク」という記事を書きましたが、IMDbの『マジカルミステリーツアー』のトリビアの項目に「アップルのプロデューサー、デニス・オデルは、『フライング』のシーンについて、スタンリー・キューブリックの映画『博士の異常な愛情』(1964)から、いくつかのアウトテイクを使用しました。 (著書『At the Apple's Core』で言及)」とありました。流用の主犯はアンドリュー・バーキンではなく、どうやらデニス・オデルのようです。当時まだ若かったバーキンは、その使い走りにさせられただけかもしれません。確かに比較するとよく似てますね。それにモノクロフィルムにカラーフィルターをかけた映像っぽいので、『博士…』で間違いないでしょう。

【ブログ記事】『シャイニング』のラストシーンで使用された古いパーティーの合成写真について

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スタンリー・キューブリック・アーカイブズに保管されているジャック・ニコルソンの合成用写真 合成の手法を紹介した書籍『The Complete Airbrush and Photo-Retouching Manual』に合成前の写真が掲載されている    『シャイニング』のラストシーンでアップになった1921年の独立記念日のパーティー写真は、既存の古いパーティー写真にジャック・ニコルソンの写真を合成したものであることは、キューブリック自身が説明していましたが、その合成用のジャック・ニコルソンの切り抜き用写真はロンドン芸術大学内にあるスタンリー・キューブリック・アーカイブスに保存されています。また、合成する前の元ネタの写真が下記の書籍に掲載されています。この書籍は1985年に出版された『The Complete Airbrush and Photo-Retouching Manual』という写真合成やレタッチのノウハウを紹介した本で、その一例として『シャイニング』のパーティーの合成写真が採り上げられているのです。  まあ、今となってはフォトショップで簡単に、しかも高精細に仕上げることができますので全く価値のない本ですが、当時は印画紙に画像を焼き付け、文字通り「切って貼る」しか方法はなく、その境目を自然に消すためにエアブラシが用いられていました。ニコルソンの写真のバックがグレーなのは、輪郭に沿って切り抜きをしやすくするためですね。そうして切り貼りした印画紙を再度フィルムで撮影、それを印画紙に焼き付ければ切り貼りの段差のない、一枚の合成写真ができあがる、という寸法です。  因みに元になったパーティーの写真は1923年に撮られたものだそうです。

【ブログ記事】1994年10月にスー・リオンがキューブリックに宛てた手紙と写真

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  親愛なるスタンリー  あなたに届くかどうかわからないから、長い手紙にはならないでしょう。何から書けばいいのでしょう? さて、私はもうスー・リオンとは名乗っていません。この10年間幸せな結婚生活を送り、今はスーリン・ラドマンと名乗っています。私はリチャードという素晴らしい男性と結婚しています。彼は放送技術者です。彼はここロサンゼルスの二つの大きな放送局のチーフエンジニアです。私たちの結婚はまるで夢のようで、私はとてもとても幸せです。  私はほとんどの時間をガーデニングや家の手入れに費やし、私たちの素晴らしいジャーマンシェパードドッグ、パックスと遊び、トレーニングしています。  あなたが受け取ってくれるかどうかわからないのに、この手紙を書くのは本当につらいことです。この手紙を書くのは本当に大変です。私はよくあなたのことを考え、あなたがどうしているか、幸せかどうかを考えます。  私の人生は今、とてもシンプルなものです。そして、私はそれが好きなのです。私はいつも、唯一の理由はそれだと信じています。私が成功したのは、あなたのおかげだと。  私たち夫婦の最近の写真を送りますので、あなたに届きますように。もし届いたら、お返事をください。クリスティアーヌとあなたに愛を込めて。すぐに連絡が来ることを願っています。 スーリン(スー)  内容は近況報告とキューブリックへの感謝が綴られています。この時期、スーはラジオ・エンジニアのリチャード・ラドマンとの結婚10年目で、とても幸せな様子が伺えます。「もうスー・リオンとは名乗りません」とし、スーリン・ラドマンとしています。そんな結婚生活も結局は2002年に破局するのですが。(詳細は こちら )  この1994年という時期は、それまで4回も結婚と離婚を繰り返した挙句にやっと相手にも恵まれ、スーにとって最も幸せな時期だった事はまちがいないでしょう。それに経済的にもビデオ化された『ロリータ』からそれ相応のギャランティがスーの懐を潤していたはず。「私の成功の理由はあなたがいたから」なんて殊勝な事を書いているところを見ると、そんな近況が読み取れます。「私の人格崩壊は『ロリータ』から始まった」などと言っていたのに随分な変わりようですね。それは手紙の最後を「お便り待ってます」で結ぶあたりにも伺えます。  実際にキューブリックが返信を書いたかどう...

【プロップ】アカデミー博物館がレアな『2001年…』の宇宙船模型を34万4千ドルで購入

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発見されたアリエスIB宇宙船のプロップ Academy Museum Buys Rare ‘2001: A Space Odyssey’ Model For $344,000 Proving the Academy is serious about getting top-drawer content for its new Academy Museum Of Motion Pictures, AMPAS has added a biggie by successfully bidding $344,000 yesterday for a rare visual-effects model of the Aries 1B Trans-Lunar Space Shuttle used in shooting 2001: A Space Odyssey. (引用元: DEADLINE HOLLYWOOD/2015年3月29日 )  なんと、『2001年宇宙の旅』のアリエス1B宇宙船の模型がハリウッドのオークションに出品され、それを映画芸術アカデミーが34万4千ドル(今現在のレートで約4,117万円)で落札したそうです。記事によると1970年代に美術教師に譲渡されていたものを、2017年に開館予定のアカデミー映画博物館の展示用に購入。高さ約32インチ(81cm)、幅27インチ(68cm)、奥行28インチ(71cm)、周囲94インチ(2.4m)ですからかなり大きいですね。  しかしアカデミーってアカデミー賞のアカデミーですよね。キューブリックにそっぽを向き続けたハリウッドの権化たるアカデミーが、ロンドンのスタンリー・キューブリック・アーカイブさえ所有していないレア・アイテムを堂々と購入、博物館の展示の目玉に据えようとするとは・・・。何か釈然としないものを感じてしまいます。

【考察・検証】キューブリック版『シャイニング』でオーバールック・ホテルに巣食う悪霊の正体とは

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ネイティブ・アメリカンの意匠で飾られた『シャイニング』のコロラド・ラウンジ  キューブリックの映画版『シャイニング』では、ホテルに巣食う悪霊の正体が「過去にこの土地を聖地としていたネイティブ・アメリカン(インディアン)の怨霊」となっています。今回はそれを示すシーンや台詞を集め、この事を証明したいと思います。 ジャックがダニーに「ドナー隊の悲劇」に付いて教える。 現支配人のアルマンがジャックに「このホテルはネイティブ・アメリカンの聖地で墓地の上に建っている」と説明する。 ホテルの外観が山小屋風で、どことなく西部開拓時代(ネイティブ・アメリカンにとっては搾取・侵略)を思わせる。 ホテルには壁面やカーペットの柄など、ネイティブ・アメリカンの意匠があちこちに飾られている。 ウェンディの髪型やセーターの柄がネイティブ・アメリカン風である。 ジャックが禁酒を破る酒が「ジャック・ダニエル」である。 ジャックが「白人の責務」に言及する。 ジャックやグレイディがハロランを「ニガー」と呼び、白人優位主義で人種差別的である事が示唆される。 ハロランがウェンディに説明する食料倉庫にカルメット缶のネイティブ・アメリカンのラベルが見えるように置いてある。このカルメット缶はジャックが倉庫に閉じ込められたシーンで重要な意味を持って再登場する。 ジャックが使う凶器が斧(トマホークはネイティブ・アメリカンの象徴)である。 ジャックが写る写真の日付が1921年(禁酒法時代)のアメリカ独立記念日(ネイティブ・アメリカンにとっては土地を奪われた屈辱の日)である。 ネイティブ・アメリカンの飾りからテニスボールが突然飛び出してくる(このシーンは初公開版には存在したが、思い直したキューブリックによってすぐカットされた)  以上のように、このホテルに巣食う悪霊の正体がネイティブ・アメリカンの怨霊である事は明確に示されています。また、霊が白人ばかりなのは、ネイティブ・アメリカンにとってヨーロッパから渡って来た白人達はすべて忌むべき存在だからです。  キューブリックは典型的なアメリカ白人男性が持つ、過去の苛烈な白人至上主義と、現在でも心の奥底に潜んでいるその人種的偏見、そしてかつてネイティブ・アメリカンを迫害したという負い目を巧みに利用し、「ネイティブアメリカンの悪霊によって白人が惑わされ、狂わされ、殺し合いをする」と...

【考察・検証】小説『時計じかけのオレンジ』の訳者、乾 信一郎氏による最終章に関するあとがきを検証する

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左から最終章が掲載されていない旧版、最終章が収録されている選集版、完全版  1980年に出版された『アントニイ・バージェス選集〈2〉「時計じかけのオレンジ」』には最終章が翻訳され、掲載されているという話は前から知っていたのですが、現在ではその最終章が収録された完全版が一般に流通していますので、この選集版を紹介する意味はないと思っていました。ところが訳者である乾 信一郎氏のあとがきに興味深い記述を発見したので、それを元に例の「最終章問題」を検証してみたいと思います。以下がそのあとがきです。  この小説が一部二部三部にわけられていることはごらんのとおりであるが、その第一部と第二部はそれぞれ七つの章から成り立っている。問題なのは第三部である。一九六二年の英国版初版にはこの第三部も七つの章になっているのだが、その後に出た版になるといずれも最終章の第七章が削除されている。最も新しい版と思われるペンギン・ブックスの一九七七年版にもこの最終第七章は無い。  どういう事情からこの最後の章がはぶかれたのかは不明だが、その章があるのは初版だけであって、あとの版にはないとなると、当然作者側と出版社側との間に削除についての合意があったとしか考えられない。出版社が勝手に削除して出版するわけがない。以上のような解釈から訳者は一九七一年(昭和四十六年)に翻訳出版の際第三部の第七章がはぶかれているものをテキストとして翻訳し、その旨を断っておいた。また、一九七七年(昭和五十二年)初版発行のNV文庫版でも同様にしておいた。  ところがその後早川書房編集部で一九七四年のPlayBoy誌上にバージェスのインタビュー記事が出ているのを発見。訳者もそれを見せてもらったが、その中にはもちろんバージェスの著作中でのベストセラー『時計じかけのオレンジ』のことに触れた部分があった。それによるとバージェスはキューブリック監督によって映画化された『時計じかけのオレンジ』には数々の不満があるというのだ。特に結末の部分がいけないという。キューブリック監督は原作の最後の章を読んでいないんじゃないか、とあった。なぜかというと、最後の章では主人公の若いアレックスは成長し、暴力を時間の浪費だったと反省するようになり、結婚して子供をもうけ、●●●(引用先が伏せ字なのでそれに倣います)になろうと考えるようになる。ところが映画では暴力はま...

【考察・検証】キューブリックが『2001年宇宙の旅』の美術監督を手塚治虫にオファーしたのは本当か?を検証する

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キューブリックから手塚治虫に届いた手紙の封筒。中身は本人によると「お袋が燃やしてしまった」そうだ  キューブリックから手塚治虫に「『2001年宇宙の旅』の美術監督を担当して欲しい」とのオファーがあり、それを断ったという有名な逸話がありますが、一部ではこれを「手塚治虫のホラ話」とする論調も見られます。今回はこの真偽を主に3つの資料から検証したいと思います。 (1)キューブリックが手塚治虫に当てた手紙の封筒の写真  上記の写真です。これによると差出人のキューブリックの住所は「239 Central Park West New York City」となっています。またニューヨークの郵便局の消印は1965年、石神井郵便局の消印は昭和40年(1965年)1月9日です。もし美術監督の話が「手塚治虫のホラ」であるならば、この封筒は偽造された事になります。 (2)自叙伝『ぼくはマンガ家』(毎日新聞社・1969年)に於ける記述  日本に帰ってしばらくしたら、S・キューブリックと署名した手紙が来た。「博士の異常な愛情」や「スパルタカス」「突撃」などで、ぼくの好きなニューヨーク派の映画監督、スタンリー・キューブリック氏だとわかって、とびあがった。 「わたしは、小さなプロダクションで映画を作っている一製作者であります」と、手紙は謙虚に始まった。「あなたの作られた『アストロ・ボーイ(※鉄腕アトムの英題名)』を見て、NBCにあなたの住所を訊いてお便りするのですが、実は、こんど、わたしは、純粋なSF映画をひとつ作ろうと思っています。それは二十一世紀の月世界を舞台にしたもので、科学的根拠に基づいた、シリアスで、真面目なドラマであります。ついては、あなたにその映画の美術デザインのことで協力を求めたいので、次のわたしのお訊ねにご返事いただければ幸いです。一、あなたは英語ができるのか?二、一年ほどの間、あなたが家族とはなれ、ロンドンのわれわれのスタッフといっしょに生活してもらえるか?以上、なるべく早くご返事を賜れば幸甚」 というていねいな文面で、これはぼく個人にとっては、またとないチャンスであった。  だが、残念なことに、すでに「鉄腕アトム」は製作を進行し、虫プロダクションを一年も留守にすることは、到底できない。 「非常によいお話で興味を持ったが、なにしろうちには、食わせなければならない人間が二百六十名...

【関連記事】『アイズ・ワイド・シャット』限定スペシャルプレミア試写会 トム・クルーズ&ニコール・キッドマン舞台挨拶レポート

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『アイズ・ワイド・シャット』限定スペシャルプレミア試写会 トム・クルーズ&ニコール・キッドマン舞台挨拶レポート 1999年7月15日(木)19:00より東京国際フォーラム(有楽町)にて 通訳:戸田奈津子氏  7月15日(木)、東京国際フォーラム(ホールA)にて『アイズ・ワイド・シャット』限定スペシャルプレミア試写会およびトム・クルーズ、ニコール・キッドマン両名の舞台挨拶が行われた。故スタンリー・キューブリックの意思により、プレス試写も公には行わないという完全秘密主義に徹したこの作品への期待は、3000分の1という確率にまで及んだ一般の応募数、当日会場に足を運んだ著名人の数、そして、TV、雑誌などのあらゆる媒体の取材の多さからも十分にうかがえた。  18時、すでに開場前から行列をなしていた観客が、一斉に会場に入場してくる。同時に、著名招待客(武田真治、江川卓、大林宣彦、島田陽子、デーブ・スペクター、花村萬月、仲間由紀恵、手塚真ほか各氏)も続々と会場に姿を見せた。  18時55分。トム・クルーズとニコール・キッドマンが入場。途端に場内は騒然となり、取材カメラマンのシャッターが一気に切られた。2人は、笑顔でカメラマンに答えていたが、突然、トム・クルーズが、ファンサービスからか、端の方で2人に歓声を送っていた観客のもとに歩み寄り、場内が一時、極地的パニック状態に陥る…という場面も。 19時、開始のベル。 司会者:「こんばんは。本日はようこそ、スタンリー・キューブリック監督作『アイズ・ワイド・シャット』限定スペシャルプレミア試写会においでくださいました。とにかく、限定スペシャルプレミア、普通の試写会とは違うんです。実は、アメリカでは13日に記者会見がありまして、14日にプレミア試写会がありました。ということは、皆様方が世界で2番目に一早くご覧になれる上映会なんです。それに、今日お出でのお客様方は、3000人の内の1人というこで応募の数も凄かったんです(場内どよめき)。ラッキーですよね~。そしてなんと、今日は、日本を代表する様々なジャンルの方々、文化人、芸能人、一杯いらしてますよね。そういう場で、一緒にこの『アイズ・ワイド・シャット』を観ていただくという幸せな時間。それからもう一つ。なんとここに、主演のニコール・キッドマンさんとトム・クルーズさん夫妻がお見えなんです。こんなにナ...

【台詞・言葉】白人の呪い・白人の責務(White Man's Burden)

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   『シャイニング』のバーシーンでジャックがロイドにバーボン・オン・ザ・ロックを作ってもらいながら呟く台詞ですが、訳では「酒は白人の呪いだ、インディアンは知らん」となっています。しかし、調べてみるとイギリスの作家で詩人のラドヤード・キップリングが1899年に詠んだ詩『White Man's Burden(白人の責務)』を指しているようです。以下はその詩と訳になります。 The White Man's Burden Take up the White man's burden -- Send forth the best ye breed -- Go bind your sons to exile To serve your captives' need; To wait in heavy harness On fluttered folk and wild -- Your new-caught, sullen peoples, Half devil and half child. Take up the White Man's burden -- In patience to abide, To veil the threat of terror And check the show of pride; By open speech and simple, An hundred times mad plain. To seek another's profit, And work another's gain. Take up the White Man's burden -- The savage wars of peace -- Fill full the mouth of Famine And bid the sickness cease; And when your goal is nearest The end for others sought, Watch Sloth and heathen Folly Bring all your hope to nought. Take up the White Man's burden -- No tawdry rule of kings,...

【ブログ記事】ソール・バスが描いた『シャイニング』のポスターのボツ案

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  キューブリックはかの有名なタイトルデザイナー、ソール・バスに『シャイニング』のポスター製作を依頼しましたが、そのボツ案をキューブリックのコメントと共に紹介します。 まるでSF映画みたいだ。ロゴが読みづらい 手と三輪車というのは見当違いだ。ロゴも小さすぎるし、インクがなくなったように見える 迷路と登場人物はやり過ぎ。迷路を出すべきだとは思わない アートワークが好きじゃない。ホテルが変だ。アートワークが広がり過ぎだ。コンパクトで十分。ロゴに点を使うのは好きじゃない。小さすぎるし読みづらい  キューブリックの悪筆をなんとか解読してみましたが、だいたいこんな事を書いているみたいです。どれももっともな指摘ばかりで納得できるのですが、ソール・バスもなぜこんなクオリティの低いアイデアばかり提出したのか謎です。キューブリックはダメ出しを繰り返し、結局300案以上をバスに提出させたそうです。  1枚目は完全に『未知との遭遇』を意識してのコメントでしょうね。2枚目はどこから手のビジュアルが出てきたのか不明です。3枚目は思いっきりネタバレしたいますから不採用は当然でしょう。4枚目の迷路が目になっているのは迷路が霊として家族を見ているのを表現しているのでしょうけど、ちょっと分かりにくいですね。5枚目は雪に閉ざされたホテルの孤立感を表現したかったのかも知れませんが、逆にキューブリックの不評を買っています。  結局採用された案は これ ですが、これもいい出来だとは思えません。映画告知の初期やサントラ盤のジャケットに使用されたくらいで、現在はジャック・ニコルソンの『Here's Johnny!』が一般化しています。ただしタイトルロゴだけはしっかりとその後も使用され続けているので、バスもデザインした甲斐があったと思っていたかもしれません。  グラフィックデザイナーとしてのソール・バスの神髄はやはり映画のタイトルデザインにあると思います。デザインとグラフィカルな動きのかっこよさですね。CGのない時代にこんなにCG的な発想ができたデザイナーは他にいません。ただキューブリックは「タイトルバックに回すお金があるなら本編に回す」と、けんもほろろなことを言っています。まあ、それでもあれだけ力強いオープニングを作るのですからさすがですけどね。

【考察・検証】キューブリック作品のポスターデザインを検証する

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 キューブリックは自作の広告も管理・監督しているので、そこになにがしかの意図が込められていると考えるが妥当だろう。ここではキューブリックが自作の製作環境を全て掌握した『ロリータ』以降の広告(ポスター)のデザイン(アートワークやキャッチコピー)について検証をしてみたい。尚、『恐怖…』『非情…』『現金…』『突撃』『スパルタカス』についてはデザインが複数あったり、どのデザインがキューブリックが監督・監修したものなのか、もしくは全くのノータッチだったのか判別できないため割愛させて頂いた。 『ロリータ』  マリリン・モンローなど有名女優を数多く被写体にし、自身もプレイボーイで鳴らしたバート・スターンが撮影した写真をメインビジュアルに据えている。本編に登場しないこのビジュアルは広報用に撮られた一連のフォトセッションからキューブリックが選んだもので、実は車のルームミラーに写るスー・リオンの鏡像。「ロリポップ」を舐める「ロリータ」というそのポーズも、幼児性とエロティシズムを同時に感じさせる。キャッチコピーは「我々は如何にしてロリータの映画化をなし得たか?」で、当時センセーショナルな話題になっていた小説『ロリータ』を念頭にした煽りコピーだ。この事からキューブリックは本編では描けなかかったエロティシズムとセンセーショナリズムを最大限に利用して集客に結びつけようとする意図がまざまざと感じられる。ここでのキューブリックは完全に興行成績第一主義を採っていると見ていいだろう。 『博士の異常な愛情』  核兵器によって人類が滅亡してしまうというあまりにも悲劇的で救いのない本編を少しでも緩和しようとする意図が、トミー・ウンゲラーという絵本作家のイラストを採用するという判断になったのではないだろうか。絵本はその子供向けで優しくコミカルな絵柄とは対照的に重い寓話を含んだものが多い。この映画はあくまでも寓話であるというキューブリックの真意を分かりやすい形でビジュアル化しているように感じる。本作はある意味「大人向けの童話(寓話)」でもあるのだ。 『2001年宇宙の旅』  ロバート・マッコールによるイラストレーションの完成度が高く、キューブリックは本作においてのポスター製作にはあまり苦労がなかったのではないだろうか。マッコールのイラストはこれ以外でも何種類かポスターに採用されていて、かなりキューブリックが気に...

【関連動画】スー・リオンが『ロリータ』でロリータ役に抜擢されるきっかけになった『ロレッタ・ヤング・ショー』の動画

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 これはレアですね。『ロリータ』のキャスティングが難航した話は ここ で記事にしましたが、スー・リオンがロリータ役を射止めたのは、この『ロレッタ・ヤング・ショー』に出演しているのをキューブリックが観たのがきっかけでした。まさにそのフィルムが存在していたとは・・・。おそらく動くスー・リオンが拝める一番古いフィルムだと思われます。  ここでのスーはローリーというちょっと小悪魔で意地悪な少女を演じています。『ロリータ』で魅せた妖しい魅力も既に発揮されていますね。この時スーは13歳なのですが、とてもそうは見えません。でも、いかにもアメリカン・ガールな太ましさの中にもクールで意味深な憂いもあり、そこがキューブリックのお眼鏡に適ったのでしょうね。

【ロケーション】スタンリー・キューブリックの墓(The grave of Stanley Kubrick)

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義長女のカタリーナ・キューブリックが撮影し、2018年4月に Redditに投稿 したキューブリックの墓石   キューブリックの墓はロンドン郊外のハートフォード・シャーにあるキューブリック邸の庭の円形の柵内( Google Map )にある。生前キューブリックはここにあった樹を気に入り、愛した犬や猫を葬っていた。本人もこの地に眠る事を生前から希望しており、行政から特別な許可を貰って埋葬したそうだ。  墓石は無神論者のキューブリックらしく楕円形の巨石のみで、宗教性は一切排除されている。そこに、 STANLEY KUBRICK Here lies our love Stanley Born in New York City on 26 July 1928 Died here at home on 7 March 1999 スタンリー・キューブリック 私たちの愛したスタンリーはここに眠る 1928年7月26日ニューヨーク市生まれ 1999年3月7日この家で逝去 と刻まれている。また2009年7月7日にガンで亡くなった実娘で次女のアンヤも同所に眠っている。

【キューブリック展】ウィーンで開催中のキューブリックがルック社に在籍していた時代の写真展『EYES WIDE OPEN』の紹介動画

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 オーストリアのアートフォーラム・ウィーンで開催中のキューブリックがルック社に在籍していた時代の写真展『EYES WIDE OPEN』ですが、展示を雰囲気が伝わる動画がアップされていたのでご紹介。  この頃のキューブリックの写真は ここ で沢山観る事ができるのですが、明らかなボツテイクも多く含まれているし、PCモニタでの鑑賞というのもなんだか緊張感がありません。こういった展覧会での展示はその場の空気感と相まってやはり素晴らしいですね。当ブログで何度も表明しているのですが、関係各位には日本での写真展の実現を是非お願いしたいです。

【スタッフ】ルイス・C・ブラウ(Louis C. Blau)

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Louis Blau(IMDb)  キューブリックの代理人兼弁護士。上記は『2001年宇宙の旅』のセットでのルイス・ブラウ(左)とキューブリック。  1915年アメリカ生まれ。2014年5月30日死去、享年99歳。

【関連記事】スタンリー・キューブリックの代理人兼弁護士、ルイス・C・ブラウ氏が99歳で死去

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キューブリックとブラウ。『2001年宇宙の旅』のセットにて Louis C. Blau, Entertainment Attorney Who Represented Stanley Kubrick, Dies at 99 Entertainment attorney Louis C. Blau, who represented directors Stanley Kubrick and Francois Truffaut, Motown founder Berry Gordy and actors including Donald O’Connor, Mitzi Gaynor, Walter Matthau, Richard Widmark and Lana Turner, has died. He was 99.  スタンリー・キューブリックやフランソワ・トリュフォー監督、モータウンの創始者ベリー・ゴーディ、俳優のドナルド・オコナー、ミッツィ・ゲイナー、ウォルター・マッソー、リチャード・ウィドマーク、ラナ・ターナーなどのエンターテインメント界の弁護士だったルイス・C・ブラウが死去した。99歳だった。 (以下リンク先へ: Variety/2014年6月2日 )  『ア・ライフ・イン・ピクチャーズ』のインタビューに登場していたルイス・C・ブラウが死去しました。99歳とはずいぶんと長命でした。故人のご冥福をお祈りいたします。

【台詞・言葉】アン=マーグレット(Ann-Margret)

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 『フルメタル・ジャケット』でロックハート大尉から友軍の深刻な被害の報告を受けた後に、ジョーカーが「それじゃアン=マーグレットは中止?」と聞き返します。この攻撃の前にロックハートからアン=マーグレットの取材をするように指示されていたのでジョーカーは皮肉を込めてそう言ったのですね。  そのアン=マーグレット。全く知らなかったので少し調べてみましたが、あのエルビス・プレスリーとも恋仲だった歌手兼女優だそうで、上記の『バイ・バイ・バーディー』やエルビス映画『ラスベガス万才』が有名だそう。もちろん実際にベトナムにも慰問に訪れていてます。そしてなんと、ザ・フーのロックミュージカル『TOMMY』のあのキチ●イママがアン・マーグレットだったとは!全然気にしていませんでした。因にこの『TOMMY』、フーのメンバーやエルトン・ジョンはもちろんですが、今ではすっかりいいおじいちゃんのエリック・クラプトンの怪しい教祖姿や、まだ髪の毛が若干多めなジャック・ニコルソンなんかも楽しめます。機会があれば是非どうぞ。  話が逸れましたが原作にはないこの台詞、キューブリックが何故アン=マーグレットに言及したかは不明ですが、コメデェンヌとしての彼女のイメージがこの深刻な状況に全くそぐわない事から、より皮肉が効いて良い、と判断したのかもしれませんね・・・まあ、キューブリックが単に彼女を気に入っていたからかも知れませんけど。

【撮影・技術】絵コンテ(Story Boad)

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キューブリック直筆の『スパルタカス』ラストシーン用の絵コンテ。キューブリックは絵はあまり得意でなかったようだ。   撮影の準備をするために描かれた連続されたスケッチ画。撮影するシチュエーションや構図、ライティング、セリフなどが書き込まれている撮影のための「下書き」。  キューブリックは基本的に出たとこ勝負の撮影を好むので、緻密に設計された絵コンテは必要としなかったようだが、『スパルタカス』では大規模な撮影が、『2001年宇宙の旅』では特撮が中心で緻密な撮影計画が必要だったので、絵コンテが残されているのだろう。まだ本格的な撮影に不慣れだったハリウッドデビュー作の『現金に体を張れ』では当時妻だったトーバに絵コンテを描かせている。また『2001年…』と同じように特撮中心の『A.I.』も絵コンテやイメージボードが大量に残されている。

【関連記事】米サイトが選ぶ「死ぬまでに見るべきホラー映画20本」 日本からは1本選出

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 米カルチャーサイトWhatCulture!が、「死ぬまでに見るべきホラー映画20本」をピックアップした。  いずれ劣らぬ傑作ぞろいだが、日本からは三池崇史監督の「AUDITION オーディション」が唯一ランクインした。ちなみに同作は、2009年に米エンターテインメント・ウィークリー誌の評論家オーウェン・グレイバーマンが、1989年以降に製作されたホラー映画のなかからベスト20を選んだ際にも第1位に選ばれている。  20本は以下の通り。 「サイコ」(1960) 「ジョーズ」(1975) 「エクソシスト」(1973) 「シャイニング」(1980) 「悪魔のいけにえ」(1974) 「ローズマリーの赤ちゃん」(1968) 「ハロウィン(1978)」 「ウィッカーマン(1997)」(製作年度は1973年) 「サスペリア」(1977) 「ゾンビ」(1978) 「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1922) 「鳥」(1963) 「キャリー(1976)」 「赤い影」(1973) 「AUDITION オーディション」(2000) 「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1999) 「怪物団 フリークス」(1932) 「28日後…」(2002) 「エルム街の悪夢」(1984) 「ポルターガイスト」(1982) (引用: 映画.com ニュース/2014年6月1日 )  『ジョーズ』や『鳥』をホラーと呼ぶには若干抵抗がありますが(動物パニックものでは?)キューブリックとの関連だと『シャイニング』は当たり前のランクインですね。この中では『エクソシスト』『ローズマリー…』『悪魔のいけにえ』の三作品をキューブリックは高く評価していたそうです。

【キューブリック展】オーストリアのアートフォーラム・ウィーンでキューブリックのルック社在籍時代の写真展が開催中

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Waffen, Zirkus, schone Frauen Shoe Shine Boy Mickey steht am Strasenrand und wartet. Nachste Szene: Mickey blickt auffliegenden Vogeln nach. Die Fotos, die Stanley Kubrick (A Clockwork Orange, Shining und 2001: Odyssee im Weltraum) in den spaten 1940ern fur das Look-Magazin machte, sind akribisch komponiert und lassen bereits seine filmische Handschrift erahnen. Kubrick sagte dazu nur: "Well, I never shoot anything I don't want." Das Kunstforum Wien zeigt in der Ausstellung Eyes Wide Open eine Auswahl seiner Fotoreportagen. (引用: ZEIT ONLINE/2014年5月27日 )  オーストリアのアートフォーラム・ウィーン(Kunstforum Wien)でキューブリックのルック時代の写真展が『EYES WIDE OPEN』と題して2014年5月8日から7月13日まで開催中です。上記はその紹介動画です。日本でも是非開催して欲しいものですね。