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【機材】ニコン 1:8 f=8mm 魚眼レンズ (1:8 f=8mm Fish-eye-NIKKOR)

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現在では約20万円というプレミア価格で取引されている(参考画像)  『2001年宇宙の旅』に登場したコンピュータ、HAL9000ののPOV(主観ショット)に使われたレンズ。HALのプロップにも同じレンズが埋め込まれた。『2001年…』で採用された唯一の日本企業なので、もっとそのことをニコンさんは誇ってもいいような気もするんですが・・・。 HALにニコンのレンズが使用されていると証明した画像 ニコンの魚眼レンズ使用シーン

【台詞・言葉】『時計じかけのオレンジ』に登場したナッドサット言葉をまとめた「ナッドサット言葉辞典」

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 小説の英語版『時計じかけのオレンジ』の巻末に掲載されていた「ナッドサット言葉辞典」を和訳したものに、映画版で追加使用された言葉を「※」で表記しました。★の言葉が映画版で使用されたものです。表記は「原語(日本語表記)|英語での意味(その和訳)」です。ロシア語などの言語のルーツは省略いたしました。尚、小説版に比べて映画版での採用が少ないのはキューブリックが使いすぎて観客が引いてしまうのを危惧したためです。抜けや誤植など間違いなどありましたらBBSでご指摘ください。その際は「誠に恐縮アピ・ポリ・ロジー」。 A Appypolly loggy(アピ・ポリ・ロジー)|Apology(お詫び)★ B Baboochka(バブーチカ)|Old woman(老女) Baddiwad(バッディワッド)|Bad(悪い) Banda(バンダ)|Band(ギャング) Bezoomy(ビズムニー)|Mad(狂った) Biblio(ビブロ)|Library(図書館) Bitva(ビトバ)|Battle(戦い) Bog(ボッグ)|God(神様)★ Bolnoy(ボルノイ)|Sick(病気) Bolshy(ボルシャイ)|Big(でかい)★ Bratchny(ブラッチニー)|Bastard(クソ野郎) Bratty(ブラッティ)|Brother(兄弟・友達) Britva(ブリトバ)|Razor(カミソリ)★ Brooko(ブロッコ)|Belly(腹) Brosay(ブロショイ)|Throw(投げる) Bugatty(ブガティ)|Rich(豊かな) C Cal(カル)|Shit(クソ) Cancer(ガン)|Cigarette(タバコ) Cantora(キャントラ)|Office(事務所) Carman(カーマン)|Pocket(ポケット) Chai(チャイ)|Tea(紅茶)★ Charlie(チャーリー)|Chaplain(牧師) Chasha(チャシャ)|Cup(カップ) Chasso(チャソー)|Guard(守る) Cheena(チーナ)|Woman(女) Cheest(チェースト)|Wash(洗う) Chelloveck(チェロベック)|Fellow(男・人) Chepooka(チープカ)|Nonsense(ナンセンス) Choodessny(チューデセニー)|Wonderful(素晴らし...

【インスパイア】ミューズ/サイコ(Muse - Psycho)

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  2015年にリリースされたアルバム『ドローンズ』からのプロモーションシングル曲。  このミューズというバンドは過去にも『博士…』のオマージュとして「タイム・イズ・ランニング・アウト」、『2001年…』のオマージュとして「ブリス」をご紹介していますが、今回は『フルメタル・ジャケット』。歌詞は「お前をサイコ・キラーに作り変えてやる!」というそのまんまな内容で、PVもかなり直球です。  ブルージーに唸るギターリフとノイジーなベースが大好物な管理人としては、彼らの演っている音楽はものすごく好みなんですが、いかんせん1960年代~70年代のロックを大量に聴き込んでしまっているので、どうしても元ネタがわかってしまいます。パープルの これ やドアーズの これ なんかがアイデアのベースでしょうね。  ミューズはグラミー賞を受賞したほどの世界的に有名なロックバンドですが、ガラパゴス化が激しい日本のミュージック・シーンではロックファン以外に全く知られていません。日本でロックバンドといえばバンプに代表される「切ない・爽やか系」が主流ですが、メジャーシーン以外でこういった骨太系ロックバンドもいないわけではないので、「トレンド」などという軽薄なものに流されず、地道に活動を頑張ってほしいものです。

【考察・検証】『2001年宇宙の旅』に登場したコンピュータ「HAL9000」の変遷と「IBM→HAL説」の真偽を検証する

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IBMのエリオット・ノイズのデザイン局がデザインした「アテナ(アシーナ)」のスケッチ  キューブリックとクラークは『2001年…』を創作するにあたり、ロボットの登場を考えていました。理由は、木星や土星への壮大な宇宙旅行の実現にはロボットのサポートが必要になるだろうし、それに当時の『禁断の惑星』などの宇宙映画には必ずロボットが名脇役として登場していたからとも考えられます(キューブリックは制作当時の映画のトレンドをかなり意識して映画制作をしていた)。そのキューブリックのロボットへの興味が手塚治虫へのオファー(キューブリックは『鉄腕アトム』を観ていた)に繋がったのでしょう。  そのロボットは形を変えてやがてスーパーコンピュータ「HAL9000」に行き着くのですが、その変遷を資料を元に辿ってみたいと思います。 1964年4月: キューブリックとクラークがニューヨークで合流し、『2001年…』の製作開始される。まずは短編小説『前哨』を元に長編小説を書き起こすことから作業を始める。 1964年6月: 「ソクラテス(正式名称:自律移動型探索機5号)」というロボットが登場する。ソクラテスは「わたしはあらゆる宇宙活動用に設計されておりまして、独立した行動もとれるし、本部からでもコントロールがききます。通常の障害物にぶつかったときや、かんたんな非常事態の判定ぐらいは、内蔵された知性で楽に処理できます。いまわたしはモルフェウス計画(人工冬眠計画)の管理をまかされています」と自己紹介し、「ロボット三原則」にも言及されている。手には様々な工作機械が取り付けられ、頭は4つの方向に広角レンズが向けられ、360度の視野を確保している。このアイデアはやがて「HALの目」へと発展する。 1964年8月: キューブリックがコンピュータの名称を「アテナ」にしよう、と提案する。この時点でロボットはコンピュータへと変化している。名称のアテナはギリシャ神話の知恵の神の名であることから、様々な推測をすることができるが、キューブリックは明確な説明をしていないので全ては想像の域を出ない。 1965年2月: 『星々への彼方への旅』として記者発表される。ただしスターゲート到着までで、結末は未完のままの状態。 1965年5月: アテナはディスカバリー号の頭脳として活躍し、スペースポッドの事故やその後の対応でクルーをサポート...

【関連記事】スタンリー・キューブリックが好んだ映画のマスター・リスト(2019年11月22日更新)

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 ニック・リグレー氏による「スタンリー・キューブリックが好んだ映画のマスター・リスト」が更新されていましたので、遅くなりましたが和訳を追加しました。また、全体的に和訳を見直しました。(初出版の和訳記事は こちら )  この記事の重要な点は、リグレー氏が「この記事の目的は、キューブリックが何らかの形で賞賛を表明していることが知られている全ての映画の、徹底的な時系列マスターリストを編纂しようとする試みです。うまくいけばこれは、さらなる物語へと発展していくものです」と語っている通りです。管理人がこれに加えるとするならば、今までに一般に流布している「不完全で、論者の思い込みのみで語られたキューブリックが影響を受けたとの記事の修正・訂正を行う試み」でもあります。  スタンリー・キューブリックはその名声や影響力の大きさから、世界中の識者から一般のファンまで日夜研究が行われています。そんな中「そう見ればそう見える」「そう思えばそう思える」程度の共通項を見つけ出し「影響を受けた・与えた論」が何の根拠もなく「俺が最初に見つけたんだ!」と言わんばかりにネットに流されます。その際たるものが「『薔薇の葬列』は『時計…』に影響を与えた」論です。もしなんらかの一次情報があれば別ですが、それもないまま表層的な共通項のみで「影響を与えた」との論が一般に流布してしまい、訂正が困難な状況になってしまっています。こういった根拠ゼロの「思い込み論」はファンとして甚だ迷惑な話でしかありません。  以下の記事はキューブリックから直接見聞きした関係者の証言と、キューブリック本人のインタビューなどソースが明確に示されたもののみ掲載されています。ここをご覧になっているファンの方はもちろん、映画評論家や映画ライターなど、プロの方まで是非とも知っておいて欲しい情報です。キューブリックに関する記事や論評を掲載する際、是非ここをご参照ください。また、できましたらソースの原文もご確認ください。和訳は管理人が拙い英語力と翻訳サイトを駆使して行ったもので、間違いやニュアンス違いがあるかもしれません。もし翻訳で気になる点がありましたら掲示板でお知らせください。ご協力を何卒宜しくお願いいたします。 ●この記事に登場する人物の紹介 ニック・リグレー…この記事の執筆者。ヤン・ハーランとフリューインには直接取材している。 ヤン・ハーラン…...

【ブログ記事】Appleの『Think different キャンペーン』に登場したスタンリー・キューブリック

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残された掲示画像を元に管理人がロゴを合成し再現したビジュアル  正月2日、東京MXでアシュトン・カッチャーが主演したバージョンの『スティーブ・ジョブズ 』(2013)がオンエアされていたので観てみましたが、ラストシーンがこのCMのナレーションをジョブズが吹き込むシーンでした。  この『Think different キャンペーン』、そういえばキューブリックも起用されていたな・・・と思って調べてみましたが、正式なビジュアルは残っていないようです。ですので、管理人が再現したものが上記になります。また、このビジュアルが使用された2000年のMACWORLD Expo/SFとTokyoのリポート記事を以下に貼っておきます。 ・ 【MACWORLD Expo/SFレポートVol.8】ブースで見るアップルのデスクトップムービー戦略(ASCII.jp×デジタル) ・ MACWORLD Expo/Tokyo 2000(K's Homepage) 管理人は幕張で開催された1999年と、この2000年のMACWORLDに行っていますが、カメラを持っていかなかったので、このキューブリックのビジュアルは写真に撮っていません(泣。当時所有していたデジカメは「重い・デカい・バッテリーがもたない」の三拍子そろったCOOLPIX950。持ち歩き用はもっぱらフィルムカメラでした。ちょっと残念。  ところでこの映画、MacファンやAppleファンにはお馴染みのエピソードが満載ですが、ジョブズがアップルに復帰した際に、天敵であるビル・ゲイツに資金提供を受けたエピソードはものの見事にカットされていました(笑。それに、例の「砂糖水」で口説いたジョン・スカリー役がなんと『フルメタル…』のマシュー・モディーン。なかなか似合っていましたね。  キューブリックとAppleと言えばこのCMが有名ですが、キューブリックがMacユーザーだった可能性はどうやらなさそうです(その記事はこちらとこちら)。一方のクラークはiMacと一緒に収まった写真を遺していますので、晩年の一時期はMacユーザーだったようです。  ジョブズがキューブリック、というか『2001年…』の影響下にあったのは音声入力の「Siri」、「Pod」「Pad」のネーミングからも明らかですが、触れてはいけないこんな黒歴史も(笑。デザインは洗練された『20...

【ブログ記事】Appleの『Think different キャンペーン』に登場したスタンリー・キューブリック

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残された掲示画像を元に管理人がロゴを合成し再現したビジュアル  正月2日、東京MXでアシュトン・カッチャーが主演したバージョンの『スティーブ・ジョブズ 』(2013)がオンエアされていたので観てみましたが、ラストシーンがこのCMのナレーションをジョブズが吹き込むシーンでした。  この『Think different キャンペーン』、そういえばキューブリックも起用されていたな・・・と思って調べてみましたが、正式なビジュアルは残っていないようです。ですので、管理人が再現したものが上記になります。また、このビジュアルが使用された2000年のMACWORLD Expo/SFとTokyoのリポート記事を以下に貼っておきます。 ・ 【MACWORLD Expo/SFレポートVol.8】ブースで見るアップルのデスクトップムービー戦略(ASCII.jp×デジタル) ・ MACWORLD Expo/Tokyo 2000(K's Homepage) 管理人は幕張で開催された1999年と、この2000年のMACWORLDに行っていますが、カメラを持っていかなかったので、このキューブリックのビジュアルは写真に撮っていません(泣。当時所有していたデジカメは「重い・デカい・バッテリーがもたない」の三拍子そろったCOOLPIX950。持ち歩き用はもっぱらフィルムカメラでした。ちょっと残念。  ところでこの映画、MacファンやAppleファンにはお馴染みのエピソードが満載ですが、ジョブズがアップルに復帰した際に、天敵であるビル・ゲイツに資金提供を受けたエピソードはものの見事にカットされていました(笑。それに、例の「砂糖水」で口説いたジョン・スカリー役がなんと『フルメタル…』のマシュー・モディーン。なかなか似合っていましたね。  キューブリックとAppleと言えば このCM が有名ですが、キューブリックがMacユーザーだった可能性はどうやらなさそうです(その記事は こちら )。一方のクラークはiMacと一緒に収まった写真を遺していますので、晩年の一時期はMacユーザーだったようです。  ジョブズがキューブリック、というか『2001年…』の影響下にあったのは音声入力の「Siri」、「Pod」「Pad」のネーミングからも明らかですが、触れてはいけない こんな黒歴史 も(笑。デザインは洗練された『...

【機材】フェアチャイルド・カーティス社製 160度超広角レンズ(Fairchild Curtis Optical 160 f/20 Ultra Wide Angle Lens)

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フェアチャイルド超広角レンズを使って撮影中のキューブリック  『2001年宇宙の旅』で主にディスカバリー号の室内シーンやラストの白い部屋の撮影に使われた超広角レンズ。まれにHALの見た目レンズとされることがあるが、そちらは ニコン(ニッコール) 1:8 f=8mm 魚眼レンズ  。HALの見た目ショットは完全に魚眼だがこちらは広角なので簡単に見分けがつく。直径は約20cmもある巨大なレンズだが、歪曲収差も目立つという特徴も。

【関連記事】オアシス、1997年の映像をリメイクした「ドゥ・ユー・ノウ・ワット・アイ・ミーン?」MV公開

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〈前略〉  このミュージック・ビデオはオアシスの全英No.1シングル「ドゥ・ユー・ノウ・ワット・アイ・ミーン?」の1997年に制作されたクリップのニュー・ヴァージョン、ディレクターのドム&ニックとオリジナル版を手掛けたプロダクション・チームが、ノエル・ギャラガーが新たに手がけた同曲のミックスに合わせて編集し、未発表映像を付け加えリメイクを行った。  ディレクターのドム&ニックは以下のようにコメントしている。  「オリジナル・ビデオのクオリティを今日の高解像度の標準へと引き上げ、この映像を新鮮な目で見て何を改良できるかを見極める千載一遇のチャンスだったよ。  あの飛ぶ鳥を落とす勢いの時代、当時の映像制作技術の最高峰とも言える、僕たちは見映えのよい35ミリのフィルムで長編映画のようにビデオを撮っていた。今あのようなフィルム撮影を行うのは、この規模のミュージック・ビデオでは考えられない。デジタル・カメラと比べて、桁外れに贅沢なプロジェクト以外でフィルムを使うのは、とにかくコストがかかりすぎるからね。それから、これを新兵募集のパーフェクトな原動力と如才なく見なしたイギリス陸軍の支援も得ることが出来た。イギリスの納税者がオアシスのミュージック・ビデオ制作を支援しているのかって庶民院に質問されたけどね!  それから、スタンリー・キューブリックの映画『フルメタル・ジャケット』のロケ地で、爆撃で大破した建物のあるところでも撮影をしたんだ。警察とロンドン・シティ空港に今にも中断させられそうだったけど、私有地だったから好き勝手にやることができたよ。 〈以下略〉 (引用元: MUSICMAN-NET/2016年8月22日 )  以前こちらで記事にした 『D'You Know What I Mean?』のMV の件ですが、この記事によると登場する兵士はイギリス陸軍だったのですね。それにディレクターは『フルメタル・ジャケット』を十分意識していたこともこの記事からわかります。もっともギャラガー兄弟がどこまで関わっていたかは不明ですが。 イギリスの納税者がオアシスのミュージック・ビデオ制作を支援しているのかって庶民院に質問されたけどね! うーん、このあたりがいかにも「イギリス」といった感じ。「私有地だったから好き勝手できた」と語っていますが、キューブリックも同じこと言ってましたよ。

【関連動画】キューブリックが賞賛したジャン・ミトリ監督、アルテュール・オネゲル作曲の短編映画『パシフィック231』

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  このマスターリストによると、キューブリックはアシスタントだったアンソニー・フュリューインに勧められてこの『パシフィック231』を鑑賞、その感想は「今まで観た中で最も完璧に編集された映画の一つ」だったそうです。  上記の動画をご覧いただければその理由は一目瞭然、様々なアングルから撮られた映像の細かいカットのつなぎあわせと、サウンドトラックに合わせたリズミカルな編集はいかにもキューブリックが好みそう。以前ご紹介したアーサー・リプセットの『ベリーナイス、ベリーナイス』もそうですが、こういうの大好きなんでしょうね。  監督はジャン・ミトリ、音楽はアルテュール・オネゲル。wikiによるとオネゲルは大の機関車好きで「私は常に蒸気機関車を熱愛してきた。私にとって機関車は生き物なのであり、他人が女や馬を愛するように、私は機関車を愛するのだ」と語ったそうです。作曲は1923年、映画の制作は1949年なので、この作品は既存曲に合わせて撮影・編集されたニードルドロップということになります。この点もキューブリックが好んだ要因のひとつでしょうね。

【考察・検証】キューブリックとロジャー・カラスの間でやりとりされた、HALの殺人に関してIBMへの問い合わせと回答の手紙

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1966年8月31日にキューブリックがニューヨークのロジャー・カラスに宛てた手紙 1966年9月13日にロジャー・カラスがロンドンのキューブリックに宛てた手紙  1966年8月31日、キューブリックはニューヨークの事務所にいるロジャー・カラスに宛てて、「IBMはストーリーのメインテーマが神経症にかかったコンピュータだということを知っているのか?私はトラブルは望まない」と確認の手紙を出しました。1966年9月13日、それに対するロジャー・カラスの返信は、「私はIBMにHALが実際に人を死に至らしめることを説明しましたが、IBMは、IBMの名前でコンピュータの故障に関連づけられていなければ問題ない。映画にクレジットを付与することに意義はないとのことでした」という内容でした。  この返信の手紙には重要な示唆が含まれていると思います。つまり逆に言えば「IBMの名前でコンピュータの故障に関連づけられていれば問題がある」ということになるからです。まさにこれが「IBM→HAL」問題の本質だと思います。おそらくキューブリックは「IBMより一歩進んだコンピュータ」という意味でそれぞれのアルファベットを「I→H、B→A、M→L」と一文字分進めた「HAL」という名称を考えだしたのでしょう。ですが、このトリックはあっさりとバレる可能性がありました。余計なトラブルを嫌うキューブリックは、その場合に備えてセットからIBMのロゴを外す決断をします。しかしそれは撮影がある程度進んだ段階だったので、撮影済みのフィルムにはいくつかロゴが残ってしまいました。そしてキューブリックやクラークが懸念した通り「I→H、B→A、M→L」のトリックはバレてしまいます。ですが、用心深いキューブリックは、そうなった際にも「腹案」を用意していました。それが例の「HALはHeuristically programmed ALgorithmic computerの略」という説明だったのではないでしょうか。  もちろん、キューブリックもクラークも故人となった今、これを確認する術はありません。ですが、二人の言う「Heuristically programmed ALgorithmic computer」を略せば通常は「HPAC」もしくは「HAC」となるのが自然です。どう考えても後付けくさいこの説を納得できないというファンは多いの...

【関連記事】イメージフォーラム1988年6月号に掲載されたキューブリックのロングインタビュー(一部抜粋)

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  『フルメタル・ジャケット』の日本公開に合わせ、イメージフォーラム1988年6月号に掲載されたキューブリックのインタビューをピックアップして掲載いたします。インタビュアーはキューブリックファンにはおなじみの河原畑寧氏。氏はロンドンに赴き、キューブリック本人に直接会ってのインタビューを行いました。その意味でも貴重なインタビューなので本当は全文を掲載したいのですが、さすがにそれは著作権的に問題がありますので、ごく一部のみのご紹介にとどめさせていただきます。 人間は映画のもつ素晴らしい潜在力を完全には解き放ってはいない スタンリー・キューブリック・ロングインタビュー インタビュアー=河原畑寧 ストーリーの第一印象は大切だ  自分で(ストーリーを)作ろうと思ったことはある。しかし、他人の書いたストーリーだと、客観的にその善し悪しを判断できるが、自分で書いたらその判断は難しい。ストーリーの第一印象はとても大切だ。一般の観客が初めて映画を見て感じるフレッシュな印象、それと共通するものがあるから大切にしなければならない。 重要なのはシュート(撮影)する前の段階だ  (脚本は)リハーサルでも状況に応じて変える。撮影現場で重点の置き方が変わることもあるから、シナリオ(脚本)の最終決定稿が完成するのは、撮影現場で最後のショットが終わった時だ。  監督にとって、どう撮るかは、むしろ簡単な決定で、楽な仕事だ。重要なのはシュート(撮影)する前の段階で、それは撮影するに足る何事かを起こしえるかへの挑戦なのだ、撮る内容をいかに充実したものにするかだ。 愚作の方に影響を受けた  (1950年頃の)偉大な監督の映画は、ほとんど見た。しかし、実際に私が映画を作って行こうと決心するきっかけを与えてくれたのは、優れた作品ではなく、毎週見に行った二本立ての映画だった。私なら、これほどひどい映画は作らない。自分は映画は大好きだから、これなら自分が作れば良い線まで行くんじゃないか、そう自信を持った。だから、私は愚作の方に影響を受けたということになる。  私はマックス・オルフェスの崇拝者だよ。フランス映画が席巻していた時代だ。『第三の男』なんかも見たな。マイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガーかい?とてもユニークな映画だった。今ときたま彼らに言及する人はいるけれど、彼らの価値はまだ十分に認められた...

【関連動画】キューブリックが最も愛したフォントFUTURA(フーツラ)のトリビュート・アニメーション

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動画 中にはキューブリックの名前も登場する   フーツラ(Futura)は、1923年にドイツのバウハウスにおいて非常勤講師として勤めたパウル・レナー (Paul Renner) によって発表されたラテン文字のサンセリフ体書体。futuraとはラテン語で「未来」の意。  「フトゥーラ」がラテン語や西欧諸語の発音に最も近く、カナ表記には他に「フツラ」「フツーラ」などが見られる。"tu"の音節の"u"のみが長音であるため、厳密には「フーツラ」という表記は原音からすると誤りであるが、日本ではこの読みが幅広く浸透している。  いわゆるジオメトリック・サンセリフの一種で、幾何学的な造形が特徴的である。現在でもよく用いられているサンセリフのひとつで、ルイ・ヴィトンのロゴ等にも使用されている。  一時期、「ナチスを連想させる書体であり、使う文化圏には注意を払った方がよい」と日本で言われたことがあった(朗文堂の片塩二朗が書籍等でこのように主張している)。しかし小林章や立野竜一の調査によれば、「ナチスを連想させる書体」という話は、日本だけで流布していた誤解である。フーツラは欧米諸国をはじめ世界中で広く使用される書体であり、「使用には注意が必要」という記述は間違いである。むしろバウハウスは、ナチスによって退廃的だと見なされて迫害された側である。 (引用元: フーツラ - Wikipedia )  キューブリックがサンセリフ系(セリフがない、つまりゴシック系)のフォントを好み、特にフーツラがお気に入りでした。『2001年…』ではポスターや広告に使用し、劇中でもHALが鎮座する「メモリー・ロジック・センター」の表記はフーツラです。他には『アイズ…』のタイトルシークエンスもフーツラですし、『バリー…』では上映映画館に通達した文書もフーツラを使用しています。  上記にはバウハウスの影響が云々されていますが、確かにドイツらしいシンプルでクールなフォントですね。シンプルで読みやすいので欧米では幅広い用途で使用されていますが、反面日本ではここ最近はあまり見かけません。理由はドメイン表記をする際、「jp」の「j」の先が曲がっていないフーツラは敬遠されているのではないかと思っています。それにもう見慣れすぎたせいか、ちょっと古さも感じますしね。

【関連動画】キューブリックの2番目の妻、ルース・ソボトカがハンス・リヒターの前衛映画『金で買える夢(Dreams Money Can Buy)』に出演していた!

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 前衛映画の制作者であり、画家でもあるドイツ人芸術家のハンス・リヒターが、アメリカに亡命後の1946年にダダイスムのマン・レイらと制作した映画『金で買える夢(Dreams Money Can Buy)』にキューブリックの2番目の妻であるルース・ソボトカが出演しているそうです。ルースの父親はオーストリアの著名な建築家ウォルター・ソヴォトカ、母親は女優のギゼラ・ショーナウ。キューブリックより3歳年上の1925年ウィーン生まれで、一家は1938年のドイツ併合と時を同じくして、戦争を避けるためにアメリカに移住して来ました。  ルースの出自が裕福な家庭で芸術一家である事を考えると、監督のハンス・リヒターとはドイツ/オーストリア時代に親交があったか、もしくはそういったコミュニティーの一員であったことが考えられます。『アイズ…』の原作『夢小説』はルースの紹介との説がありますが、それも十分考えられますね。結婚していた当時、映画監督としてはまだ駆け出しだったキューブリックに、ルースがかなりの芸術的な影響を与えた可能性があります。この辺りはもっと情報が欲しいところです。  wikiによるとルースがキューブリックと知り合ったのは1952年。この頃キューブリックは『恐怖と欲望』を制作中、ルースはバレリーナをしていました。きっかけはルースのルームメイトの振付師、デイビッド・ヴォーガン(『非情…』でデイヴィのマフラーを盗む役として出演)を通じてです。1955年1月15日に二人は結婚しますが翌1956年秋には関係が悪化、1958年には別居状態(1957年にキューブリックはドイツでクリスティアーヌと知り合っている)、1961年に離婚となっていますが、1957年に離婚との情報もあります。実はクリスティアーヌ自身が編纂した『写真で見るその人生』によるとクリスティアーヌとの結婚は1957年(wikiは1958年となっている)とあるだけで、日付の記述がないのです。正式に結婚式を挙げるなり、入籍したなら日付を入れるはずで、それがないところを見るとキューブリックはルースと正式に離婚する前にクリスティアーヌと同居を始め、アンヤ(1959年4月6日生まれ)とヴィヴィアン(1960年8月5日生まれ)を授かったのではないか、と推察しています。  キューブリックがルースとの関係解消に消極的だった理由は仕事が忙しすぎた、...

【考察・検証】キューブリックのファッションの変遷を検証する

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スーツを着込み、いかにも若きカメラマンといったポーズを取るキューブリック。おそらくルック入社時、17~18歳頃だと思われる  天才と言われたキューブリックにも苦手なものはいくつかあって、その内の一つがこの「ファッションセンス」だと言われています。遺された写真を見ていると、似たような格好しかしていない事からもそれは伺えますが、それでも大まかな変遷はあるようなので、今回はそれを検証してみたいと思います。 ●ルック誌カメラマン時代  ファッションに無関心だったキューブリックをみかねて、母親のガートルードは息子のために服を買っては送っていたようですが、大体はカジュアルジャケットにパンツ、ネクタイというのが定番だったようです。たくさんの人と接するカメラマンという職業柄、さすがに服装には一応気は使っていたようで、この時代のキューブリックの写真はほとんどジャケットにネクタイ姿で写っています。 ルック時代、女優の取材ではさすがにネクタイ姿です でもちゃっかりノーネクタイの時も ●映画監督初期  この頃になると、ジャケット・パンツ姿は変わらないもののノーネクタイによれよれのコートといっただらしない格好が見受けられるようになります。もちろんお金がなかったのも影響しているでしょうが「締め付けられるのを好まない(クリスティアーヌ談)」キューブリックは、これ以降スキあらばノーネクタイで過ごすようになります。 『恐怖と欲望』の撮影中。仲間しかいないので当然ノーネクタイ 『非情の罠』ではさらにひどくなってヨレヨレコートにダボダボパンツ(略してダボパン)も追加 ●ハリウッド期  だらしないキューブリックはここでも健在。さすがにスチール撮影が入る現場ではネクタイをしていますが、基本はノーネクタイです。寒い時はその上にコートを羽織っていたりしますが、あまりコーディネートを考えていないような組み合わせが多いです。因みにクリスティアーヌが結婚した当初(29歳頃)も母親から服が送られて来ていたそうです。 『現金に体を張れ』の撮影中。パートナーのハリスはネクタイ姿ですが、キューブリックはノーネクタイにダボパン 『突撃』では似合っていないツイードのロングコート姿も 『スパルタカス』のロケ現場で。暑いハリウッドでは当然ノーネクタイ ●渡英~絶頂期  この頃になるとノーネクタイが増え、完全にそちらが定番になっていま...

【関連記事】週間明星 1962年10月7日号に掲載されたスー・リオンの来日時のインタビュー

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1962年9月10日の来日時のカラー記事(週間明星 1962年10月7日号)。昭和37年の日本でこのスタイル・ルックスなら相当可愛いと思う 結婚なんてしたくない! 来日した“ロリータ娘”スー・リオン  “ベン・ケーシー”とのロマンス説で大騒ぎされた16歳女優スー・リオンが、主演映画『ロリータ』宣伝のため初めて日本にやってきた。『ロリータ』といえば有名な背徳映画。中年男との異常な愛欲生活にふける美少女を演じたスー・リオンにインタビューして、ナゾに包まれた彼女の私生活をのぞいてみるとー ー映画のロリータみたいに中年男とカケ落ちしたいと思ったことは… 「一度もないわ。私たちティーンエイジャーはあんまり年のちがわない子としか付き合わないもの。相手にするなら、せいぜい25どまり。私なんか19以上の男の子とデートしたことないわ」 ー女優になって一番うれしかったのは… 「お金がたくさん入ったこと。こんなに早く大金を稼ぐ方法って、ほかにはないわね。私は7年契約したから、安心して家にいる。これが一番うれしいわ」 ー学校のほうは… 「去年ハイスクールをやめてから、個人教授で勉強してるの。歴史、文学、フランス語、地理、お裁縫…生理(※生物のこと?)も習ったけど、カエルの解剖なんて私大嫌い。動物はみんな可愛いのにネ」 ー金髪がとてもきれい… 「もともとは淡い褐色だったの。でもテレビの役が欲しくて染めちゃったのよ。金髪だけど、ベビー・ベージュといってちょうだい」 ーパパがいないんですって? 「私が生まれて10ヶ月目に死にました。あとはずっとママが働いて育ててくれたのよ。姉妹は5人。兄、姉が3人。私は末っ子」 ー自慢にしているものは… 「ピンクと白で統一したベッドルーム。それからクルマ、16になったから免許証取ったのよ」 ーボーイフレンドいる? 「いるわよ。でも私、映画スターになる気だから、結婚して子供生もうなんて考えたくないわ。もし結婚して、家庭と女優が両立しなくなったら、やっぱり家庭に入るけど、そんなことにならないほうがいいなァ」 ー『ロリータ』の中年男になるジェームス・メースンは…? 「なんだかパパみたい。でも間違って恋をしてもいいナと思うくらい、魅力的ね。恋愛は年じゃないでしょ、16でオトナの人もあれば、50すぎてもまだコドモの人もいる…。だけど私は若い人じゃなくっちゃイヤ」 ーじゃあ...

【関連記事】「ミック・ジャガーを『時計じかけのオレンジ』の主役に」ビートルズらの嘆願書、競売に

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  ザ・ビートルズの4人も署名した、ミック・ジャガーを『時計じかけのオレンジ』の主役にと訴える嘆願書がオークションに出品され、話題を呼んでいる。  『時計じかけのオレンジ』はスタンリー・キューブリック監督、マルコム・マクダウェル主演の作品として1971年に公開されたが、もともとの映画化権はミック自身が500ドル(1967年当時のレートで約18万円)で原作者のアンソニー・バージェスから買い付けていて、それを映画プロデューサーのシー・リトヴィノフに譲ったものだった。 (以下リンク先へ: RO69/2015年10月24日 )  ミック・ジャガーを『時計…』のアレックス役に推薦する嘆願書がオークションにかけられる記事の詳報がありましたのでご紹介。  記事ではミック自身が『時計…』の映画化権を500ドルで買い付けたとなっていますが、『映画監督スタンリー・キューブリック』によるとバージェスはニューヨークの弁護士サイ・リトヴィノフとフィラデルフィアの服飾チェーンの重役マックス・ラーブに映画化権を売った、となっています。このサイ・リトヴィノフとシー・リトヴィノフが同一人物なのか、もしくは兄弟や親戚筋なのかわかりませんが、いずれにしてもバージェスにはあのストーンズのミック・ジャガーが映画化権を買ったと思わせないように画策していた事が伺えます。  バージェスはたった500ドルで映画化権を手放していますが、その頃はかなり経済的に困窮していたのでしょう。ここでバージェスが小説『時計…』を売りたいがために最終章を編集者の要望に従って「付け加えた」のではないかという記事を書きましたが、この事実はそれを示唆するものです。  結局キューブリックが監督する事になり、世界中で『時計…』は大ヒット。小説も売れまくり、本人も映画の宣伝でマスコミに出ずっぱり、その影響で仕事のオファーが殺到・・・となるのですが、それは同時に「暴力賛美映画だ」という大批判を一身に浴びる事にもなりました。その矛先をキューブリックに向けるために「最終章をカットしたキューブリックが悪い」などと言い出したのではないか、というのが私の推論です(詳細はこちら)。  それにしてもそんな「ストーンズ映画」になるはずだった『時計…』のサントラを、ビートルズが担当するという話はどこまで本気だったんでしょう? というのも、当事の両者のファ...

【関連記事】ミック・ジャガーに『時計じかけのオレンジ』出演を求めるビートルズのサイン入り嘆願書が競売に

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嘆願書の実物   ザ・ビートルズのメンバーのサインが入った、ミック・ジャガーに『時計じかけのオレンジ』に出演するよう求める嘆願書がオークションに出品されるという。  『時計じかけのオレンジ』はアンソニー・バージェスによる小説で、1971年にスタンリー・キューブリックによって映画化されたが、その前に『博士の異常な愛情』の脚本を手がけたテリー・サザーンによって映画化の可能性について取り組まれていたという。 報道によれば、ミック・ジャガーは役柄に興味があったということで、主人公のアレックスを演じてほしいという嘆願書が作られることになった。ザ・ローリング・ストーンズの他のメンバーが「仲間のギャング」となり、サウンドトラックをザ・ビートルズが手がける予定だったという。 この嘆願者には、ザ・ビートルズの4人全員のサインやマリアンヌ・フェイスフルのサインなどが入っている。アートやデザインのオークションを手がける「パドル8(https://paddle8.com/)」を通してオークションに出される予定で、18000ドル(約215万円)から25000ドル(約300万円)の落札額が見込まれている。 (引用: NME JAPAN/2015年10月18日 )  この嘆願書が書かれた時期は記事では明らかではありませんが、『時計じかけのオレンジ』の映画化は1960年代半ばから検討されていて、監督はケン・ラッセルやジョン・シュレシンジャーの名前が挙がっていました。キューブリックはテリー・サザーンにもらっていた原作小説を忙しさのあまり2年半ほど放置し、『2001年宇宙の旅』の後『ナポレオン』を企画するも一旦中止に追い込まれ、1970年頃にやっと読んで映画化を決めたという経緯があります。  ビートルズは1966年夏にライブを辞めてスタジオミュージシャンに移行していたので、映画のサントラなんかもやってみたいと思っていたのかも知れません。まあこの頃のビートルズはイケイケどんどんだったので、なんでもかんでもノリだけで首を突っ込んでいただけのような気がします。結局彼らは1967年にTV映画『マジカル・ミステリー・ツアー』を製作、TV放映しサントラも発表していますが、そこでちゃっかり『博士の異常な愛情』の空撮を流用しちゃっています(その記事は こちら )。後日談として『ザ・コンプリート・ビートルズ』と...