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【関連記事】キューブリックの『シャイニング』のアシスタント、レオン・ヴィタリは『ROOM237』を「まったくのナンセンス」と呼んだ

おかえり。しかし、それは何を意味するのか? 〈前略〉  「私はほとんどの時間、笑い転げていました」と彼は電話で語った。「映画の中で主張されている考えの中には、まったくのナンセンスだとわかっているものもあります。」 〈中略〉  ヴィタリ氏は、キューブリック監督と『シャイニング』の大きな意味について話したことは一度もないと語った。「彼は観客に何を考えるべきか、どう考えるべきかを指示しなかった」と同氏は語り、「観客がそれぞれ違った考えを持って映画館を出たとしても、彼はそれで構わなかった。とはいえ、彼は『ルーム237』の70%、いや80%くらいは聞きたくなかっただろう」と語った。 -なぜだめですか? 「まったく意味不明だから」 (引用: New York Times/2013年3月31日 )  ここで証言しているアシスタントとは、『バリー・リンドン』以降アシスタントとして常にキューブリックの身近にいたレオン・ヴィタリです。もちろん『シャイニング』の製作にも深く関わっていて『メイキング・ザ・シャイニング』でもダニーの遊び相手をしてあげている場面に映っています。  そんな彼が、例のデタラメでっち上げ金儲け「フィクション(notドキュメンタリー)」映画『ROOM237』を一刀両断しています。まあ、レオンを始め当時の制作スタッフには一切取材せずにでっち上げたゴミ映画ですので、この反応は予想通りですね。レオンは「全部たわごと」まで言い切っています。(笑   もしこの映画がヒットするような事があれば、次の矛先は多分『アイズ ワイド シャット』でしょうね。ネット上ではすでにキューブリックの死と絡めた陰謀説が飛び交っていて、活発に活動しているサイトもあるようです。カネの亡者が飛びつくのも時間の問題でしょう。  こんな映画をカネを払ってまで観て、墓荒らしのような連中の片棒を担ぐマネはファンなら絶対するべきではありません。もちろんこんな事をキューブリックが喜ぶはずもなく、生きていれば訴訟も含め、強硬な態度に出ていたでしょう。  まあこういった連中はどこにでも湧いて出てくるものですが、某映画雑誌はご丁寧に紹介記事まで掲載したそうです。日本のマスコミが「マスゴミ」と言われるのも仕方ないですね。ちょっと調べればこの映画がうさん臭い事などすぐ分かるのに。それすらしないのは編集者やライターの知能レベルが...

【考察・検証】HAL9000コンピュータはなぜ反乱を起こしたのか?

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 『2001年』でディスカバリー号に搭載されていたコンピュータHAL9000。何故HALは反乱を起こし、人間を殺害するに至ったか。これは一般的には「正確な情報を正確に処理する事を義務づけられた知的コンピュータであるHALは、乗組員にはモノリスの情報を隠しながらも、同時にモノリスと地球外知的生命体の調査は行うように命令されていたため、何も知らされていない乗組員と共同生活の中でその矛盾に苦しみ、一種の精神疾患のような状態に陥った」「挙動不審なHALの状態に乗組員は危機感を憶え、高度な論理回路だけ切断するという検討を始めた。それを自身の死刑宣告だと判断したHALは人間を排除し、知的生命体の調査は自身の能力だけでするしかない、と考え実行に移した」とされています。  この説明を納得するか否か、また他の説明が可能か等はここでは検証しません(個人的には十分納得できるレベルだと思いますが)。では、何を検証するのかというと「どうしてキューブリックとクラークはこんな設定を持ち出して来たのか?」です。つまり「制作側の事情」を検証してみたいのです。  実はその裏話の一部始終が『失われた宇宙の旅2001』で語られています。当初はクルー全員が無事に木星圏にたどり着き、ビック・ブラザー(巨大なモノリス)の詳細な調査が行われる予定でした。その後、スペース・ポッドに乗り単独でビックブラザーの調査に向かったボーマンが変化したモノリスに飲み込まれる、という流れになっています。(これらのプロットはしょっちゅう二転三転したようです)  最終的にこの案はボツになり、ボーマンだけが生き残る事になりました。その理由は明確ではありませんが、木星探査のプロセスを映像化するには予算が足りない、または当時のSFX技術で映像化するにはハードルが高すぎる(実際木星を映像化するだけでも悪戦苦闘していました)など理由はいくらでもありそうですが、クラークは「そもそもオデッセウスも唯一の生存者だから」と説明しています。つまり神話との共通性を示唆したかってのでしょう。  ではどうやってボーマン以外の乗組員を殺害するのか?当初は「ホワイトヘッド(映画ではプールに名前が変更)のポッドが故障により暴走しアンテナと衝突、ホワイトヘッドは回収不可能になりアンテナも失われる。その後人工冬眠中のクルーも蘇生に失敗する」というものでした。これは「偶然...

【考察・検証】小説『時計じかけのオレンジ』第21章の違和感の正体

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第21章が掲載されなかった初版(左)と掲載された再販(右)  この第21章、読んでいただければ分かるように、それまでのトーンと全く整合性がとれていない。ここに描かれている部分には、権力者も、反権力者も登場しない。あの収監と治療と自殺幇助と逆治療の日々がまったく「なかった」かのような扱いをされている。しかも他の章に比べて極端に短い。まるでやっつけ仕事のようにさえ感じてしまう。  もし、バージェスが本気で希望を持った終わり方にしたいと思ったのなら、アレックスがどうやって権力者や反権力者の思惑から抜け出し、自由と自立を勝ち取るか描くはずだ。小賢しいアレックスの事である。内務大臣の宣伝担当という役柄を最大限逆利用するとか、収容されている反体制グループを解放、煽動し権力者にぶつけるとか、なにか新しい仲間〈ドルーギー〉と共に行動を起こすに違いない。そうやって両者にたっぷりと仕返しをした後のこの21章なら充分納得できる。だが今の第21章では単なる権力の犬のままだ。その権力の犬のまま嫁を捜して結婚し、大人になって暴力から卒業する・・・もしかしてこれがバージェス流のブラックな結末のつもりなのだろうか?権力者が個人の尊厳を踏みにじってまで強要したルドヴィコ療法は間違ってました。市内に警察官を多く配置したら治安は良くなりました。それに若者は大人になればいずれ暴力はやめるのだから、自然に任せておくのが一番いい。そんな結末を読者に信じろと?  冗談ではない。暴力は生きる力だ。暴力性こそ人間性だ。暴力性を否定する事は人間性を否定する事だ。暴力性は老若男女誰もが持ち合わせている。権力も暴力だ。反権力も暴力だ。暴力を止めるのも暴力だ。宗教も言論も暴力だ。世界は暴力で溢れている。それが現実だ。それから目を背けるな。第20章までバージェスはそう描いていたではないか。それが何故突然第21章で「大人になったから暴力から卒業」で終わってしまうのだ?  キューブリックはこの件に関して  「それ(第21章)は納得のいかないもので、文体や本の意図とも矛盾している。出版社がバージェスを説き伏せて、バージェスの正しい判断に反して付け足しの章を加えさせたと知っても驚かなかった」(引用:『ミシェル・シマン キューブリック』) と1972年のインタビューで語っている。この時、出版社の編集担当者がどう説き伏せたのかは分からな...

【関連作品】恐竜100万年(One Million Years B.C.)

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 『時計じかけのオレンジ』で、アレックスが第九を聴きながら夢想する夢の一つがこの1966年公開の『恐竜100万年』のワンシーンです。上記の予告編にも使われていますね。特撮ファンにとっては「あのレイ・ハリーハウゼンの名作」として名高いそうです。  『キャット・バルー』と同様「アレックスは映画で見たことを想像するだろう」と、これらワンシーンを採用したそうですが、これもエロくサディスティックなのでアレックスの好きそうな映画ではありますね。

【撮影・技術】ソース・ライティング(Source Lighting)

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 セットの組み込まれた光源や、ロケ先に予め設置されている光源を主体とした照明の当て方。過去のハリウッド映画ではセットには天井を作らず、スタジオ設置の照明を使うのが一般的だった。その方が俳優やセットの立体感をライティング次第でコントロールできたからだ。反面、いかにも照明を当てました的な不自然さも感じさせてしまうことにもなるため、キューブリックはその「不自然さ」を嫌い、ソースライティングにこだわった。これはキューブリックが報道カメラマン出身という出自が大きく関係していると思われる。報道カメラマンは現場の光源、つまりソースライティングに頼るしかなかったからだ。キューブリックは状況によってはフラッシュも使っていたが、それを感じさせない自然な写真の仕上がりには定評があった。  上記の動画は『現金に体を張れ』でのワンシーン。男たちを照らすペンダントライトを使った「ソース・ライティング」。ライトの影に俳優が入ってしまって顔がよく見えない瞬間があるが、キューブリックはそれを「共謀計画を練る男たちが醸し出す緊張感」としてあえて採用しているのがよくわかる。

【プロップ】シコルスキー HUS-1 シーホース(Sikorsky HUS-1 Sea Horse)

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 『フルメタル・ジャケット』に登場したベトナム戦争時に使用されたアメリカ海兵隊のヘリコプター。例の「戦場は地獄だぜ」と非戦闘員を撃ちまくっていたヘリや、フエでの市街戦の負傷者を運んでいたヘリなど登場するヘリは全てこれ。  ナム戦でヘリといえば『地獄の黙示録』や『プラトーン』などのUH-1をイメージしますが、軍史家のリー・ブリミコウム=ウッドによると 「フエの海兵隊は大きくなかったからLCH格納庫の中に収まるような(小型の)ヘリが好まれた」(引用:『キューブリック全書』) のだそうです。  ちなみに撮影で使用されたヘリは「個人所有機を何とか見付けて、塗り替えて使った」のだそう。 (参考: Flying Leatherneck )

【考察・検証】『薔薇の葬列』は『時計じかけのオレンジ』に影響を与えたか

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 ここでは、この1969年制作の日本映画、松本俊夫監督の『薔薇の葬列』が『時計じかけのオレンジ』に与えた影響について検証してみたい。まず、この記述、 1970年にロンドンで上映された 『薔薇の葬列』 を観たスタンリー・キューブリックが、次回作 『時計じかけのオレンジ』 の「早回しのセックスシーン」等、同作のビジュアルの参考としたと云われる。(ハーバード大学ウェブサイトより) についてだが、その当該のサイトとは ここ になるだろう。Julie Buck氏が「キューブリックは一瞬のカット割り、若者のギャングイメージ、早回しのモンタージュシークエンスの影響を受けた」と指摘している。この『時計…』の早回しのセックスシーンと似たシーンを『薔薇…』から探すとするなら、ピーターとバーのママとの乱闘シーンだが、確かに早回しではあるがキューブリックの乱交シーンとは比べ物にならない程遅く、また使用されている曲もクラッシックではなく、手回しオルガン曲『愛しのアウグスティン』だ。これを根拠に「キューブリックが影響された」と論じていいものだろうか?  早回しのセックス・シーンについては、キューブリック自身が 「この種のシーン(ラブシーン)をおごそかにするために、ごくありふれた用法のスローモーションがふさわしいとする考えを風刺するためには、よい方法だと私には思えた」(引用:『ミシェル・シマン キューブリック』) と語っていて、つまり通俗的なラブシーンの演出を逆手に取りたかった意図を説明している。原作でのアレックスはこのシーンに第九をかけているが、音楽を担当したウェンディ・カルロスの証言によると当初はオーケストラ版『ウイリアム・テル序曲』が使用されていた。それについては 「(ラブシーンに)標準的なバッハの演奏に対して、(『ウイリアム・テル序曲』を使うのは)うまい音楽ジョークだと思えた」(引用:『ミシェル・シマン キューブリック』) と発言していて『薔薇…』の話やその影響を感じせる部分は全くない。  その他のビジュアル・イメージやカット割などは『薔薇…』をご覧になって判断していただくしかない。確かにアイスクリームの食べ歩きや、素早いカット割の連続による悪夢イメージ、不良達など『時計…』との類似点は散見されるが、当時のアングラ・サイケに毒された他の映画を観れば同じようなビジュアルイメージは頻出してい...

【オマージュ】オアシス/ドゥー・ユー・ノウ・ホワット・アイ・ミーン(Oasis - D'You Know What I Mean?)

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 世界一仲の悪い兄弟バンド、オアシス。そのオアシスの1997年発表のアルバム『Be Here Now』からのファーストシングルがこの『D'you Know What I Mean?』です。  何故かPVはベトナム戦争で『フルメタル・ジャケット』風。それもそのはず、ロケ地は『フルメタル…』と同じベクトン・ガス工場跡地です。キューブリックは撮影が終わった後、原状回復してないようで、約10年経ってもそのままで残っていたみたいですね。まあそれも今は昔、現在は瓦礫もほとんど片付けられているみたいです。

【ロケーション】ベクトン・ガス工場(Beckton Gas Works)

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 『フルメタル・ジャケット』でフエの市街戦が撮影されたロンドンのイースト・エンドにあったベクトン・ガス工場の跡地。現在では再開発が進み、北半分はテスコの広大なショッピングモールと物流倉庫になっているようです。すぐそばには滑走路の短さとアプローチの急角度で有名なロンドン・シティ空港があります。東側からのアプローチだったら着陸寸前の右側に広大な跡地が見えるはず。そこがベクトン・ガス工場跡地です。  この工場跡地で大規模ロケを敢行したのはキューブリックが最後だったうようで、それまでに破壊されていた建物を更に壊したり、燃やしたり、爆破したりと割と自由にできたようです。ここで撮影された映画は他に『007 ユア・アイズ・オンリー』(1981)のヘリコプターシーンや『1984』(1984)などが有名ですが、『ユア・アイズ…』の頃はまだ建物が残ってますね。『1984』でかなり破壊されたみたいです。「モノリスのようだ」と言われたコンクリートの板(キューブリックは「ただそこにあっただけ」とコメント)も『1984』の予告編にチラっと映っています。  現在では戦車が砲弾をぶっ放していた3つのタワーが印象的な建物を始め、そのほとんどが解体・撤去され、その面影はほとんどありません。この建物の向こう側はすぐテムズ川になっていますが、劇中では香川(パフューム・リバー)という事になっていました。実際の川の映像では出てきませんが、こういう見えない事にさえこだわるのはキューブリックらしいですね。

【台詞・言葉】ローレンス(Lawrence)

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「アラビアのロレンス」と「駆逐艦チャールズローレンス」  『フルメタル・ジャケット』でハートマン軍曹がレナード・ローレンスに向かって、「名前が気に喰わん、ローレンスはオカマ野郎か水兵の名前に決まってる!」と決めつけてますが、この意味を調べてみました。  まず「オカマ野郎」ですが、これは「アラビアのロレンス」ことトーマス・エドワード・ロレンスを指しているものと思われます。当時ロレンスが同性愛者だったという噂があり、映画『アラビアのロレンス』でもそれを示唆するシーンがあります。また軍曹がローレンスという名前について「気品ある名前、王族か?」と言っていますが、それはこのトーマス・エドワード・ロレンスが実際に貴族の家柄の出身であったため、こう質問しているのでしょう。  次に「水兵の名前」ですが、これはチャールズ・ローレンスを指しているのだと思います。チャールズ・ローレンスは旧日本軍の真珠湾攻撃で戦死した水兵の名前で、それに因み、1943年2月16日に護衛駆逐艦のネーム・シップとして命名されました。  つまり海兵隊にとって「ローレンス」とはイギリス陸軍の英雄や、アメリカ海軍の有名な戦死者とその艦名を連想させる「嫌な名前」なんですね。だからハートマン軍曹は「名前が気に喰わん!」と噛み付いているのでしょう。  因に原作では「レナード・プラット」といういかにもどん百姓でマヌケな名前になってます。それを「レナード・ローレンス」に変えたのはこの罵詈雑言を使いたかったリー・アーメイが、キューブリックに進言したのかも知れません。海兵隊の訓練教官だったアーメイは実際にこの罵倒ネタを使ったことがあった可能性もあります。どちらにしても、いかにもハートマンらしい皮肉に満ちた罵詈雑言ですね。

【撮影・技術】リア・プロジェクション(Rear Projection)

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『アイズ ワイド シャット』で使用されたリア・プロジェクション  スクリーン・プロセスの一種で、過去に一般的だった撮影技術。演技者の背景にスクリーンを設置、それに裏側から背景映像を映写する事によって、スタジオ内でロケをしなくてもロケをしたような映像が撮れる。背景映像さえ準備できればどんな場所でも撮影可能だが、問題点もあり、背景映像を裏から映写するために演技者との映像の鮮明度に差がでてしまい違和感がでてしまう事。この点を克服したフロント・プロジェクションという方法もあるが、これは前面から背景画像を映写するので、演技者の衣装や小物、前面のセットにつかえる材質(反射するものやエッジがぼやけているものは不可)に制限があり、一長一短がある。  キューブリック作品では『現金に体を張れ』の競走馬銃撃シーンなどで初めて使用され、以降『シャイニング』の車内のシーン、『アイズ ワイド シャット』でクルーズが街を歩くシーンまで使用された。現在はデジタル合成が一般化している。

【プロップ】ピエロの仮面(Clown Mask)

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 『現金に体を張れ』でジョニーが強盗で押し入る際にかぶっていた仮面。キューブリックは気に入ると後の作品でも同じアイデアを使い回す事がよくあり、『時計じかけのオレンジ』でもアレックスが作家夫婦の家に押し入る際に同じようにピエロの仮面をかぶっていた。  ピエロのモチーフはルック時代のスチール写真に遡る事ができる。あるサーカス団を追った一連のフォト・ルポルタージュは、決して暖かく幸せに満ちたサーカスの姿を微塵も感じさせてはくれない。そこにはどうしょうもない人間の愚かさ、滑稽さ、悲哀、諦観が漂っている。また、長編映画第2作『恐怖と欲望』にもピエロ(道化師)が登場する。これも窃盗という犯罪をカモフラージュするためのもので、本来の喜劇性は欠片も無い。  ピエロといえば『ロリータ』のハンバートもそうだ。ハンバートはロリータへの偏愛を利用され、キルティの手のひらで踊らされただけの哀れなピエロに過ぎない。その結末が殺人と獄死なのは当然の帰結だろう。そしてそれは『アイズ ワイド シャット』のビルとて同じ。あのクルーズの馬鹿っぽい白い歯をキラキラ見せながら笑う笑顔は手にした貸衣装屋の仮面と同じく滑稽で空々しい。  もっと解釈を広げてみてはどうだろうか。ピエロとは「悲しいまでに滑稽で哀れで矮小な存在」としたら。それは自滅のシステムを止められない政治家や軍人たちであり、18世紀に己の欲望のままに生き、そして自滅した貴族であり、悪霊の意のまま操られたジャックであり、戦争という大義なき大義に振り回されたジョーカーであり、そして宇宙という広大な秩序の前ではケシツブ同然の「人類」という存在を象徴しているように思える。  そんな「ピエロたち」の営みを冷徹に観察していたキューブリック。キューブリックにとってピエロとは人間、ひいては人類そのものだと看過していたのだとしたら、各作品の持つキューブリック作品ならではの独特の空気感はまさしくそれを表現していたのだ。  

【場所・地名】エンシャンテッド・ハンターズ・ホテル(Enchanted Hunters Hotel)

 『ロリータ』で、ハンバートがロリータとの「本懐」を遂げたホテル。「魅入られた狩人ホテル」という名称は、魅入られた狩人のようにロリータに入れ込んでいるハンバートを指していて、完全にそれを意識して命名されていますね。『ロリータ』ではこれに限らず、エロティックな暗喩が頻出しています。それは次作『博士の異常な愛情』で更にひどいことになります。

【関連作品】フランケンシュタインの逆襲(The Curse Of Frankenstein)

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 『ロリータ』でハンバートとロリータとヘイズ婦人がドライブイン・シアターで観ていた映画。フランケンシュタインは幾度か映画化されていますが、これは1957年のもので実はカラー作品だったんですね。  このフランケンシュタインの怪物(よく勘違いされるのですが、フランケンシュタインとは博士の事で、怪物は博士の創造物です)を演じているのはかの名優クリストファー・リー。『スター・ウォーズ』のドゥークー伯爵役や『ロード・オブ・ザ・リング』のサルマン役で有名ですが、それ以前はドラキュラだの、ミイラだの、フー・マンチューだの怪奇ホラー映画では欠かせない定番俳優でした。  とくれば、その相手役のフランケンシュタイン博士はピーター・カッシングですね。この人も『スター・ウォーズ』のターキン総督役が有名です。ドラキュラシリーズのヴァン・ヘルシング教授役で上記のクリストファー・リーと息の合ったコンビぶりを見せています。TV版のシャーロック・ホームズ役でも有名だそうです。

【名曲】ホ短調 三重奏曲 作品100/フランツ・シューベルト(Piano Trio in E Flat, Op.100 / Franz Schubert)

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 『バリー・リンドン』で『ヘンデルのサラバンド』</a>と同じくらい繰り返し用いられた主題曲のひとつ。フランツ・シューベルト最晩年の曲のひとつで1828年にウイーンで書かれたもの。暗く、悲壮感が漂っていますがそれもそのはずで、この時すでにシューベルトは死に至る病(腸チフスとも梅毒とも言われている)に冒されてました。  1828年といえば『バリー…』の時代設定の18世紀と時代が違ってしまいます。実はキューブリックは作中の使用楽曲全て18世紀の音楽でまかなおうとし、片っ端からレコードを聴いたそうですが、どうしても思ったような「悲劇的でロマンティック」な曲が見つけられず、仕方なく19世紀に書かれたこの曲を採用したそうです。

【言葉】STOP

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 『アイズ ワイド シャット』で謎の男がビルを伺う横に掲げられていた一時停止の標識。終始無言の男がビルに向けて「詮索はやめろ」と警告しているように見えます。そして思わずビルが手にした新聞には「生きているだけで幸運」ですからね。意味が分かって観ると面白い演出です。

【関連記事】英誌選出「映画史に残るキスシーン50」

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 英Total Film誌が、「映画史に残る最高のキスシーン50」を発表した。  第1位に選ばれたのは、フレッド・ジンネマン監督作「地上より永遠に」(1953)のバート・ランカスターとデボラ・カーによる、有名な波打ち際でのキスシーン。コメディ映画「フライングハイ」をはじめ、多くのパロディやオマージュを生んだ名シーンとして知られる。  なお、ロマンチックなキスに混じって、11位の「ゴッドファーザーPARTII」や28位の「シャイニング」など、恐ろしいキスがランクインしているのにも注目だ。  トップ30までは以下の通り。 「地上より永遠に」バート・ランカスター&デボラ・カー 「スター・ウォーズ 帝国の逆襲」ハリソン・フォード&キャリー・フィッシャー 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」クリスピン・グローバー&リー・トンプソン 「きみに読む物語」ライアン・ゴズリング&レイチェル・マクアダムス 「スパイダーマン」トビー・マグワイア&キルステン・ダンスト 「カサブランカ」ハンフリー・ボガート&イングリッド・バーグマン 「ブロークバック・マウンテン」ヒース・レジャー&ジェイク・ギレンホール 「わんわん物語」レディ&トランプ 「タイタニック(1997)」レオナルド・ディカプリオ&ケイト・ウィンスレット 「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2」ルパート・グリント&エマ・ワトソン 「ゴッドファーザーPARTII」アル・パチーノ&ジョン・カザール 「ティファニーで朝食を」ジョージ・ペパード&オードリー・ヘプバーン 「フォー・ウェディング」ヒュー・グラント&アンディ・マクダウェル 「めまい」ジェームズ・スチュワート&キム・ノバク 「プリンセス・ブライド・ストーリー」ケイリー・エルウェス&ロビン・ライト 「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」ハリソン・フォード&カレン・アレン 「風と共に去りぬ」クラーク・ゲーブル&ビビアン・リー 「素晴らしき哉、人生!」ジェームズ・スチュワート&ドナ・リード 「マルホランド・ドライブ」ローラ・エレナ・ハリング&メリッサ・ジョージ 「ゴースト ニューヨークの幻」パトリック・スウェイジ&デミ・ムーア 「アメリ」マチュー・カソビッツ&オドレイ・トトゥ 「お熱いのがお好き」トニー・カーティス&マリリン・モンロー 「E.T.」ヘンリー・トーマス&エリカ・エレニアック...

【俳優】リア・ベルダム(Lia Beldam)

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 『シャイニング』でバスルームの美女</a>を演じた。俳優ではなくモデルで、出演作も『シャイニング』のみのようだ。  スイス・チューリッヒ出身、年齢不詳。

【プロップ】人工冬眠装置(Cold Sleep)

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 『2001年宇宙の旅』に登場したこの人工冬眠(コールド・スリープ)装置ですが、SF小説では古くからあったアイデアでハインラインの『夏への扉』(1956)などが有名です。『2001年…』と同年に公開された『猿の惑星』でも登場していました。キューブリックはインタビューで人工冬眠(冷凍保存)について「現在利用できる適切な施設があれば関心を持つだろうな」とインタビューで応えています。

【考察・検証】『シャイニング』再評価の理由を探る

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 『シャイニング』の公開当時の評価は芳しいものではありませんでした。いくつかの論評を抜粋してみても  「ニコルソンの頭がおかしくなっていけばいくほど、彼はどんどん馬鹿に見えていく。シェリー・デュヴァルは原作の暖かくて感じの良い妻を、作り笑いばかりする半ば知恵遅れのヒステリーに変えてしまった」「仕事ばかりで遊ばないので、スタンリーも退屈な男になる。彼は三年以上もこの企画に閉じ込められていた。もし閉所恐怖症を表現した映画があるとすれば、この作品がそれである」「引きこもっていたことのツケが回った。観客と批評家をともども奴隷にしてしまうキューブリックの魔法は失敗してしまったようだ」 (引用:『キューブリック全書) と、暗澹たるものでした。それがいつの間にか今ではホラー映画トップ10という企画をやれば、必ず上位に入るほど評価が高まっています。では、どうして評価が一変したのでしょうか。その理由は一体なんなのでしょうか?  当時、原作をそのまま映像化すればもっと良い結果がもたらされるはず、という空気が少なからずありました。それを察知してか原作者のスティーブン・キングは、「映画版『シャイニング』について今後あれこれ言わない」との約束と引き換えにキューブリックから映像化権を取得、ご贔屓の監督と組み、映画並みの予算をかけて1997年にTVシリーズ化しました。これでキングはもとより、原作ファンの溜飲は下がると期待されていたのです。  でも、そこにあったのは「確かに原作に忠実だが、たいして面白くも恐ろしくもない凡庸なホラーフィルム」でした。その時始めてこの原作に対してキューブリックが何を加え、何を捨て去ったのか、その意図が明確になったのです。このTV版を製作していてキングは気付いたはずです「恐怖描写ではキューブリックに敵わない」と。そこでキングは恐怖描写は最低限に留め、物語の主眼を家族愛に置きました。それは決して悪い判断ではありませんでした。しかし、事前にキングが「キューブリックはホラーの何たるかを分かっていない」と豪語していたレベルには遠く及ばず、恐怖描写を楽しみにしていた原作ファンの期待を裏切る結果となったのです。  その裏切られた形になった原作ファンは手のひらを返したようにキューブリックを賞賛し始めます。しかも「キングに映像センスはない」「小説だけを書いていれば良い」などと言い出す始...